6 令嬢、進撃する
「アデライード!着ぐるみ、用意できたわ」
「アデライードよ!露店セットを持ってきたぞ!」
今日は、「例の作戦」を実行する記念すべき日だ。アデライードは、忙しく厨房でパンを焼きながら、厨房のドアから顔を出す。
「ニコラとジョン、ありがとう」
――昨夜、酒場にて。
「王国のヒロインの家のパン屋さんの隣でパン屋さんを開くのよ、露店でね」
アデライードの作戦に皆は動揺した。
「その作戦、さすがに無理があると思うぞ?アデライードは、追放されているんだし」
ジークレインは、気まずそうにそう言った。しかし、アデライードは、余裕の表情を浮かべる。
「そこで、雑貨屋さんのニコラと家具屋のジョンに協力をしてほしい。私は王国に変装して入国しようと思うわ、着ぐるみって用意できるかしらニコラ?」
「あいにく今は入荷していないわ。でも、任せて。一晩で入荷させてみせるから」
「一晩で?すごいじゃない!」
ジークレインは、自分のことのようにニコラを自慢する。
「ニコラの店はすごいんだ。入荷の難しいモノや店に無いモノは、すぐに入荷する。もう裏社会と繋がっているっていう噂まであるからな」
ニコラは、ジークレインに蹴りを容赦なく入れる。
「ところで、アデライード一人で行くのか?それは、心配だな。入国の際、門番もいるだろうし」
村人の一人は、そう言った。
「その点は心配ない。王国の門番は不真面目だからな」
村人の疑問に何者かが答えた。アデライードは、その声の主を探した。
「確かアデライードとかいったな。小娘、俺も協力する。良いか?」
やがて、アデライードの目の前にかなり長身の男が出てきた。ジークレインも長身であるがそれ以上だ。
男は、剣を腰に下げボロボロの古びた鎧を着ている。その上からマントを羽織っていた。
「俺の名は、スピネル。傭兵をしながら旅をする魔族だ。大きな仕事を済ませ、今はこの村に帰ってきている。」
「私は小娘ではなくて、アデライードよ。よろしく。協力をしてくれるのね、ありがとう。明日、王国へ出発しようと思うわ」
「分かった、よろしくな」
――現在。
「皆、行ってくるわ」
皆の見送りの中、アデライードとスピネルは馬車で王国へと向かうのであった。その颯爽と走る馬車をジークレインは、どこか心配そうに見ていた。
「貴方の言った通り、あっさりと入国できたわね」
兎の着ぐるみを着たアデライードは思わず喜ぶ。
「王国には。俺も追放者だが、仕事の為によく行くからな。入国なんて毎回している」
アデライードとスピネルは、すんなりと入国することができた。門番のいい加減な仕事のおかげだ。
二人は、ヒロインの家のパン屋さんの真横で露店を構えた。
「貴方、店番はしたことあるの?」
「子どもの頃、何度かある。生きていく為に働いていたんだ。商売は任せろ」
ヒロインの家のパン屋さんは、大行列となっている。これが毎日なのであろう。
「美味しいパンはいかがですか―!値段も安いし味も美味しいですよ―!」
スピネルは露店の前で、籠に入れたパンを掲げながら大声でそう言った。なるほど、中々やるではないか。
それにしても、予想はしていたが、やはり客が来ない。やはり、あの女の家のパン屋さんの隣は無理があったか。
まあ、これを機会にヤツの常連客を奪ってやりたいのだがな。
アデライードは着ぐるみを着ていることを良いことに、行列の中、つまらなさそうに並んでいる子どもにパンの試食をさせていた。
「美味しい!やっぱり僕、こっちの露店で買おうかな。お腹すいて限界だし」
子どもはそう言うと一直線で露店でパンを購入した。
よし。アデライードは、ガッツポーズ。
「しっかし、大人気のパン屋の横でパン屋。度胸あるよな」
「でもさ、行列に一日並ぶよりこっちで買った方が良いかも」
「ていうか、この露店、人気のパン屋さんよりも安いじゃん!」
一人の子どもが買っていったおかげで、行列に並んでいた皆は、露店の存在に気付く。
いつしか、皆が露店に行列をつくり、パンを買ってくれていた。
「きゃあ~!パン屋さんの隣にパン屋さん開いている人がいるぅ~!」
……む?この声は。
「兎の着ぐるみさん。僕達にもパンをください」
……げぇ!
行列の最後尾に、臆病王子とぶりっこヒロインが。てか、ヒロインよ、もう少し危機感持とうよ!貴女の家のパン屋さんの隣でパン屋さんをしているのよ!?
「お二人様、おめでとうございます。本日、百人目のお客様です。記念品の特別なパンをどうぞ」
もちろん、百人目ではない。
アデライードは、「念の為」用意をしていた「特別なパン」を王子とヒロインへ贈った。
何しろヒロインの家の隣にいるのだ。二人に会う可能性は十分にある。アデライードは、それをよんでいた。
「兎さんの形のパンだ!可愛いわね~!」
ヒロインは、ここぞとばかりに王子に女の子アピールをする。
「いただきます」
二人は同時に、パンをかじった。アデライードは、着ぐるみ越しでニヤリ笑いと「ざまぁ……」と呟く。
次の瞬間、王子とヒロインは悲鳴を上げた。彼らの腹がギュルルルルルッと残酷な音を奏でる。
二人は知らずに食べたのだ。魔族直伝「超強力下剤」入りだということを。
客がいなくなり、商品も全て売れきれた露店の目の前で二人は崩れ落ちる。
「ああ!ト、トイレはどこだぁぁぁ!」
「ふぇぇぇ!?何これぇ!?お腹いたいよぉ……。びぎゃぁぁぁ!!」
ヒロインの意味の分からない悲鳴を聞き、アデライードとスピネルは任務完了と言わんばかりに露店を片付けだした。
「ハァハァ、く、くそ!おい!ボディガード共!そこの兎の着ぐるみと男を捕まえろぉ!」
必死で王子は、自身のボディーガードに大声で叫ぶ。割りと近くにボディーガード達はいたようだ。
「まずいな……。逃げるぞ。多分、脱出はかなり難しい」
「ええ。覚悟はできているわ」
スピネルとアデライードは、迫り来るボディーガードから逃れるために全力で走り出した。もちろん、折り畳んだ露店セットや売り上げ、全てを持って。