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4 令嬢、迷う

 開店初日。曇り気味の微妙な天気ではあるが、店はそれなりに繁盛していた。


 ニコラから聞いた話なのだが、この村で出回っているパンはぶりっこヒロインの家のパンらしい。


 フッフッフッ……ならこの村から侵食してやるわよ!……というわけで私は、奴の家のパンよりも安い値段で売り常連客を増やす作戦に出た。


「美味しいパンね。それに安くて助かるわ」


「美味しい!アデライードお姉ちゃん天才!」


聞きましたか、ついに子供に天才と言わせましたよ。良いスタートなのではないだろうか。


 しかし、事件は起きた。


 一人の村人が息を切らし、お店へと入店した。


「ハァハァ。……こんな所にいたのか、アデライード!ジークレイン様から伝言だ!王国の王子が村に来ている。それも騎士団を連れて」


店内にいた客達はどよめく。アデライードも目を見開いた。


「ジークレイン様が、すぐにアデライードに伝えろってさ……焦ったよ」


村人は、走りすぎて疲れた足を休めるようにその場に座り込む。


 店内でパン選びをしていたニコラは、村人へと駆け寄る。


「騎士団ですって?戦が始まるのね」


「ああ。この村に来たのは、休憩の為だそうだ。昼ごはんを食べるみたいだぞ」


ニコラは、険しい表情を浮かべ、アデライードを見た。


「アデライード、厨房へ隠れるのよ。貴女が何故ここへ追放されたのかは知ってる。今は、王子と会うべきではない」


ニコラは、アデライードの手を引き厨房へと隠れさせた。


 客達は、逃げるかのように店を後にする。昼食となるとここに来る可能性があるからだ。


「ここが、パン屋か。美味しそうな匂いがするな」


……ついに店に臆病王子がやって来た。部下である騎士も数人を連れている。


 アデライードは、厨房と店内を繋ぐドアを少しだけ開け店内の様子を見る。


 ニコラは、無表情に席に座っていた。私が見つからないようにしてくれているのだろうか。


「領主、ここの店主はどこに?」


臆病王子は、店内のパンを眺めながら背後にいるジークレインへと話しかける。ジークレインは、店主は留守だと誤魔化した。


 どうやらジークレインは、王子を案内しているようだ。


 臆病王子は、その名の通り臆病だ。アデライードが個人的につけたあだ名ではあるが。


 しかし、ジークレインに対しては随分と態度がデカイ。アデライードは、違和感を覚えた。


「よろしければ、お好きなパンをどうぞ。本日は私の奢りです」


「中々気前が良いではないか、領主よ。では、遠慮なく」


王子は、クロワッサンをトレイに乗せるとテーブル席へと座り一口、口にする。


「いかがでしょうか。この村自慢のパン職人のパンでございます」


王子は、口の中に入れたパンを飲み込むと、懐かしそうにそのクロワッサンを見つめた。


「この味……懐かしい、そして残酷なほどに愛しい。かつて愛した人であり、今も愛している人が作ってくれたパンと同じ味だ」


「愛した人、でございますか」


「ああ。元婚約者でな。美しく全てを完璧にこなす僕には勿体無い女性であった」


「素晴らしい方なのですね、その方は」


ニコラはその話を聞いていたようで、チラリとドア越しに隠れているアデライードを見ると店を後にした。


 これ以上、自分がいてはいけないと感じとったのであろう。


 アデライードの心境は非常に荒れていた。


(私を……今も愛している?な、何の冗談よっ……)


こみ上げてくる様々な感情を必死に押さえ込む。


 やがて、食事を終えた王子と騎士団は村を出た。彼らが村を出発する頃には、曇りであった空から雨が降り注いでいた。


 アデライードは、バレないように自宅の二階から彼らの様子を見る。窓を僅かに開け、外にいる王子とジークレインの会話を聞く。 


「それにしても君のお父様は本当に惨めだよ。魔族を統べる魔王とか名乗り、王国を乗っ取ろうとしたわりにはあっさりと国王に捕まり首をとられて」


臆病王子は、そうジークレインへと言った。彼の目は軽蔑的な視線であった。


「じゃあ、これで失礼するよ。パン屋の店主に伝えてくれ。今度は君がいる時に来ると」


臆病王子達は馬を走らせ、村を出た。


 彼らの姿が見えなくなった頃、アデライードはフラフラと外へと出てきた。


 鋭い雨が残酷に彼女をうちつけていた。先程の王子の言葉のように。


「私のことを愛しているですって?……私を捨てたくせに。嗚呼、でもどうして?私はあんな奴、大嫌いなのに」


本当は、実は、私は王子を愛しているのかもしれない。


 雨の中、泣きじゃくるアデライードをそっとジークレインは見ていた。





 


 

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