数奇な出会い②
「もっと早く!」
「待って・・・」
「待てない!!もっと必死に!」
ウズの手を引きながら今まで歩いた道を引き返す。
一度歩いた道ということもあって危険な箇所は極力避けて通れているが、ウズの足元まで注意していられない。
ウズは転ばないように走るのに必死だからか、あたしの手をギュッと強く握ってくる。
さっきは大した障害に思わなかった低木の葉っぱや木の根とかが鬱陶しい。
後ろをチラリと確認すると、オークが一体あたし達にピッタリついて追いかけてくるのが見えた。
あれは多分(オークなんぞ見分けがつかんわ!)声を出した奴だと思う。
山道にいたオークは、あたし達の下を並行するように森を突っ切って来ている。
奴らは一気にけしかけてこないで様子を見ているようだった。
もしかしたらこちらが疲れるのを待っているのかもしれない。
(これは失敗したかも・・・)
自分のやってしまったかもしれない失態に汗をかく。
逃げることを優先してしたせいで、ウズの体力の限界を見落としてしまっていたことに気がついた。
ウズの体力や逃げやすさを考えると山道に出るべきだったかもしれない。
上に登る選択肢はない。というか無理だ。
今からでも山道に出てしまった方がーーーいや、三体とぶつかる可能性が高い。
自分達の位置、オーク達の位置ではこのまま行っても悪い状況しか思い浮かばなかった。
不安から服の中のクリスタルをギュッと握る。
(あーもー師匠がいない時に限って・・・!)
師匠は夕方に戻るとだけ聞いていた。
木々の隙間から見える空を見ると、曇り空の隙間から茜色の空が覗いている。
そろそろ夕方だけど・・・都合よく師匠がくるとは限らない。
(駄目だ・・・!いないものを当てにするな、自分でなんとかするしか!)
ともかく戦闘するしか残された道はない。
現在あたしの武器はナイフ一つと師匠に鍛えられたこの拳。
体術を習得しているのでフルボッコにできなくもないが、一体倒すのに時間がかかる。
ナイフも然り。
ウズを守りつつ、オーク四体を戦闘不能にするのは難しすぎる。
ウズは見る限り武器を持っていない。
あったとしてもウズの動きを見る限り戦闘なんて無理そうだ。
となるとあいつらと対峙できるのはあたししかいない。
師匠に日頃扱かれてるのは伊達じゃない。
(ウズだけ逃げてもらってあたしだけなら何とかなるーーー)
「こみちっ、このまま逃げても駄目よ。」
「ウズこのまま行っ・・えっ?」
あたしの発言と被って聞こえた予想外の言葉。
言うとウズは逃げるのをやめてしまった。
「ウズは逃げて!ここはあたしが・・・」
「逃げない!」
「・・・はひ?」
本日二度目のはひ、出ました。
「こみちを置いて逃げない。」
なんですと。
再び予想外。
「いやいやウズさん、あたしは逃げて欲しいと・・・」
戸惑っていると、ウズはおもむろにコートを翻し、スリットの入ったスカートに手を突っ込んだ。
スカートのスリットから伸びる白くて長い足が目に飛び込む。
「どえええええ!!!??なにやっちゃってーーーー」
突然の行動に動揺して頭が一瞬真っ白になる。
混乱しておかしくなっちゃったのかと悲鳴が出るが、スカートから出てきた物に目が点になる。
「じゅ、銃?」
おもむろに取り出されたのは、ウズの手に収まるくらいの大きさの銀色に輝く小型の銃だった。
銃身には細かいレリーフが彫られており、キラリと銃口が光る。
銃は人間が作り出す武器の中でも距離、殺傷能力共に優れている超優良武器だ。
しかし銃は出回っているのも少ない珍しい武器である。
材料である魔鉱石と魔性クリスタル、そして製造できる者が非常に少なく、持っているのはお金持ちの私兵か王国や帝国の銃騎士かコレクターくらい。
目玉が飛び出るくらい高価で、一般庶民とは縁のない武器なのだ。
大抵の人が人生で手にしてみたい武器の三本指に入る。
まさかそんな武器をスカートの中に隠し持っていたとは・・・。
・・・ウズって何者なんだろうか?
(ってか武器持ってたんかーい!)
確かに銃なら武器として申し分ないのだけど・・・
「銃撃てるの?」
銃は当てるのが難しい武器で有名だったりする。
弾の材料の一つである魔性クリスタルが希少で高価なのもあって、そうそう気軽に練習できないのも問題だった。
練習用の魔鉱石の弾もあるが、大抵お金持ちが買い占めていってしまう。
練習用じゃオークに致命傷を与えられないとかよく聞く話で、主流はやっぱり剣や弓と言った武器だ。
「少し練習した程度だけど・・・やるしかないわ。」
そう言うとウズは、後ろを追いかけて来ていたオークに向けて銃の引き金を引いた。
パン!パン!パン!
「アガッ、ゲエエ!!」
軽いがよく響く音が三度響くと、オークの右肩、腹から血が滲んだ。
残念ながら一発は外れてしまったようだが、オークの動きが鈍って足元がよろめいている。
(おお!これならーーー)
あたしはベルトに刺してあったナイフを取り出しながら、よろめくオークに向かって駆ける。
オークは手に握るダガーをあたしに向けて頭上から振り下ろすがーーー
「遅いよ!」
ダガーをステップでかわすと、すれ違いざまにナイフでオークの喉を搔き切る。
ナイフを伝って手に届く嫌な感触に眉を顰めた。
「ギッ・・・!!!」
微かに声をあげると、搔き切ったところからボタボタと大量の赤い血が吹き出す。
そのままガクリと膝を地について、前のめりに倒れピクピクとわずかに動くだけになり、やがて動かなくなった。
「一匹め!」
パン!パン!パン!
こちらが止まったのを見て好機と思ったのか、坂を駆け上がりながらオークがこちらに向かって来ていた。
ウズが躊躇なく発砲するが、今度は岩や木の幹に当たっただけだった。
「ごめん、これ六発までなの・・・」
ショルダーポーチから取り出した弾を装填していくが、おぼつかない手つきだ。
確かに当たりはしなかったが、オークは銃の発砲音に驚いて足が一瞬止まった。
「牽制には十分!」
ゆるい坂を利用して駆け下りると、反動を使ってジャンプする。
勢いをつけてこちらの動きにあっけにとられているオークの眉間あたりにナイフを突き立てた。
「・・・・!」
悲鳴をあげられないままナイフが顔から生えた一体が、あたしの勢いに負けて後ろにごつい体が倒れこんだ。
あたしは落ち葉を巻き上げながら少し地面を滑る。
まだあっけにとられたままだったオークが、仲間が倒れるのを見て我に返ったのかあたしと目があった。
「ルゥゥヴァアアアア!!!!」
雄叫びをあげ、みるみるうちに顔が緑から赤くなっていく。
勢いよく走り出し、ダガーで私に切り掛かろうとするがーーー
パン!
乾いた銃声が響くと、向かって来ていたオークがぐらりとゆっくり倒れた。
「あ・・・当たった。」
銃を握りしめたウズが、驚いた様子で力なくヘナヘナとへたり込む。
動かなくなったオークを覗き込むと、オークの側頭部に穴が空いていてそこから血が出ていた。
ウズの様子からすると多分当たると思ってなかったんだな・・・。流れ弾が当たらなくてヨカタヨ。
「ウズー、ナイスー。」
ウズに向けて手をひらひらと振ると、アハハと力なく手を振り返して来た。
間違いなく一番の功労者はウズだ。
銃の腕はともかく、また泥だらけになりながら頑張ってくれた。
できればもっと早く銃の存在を知っておきたかったけど、それについては目を瞑ろう。
オークの眉間に刺さったままのナイフを眉間から引き抜く。
と、自分が大きな見落としをしているのに気がついた。
最初に見つけたオークは山道の二体と後ろにいた一体、そしてフードを被った奴で合わせて四体。
ここにはオークが三体しかいない。
残りのフードを被った奴はどこに行った。
ゾワゾワッと背筋を冷たいものが走る。
「気をつけて!まだフードの奴が残ってる!!!」
「え?」
ウズに注意を促すが、ウズは気の抜けた声を出すだけでへたり込んだままだ。
急いでウズの元に行こうと踏み出すと、どこからか知らない声が聞こえた。
「ーーーウインドブラスト」
最初に倒したオークよりも後ろの方から風の刃が出現する。
「!!!!!!」
声にならない悲鳴が出た。
風の刃が向かう先にはウズが未だに座り込んでいた。
ウズは何が起こったのかわからないのか、ぽかんと口が開いたままだ。
なぜか嫌にゆっくりと世界が動いて見えた。
風の刃は通りすがら、手首ほどもありそうな枝を軽々と切り落として行く。
あんなのを食らったら無事では済まないのはあたしでもわかる。
このままだとウズは死ぬかもしれない。
あの風の刃をどうにかする方法があたしにはある。
なのにそれを制する何かが自分の中にいて、そいつがうるさくあたしに警告する。
ーーー魔法を使ったら師匠に怒られるかもよ?ーーー
ーーー人一人死ぬことがあたしに何か関係ある?ーーー
ーーー当たったってもしかしたら死なないかもよ?ーーー
ーーー自分がリスクを犯すことはない。ーーー
ーーー魔女であることがバレるのが怖い。ーーー
心臓が握りつぶされるようにギュッと激しく痛くなって息が詰まった。
(うるさいうるさいうるさあああああああああああい!)
ヘタれる自分の精神に嫌気が差す。
魔女であることが知られるのは確かに怖い。
知られたら拒絶されるかもしれない、嫌われるかもしれない。
でもそれよりも何よりも、ウズの傷ついた姿なんて見たくない。
ウズの花みたいな笑顔を裏切るほうが怖い気がした。
「風よあたしに答えて!!!!」
呪文がないまま魔力を練り、風に願いとして渡す。
それだけで風はあたしの気持ちを汲んで行動してくれる。
願いを受けた風が下から突き上げるような風の壁を生み出し、ウズに迫った風の刃を相殺して蹴散らした。
「キャア!」
ぶつかってただの強い風になった風の刃の残滓がウズを襲ったが、もちろん無傷だ。
葉っぱだらけになったけど。
ほっと胸をなでおろす。
だがそれもつかの間、気持ち悪い嬌声が辺りに響いた。
「おおおお・・・!!魔女おおおおお!!!ヒハハハハハハハハハ見つけた!見つけた!見つけたぁ!」
声の方を見ると、フードを被った奴が狂った歓喜の声をあげてあたしを見ていた。
「え・・・?魔女??どういうこと・・・?」
ウズは何が起こったのか理解できないでいるのか、あたしとフードを被った奴をキョロキョロと交互に見る。
あたしは息を吸って強く吐き出し、気持ち悪く笑い続けるフードの奴を強く睨みつけた。
ウインドブラストは風魔法の一つだ。
一千年以上前に人間は魔法を使うことができなくなった。魔女以外は。
人間でなければ魔法は使えるらしく、近種と言われているエルフ、ドワーフ、獣人といった様々な亜種族は得意不得意はあるけど今でも魔法が使える。
だが亜種族は不文律があるらしく、滅多に人間の前に姿を見せたりしない。
魔物の中には魔法を使えるものがいる。
でも魔法はある程度知力が必要らしく、会話すらままならないオーク族では魔法を扱える者は知力が高いということになり、必然的に族長になる。
族長になると群れをまとめる役割を死ぬまで全うするため、こんな山で少数で動くことなんてない。
ゴブリンとかオーガとか、低位の魔物は大体そうだ。
人型で魔法が使える存在なんて限りがある。
魔女はあたしだし。
じっとりと嫌な汗が伝う。
こいつを最初見たとき悪寒がしたが、まさかまさかと思って考えないでいたのが間違いだったようだ。
さっきからウズのとこに駆けたくて仕方ないのに、こいつの雰囲気に飲まれてしまって動けない。
「あんた・・・闇の者・・・魔族か。」
あたしがそう言うと、ピタリと笑い声が止んだ。
バレたのなら仕方ないと思ったのか、変に長い指でフードを仰々しく下ろし始めた。
どこで切ろうか悩んでたら長々とこんなことに・・・。