魔界の執事は羊だそうです
「魔王が魔界に帰ってくれない件」
「それを俺に言われてもどうしようもないさね」
魔法の練習をしながらユースに言ってみたが、苦笑されただけだった。
「てか、アイツ仮にも魔王だよな?仕事とかどうしてんだ?」
「それは問題ないよ。俺がやらないといけない仕事はこっちでちゃんとやってるし、あっちには優秀な羊が居るからね。魔界よりこっちに居た方が楽しいんだもん」
「うわ!? いつの間に。てか、だもんって……ん? "執事"?」
「いやいや、"羊"」
「読んで字のごとく、やね」
いきなりわいて出たリンに驚きながらも引っかかったフレーズを聞き返せば、どうやら聞き間違いでは無かったらしい。
「羊ってあれか? 毛がモッサリしてるメェェって鳴くヤツ」
「そうそれ。まぁ、うちのは二足歩行でちゃんと言葉も喋るけど」
「何それキモい」
「魔界には不思議な生き物が一杯居そうやね」
おいユース、二足歩行で言葉も喋る羊を"不思議な生き物"で片付けようとするな。
「それより、ねぇツキヨ、明日城下町に行かないかい?」
「城下町?」
「そう。スウォンが言ってたんだけど、明日はツキヨのお友達の勇者君が市民の人達にお披露目さ れる日だから城下町はそのお祝いでお祭りやるんだって」
「あぁ、何かそんな事も言ってたな」
俺達がこの世界に来てもうそろそろ1ヶ月だ。
勇者である斗里は市民の人達にも顔を知って貰おうって事でお披露目をすると言っていた……ような気がする。
俺に余りにも関わりがない話だったから王女さんがキャンキャンと何か言っていたが聞き流していた。
「俺、お祭り行きたい!」
「魔王がお祭りって……」
「魔界のお祭りは主催とかのが多いから楽しめないんだよ。ね、いいでしょ?」
「俺は構わないけど、城下町って勝手に出歩いていいのか?」
この世界に来てこっち、城の敷地内しか行った事がない。
ユースに視線で誰かの許可が必要か尋ねれば、苦笑で頷かれた。
「王の許可が必要やろうね。今から貰いに行くかい?」
「そうだな。行くか」
「俺も着いてく!」
重い溜め息をついて動き出した俺とユースにリンが続いた。
誰かこの面子をどうにかしてくれないだろうか……
今、俺の目の前には難しい顔して執務用の椅子に座る王様とその横で不機嫌丸出しの顔をしている王女さん、その二人の前に笑顔を張り付けているユース、俺の肩には黒猫に姿を変えた"魔王"ことリンが居る。
王様に王女様に王子様に魔王様だ。
ただ外出の許可を貰いに来ただけなのに何この世界の重鎮達。
彼等は何でこんなに重い空気を醸し出してんの?
新しい嫌がらせなの?
俺にどうしろと?
「ですから、明日城下町に外出する許可を頂きたいだけです。何故、たったそれだけの事で貴女にとやかく言われなければならないのですか、王女様」
この世界に来てから一番長く顔を付き合わせている俺ですら気持ち悪く感じる笑顔でユースが言う。
目は決して笑っていないのだが……
「妾の子とただのオマケが王の御前で跪ことすらせずに無礼を申すのではありません! 勇者様の大切な日に城下町に外出ですって? 只でさえ目障りな存在ですのになんて図々しい!」
《王女様ってヒステリー持ち?》
「いや、あれが俺達に対しての通常運転だ」
使い魔特典である念話で話しかけて来たリンにこちらも頭の中で応え俺は小さく息をついた。
ユースと姫さんの仲は元々悪かったらしい。
これはキサラギ君情報だから間違いない。
けれどここ最近は前にも増して仲が悪いそうだ。
というよりは、前まで表面上だけでも取り繕っていたユースがそれを止めて姫さんに本気で噛みつき始めたのだ。
それが気に食わないのは当然姫さんで、何故かそのとばっちりは俺にまで来ているのである。
最近は事あるごとに絡んで来ては嫌味を言って帰っていく。
「目障りならば関わらなければいいのです。その方が私達も清々します。そもそも私達は最低限の礼儀を通して此処に居ます。それを貴女ごときにとやかく言われたくはない」
「何ですって!? この私に口答えをするとは無礼な!!」
更にエスカレートしていく二人の言い合いは残念ながら終わりそうもない。
「仕方ない。関わりたくないがさっさと終わらせるか」
《どうするの?》
「まぁ見とけ」
ギャーギャーと言い合っている二人の脇を抜け王様の前に立つ。
「お時間とらせてスミマセン。明日、俺とユース、それと使用人のキサラギ君の外出許可を貰えますか?」
「ぁ、あぁ。構わない。好きに過ごすといい。今後は態々私の許可をとらなくても構わないよ」
「有難うございます」
俺の言葉にそれまで姫さんとユースのやり取りを唖然と眺めていた王様はハッと我に返り承諾書と入城許可書を渡してくれた。
「ほれ、ユース帰るぞ」
「ん? 目的は達したのかい?」
「お陰様でな」
ヒラヒラと今しがた貰った紙を泳がせれば満足そうに頷かれる。
「ご苦労やったね」
「お前もな」
「フフ。……それでは私達はこれで失礼します。明日の成功を祈ってますよ」
最後の最後まで笑顔を張り付けてユースは態とらしいくらい恭しく一礼して部屋を出た。
「お前って絶対性格悪いよな」
「それはお互い様じゃないかね、ツキヨ」
「俺から言わせるとどっちもどっちだけどなぁ」
部屋から出た俺達は談笑しながら廊下を進む。
目指すは使用人さん達の男部屋だ。
「キサラギ君喜んでくれるかな?」
「明日、彼以外の使用人が全員他国からの来賓の世話で姫さんまで手が回らないって分かってて外出の許可を貰うんやから、や っぱりツキヨの方が性格悪いさね」
「たまには自分の事位自分でやればいいんだよ、姫さんは」
「てか王女さんもキサラギ君が居ないと自分が困るって何故気付かない」
「あぁ、あれはな、」
「「ただの馬鹿なん(だよ)(さ)」」
「二人してハモりながら馬鹿呼ばわり! 彼女、仮にも一国の姫さんなのに!! テラワロス!!」
腹を抱えて笑うリン。
勿論姿はまだ黒猫だ。
なんだか凄くシュールな光景だった。
この後、無事にキサラギ君を誘えた俺達は明日の朝城門に集合と決めてその日は解散となった。
ーーーーー
ーーー
ー
やって参りました城下町!
面子は俺とユース、元の姿のリンにキサラギ君の四人。
王子として顔が割れているユースは帽子に伊達眼鏡という変装スタイル。
変装したユースを見てしみじみとこいつも一応王子だったんだと思い出した。
さて、町に出るまで何も気にしていなかった俺だが、よく考えてみて欲しい。
四人中三人が俗に言う"美形"なのだ。
変装中のユースでさえその抜群のスタイルと醸し出す雰囲気がイケメンオーラを纏っている。
他の奴等も中性的美形のキサラギ君に見た目だけならクール系美形のリン。
対して俺は平凡が服を着て歩いているようなものなのだ。
「ヤバイ。来て早々帰りたくなってきた」
綺麗に飾り付けされ、お祭りモード一色の町の中、女性達の視線を集める集団の中に一人浮く平凡。
泣いていいだろうか?
「ねぇツキヨ、大食い大会やって。一緒に出ないかね?」
「ちょ、使い魔差し置いてなに主誘ってんの! ツキヨツキヨ! あれ出ようよ、腕相撲大会!!」
「城下町に来てまで下らない事してないでくださいよ。出るならツキヨさんの腕試しにもなる闘技大会でしょう」
俺の沈んだ気持ちなど全く気付いた様子もなく、三者三様に別々の場所を 指差される。
「てか、俺は一緒に出るの決定か?」
「そうさね」
「もっちろん!!」
「貴方が誘ったんですから当然です」
これまた三者三様に肯定の言葉をくれた。
「はぁ……オッケー、分かった。なら、先ずは町の中を色々見て回ろうや」
とりあえず、この美形な三人を置いて俺だけ帰るという選択肢は最初っから無かった様である。
溜め息をつきつつ、お祭りの中心部である町の広場まで行く事にした。
ーーー
ー
広場に到着した。したはいいが…
「……マジで帰ってもいいだろうか?」
「なん言ってんさね?」
「いや、俺元々人混み苦手ってか嫌いなんだよ。なのに何、このごった返し。あれか?ここには今流行りの有名歌手でも来てるのか?」
思わず頭を抱えてしまうほどの人、人、人。
見てるだけで吐き気がする。
「まぁ、勇者君はこの国の人にとっちゃそれくらいの価値があるんだろうね」
「今日は他国から来てる人達も多いでしょうしね。このくらいの人の多さは想定内でしょう」
「俺にとっちゃ想定外だ……」
ぼやく俺の肩に手を置いたのはユースだ。
「城に帰った所でお披露目会の手伝いさせられるのがオチさね。やったら、多少の混雑は気にせんと楽しんだがいい。ちゃうか?」
「確かに……しゃあない。行くか!!」
「その意気さね。んなら先ずは腹ごしらえせんとな」
ユースの先導で俺達は人でごった返している広場へと足を踏み入れた。
「そしていきなしはぐれるとか、もうギャグでしかない」
人混みに揉まれて約5分。
俺達四人は見事にはぐれていた。
いや、もしかしたら俺一人がはぐれているだけかもしれないのだが、あの三人が一緒に俺の事を探しているのなら意図せずとも目立ちそうなのだが、今のところそれらしい騒ぎはないのだ。
「まぁ、俺がはぐれた事は先ず間違いないんだけどな」
さてどうしよう。
土地勘など皆無だ。
ましてやこの人混み。土地勘があるない以前の問題である。
「取り合えず、この人混みから出るか」
こんな人にまみれた所に居ては見つかるものも見つからない。
「念話もさっきから調子悪くて繋がんないし。あれか? 只今回線が込み合っています状態なのか?」
お祭りで迷子が続出する感じが使い魔と主の間で起こっているのか?
何回試しても繋がらない念話を切り、俺は深い深い溜め息を一つついた。