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魔女であること  作者: 南 風香
2/4

綺麗な人は好きですか

「待って!待ってってば!」


 有るか無いのかはっきりしない山道を全力で走る。

 さっきまで雨が降ってたから、足元は泥でぐちゃぐちゃで跳ね返った泥で脚が汚れるし、草や木に残る雨水が体に当たってフードを容赦なく濡らして気持ち悪いけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「なんで逃げるの!」


 あたしは今人を追いかけている真っ最中。

 前方には見知らぬ人物が全速力で逃げているのだけど、なぜ逃げられているのかさっぱり見当がつかないんだよね。


 麓の町で薬草を売ってから、店のばあちゃんと軽く談笑して雨が止むのを待ってたのだけど、帰宅している途中で前方にフードを被った人物がウロウロしてたから迷い人かと思って近づいたら・・・。

 その人はあたしに気づいた途端、何故か逃げ出しちゃったんだよね。

 あたし自身はフード付きポンチョと軽装備とブーツと鞄とか、別段怪しい格好をしているわけでもないのに。

 むしろ雨が降って足場の悪い山林にあえて足を踏み入れる人物の方が怪しさ満載だと思う。

 慣れてなさそうな格好で走ってるけど大丈夫なのかなーって、

 

ベチョン!!


「あ・・・!うわー・・・」


 不意に前方を走っていた人物が、濡れた草に足を滑らせて強かに転んでしまった。

 この道は山菜採りや狩に来た人が通るだけの道だから足元悪いんだ。

 おまけに土砂降りの雨が降ったもんだから尚更状態が悪いときた。

 よく見ると顔が泥にのめり込んでない?


 転んだ人物は疲れたのか、はたまた諦めたのか、転んだ格好のまま起き上がろうとしない。

 追いついたはいいけど、おそらく大の大人が転んだ後に声をかけるのは非常に気まずいことに気がついてしまった。

 こんな気まずい状況、何も見なかった風にして脇を通り過ぎてしまいたい。

 でも不可抗力とはいえこの人が転んだのは、追いかけたあたしのせいだと思えなくもないし・・・。


「・・・うっ、ウゥッ、ぇぅっ」


 どこからともなく聞こえてくる嗚咽。

 どこって言ってもあたしは全然泣いてないし、状況を見れば嗚咽の元は1つしかない。


「・・・・」


 何だろうかこの状況。

 何もしてないはずなのにものスゴーーーク気まずい。

 追いかけたら転んじゃったけど、これってあたしのせいなのかな?

 師匠、こういう時どうしたらいいの?こういう時の対処法なんて教えてもらったことなんてない。


 助けを求めてもこの場にいない存在に助けを求めたところで答えてくれるわけもなく。

 仮にいたとしても、何も見なかったことにしろと、あの師匠はいうに違いない。

 しかし、それではこの場の気まずさも何も解決しない。


 泥にまみれて突っ伏す存在と、その近くでただただ右往左往するあたしを、生暖かい目で森の小動物たちが見ているだけだった。

 誰でもいいから、誰かタスケテ。



○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○○〇〇○○



 ここはさっきの山道を少し移動したところにある、木の根でできた小さな洞窟。

 結局あの後、泣く人に声をかけ、無理やり立ち上がらせてからこの洞窟まで引っ張ってきたのだ。

 雨風をしのいだり、サボっ・・・一休みしたりするのに丁度いい場所なので、今までに何度かお世話になっているから居心地はそこそこいい。

 地味に石の椅子とテーブルまで用意してある。

 普段は師匠に見つからないように焚き火はしないのだけど、濡れてしまったので暖をとるために火を起こした。


 着ていたコートや、私のポンチョは洞窟内の岩の上に広げて置いた。

 この人が着ていたコートは元は綺麗な薄いクリーム色だっただろうに、今はフードから背中に至るまで泥や葉っぱのついていないところはないほど汚れてしまって。

 倒れ込んでしまった正面はべったりと、特に胸元に泥がついてしまって元の色がわからないほどだった。

 広げるときに取れる葉っぱはつまんだり叩いたりして落としたけど、さすがに泥まではどうすることもできないなぁ。

 すごくもったいなくて残念。


「はい、どうぞ。」


「ありがとう。」


 手持ちの水筒で濡らした手ぬぐいを差し出すと、おずおずと手ぬぐいを受け取り顔や手を拭いていく。

 今ならはっきり断言できる。


 ものすごく、ものすごく綺麗な女の人だった。


 年の頃は20前後だろうか?

 抜けるような白い肌に、金色を混ぜたようなブラウンの髪は絹糸みたいに艶やか。

 伏せられた大きな目には何本楊枝が乗るかなーと試したくなるような、長いまつげがびっしり。

 整った眉毛に、すっと高い鼻筋、体が冷えているからか少し震える唇がとっても色っぽい。

 じっとされたら人形に見えるほど、すらりとした手足に端正な顔立ち。

 それらは残念ながら泥まみれなのだけども、泥まみれでも美人は美人だった。

 同性なのについつい目がいってしまう。

 自分と比べるのは良くないことなのはわかっていても、


(こんな美人と並ぶと流石に気になっちゃうなー・・・)


 かくいうあたしは、もう16歳だというのに身長は思うほどのびず150センチのままで、あんなに鼻も高くないし目も大きくない。

 麓の町では「あれま可愛いねぇ。飴ちゃんあげようか。」と、通りすがりのおばあちゃんに飴ちゃんを恵んでもらうようなお子ちゃまな見た目だった。

 飴ちゃんをもらった時はとっても嬉しかったし美味しかったけど・・・。

 これでも年頃だし少しは気にしてるんだぞ。


「?まだどこかについてる?」


 まじまじと見つめすぎたせいで、首を傾げられてしまった。


「ああ・・・、えっと、こことここにまだ付いてる。」


 ところろどころに残る葉っぱをちょいちょい取り払ってあげた。

 完全ではないけど、だいぶ綺麗になったかな?


「ごめんね、何から何まで・・・。」


 艶っぽい唇から出た謝罪の言葉は次第にしりすぼみになって、しまいには両手で隠れてしまった。

 この洞窟に来てから、この美人さんは座ったまま動いていない。

 火を起こしたのも、コートを脱ぐように促して広げたのも、座れる石を用意したのもあたしだった。

 

「ごめんて言われるよりも、ありがとうって言ってもらう方が嬉しい。」


 あたしにしてはかっこいいことを言ったつもりで、ニコッと笑みを送る。


「それもあるけど、逃げ出したりしてごめんなさい。」


 そうだった。

 美人さんが逃げ出したのもあるが、あたしが追いかけたからこの人がずっこけたんだった。

 なのにカッコつけて恥ずかしいったらない。


「謝らないでく、ください!あたしもつい全力で追いかけちゃって・・・そのー迷ってるのかなーって思って近づこうとしたら逃げられちゃって、雨も降ったしあのまま進んじゃうと危ないなーってそれで・・・」


 追いかけた結果、この惨事になってしまったんだと結論が自分の中で出たところで、しでかしてしまったことに愕然とし肩と頭をションボリ落とす。

 この辺は安全な山道とは言えない。近づく前に声をかけるなりすればよかったんだな・・・。


「ぷふっ、ふふふっ」


 笑い声に頭をあげると、美人さんが笑い出していた。

 はて、なんでこの人は笑っているのだろうか?


「ーーーごめんごめん、自信満々と思ったら急にションボリして、コロコロ変わって面白いなぁと思って。」


 これは褒められているのかな?

 面白い・・・うん、悪い気はしないけども。


「あと、ここ。葉っぱ付いてる。」


 不意に伸ばされた手はあたしの頭に届いて、一枚の葉っぱを掴んでいた。

 そしてにっこりと、眩しい笑顔を見せてくれた。

 あまりにも眩しすぎて、もうないはずの葉っぱを探すように両手を頭の上に持ってきてしまった。

 あたしが男だったらイチコロに違いない。

 くっ!なんて罪深い笑顔なんだろ・・・!


「ごめんね、笑ったりなんかして。」


「ううん、あたしの方こそごめんなさい。最初に声かければよかった・・・。」


「あんなとこに人がいるなんて思わなかったからビックリしちゃったの。フードかぶってて顔見えなかったし・・・ものすごい速さで寄ってくるし。」


「な、なるほど・・・」


 だんだん申し訳なくなってきた・・・。

 この山はあたしにとって庭みたいなものだから、本気を出せば頂上から麓まで全速力で走れる。

 普通の人は走ったりなんてしないよね。

 そうか、てことはーーー


「それで泣いてたんだね。」


 要は不審者に間違われたんだ・・・。ちょっとショック。


 どうやら転んだ時のことを思い出したらしい。

 途端に耳まで顔を真っ赤にして、頬に手を当てて悶え始めた。


「恥ずかしいから!怖くて泣いたなんて人生の赤っ恥よ・・・誰かに話したら怒るからねっ。」


「話したりしませーん。」


 チクリと釘を刺されるが、話すような相手は師匠しか思いつかない。

 淡白な師匠に話したところで呆れられるだけだろうし。


「そういえば、えっと名前は?」


 恥ずかしいところまで目撃したのに名前をまだ聞いてなかった。

 

「ウズよ。」


「ウズ?」


「そう。ウズって呼んでね。あなたは?」


 そう言ってウズはまた眩しい笑顔を見せてくれた。

 ぐぐぐ、この笑顔、魔力か何か入ってるんじゃないかなー?

 いちいちドキドキしてしょうがない。

 うちに帰ったら鏡で笑顔の練習でもしてみようかなぁ・・・うん、虚しくなりそう。


「あたしはこみちだよ。」


「こみち!可愛い名前だね!」


「そ、そうかなぁ?」


 照れてほっぺが赤くなるのがわかる。

 滅多に褒められることなんてないからなー。

 たとえお世辞だとしても、やっぱり褒められるのは嬉しい。

 相手が美人ならなおさら。


「ウズは何しに森にきたの?」

 

 チラリと外を見ると薄暗くなってきた気がする。

 洞窟に来てから1時間近く経っている。

 お日様が傾き始めているころだし、これ以上遅くなると暗くなって危ない。


「ちょっと探し物。」


「探し物って何を?」


「んー、今日はもう諦めようかなって。こんな格好になっちゃったしね。」


 これから探しだすと、ほぼ暗くなってしまうだろう。

 人里近い山だけど動物だっているし、魔物だっている。

 特にここ最近は物騒なこともあったからーーーーー

 

「うん、そうした方がいいと思う。ーーー麓まで送るから。」


 泥まみれのコートを広げて眉間にしわを寄せながら、ウズはあたしを見た。

 

「送るって・・・こみちってどこに住んでるの?」


「この山だよ?」


「こ、この山!?人が住めるような・・・ああ、聞きたいこといっぱいあるけど、とりあえず行きましょう。」


 そう言って、渋々コートを羽織る。

 多分まだ湿ってるんだろうなぁ・・・。

 あたしもいっぱい聞きたいことがあるけど一旦我慢だ。

 胸元に揺れる黒いクリスタルをそっと手に取り、首元から服の中に入れる。


(ちょっと帰りが遅くなりそうだけど、師匠が帰ってくるまでには間に合うかな。)


 ウズが入り口付近で後ろを向いているのを確認し、自分の体で死角になるように焚き火に手をかざした。

 そして手をぎゅっと握ると、火がジュッと音を多々て搔き消える。


「大丈夫だろうけど念のため・・・お願いね。」


 そういうと拳代の水の塊が3つほど宙に浮き上がり、焚き火痕にぶつかっていく。


「ーーーお待たせ!」


 完全に火が消えたのを確認してからポンチョを羽織り、足早にウズの元に駆け寄った。

 

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