彼の事情と俺の事情
「そろそろお手伝いの時間やないんかい?」
ユースに言われ時計を見れば確かに使用人さん達の手伝いをする時間である。
「本当だ。なら、俺行くな」
「身体強化、忘れんようにね」
「了解」
部屋を出ると同時に身体強化をかける。
これは特訓を始めた日から毎日やっていることだ。
日常生活の中でずっと身体強化をかけ続ける訓練。
かける威力は最低限のモノでいい。
が、これが中々に難しいのだ。元々魔力の少ない俺には特に1日中魔力を使い続けるなんて拷問だ。
初日なんて始めて3分でぶっ倒れた。
今では身体強化を解く事が許されたユースとの勉強時間を除けば、ほぼ1日かけ続ける事が出来るようになった。
「ツキヨさん」
「あ、カンナさん。お疲れさまです」
使用人さん達の休憩室に向かっている途端で執事のカンナさんに出会った。
フルネームはカンナ・シークオンさん。
僅かに白髪の混じった髪以外はとても若々しく見える優しい笑顔が特徴の紳士だ。
「今日はお嬢様のお部屋の掃除を手伝って貰えますか?」
「はい、大丈夫です」
「では、キサラギと一緒にやって下さい」
そう言ったカンナさんの後ろから小柄な人が出てきた。
彼はキサラギ・シークオン。カンナさんのお孫さんだ。
黒い短髪に青い瞳。基本無表情の中性的なイケメンだ。
「よろしく、キサラギ君」
「精々足を引っ張らないようにしてくださいね」
「……気をつけます」
「期待はしてませんけどね」
初見だと女の子にしか見えない彼だが、結構口は悪い。
俺に対しては何故か三割増しで悪くなる。
「終わりましたら何時もの場所でお待ちしております。今日は私が相手をさせていただきますので、どうぞお手柔らかに」
「あ、はい。分かりました」
そんな俺とキサラギ君とのやりとりを嬉しそうに見ていたカンナさんの言葉に返事をして、キサラギ君とお嬢さんの部屋へ向かって歩き出した。
「どうかした?」
お姫さまの部屋の前、扉をノックしようとした俺の手はキサラギ君によって止められた。
聞けば顔の前に人差し指を立てて動作で静かにしろと訴えられる。
「……」
「?」
扉に耳を当てたキサラギ君に習って俺も同じようにすれば、中から見知った人物達の話し声が聞こえてきた。
"見知った"と言っても片方は召喚初日にしか会っていないのだが。
「まったく、貴方は何をやっているのですか? 私は貴方にあのもう一人の異世界人の監視を命じたのです。誰が馴れ合えといいましたか?」
「別に命令違反はしておりません。"監視"とは即ち、彼の近くでその動向を見張れというものでしょう? 私はそれをまっとうしているだけです」
「それを屁理屈と言うのです。王位継承者の私に、妾の子である貴方が差し出がましい口をきくのではありません」
何とも身内間の政治的問題についての話題みたいだが、お姫さまに責め立てられているもう一人の人物は口調も一人称も違うがユースで間違いない。
「ユースってば、王子様だったのか?」
「妾の子なんですよ。だから王位継権は正妃の子であるエリシア様にあります」
「ふーん。ユースの方が頭良さそうだけどな。てか、ユースのファミリーネーム王様達と違うよな?」
「ユース様が名乗っているファミリーネームはユース様の母君のものです」
「まぁ、俺にとっちゃどうでもいい情報だな」
「ユース様が貴方の側に居たのは監視する為だったと知ってもですか? 貴方、馬鹿ですか?」
「別にユースが何の為に俺の側に居るかなんてユースの理由だろ? 俺はユースに色々教えて貰ってるから、直接的に俺に被害が無かったら別に監視目的だろうがなんだろうが構わないさ」
身内同士のいざこざ何かに口出しするつもりはない。てか、面倒だ。
「ユース様やスウォン様が貴方を"面白い"と評価する訳が分かりました」
「それって誉められてるのか? ……あ」
キサラギ君と話していれば、目の前の扉が開きユースが出て来る。
「……おやまぁ、聞いてたのかい」
「……」
苦笑を浮かべてそう言ったユースの、頬をかく手が僅かに震えていた。
「なんだよ、実は王子様なユース君。今度から様付けで呼んでやろうか?」
ニヤニヤと笑いながら言えば、ユースの目が見開かれる。
「怒っとらんの?」
「うん? 何に対して?」
「俺は、姫さんに頼まれて君を監視しとったんよ? 協力するふりして見張ってたんよ?」
「だから?」
信じられないコイツ、と言う目で俺を見てくるユースに顔がにやける。
何時も余裕そうに笑っていたコイツが間抜け面を晒してるのだ。笑えるではないか。
「てかお前、最初にカミングアウトしてんじゃん?」
そうだ。確かコイツ、一番最初に俺に姫さんに監視を頼まれたって言ってた。
なら、そんなの今さらじゃねぇか。
「言われればそうさね」
「だろ? んじゃ、俺等お姫さんの部屋の掃除あるから。また明日な」
「……なぁ、ツキヨ」
「うん?」
「明日、俺の話聞いてくれないかね?」
「話くらい何時でも聞いてやるさ」
そう言って後ろ手に手を振ってお姫さんの部屋に入ろうとした俺の耳にユースの呟きが聞こえた。
「有り難うな、ツキヨ」
「……」
礼を言われる程良い対応をしたとは思わないのだが…
てか、面倒な身内の揉め事に関わりたくないから適当に 流しただけなのだが……まぁ、いいか。