ケース2 新築テナントビル
「おう。いらっしゃい。」
今日は俺が店を開ける前に、店の入り口のところに1人の知り合いが立っていた。
ウチの物件を何件も借りてる飲食店の若きオーナーのシノブさんだ。
こいつは女みたいな顔をしているがれっきとした男だ。
元々は歌舞伎町で売れっ子ホストをしていたが、地元の母が倒れて福岡に帰って来たらしい。
ホスト時代の貯金で、ウチの物件を借りて店を開いたら大流行りで、お母さんにも楽させてやれるし、帰って来てよかったですと言っていたのを思い出す。
「お疲れ様ですユウキさん!
実はおかげさまで大好評で、もう1店舗増やそうかと思って相談に来たんですよ。」
「儲かるところは儲かってるねぇ〜
で、どんな物件がいいの?」
シノブと世間話をしながら店を開け、中に案内する。
「今回は毛色を変えて、中心から少し外れててもいいんで、うんと高級な個室の店を開こうかなって思うんですよ。」
「そうなぁ、今は中洲から高級な店だいぶ減ったもんなぁ。」
「そうなんですよ。だから狙い目かなって。
でも高級店はこけやすいから物件選びもかなり慎重にやらないとと思ってユウキさんに相談に来たんですよ。」
シノブは、初めて店を開いた時から色々と世話をしてるので、よく慕ってくれている。
同じ地元出身社長ということで、中洲の町内会やら祭の実行委員やらによく連れて行ってやった。そうしたら周りから、シノブはユウキの舎弟というような構図ができてしまい、俺つながりで客足もどんどん伸びて行ったらしい。
今ではユウキも立派な中洲の人間だ。
この前は締め込み決めて、先頭で山笠を引いていた。
そのおかげで祭に女性客が多かったとかそうでないとか。
「なるほどねぇ。シノブのとこは資金力もあるから、お客さんに浸透するまで持ちこたえられるしなぁ。」
「そうなんですよ。だから、接待とか同伴でも使ってもらえるような完全個室の高級和風イタリアンを出そうかなと。
でもできれば2フロアブチ抜きがいいんです。」
「その心は?」
「ワンフロア目は完全個室で、その上に夜景が見えるバーを作りたいんですよ。
個室からもバーに行けて、バーだけの利用もできるようにバーの入り口もつけたいなって。」
「なるほどねぇ、あのキャナルの高級ホテルっぽくしたいってことか。
あれの動線をもっと短くしてって感じね。」
「そうです、まさにその通り。」
「ちょうど今ここに未竣工の新築のビルのテナント募集が一件きてる。」
「そのビル狙ってるんですよ。
ユウキさんとこ募集きてないかなって思って。
ユウキさんの口利きなら内装も多少融通効かせてくれそうだなと思って!」
「シノブ社長もやり手になってきたねぇ〜」
「まぁダメだったら、さっき話した個室料理屋だけをちょっと離れたとこにオープンしようかなっていう計画に戻るだけなんですけどね」
「まぁやってできないことはねぇよ。
いくらまで出す?」
「家賃は月額500万までなら。」
「気張ったねぇ!!!!」
500万といえば、家賃相場よりもかなり上だ。
「俺も夜の世界でそれなりにのし上がった男っすからね、出すときは出してきっちり男上げますよ。」
「よっしゃ、それでこそよ。
俺に任せとけ、話まとめてくらぁ。」
後輩の男っぷりを見せつけられ、俺も一肌脱ぐ気になった。
「お願いします。話決まったらまた連絡ください。」
「おう。」
シノブは俺に深々と頭を下げて店を出て行った。
「ケイジ!仕事だ!ついてこい!」
「うっす!!!!」
俺はケイジを連れて、社用車のG65で例の新築ビルの管理・販売をする大手の不動産開発会社に乗り込んだ。
「山下不動産の山下ですけど、支社長の中村くんいる?」
俺は受付で、名刺を渡しつつ綺麗なお姉さんにそう声をかける。
「失礼ですが山下様、アポイントメントは?」
「ない。」
「でしたらお取り次ぎすることはできません。」
お、このお姉ちゃん気合入ってんなぁ。と俺は思いながら
「お姉さんさぁ、大手の看板背負って気負ってるのはわかるけどさ、相手見て物言おうか。
博多で不動産開発やってる会社が、ウチの会社の名前聞いて支社長程度も出せませんで仕事できるわけないでしょ。
自分の首が大事なら、さっさとその内線で支社長室繋いで。」
と、啖呵を切った。
「脅しですか?当社は反社会勢力の脅しには屈しませんので。」
うーん、反社会勢力と決めつけるのは減点。
下手すりゃ名誉毀損だからね。
「こりゃもう手がつけられんね。
ウチはね、おたくが九州支社の社運をかけて建てた中洲の新築ビルのテナント募集を請け負ってる会社なの。
この中洲で何十年もやってきた地元の不動産会社なんよ。
中洲の店やらマンションの過半数はうちが手配してると行っても過言じゃない。
飲み屋なら9割だよ。
会社の顔である受付が、上役に確認もせず、自分の判断で名刺持ってきた取引先を門前払いとはいい度胸だね。
そういう社員教育がまともにできてないような会社とは付き合えないよ。
ウチはおたくの関連関係の仕事から一切手を引かせてもらう。」
美人の受付嬢の顔色が真っ青になる。
「ユウキさん、その辺で勘弁してやってくださいよ……」
「なんだよ中村、最初から聞いてたくせに。」
「しっ、支社長!?」
支社長の中村は、東大卒のスーパーエリートだ。そして俺の後輩でもある。
「山下さんは、数年前までウチの会社の東京本社で働いてた人だよ。俺に仕事の全部を教えてくれて、全部の仕事を押し付けて会社辞めた人。」
「俺もやめ時伺ってたんだけど、ちょうどいい頭のいいやつが入ってきてくれて俺についたから、俺の後釜に据えちゃった。」
「あのあとどれだけ大変だったかわかってるんですか!?!?」
「中村くんは会うたびにその話ばっかりだなぁ。
まぁまた混んだ飯連れてってやるから機嫌直せ!な?」
中村くんは昔から少しネチネチしたところがあるんだよなぁ。
「そんなに大変だったんですか?」
お、ケイジ、俺の武勇伝聞きたいのか?
と、俺は内心でニヤニヤしながら中村の方を見る。
「山下さんは、当時当社の利益の30%を一人で稼ぎ出していました。」
「違うだろ?」
おい中村、低く見積もってんじゃねぇよ。
「そうですね、正しくは、当社が現在業界最大手の座にあるのは、当時山下さんが会社にいたからです。
ヨンシャイン池袋も、新国立競技場も、五本木ヒルズも、裏参道ヒルズも、鬼の門ヒルズも全て山下さんが取ってきた案件です。
社長は今でも山下さんに頭が上がりません。」
「そうだな。現社長の山田も俺が社長にしてやったようなもんだからな。
ね、お嬢ちゃん、君は今そんな相手を門前払いしようとしたんだよ?」
いやぁ、若いもんからもっと若いもんに俺の武勇伝が伝わると気持ちいいね。
「若くて大手病にかかってる社員に教育してくれるのはありがたいんですけど、そこまで追い込まないでください。
世間に叩かれますから。」
「まぁこれに懲りたら大手の看板振りかざして、地場の企業に威張るのはやめるんだな。
いい勉強になったろ?」
受付嬢は真っ青な顔で必死に首を縦に振っている。
中村くんは、俺とケイジを支社長室に案内する。
「今日はどうしたんですか?」
「中洲の新ビルで、有望なテナントが見つかった。」
「そうですか。ありがたいことですね。」
「で先方が、2件借りる代わりに内装に口出ししたいって言うのさ。」
「内容にもよりますが、どのような?」
俺はシノブの計画を中村くんに話す。
「それはちょっと厳…」
「あー、、、受付での門前払いは心に応えたなぁ。
そっちが捌いてくれっていうから汗水垂らしてテナント探して毎日毎日頑張ってるのになぁ。
それがいきなり門前払いだもんなぁ。
もう手を引いちゃおっかなー。
御社の物件手がけるのやめよっかなぁー。
御社が扱う高額物件捌けるの中洲でうちだけなんだけどなぁー。」
「わかりました……。ご自由に内装してもらって結構です。」
「話が早いね、中村くん。
でも悪い話ばかりじゃないんだよ?
先方は、二件合計でおたくの家賃提示額の350万のところ、500万出すと言っている。
他のテナントも我が社が抱える優良テナントの便宜を図ろうじゃないか。」
「ほんとですか!?!?!?
ありがとうございます!!!!」
「まぁ、可愛い後輩の頼みだからね。
じゃ先方連れて来週現地行くから話は通しといてね。」
「わかりました!
ありがとうございます!」
俺は中村くんとの話を切り上げ支社長室を出る。
帰り際、中村くんがお見送りに来てくれ、受付のお姉さんからたいそう謝罪されたが、これも勉強だよ。受付ってのはそれだけ大事なんだよ。と声をかけて会社に帰った。
「支社長、山下さんて何者ですか?」
「当時中小不動産開発会社だったウチで大学生の時からアルバイトで働いてて、その頃から契約成約率100%負けなしの超人。大学卒業して入社して、3年目には営業本部長に成り上がって、次は取締役ってとこで辞めちゃった人。
ちなみに俺は、たまたまウチのインターンに参加して、山下さんと知り合って、この人すげえって思って入社して、アルバイト三年目の山下さんに仕事教えてもらってた。」
「す、すごい…。私そんな人に…。」
「大丈夫、大丈夫。山下さん怒ってないから。
本気で怒ったら多分何も言わずに、あ、そうですかって帰ってるよ。
んで二、三日でウチが倒産する。
もう一回言うよ?
二、三日で、業界最大手のウチが、倒産する。
だから大丈夫。」
「全然大丈夫じゃない。」
俺はそんな会話が中村くんのところでなされているとは知らずに、会社に着く。
ケイジに、今取りまとめて来た契約の書類を取りまとめるように指示を出しシノブに電話をかける。
「もしもしシノブ?山下。」
「お疲れ様です。なんかありましたか?」
「店舗改装OKでたから、来週現着で。
日にちと時間は俺も向こうの都合聞いてからセッティングするから。
内装業者もウチ手配でよかやろ?」
「え、はっや!!!
え?はっや!!!
内装業者も手配してくれるんですか!?!?
ありがとうございます!
いつでも時間空けますんで!よろしくお願いします!」
「あい了解。」
俺はそう電話を締めくくり社内にもどった。
「「社長お疲れ様でした。」」
ケイジとユキちゃんが労ってくれる。
「手数料と広告料で10本、毎月の管理費で0.5本トータル10.5本ゲットでーす。」
「「フゥー!!!」」
なぜ二人がここまで喜んでいるかと言うと、我が社では一回で5本以上の契約がまとまった月の翌月は50万円の臨時ボーナスが支給されるためだ。
しかも、俺のポケットマネーから小遣いとして出している。
我が社では1本は100万円、親父の代は1本は1000万円で、臨時ボーナスも500万だった。バブルってすげー。
二人の社員は何を買おうかと、話しながら大盛り上がりしていたところで0時を過ぎ、俺はユキちゃんの目を盗んでこっそり見回りに向かった。
俺が会社を出てからそのことに気づいたユキちゃんは、怒っていたらしいが、ボーナスの力でいつもよりはおとなし目だったらしい。






