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その英雄、悪役志願 ~よみがえりの救世主は二度目は邪道を突き進む~ 作者:雨宮れん
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堕ちた英雄

 円形劇場には、多数の人がつめかけていた。今日、ここで処刑される悪人の最後を見届けるために。

「トリッド・ジャスティニアン、お前の罪は万死に値する!」

 鋭い声での宣言に、彼は表情を消して返す。

 元は白だった衣服は、幽閉されていた間に薄汚れ、また、ここに来るまでの間石やごみをぶつけられたことで、あちこち染みができ、破れている。

 トリッドの頬が疼くのは、先ほどぶつけられた石のせいだ。そこは赤く腫れていた。

 首には、強大な魔力を封じるための首輪、手足にもまた、力を奪うための輪がはめ込まれている。

 役人達にずるずると引きずられるようにして、処刑台に上がる彼の目には、何も映っていないようだった。

 元はぼさぼさになっている黒髪も、魔力を宿した紫色の瞳も。今は元来の姿を失っている。

「――裏切者め!」

「お前は、この国を売ったんだ!」

「処刑でさえもまだ手ぬるい!」

 集まった観衆は、口々に呪詛の言葉をトリッドにぶつけてく。

『どこで、俺は間違ったんだ?』

 そう叫ぶ声も、集まった観衆の耳には届いていなかった。魔力を封じるための首輪には、もう一つ。声を封じるための魔法も追加されていたから。

 救国の英雄、トリッド・ジャスティニアン。

 半年前まで彼はそう呼ばれていたはずだった。

 双剣の勇士、パドリアック。

 光の聖女アヴァリー。

 闇の聖女ラファティ。

 そして、四大精霊全てを支配下に置いたトリッド。

 ザッカルト帝国の支配から、このアルシア王国を救い出した四人の英雄。その四人の頂点に立つのがトリッドだったはずだった。

 だが、今の彼はただの囚人だ。

 声を奪われたトリッドが口をぱくぱくさせているのを、観衆は面白がるかのように見つめているだけ。

 浴びせられるのは称賛の言葉ではなく罵詈雑言。

 処刑台に、トリッドは膝をつかされた。ゆっくりともう一人が処刑台の上に登ってくる。

 長い銀の髪を首の後ろで一つに束ねた彼は、トリッドの知っている姿ではなかった。王族のような豪奢な衣服に身を包み、腰につった剣も見事な細工が施されたものに変化している。

「――申し開きは、あるか?」

 表情を消した薄青の瞳が、冷酷にトリッドを見下ろした。

 申し開きなんてあるはずもない。

 パドリアックがそう問いかけてきたのは、ただの形式だ。

 ――ほんの数ヵ月前まで、心の友よと互いを信じていたはずだった。いや、最初から信じていたのはトリッド一人だったのかもしれない。

 アルシア王国がザッカルト帝国の支配下に置かれたのは、トリッドとパドリアックの二人が子供の頃だった。

 王都ティルモアで暮らしていたトリッド。

 ザッカルト帝国との国境近くで暮らしていたパドリアック。

 二人は同じ頃立ち上がることを決め、それぞれ光の聖女と闇の聖女と協力して、国を取り戻す戦いを始めたはずだった。

 ――そして二人が出会ったのは、今から五年前のこと。

 四人は王国の解放を願い、協力することを決めた。

 町にあふれる傷を負って使い物にならなくなった兵士。親を失った子供。栄養が足りないゆえに、ちょっとした風邪でもばたばたと倒れ、死にいたる者も多い。

 市場からは、商品が失われ、ごく一握りの特権階級である王族貴族だけが、十分に腹を満たすことができる。

 今から一年前、しかも帝国側からの賠償名目での援助もとりつけ、ようやく復興の兆しが見えるというところまでこぎつけた。

 あと、もう少し。もう少しで、望んだ世が来るはず。

 目の前にいるパトリアックがにぃっと唇をゆがめる。

 ――最初から、こいつはそうするつもりだったのだ。

 その時、トリッドは理解した。

 トリッドに協力を持ち掛けてきたのは、パトリアックの方。いずれ、こうしてトリッドを追いやり、自分が手柄を独り占めするつもりだったのだ。

「ごめんね。本当、君の能力は役に立ったよ――だけど、もう少し周囲を見ることを覚えた方がよさそうだ。その証拠に、手柄を立てたのは君だけど、こうして勝者の地位に立っているのは僕だからね」

 笑みを浮かべたままの彼の顔の中で、唇だけがやけに赤く見える。

 トリッドがこうして捉えられたのは、魔族と結び、全人類を滅ぼそうとしたその罪だった。

「そうそう、君が想いを寄せていたロウィーナ姫――僕との結婚を承諾してくれたよ。いや、手柄というものは立てておくものだね」

 トリッドが歯を食いしばると、口内に鉄臭い味が広がった。こいつに、この国をゆだねるわけにはいかない。

 パトリアックは、この国を乗っ取るつもりでいる。

「そうそう、光の聖女と闇の聖女も力を貸してくれるってさ。しがない剣士にしては、ちょっとした出世だよね?」

 こちらの声が周囲には聞こえないのをいいことに、パトリアックはなおもだらだらと続けた。

「――というわけで、さようなら。魔族に魂を売り渡した『落ちた英雄』なんて、この世には必要ない」

 濡れ衣だ! 魔族と取引なんかしていない!

 懸命に口を動かすが、今、唇を読める位置にいるのはパトリアックだけ。

 トリッドの叫びを、パトリアックは指を振るだけで粉砕した。

「事実がどうか、なんて誰も気にしていないだろう。大切なのは――皆が『信じている』真実だけさ。魔族と取引していたのは――本当は、僕の方、なんだけどね」

 ここまでひそひそとささやき、パドリアックは両手を大きく広げ、芝居がかった仕草で空を見上げた。

 トリッドも釣られるように顔を上げる。

 空には分厚い雲がかかり、ぽつり――と、ちょうど雨の一粒が落ちてきたところだった。

「残念だよ、トリッド。君が――悔い改めるつもりはない、なんてね」

 彼の言葉に、今まで静まり返って動向を見ていた観客達からは、一斉に抗議の声が上がる。それもパドリアックは、聞こえなかったふりをした。

「どうか、君の魂が安らかに天に召されますように」

 胸の前で、祝福の印を切る。彼は、周囲にいた死刑執行人達の方を振り返った。

「できるだけ、苦しまないように頼むよ。これでも――かつては、『救国の英雄』と呼ばれた男なんだから」

 それきり彼は見るに堪えないといった様子で、処刑台を下りていく。最後まで円形劇場にとどまらず去ったパドリアックをとめる者はいなかった。

「そりゃそうだろう」

「堕ちた親友の最後なんて見たくないだろうさ」

「ロウィーナ姫との婚儀も間近に控えていることだしね」

 彼らの興味は、完全にパドリアックからは移動している。

『俺はやっていない! 俺は、俺は、この国を救いたかっただけだ――!』

 だが、声を封じられていては、その声が誰かの耳に届くなんてこともあるはずない。

 懸命に暴れ、身をよじろうとするが、トリッドの両肩を役人達が押さえつける。首切り台の上に首が固定された。

 だめだだめだだめだ。このままでは死ねない。

 このままでは――パドリアックに、国を、いやこの世界を奪われてしまう。

 首切り役人が斧を振り上げる――トリッドが最後に聞いたのは、彼の死を祝う、観客達の喜びの声だった。

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ブログ 最後の女神
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