7 令嬢、脱出する
作者です。
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「アデライード!急げ!」
「はぁはぁ……、これでも本気で走っているのよ?あと、大声で私の名前を呼ばないで。バレるわ!」
二人は狭い路地裏を一列になり、全力で走っていた。アデライードは、もはや着ぐるみを着ていない。
それほど必死に走らなければ、王子のボディーガード達に捕まえられてしまうからだ。
「王国の入り口付近に馬車を置いてある。それに乗るぞ!」
スピネルは走りながら、自身の背後で必死に走るアデライードの方を見る。
「……これを着ろ!フードも被れ!」
着ぐるみを脱ぎ、もはや正体がバレバレのアデライードめがけて自分のマントを投げた。
「ありがとう」
路地裏の出口に到着した。スピネルは、全力で走らせていた足を止める。アデライードも、反射的に急ブレーキをかけた。
「どうしたの?スピネル、馬車はすぐそこよ?」
そう、馬車も王国の出口もすぐそこ。
しかし、スピネルは深いため息をついた。アデライードは、嫌な予感がした。
「ダメだ。馬車の周りに騎士団までいやがる……。相手にするしかないのか……」
スピネルの視線の先には、自分達の馬車がある。その馬車の周辺には、たくさんのボディーガードと騎士団が。
アデライードは、険しい表情を浮かべる。
「なぜ私達の馬車が分かったのかしら?」
「ああいう連中は、庶民に情報を求める。情報が得られれば、金をあげる。……お前さ、元貴族だろ?それくらい知っとけよ」
「わ、悪かったわね。世間知らずで」
スピネルは、腰に下げている剣に手を置いた。鋭い眼光で、ボディーガードや騎士達を睨む。
「アデライード、よく聞け。こいつらは俺が蹴散らす。その間に馬車を走らせて逃げるんだ」
スピネルのその言葉にアデライードは、動揺した。
「ちょっと待ちなさいよ。無理よ、こんな人数……そ、それに犠牲になるっていうこと?正気なの?」
スピネルは一瞬、笑顔を見せた。
次の瞬間、スピネルは風のような動きでボディーガードや騎士達めがけて走っていった。
アデライードは止めようとしたが、あまりに早すぎるため不可能であった。
スピネルは、華麗に連中を蹴散らせていく。他の騎士達にできるだけ聞こえないように音を出さず、返り血も飛ばさない。アデライードは、こんな男が存在するのかと圧倒されていた。
「魔族だからか……」
アデライードは、理解ができなかった。なぜ、かつて魔族は人間に敗れたのか。
「おい!小娘!早くしろ!」
スピネルの言葉で我に返ったようだ。アデライードは、スピネルに敗れた兵士達の遺体の間を走る。
スピネルは、アデライードに連中を近づけさせないために更に本気を出した。
……しかし。
「っぐあ!?」
その時、スピネルのうめき声が響き渡った。馬車まであと少しで到着するアデライードは、思わず足を止め振り返った。
スピネルは、太ももを負傷していた。真っ赤な鮮血がじわじわとにじんでいる。傷はかなり深く、彼はかろうじてそこに立っていた。おそらく普通の魔族でも、痛みで崩れ落ちるであろう。
「スピネル!」
「早く行けぇ!そのまま、まっすぐ村に帰るんだ!」
一瞬、アデライードが見せた隙を連中は逃さなかった。
アデライードは、数人の大柄なボディーガードに捕らえられてしまった。頭にフードを被っているため、まだ正体は気づかれていないが、もはや時間の問題だ。
ボディーガードは、アデライードのフードをとろうとした。
(……何よ。ちょっと、仕返しに来ただけじゃない)
所詮、自分は悪役令嬢か。悪役には、仕返しも許されないのか。
目深く被っていたフードは、とられかけていた。いずれ、顔がバレてしまう。
「やめろ!その女に手を出すな!」
スピネルは、痛みをこらえて、アデライードを押さえつける連中の方へ走ろうとする。しかし、明らかに間に合わない。
もう、終わりだ。
スピネルとアデライードは、心からそう思った。
……だが、その時。救世主はやって来た!
「そこのマッチョさん達!お嬢さんを離しなさいな!」
突然、アデライードの着ていた着ぐるみの頭だけを被った男が現れた。
アデライードは、スピネルか?と思ったが、スピネルは太ももを押さえながら、着ぐるみ男をただ見ていた。
スピネルの視線は、どこか冷たかったが気のせいであろうか。
「な、何だ貴様は」
ボディーガード達も動揺している。着ぐるみ男は、「フッフッフッ」と挑発的に声に出して笑っている。
着ぐるみ男は、ボディーガード達に殴りかかった。その拳からは、炎が出ていた。こんなこと、人間では不可能だ。魔族であろうか。
「ぐはぁぁ!」
「うわっ!」
「痛えぇ!」
ボディーガードや騎士達に攻撃させる時間を与えない。
「ナイスパンチ。ジークレイン様」
全てを蹴散らした後、スピネルは嫌味を込めて言った。着ぐるみ男は、着ぐるみの頭を脱ぐ。
「……貴方だったのね!」
「やあ、二人とも。こんなことだろうと思ったよ。さてと、脱出しようか。……それにしても、面白いものが見れてさ。ブフッ」
「「?」」
後にジークレインの見た、面白いものが分かった。
王子とヒロインが腹痛により、ヒロインのパン屋さんのトイレの取り合い。
二人は、街中でギャンギャンと大喧嘩をしたようだ。
「レディーファーストって言葉も知らないわけ?ばっかじゃないの!?」
「う、うるさいな!トイレくらい譲れないのか!」
後に二人の情けないこの喧嘩は、王国の新聞に大きく載せられたのであった。しばらく、国民達に馬鹿にされていたようだ。