2 令嬢、生活の準備をする
ここは、王国からかなり離れた所に位置する「アイリス村」。
アイリス村には今日、新たに住民(追放された)となる者がいた。
赤色の薔薇のような赤毛と赤い瞳を持ち美しいドレスを纏った、つり目の美しい女性だ。名はアデライード。
現在、彼女は自分の新居の目の前で硬直している。
彼女の頭の中手では、鳥がピヨピヨと鳴いていた。
「い、家が……。これが、私の家なの?」
その家は、なんと骨組みしかなかった。つまり、まだ未完成の家である。
どうやって住めと?父は一体、私に何の恨みがあるのかしら?
「……まさか、お父様まで私を疑っているのかしら」
悔しい。ついに親にまで誤解されているとは。
そんな時、背後から明るい声かした。
「こんにちは!君がアデライード?」
「え、ええ。ごきげんよう……」
振り返ってみると、同年代くらいの青年が陽気にこちらへ手を振っていた。
青年はスキップをしながら、こちらへと来る。
(何かしら、この変な男……)
近寄らないでほしいと心から思った。
「俺はジークレイン・シャンドラー。この村の領主をしているんだ。ジークレインって呼んでくれ。これからよろしくな!」
「アデライード・フランシスよ、よろしく。それにしても随分と若い領主様ね」
「今年で二十五歳だ。確かアデライードは、二十歳だよな?まあ、あれだな。俺、人生の先輩だし色々と相談にのるぜ!」
そう言うと、自信満々に胸を張る。領主、キャラが濃いようだ。
「そうだ、アデライード。まだ、家が完成してなくて申し訳ないな。昨日から造りはじめてはいるんだが……」
ジークレインは、気まずそうにアデライードを見る。
「昨日からですって?父が家を建てる注文をしたのは、先日よ?その間何してたのよ」
「いやあ、家を建てるのは久しぶりで、魔力を上手くコントロールできないんだよ。昨日なんてさ、城壁造っちまったよ。家を建てたいんだけどね、俺は。ハハハ」
……魔力?何だそれは。
「魔法なんてあるわけが無いでしょう?馬鹿げているわ」
「あるんだな、それが」
ジークレインはそう言うと、深く深呼吸をして骨組みの家に手をかざす。
そして、緊張気味に「見守っていてくれ」とアデライードに言った。
「はっ!?」
次の瞬間、骨組みからメキメキと音をたてて壁と屋根が浮き出てきた。やがて、ドアや窓、そして煙突も出来上がった。
「ここの村の人間のほとんどが使えるぞ。まあ、それは別の機会に話すよ。それより今日から君の家ね。成功してよかった!」
アデライードは、魂が抜けたかのようにそこにいた。私は今、何を見たのであろう。
しかも、家がとにかく可愛い。
二階建てで、黄色の壁と赤茶色のレンガの壁。煙突もレンガでできておりお洒落だ。
「ありがとう、気に入ったわ」
ジークレインは、エッヘンと言わんばかりに鼻の下に人差し指を置いた。
私はジークレインと別れて、生活に必要な物を買う為に様々な店をまわることにした。
「ここね、家具屋さん。こんにちは、引っ越してきたアデライードよ」
「おお、もしや新しい住人かな?可愛い娘さんで嬉しいよ。ワシは、店主のジョン。ゆっくり見ていってくれ」
ジョンは、老人であった。ニコニコと笑いながらこちらをずうっと見ている。
ベッドとキッチンがあれば生活は何とかなる。あとは、店内の商品棚やレジ、テーブルや椅子だ。また、オーブンや冷蔵庫も。
(馬鹿なことをしたわ。手持ちのお金では難しいかもね)
何とか家具は手持ちのお金で何とかなった。問題は、パンの材料や調理器具、生活雑貨だ。
しかし、大丈夫!着替えとして持ってきたドレスを売ればお金になるのだから!
会計を済ませた。家具はすぐに配達をしてくれるらしい、なんと魔法で!
ふと疑問になったことをジョンへときいてみる。
「私、王国から追放されてきたの。この村の皆、私を追放者だって知っているのかしら?」
店主は、アデライードに一目惚れしたのか彼女をしばらく見ていた。
だが、我に返り話をする。
「ああ、全て知っているとも。でも、何にも思わんよ、軽蔑などしない。そもそもこの村の者達は全員はみ出し者だからな」
「どういうこと?」
ジョンは意地悪気にニヤニヤと黒い笑みを浮かべた。
「秘密ってことね」
「そのうち、ジークレイン様にでも訊ねてみなさい。そこには、アデライードが知らない世界が広がっている。そしてそれは、貴女の復讐の剣にもなるだろう」
「私が復讐しようとしているとよく分かったわね」
ジョンはニコニコと笑う。
「可愛いお嬢さんの気持ちを読みとるのもジェントルマンのステータスじゃからの。フォッフォッフォッ」
お次は雑貨屋さんへとやって来た。雑貨屋さんの店主は同年代の優しそうな女性であった。
「貴女がアデライードね!あの馬鹿っ……じゃなくて、ジークレイン様から話は聞いています。私は、ニコラ・ペンバートン。困ったことがあったら何でも言ってね!」
「はじめまして、ニコラ。よろしくね。この雑貨屋さんってモノの買い取りもしてくれるのよね?看板に書いてあったわ」
「ええ、もちろん!」
アデライードは、自分のトランクから数着のドレスとヒールの靴を取り出す。そして、化粧品やアクセサリーまで。
「こんなにいいの?かなり価値のあるモノばかりね。金貨50枚でいいかしら?」
「大丈夫よ、ありがとう。助かるわ」
もう贅沢とは程遠い生活だ。心を入れかえるという意味では全て売り払って正解だろう。
「アデライード。これ、引っ越し祝いとして受け取って」
「まあ、ありがとう。何かしら?」
ニコラは、アデライードに包みを渡す。
「作物の種……?こんなにたくさん!」
「その種を育てれば小麦粉ができるの。この村は、農家が多くて食物はほとんど自給自足だから」
「頑張って育てるわ」
あれから、パンの材料や調理器具、生活雑貨を必要最低限買った。畑の道具は……もう少し生活に慣れてから。
また今着ている服を売って、店のショーウィンドウに飾られていた服を買い、それを着ることにした。
家に戻るなり届いた家具に目を通し、アデライードは一階の台所へと立つ。
一階を店にして、この台所は厨房にすれば良い。二階は住居だ。
「さあ!パン作りをするわよ!」
いざ、商品開発!
果たしてアデライードが、記念すべきこの日に作るパンとは?