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魔女であること  作者: 南 風香
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プロローグ

「・・・・ちゃん、こみちちゃん、こみちちゃん。もうとっくに雨止んでるよ。いい加減にしな!」


「ん、ん?ええっ!?」


 読んでいた本から目を離して窓の外を見ると、いつからか知らないがさっきまで降っていた土砂降りの雨は止んでいた。

 分厚い雲の隙間から太陽の光が差し込んで、隙間からは空まで見える。


「いつの間に!?」


「一時間くらい前だよ。ま〜ったく、声かけても全然反応しないんだから」


 おばちゃんの言葉に呆然とする。


 今日は納品のために山を降りてる最中に土砂降りの雨に遭遇して・・・薬屋に飛び込んだのが昼過ぎ。

 おばちゃんのお手製サンドイッチと木苺のシロップジュースを食べて、納品のチェックをしてもらって・・・。

 チェックが終わるまでの間ヒマだし、本読んで待ってたところだった。

 一体どれくらい時間が経ったのか、雨上がりの空の向こうで太陽が山に隠れようとしていた。

 思ったよりも夢中になって本を読んでいたらしい。


「ほんとその本好きだねぇ。一体何回目だい?」


「読んだのは500回以上」


「違うっ、こうやって夢中になりすぎて帰りが遅くなった回数だよ!いい加減にしないとお師匠さんの血圧上がっちまうよ!」


「あうあうあうっ!」


 誇らしげなあたしのおデコを、ツンツンツンとおばちゃんの人差し指が攻めてくる。


「大丈夫だよ、師匠は血圧とかとは無縁だから。それに今日は夕方まで師匠いないし」


「何言ってんだい、夕方なんて危なくて歩かせられないよ!お師匠さんもあたしも、人間心配したら上がっちまうもんなんだ!ごちゃごちゃ言ってないで帰りの支度しな!」


「はーい・・・」


 しぶしぶ軋む椅子から立ち上がり、読んでた本を本棚に戻す。

 もうちょっとで読み終わりそうだったんだけどなー。心配だって言われたら仕方ない。諦めよう。

 ま、家に帰ったら同じ本があるし、続きは帰ってからのお楽しみってことで。


「おばちゃん、ありがとう。んで、査定額はおいくら?」


 おばちゃんが袋に入れたお金を、ドンとカウンターの上に置く。

 おお〜思ってたよりも結構入ってそうな音だ。


「全部で110リスだよ。これとこれとこれ・・・あとこれはなかなか採れないから嬉しいね。後はいつもの薬草だから価格は変わらず。珍しいの採ってきてくれたから少し色つけといたよ」


「おおおおお・・・!」


 お金のずっしり感を両手で噛みしめる。

 今月は余裕を持って暮らせるくらいはあるぞ!

 ハローフィールのベリベリロールケーキ、ご褒美にねだっちゃおうかな〜。


「ほれほれ、守銭奴じゃあるまいしお金見てよだれ垂らすんじゃないよ。早いとこ帰らないと魔女がさらいにきちまうよ」


「え・・・魔女?」


 口元を袖で拭うと・・・あ、なんか糸引いた。

 おばちゃんの忠告の言葉が引っかかる。


「そうさね。昔から言うこと聞かない悪い子には魔女が来る、魔女が魂抜いちまうぞって言うのさ。小さい頃、婆ちゃんからよく言われて怖がってたもんだ。・・・ま、あの本読めるようになる頃には、脅しの一種だって分かっちまうんだが」


 そう言ってあたしがさっきまで読んでた本に視線を送る。

 本のタイトルは『魔女物語』、作者はロベルト・テンドリー。

 100年くらい前に存在したという魔女との出会い、当時本当に起こった第二次魔女戦争と、戦争に関わった仲間たちのことを書いた物語だ。

 出版された時からジワジワと人気が出て、今や魔女といえばあの本の名前が挙がる、定番の大人気書籍である。


「本当に存在するのかわからないけどね。あんまり保護者を心配させるんじゃないよ」


「・・・わかった、気をつける。おばちゃん、色つけてくれてありがとう!またよろしくねー」


 お金をウエストポーチにしまって、軋むドアを押す。

 カランカランと響くドアベルの音に見送られながら、土砂降りの雨でぬかるんだ地面を踏みしめた。

 雨で冷やされた空気が、頬に冷たく当たる。

 夏が近いとはいえ、まだまだ朝と夕方は冷え込む。これから気温がさらに下がるだろう。

 おばちゃんの言うこと聞いて正解だった。


「魔女ねー・・・」


 踏み出すたびに足にかかる水はお構い無しに、おばちゃんの言葉を反芻する。


(魔女がさらいに来る・・・魔女に魂抜かれる、か。うーん、そんな迷信あったんだ。ちょっとショック)


 人間にとって「魔女」と言う存在は、得体の知れない存在だということなのだろう。


 人間が魔法を使えなくなって、おおよそ1000年経つという。

 魔物や魔族が跋扈するこの世で、人間は生き残るために足掻いて足掻いて、足掻き続けてきた。

 命を脅かす存在に抵抗するために魔力を操る方法を編み出し、血のにじむ思いで、崖の上に渡された一本のロープの上を渡るような命がけを1000年続けてきたのだ。

 しかし、そんな命がけをしている横で、一人だけ頑丈な橋を使ってやすやすと崖を渡っていたらどうか。

 きっと開いた口が塞がらないだろう。

 それが「魔女」だ。

 女だけ、それも一人だけに与えられた魔法という力。魔女が一人存在したなら二人目はいない。その時代の唯一無二。

 自分の及ばない強大な力に対して、嫉妬し、畏怖し、憎悪しないことはないだろう。

 一部では魔女なんて存在は魔物や魔族と変わらん、排除すべきだという声まであるらしい。


 おばちゃんが言っていた脅しは、そんな人間の心情の表れだ。

 理解できないものを恐れるのは自然なこと。

 しかし、そうわかっていてもーーーー


(あたしがその魔女だって知ったら、おばちゃんどんな顔するのかな・・・)


 少しでも仲良くなった人に受け入れられなかったら、きっと・・・いや、絶対に傷つく。

 その光景を想像して、ギュッと手を握りしめる。

 しかしすぐに考えても無駄なことだと、頭を支配している不安を払うように空を見上げる。

 益体もないことを考えてしまった。


「はぁ〜・・・、美味しいもの食べたい」


 そうだ、おばちゃんが色をつけてくれたお金で、ハローフィールのベリベリロールケーキを食べるんだった。

 食べることはもう決定事項なのだ。

 明日師匠と一緒にリンゴッツの町まで買いに行こう。

 想像したら笑いが止まらなくなってきたぞ。


「うふふふ・・・わっとっと」


 甘い幸せを想像しながら進もうとして、水たまりに突っ込みかける。

 ニマニマしながら自ら突っ込みに行くなんて、怪しい上に恥ずかしすぎる。

 慌ててキョロキョロ見渡すが、ここは片田舎で人も少ない。確認する限り誰も見ていなかった。


 本の続きも読みたいし、ともかく早く家に帰ろう。

 水たまりがなんぼのもんじゃ。


 家はこのタイラ村からほど近い、小高い山の中にある。

 今から急いで帰れば30分くらいだろうか。

 魔法を使えばあっという間に着く。

 山の中に入ってしまえばどうせ誰も見ちゃいないだろうから、ぱぱーっと魔法で帰ってしまおうか。


「よーし、そうと決まれば善は急げー!」


 楽しみがあると思うと非常に足が軽く、軽快に走る。


 そうだ、魔女がどうのこうのなんて風評は気にすることはない。あたしはのんびり暮らせばいいのだ。

 師匠とずっと。

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