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ここは福岡、破落戸ランド  作者: 中洲の住人
2/6

ケース1 高級クラブ

中洲の不動産屋さんの話を想像で書いてみました。

誤字脱字等あるとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。



「いらっしゃいませ、本日はどのような物件をお探しですか?」


そんな声をかけながら、俺は客を奥の商談スペースへと案内して、今日のお客様第一号にお仕事をする。


うちの不動産屋は中洲という立地もあり夕方6時から開店する。メンバーは、俺以外に見習いのケイジという名前の若い衆が1人、事務員の女の子のユキちゃんが1人の超少数精鋭企業でやってる。

中小企業どころか、極小企業だが、収益はかなりのもんだぜ?

なんせ中洲の飲み屋のほとんどは俺と親父が世話してきたようなもんだ。

そんな親父が引退して、俺が店を引き継いだのが6年前。だんだんと回しかたもわかるようになってきて、中洲でもそれなりの顔になってきた。



おっと、話が逸れちまったが、今は目の前のお客さんだな。


「このたび、クラブを出店する運びとなりまして。

居抜きで良いので、高級感のあるところを探しております。場所はやはり中洲がいいですね。昔の中洲会館あたりで探してるんですが…」


そう言うお姉さんは、見るからに夜の蝶の雰囲気を醸していた。

夜の住人との付き合いが長くなると、水商売かそうでないかというのはかなりの高確率でわかるようになる。


「そうなんですか、おめでとうございます。

なるほどですね。ちょっと探してみましょう。

申し遅れました、私、山下不動産の山下ユウキと申します。」


「あ、ありがとうございます。私はホワイトボックスの深雪、本名は今田淑恵と言います。」


「ホワイトボックスといえば中洲の一流店じゃないですか。行ったみたいなぁ。」


ホワイトボックスといえば、中洲の超一流店で、50年近くの歴史を持つ高級クラブだ。

アルバイトの女の子も頭の良い大学生しか雇わないことで有名である。


「ぜひいらしてください!

もちろん新しく出す私のお店にも。」


「もちろん伺わせていただきますよ!

ご成約の暁にはね。」


「商売上手なんですね」


そんなやりとりをしながら、何件かめぼしい物件をピックアップし、プリントアウトした。


中洲会館の周り、つまり中洲のど真ん中と言われると、家賃相場は跳ね上がる。最低でも月100万は出さないとちゃんと経営ができるまともな物件を探すのは難しい。しかし、道を一本外れたり、橋を一つ超えるだけで家賃相場は3分の一程度まで下がる。


「ここなんかどうですか?場所は中洲ど真ん中で、55坪。タクシープールも近いですし、オーリックも近いから配達頼んでも早いですよ?

ビルの中も会員制クラブばかりですから客層も良いですし、静かです。内装も高級感があるから改装費もあまり掛からなさそうです。」


「素敵な物件ですね!お家賃は…210万ですか…。」


「まぁこのくらいの物件でしたら喉から手が出るほど欲しいとおっしゃるお客様も多いですから、家賃もちょっと強気ですよね〜」


俺は明らかに出せないだろうという高額物件を提示した。

この高額物件を提示した理由は2つある。


一つはなぜ淑恵さんが出店できるのかという理由を見極めるためだ。

見たところ淑恵さんは20代半ばといったところ。中洲五年目といった雰囲気がある。

中洲五年目で独立して高級クラブ出店というのはなかなかにハードルが高い。そんなことができるのは余程の売れっ子か、とんでもない倹約家、もしくはパトロンの存在だ。

余程の売れっ子ならば、中洲で幅を利かせている俺のところに話が来ないわけがないし、倹約家ならそもそもこんな高額物件を契約しようとは思わない。淑恵さんが契約するとなれば、パトロンの存在しか考えられなくなるのだ。

パトロンというものは、女の子の側からすればありがたいものでも、不動産屋からするとあまり歓迎したいものではない。

パトロンがその女の子から離れてしまえば、その女の子だけの資金力で店を回し続けることはできないからだ。


もう一つは淑恵さんの金銭感覚を推し量るためだ。

この金銭感覚というのは、店の経理という点の他に相場を見る目と、店を回してどれくらいの利益が出るのか把握する目のことを指す。


「ちょっと高い気もしますけど、一応候補に入れておいてください。


他にはどんな物件がありますか?」


「分かりました。


他の物件ですと、中洲会館からは少し外れるんですがこちらの物件ですね。


交番の近くのビルの4階で、近くにはちょっとお高めのビジネスホテルなんかがあります。

この辺りは大衆店が多いですかね。

どちらかというとガールズバーが多くあるような立地です。

元はそれなりのお店なので、先ほどよりは改造して手を入れないといけないかもですね。」


「こちらはお家賃が114万円…

先ほどよりはだいぶ安いですが、少し狭くてこの立地で100万越えですか…。

改装して、敷金礼金と、共益費と当面の運転資金と…」

淑恵さんがバッグから自前の電卓を取り出して、手帳のメモを見ながら計算を始めた。



「だいたい2000万あればっていうところですかね。」

淑恵さんの計算ではそうなったようだが、この計算は俺の頭の中の概算より少し高い。

なかなか慎重な性格のようだな。


「まぁそれくらいにはなりますよねぇ。」


「もう少し狭くても良いので、家賃を少し下げて探していただけますか?」


「かしこまりました。」


俺は、淑恵さんなら、ちゃんと商売を始められそうだと感じていた。


パソコンで物件を探しながらトークアプリでケイジに指示を出す。


「ホワイトボックスの深雪について、都ママにリサーチかけて。」


「分かりました!」

ケイジからは元気のいい返事とスタンプが送られてくる。

内心イラっとしながらも平静を装い、淑恵に接客する。


「家賃はどの程度でお考えですか?」


「そうですねぇ…100万は切って欲しいなというところですかね。坪数は40あれば…」


「でしたらここなんていかがでしょう?

博多座前西通りで、ビルは古いんですが前の方が丁寧に使ってらしたので内装はとても綺麗です。

お家賃が98万円で39.86坪ですね。」


「ここ、いいですね!内見できますか?」


「もちろんです。今から行かれますか?」


「はい、お願いします!」


俺はケイジに連絡来たらすぐ送るように伝え、淑恵を連れて現地に向かった。


内見には俺の自前の車である、黒のG65AMGを使う。もちろん税金対策だ。しかし中洲で商売をしていく以上舐められないようにという面も大きくある。

ちなみに親父は真っ白の600SELというヤクザ御用達のベンツをフルノーマルで使っていた。

戦争をくぐり抜けた親父は中洲でブイブイ言わしてたらしく、当時俺の親父以外は白の600SELに乗れなかったらしい。


「す、すごい車ですね…」

淑恵は驚いていたが、不動産屋は人気商売ですし場所が場所ですからというとすんなり納得していた。


程なくして現地に着くと、管理人に連絡してビルの鍵を受け取り中を案内する。


淑恵はこの物件がたいそう気に入ったらしく、契約する気満々でビルを出た。


ビルを出ると、なにやら若い奴が騒いでいた。

どうやら俺のベンツが気に入らないらしい。

一応うちの管理物件の1つの駐車場に車を止めておいたのだが、そこは自分がいつも停めている場所だと言いたいらしい。


「どうした?」


「あ、ユウキさん。

すぐにカタつけますんで大丈夫です。

じっとしておいてください。お願いです。

お願いですから!」

その駐車場を管理する店のマネージャーが必死でユウキを止める。


「いや、うん、わかった…」


「お前がこの車の持ち主か?

きさん誰に断っていつも俺が止めとる場所に車置いとーと?

なん?俺のこと知らんとや?ぶちくらしちゃろうか?」

気を利かせてマネージャーが止めてくれていたにもかかわらず、俺に絡んでくるいかにもチンピラ風の男。


俺はマネージャーの顔を立てて完全に無視する。

車の鍵を淑恵に投げ、車の中で待っているように伝えた。


「すぐ終わると思うから車の中で待ってて。」


「あ、わかりました。」

淑恵もさすがは夜の住人だ。荒事には慣れている。


「は?クソ舐めた真似してくれるやん。お前ぶちくらした後、女もまわしちゃ…」


そう言いかけたところで、俺は渾身の力で、そのチンピラの顎を優しくさすった。

殴ったのではない。あくまでさすったのだ。

さすっただけなのに男の顎が砕け、歯が数本抜け口から血が溢れ出している。脆い男だ。


「ユウキさんはお客さんに危害が及びそうになるとコンマ数秒で切れるから気をつけるんだよ?」

先ほどのマネージャーが若いスタッフにそう教育しているのが聞こえ、若いスタッフの元気の良い返事が聞こえる。


「おい、出てこい。」


「すいませんユウキさん、ウチの若いもんが…」

そう言って汗をかきながら2m近い身長の大男が走ってきた。


この大男は名前を中村克明といい、小中学校の1つ後輩だ。小さい頃はよく遊んでやった思い出があり、今でも俺に頭が上がらない。

ちなみに九州最大のヤクザのボンボンだ。こいつの親父は今でこそ日本最大のヤクザの幹部をしているが、戦争中は親父におしめを変えてもらっていた仲だそうで、俺もよく可愛がってもらっている。



「しっかり教育しとけや。カタギさんに迷惑かけてどうするんや。もし相手が俺やなかったらどうしたったと?いやマジで。」


「すいませんユウキさん…。あとでしっかりきょういくしときますんで…。周りのカタギさんも怖い思いさせてすいませんでした。」


「まぁお前らもメンツがあるやろうけん、俺もあんまり言わんけど。


まぁ今度事務所行くけん。また飲み行こうや。」


「はい!ご一緒します!」


「暑苦しいわ」


そういいながら克明はチンピラ風の男を若い衆に待たせ人混みに消えていった。


ひと段落ついたところで俺は車に乗り込む。


「克明さんとお知り合いなんですか?」


「あぁ見えてたんですか。あいつは幼馴染みで小中の後輩ですよ。」


「克明さんもよくお店に来られますよ!」


「あぁ、あいつに迷惑かけられてないですか?

しっかりしめときますんで!」


「とんでもないです。とても紳士的な方ですよ。」


「またまたー、あいつがそんなわけないですよー


そんな世間話をしていると店に戻ってきた。

俺は淑恵を先ほどの商談スペースに案内してケイジの元へ行く。


「まだきてないと?」


「そうですね、まだきてないっす。」

ケイジがそういい切らないうちに俺の携帯に電話がかかってきた。


「もし…」


「ゆうちゃん!?みやこだけど!!!!

深雪ちゃんいい子だからいいとこ世話してあげてね!!!!

ほんとは私が後継者にしたかったくらいなんだけど、店持たせて経験積ませるのもいいかと思ってね。

私も相談乗ってあげてたから事業計画かなりすごいわよ。

自己資金あの子4500万貯めたんだから。

保証人は私の名前勝手に書いといてちょうだい。

じゃあね、ゆうちゃん!!

今度お店にも来るのよ!!!!」


事務員のユキちゃんにも聞こえるような大声で一方的にまくし立てられ、一方的に電話を切られた。


「こうなるから嫌だったんだよ…」

俺はもともと病弱だった母さんが、俺を生んですぐ亡くなって親父が忙しかったときに、母さんと仲の良かった都ママに世話をしてもらっていた頃がある。

淑恵には行ったことがないようなテイで話をしたが、20年前まではホワイトボックスに住み、厨房で少し手伝いをしていた。

裏メニューの俺が好きで作っていたナポリタンは今でも古い客から時々注文が入るらしい。


「相変わらずキャラ濃いすね、都ママ…」


「あの濃さがあるから中洲の女傑でやってんのよ。」

事務員のユキちゃんがケイジに教えている。


「まぁ俺も克明も都ママに育ててもらったようなもんやけんね〜。

今でも頭はあがらんね。」


「社長にそこまで物言える人もう中洲にはあんまおらんっちゃないですか?」

ユキちゃんの疑問にケイジも頷いている。


「いや、まだまだよ。親父の頃みたいにはできんもん。」


「あーたしかに、おやっさんの迫力今でもやばいっすもん。」


そんな世間話を切り上げ、淑恵のもとに向かい、契約をまとめる。


「それでは、契約は完了ですね。

審査が下りましたらまた連絡差し上げますので。

よろしくお願いいたします。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


「本日はありがとうございました。」



1人目のお客さんが帰る頃にはもうすでに12時を回っていた。

中洲の夜は長いが、ウチの店の夜はそろそろ終わる。

だいたい1人のお客さんを対応したらその日の仕事が終わるって感じかな。

あとは店子さんの見回りが主な業務。


さーて、今日も見回り言って来るかな〜


「社長〜、決済たまってまーす。

飲みに行く暇なんてないですよー!!」


後ろでユキちゃんの声が聞こえるが、聞こえないふりをして俺は見回りに出かけた。

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