数奇な出会い①
雨が降った後の山は、地面が緩んで足元が最悪だ。
ウズが転んだ道なんか道とは言えない道だけに最悪だった。
なぜあの道を選んでわざわざ通っていたのか全くもって謎である。
もう一度通ったら間違いなくコケるだろう。ウズが。間違いなく涙目になる。
なので整えられた山道に出るために、遠回りになるが比較的歩きやすい山道を進むことにした。(といっても山道というにはお粗末
しかし洞窟があった場所は山の中腹。
大きくない山とは言え、登るにはそれなりに時間がかかる。
晴天時で頂上まで2時間ほど必要なはずだから、足場も悪い状況では時間がかかることが予想できる。
できるだけ安全な足場を探し、ウズを誘導するのはなかなかに大変だった。
「こみちって、野生児なのね。」
「はひっ!?」
あーでもない、こーでもないと行ったり来たり。
注意を払って進みながらウズを手助けしたりしてると、聞き捨てならない突然の言葉に思わず動揺してしまった。
決して肯定の返事ではないのだ。
でも否定もできない。
実際、思い出す今までの生活が野生的でないと言い切れないからだ。
「それ褒めてないからねっ」
これでも一応年頃の女の子。
可愛いものが好きだし、綺麗な服にも憧れがあるし、お化粧にだって興味がある。
髪も今は肩くらいの長さだけど、もっと伸ばしたいと思っている。
生活はどうあれ、野生児と言われるのは不本意だ。
「私は褒めてるつもりだよ?」
あたしがむくれてるのを見て、クスリと笑う。
「むむむむ・・・全然嬉しくない。おまけに今笑ったの見逃してないよ!」
どうやったら野生児が褒め言葉になるのか、少し考えてみるがやっぱり嬉しくない。
あたしだって怒るときは怒るのだ。
「ふふふっ、怒ってるのが可愛いんだもん。ぷりぷりしてて。」
「ぷりぷり・・・!?」
ぷりぷりって何ぞや。
あたしの外見か、それとも怒ってるのが?
思わず自分が「ぷりぷり」しているのか確認するために頬を触るが、これは「ぷにぷに」だった。
「もうっ、これでもあたし16なんだから!年頃に対して野生児とかぷりぷり〜とか、ひどいと思わない?」
「えっ・・・こみちって16歳だったの?」
ウズの綺麗な顔が驚愕の表情になる。
なんだその反応は。すっごく嫌な予感しかしない。
「・・・幾つだと思ってたの。」
「13歳。」
「うっそだぁ!!絶対に大げさに言ってるだけなんだからあああ!」
頭を抱えて悲鳴をあげる。
自分が実年齢よりも幼く見えるのはわかっている。
飴ちゃんをくれたおばあちゃんも、あたしが16歳だと知ると事件でも見たかのような顔になった。
しかし幾ら何でもこれはあんまりだ!
「13歳とかひどい!せめて14!」
「あまり変わらない気がするけど。」
「13と14には見えない大きな壁があるのー!こんなこんな・・・」
断固抗議する!
見えない大きな壁がいかに大きいか、両手を広げて表現しようとするとーーー
「はいはい、もうわかったから。こみちの身長よりも大きな大きな壁ね。」
言いながらあたしの頭をなでなでしてきた。
あたしよりも20センチは高いだろう、上を見て睨む。
「全然わかってないように思うのですが・・・!」
「はっ、ごめん。つい一生懸命両手をブンブンするのが可愛くて。」
「あたしゃ小動物か!」
色んなことが裏目に出ているようで、ガックリと肩を落とす。
おかしいなー、最初は可憐なイメージだったのに。
転んだ時の弱々しい姿はどこに行った。
まぁ、良い方に考えれば心を許してくれていると言うこと?
最初のイメージとの差に頭をひねっていると、髪をひとすくい取られ、そこに何かを結ばれた。
「はい、謝罪の証。」
ウズがつけていたリボンの一本を、あたしの髪につけてくれたのだった。
「えっ、いいの?」
「うん、助けてもらってばっかりだしお礼も兼ねて。女の子なんだからおめかししないとね。」
お揃いと言いながら、くるりと後ろを向き残りのリボンを見せる。
薄いピンクのリボンが、ウズの艶やかな髪をまとめている。
ひとすくいされた自分の髪と、結ばれたリボンの感触を確かめた。
リボンが取れてしまわないように触ると、自分が高揚していくのがわかった。
「ーーーありがとう。」
すごく嬉しかった。
可愛いものなんて付けたことなかったから、ウズとお揃いのリボンが自分に付いていることに感動した。
でも、さっきの納得のいかない言葉を許してしまうのが釈然としなくて、嬉しさとないまぜになって素直になりきれず、困ったような笑顔になってしまった。
「どういたしまして。」
ウズは満足したように、変わらない花のような笑顔を見せたのだった。
○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○
「よっ、ほっ、ふぅ・・・あとちょっとで道に出るよ。」
山道がチラッと見えるところまで来た。
道中ウズが木の枝に顔からぶつかり、びしょびしょに濡れる事件があったが、それ以外は何事もなく来れた。
身長があることは難儀ですな!とフォローしたら渋い顔をしていた。
「はぁ、やっと来たのね・・・なんだか行きより帰りの方が長かった気がする。」
「遠回りしてるけどそんなに変わらないはずなんだけどねー。あとちょっとがんばっ。」
道に出てしまえば足を滑らせる心配もさほどない。
ウズを気遣ってずっと緊張していたが、やっと解放されると緩みかけーーー
「・・・ウズ、止まって。」
「えっ?」
「静かに、しゃがんで。」
山道に人らしき影を見つけた。
この辺は時折だが、山菜や薬草採りの町人を狙ったならず者が出ることがあった。
師匠と私が住むようになってからは、師匠がしばいて見かけることは無くなったのだが・・・。
しかし見えている人影は町人とも、ならず者とも違うようだった。
人とは違うくすんだ緑色の肌、ゴツゴツした肉体、目つきが悪く凶悪そうな相貌。
「オーク・・・」
見えているだけで二体、オークが山道に立っていた。
見た目通り凶暴で意思疎通が難しく、人間を見つけると鴨を見つけたとばかりに襲ってくる。
ゴブリンと並んでギルドが出す討伐対象の筆頭だ。
「なにあれ、律儀にフード付きコートなんて着ちゃって。」
亜人種であるオークは人のように集団で生活する魔物だが、とてもじゃないが文明的な生活を送っているとは言えない。
着ている物は原始的で、使用しているもののほとんどが人を襲ったりして奪ったものだったりする。
そんなオークがフード付きコートを着ているのに違和感を感じた。
でも今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ウズ、見つからないようにここを離れよう・・・ウズ?」
声をかけても返事がない。
不思議に思ってウズを見るとーーーウズには似つかわしくない眼でオーク達を睨んでいた。
怒りと悲しみを混ぜ、憎い相手を見つけたような表情をしていた。
「ウ、ウズ?どうしたの?」
想像もしてなかったウズの表情を目撃してしまって、焦って声をかけた。
「ーーーごめんね、なんでもないよ。危ないから早く行こう。」
「・・・うん。」
元の柔らかい表情に戻るが、あたしは見てはいけないものを見てしまった気がして気まずさが残った。
気にはなるけど触れてはいけないような気がして、今はここを早く離れることが優先だと思い移動することにした。
すると木の陰で見えていなかったもう一体の人影が、オーク達といることに気がついた。
そいつはオーク達と同じフード付きコートを着ていたが、目深にフードをかぶっていて顔が見えない。
オーク達と同じようにも見えたが、そいつを見た瞬間ゾワッと悪寒がした。
(あいつ嫌な感じがする。早く師匠に言わないと・・・・)
今するべきことはウズを安全な場所に送ること。
対処はそのあと師匠と相談したらいい。
「とりあえず今来た道をーーー」
引き返そう、そう言いかけた時だった。
「ギギギギ!!!人間ガイル!!」
耳障りの悪い警戒音のようなものと、声が森に響いた。
慌てて聞こえた声の持ち主を探す。
来た道とは反対の少し上の斜面を見ると、連中と同じフード付きコートを着たオークが一体こちらを指しているのが見えた。
手には大ぶりのダガーが握られており、少し赤いものがついているのが見えた。
「っっ!!!!ウズ逃げるよ!!」
さっきの警戒音で、山道にいた連中もあたし達の存在に気がついてしまったようだ。
見ると目深にフードをかぶった奴が、オーク二体に何やら指示を出していた。
連中はあたし達の位置から離れてはいるが、こちらは足元や位置が悪い。
ウズの手を掴んで、まだぬかるむ地面を蹴る。
書き方、まだ手探り状態です。