彼女は俺の救世主 ※ただし今のみ
「あっらぁ? ツーちゃんじゃない!!」
響いた野太いオネェ言葉は今の俺にとっては救いだった。
声の方を向けばキャシーさん。
因みに"ツーちゃん"は俺の事だ。ツキヨだからツーちゃん。
うん、まぁ、何も言うまい。
ブンブンと手を振りながらこちらへ来るキャシーさん。
そんな彼女(?)を目の当たりにしたタクトと斗里はポカンとした顔で固まっている。
この数十分間、この二人の言動に悩ませられた俺にとっては少しスカッとさせてくれるモノである。
てか、どっちが俺の隣の席に座るとか、どっちが俺と町を回るのに相応しいとか、どっちが俺と相性がいいとか、本当にどうでもいい。公衆の面前でやめてくれ。さっきから店員さんとか、周りのお客さん達からの視線が痛いんだ。冗談じゃない。
「今日はユースちゃんと一緒じゃないのね。あの女の子はどうしたの?」
「あ、あの子の名前、セーラちゃんになりました。今日は一緒に町を回る予定だったけどどちらともはぐれてしまって」
「そう、可愛い名前ね。どっちが旦那さん?」
「旦那はユースで……んん? ちょ、キャシーさん? なんで?」
「あらぁ、だってユースちゃんがセーラちゃんに肩書きをあげるって言ってたじゃない」
「いやまぁ、言ってましたけど……」
その言葉だけでセーラちゃんを俺とユースの養子にしたと考えが至るのが凄い。
「あ、あの、月夜? この人はいったい?」
恐る恐るという感じで聞いて来た斗里。
「あぁ、この人はキャシーさん。服飾雑貨店のオーナーさんだ」
「よろしくね! って、あら? 私あなた達二人の事知ってるわ。勇者様にマニフェス共和国の王子様よね? ツーちゃんってば結構な大物と知り合いねぇ」
のほほんと言われたキャシーさんの言葉にそれまでひきつった表情でキャシーさんを観察していたタクトの顔付きが変わった。
「ねぇ、キャシーさん~? あなたはいったい何者なのかなぁ? どーして俺がマニフェス共和国の王子だと知ってるの? 俺は自分で言うのもあれだけど、あまり公の行事とかには参加させて貰った事がないんだよねぇ。だから、俺の事を知らない人は多いんだぁ。それにここはマニフェス共和国じゃない。俺の事を知っているのなんて、それこそこの国の王族とその関係者くらいのはずなんだけどなぁ」
話し方は相変わらず緩いが顔が笑っていない。
警戒の色を濃くしたタクトにそれでもキャシーさんはニッコリと笑っていた。
「フフフ。いいわねぇ、若いわねぇ。可愛いわぁ」
「はぁ?」
返された言葉にタクトの眉間に皺が寄る。
こいつ、こんな顔出来たんだと何故だか感心してしまった。
「運び屋をやっているとね、色んな情報が入ってくる様になるのよ。貴方の事もその一つ。ただそれだけよ」
「運び屋?」
「そうよ。何か運んで欲しい物があったら私に言ってね。安くしとくわよ!」
バチコン、といつぞやみたいにウインクを決めたキャシーさんに再び顔をひきつらせたタクトは大人しく引き下がった。どうやら取り敢えずは納得したようだ。
にしてもキャシーさん。斗里は勇者としてお披露目されたから知ってても不思議ではないけれど、本人が言った様にあまり公にされていないタクトの事を知っているとはなかなかの情報網を持っているようだ。
なんと言うか、そんな人と知り合いであるユースの人脈も凄いのではないのだろうかと今さらながらに驚かされた。
「あ、そうだ。ねぇ勇者様?」
「え? あ、はい?」
それまで蚊帳の外だった斗里は突然キャシーさんに話しかけられて少し驚いている。
こいつのこんな反応も珍しい。
どうやらオネェ言葉を話す見た目は完全な男である彼女(?)の存在は真面目な斗里の理解の範疇を越えているみたいだ。テンパっている斗里、クソ笑える。ザマァとか思ってしまった。
「貴方と王女様が王立魔法学園に通うって本当?」
「え?」
「は?」
「へぇ」
俺達三人の声が見事に被った。上から斗里、俺、タクトである。
疑問符を付けた俺や斗里とは違い、タクトだけが何やら少し含みのある声を上げた。
「あら? まだ勇者様は聞いてないの?」
「あ、いえ、聞いてます。先日決まったばかりのまだ公にされてない話だと言われたので、知られている事に少し驚いてしまって……」
「あらぁ、それはごめんなさいね」
テヘ、とか可愛く(実際は全く可愛くはない)謝るキャシーさん。
おいキャシーさん、あなたの情報網はどうなっているんだ。もう運び屋辞めて情報屋やったほうがいいんじゃないのか?
てか、
「え、斗里お前学校に行くのか? 魔王討伐は?」
「魔王の復活まで一年くらい時間があるんだって。だから、学園に行って年の近い人達とパーティーを組んでギルドで依頼をこなして実践経験を積んだ方がいいだろうって。魔法学園には優秀な人達が沢山いるから、一年後の決戦に向けてその人達との連携を磨きながら腕を上げろってさ」
「一年後の魔王討伐にソイツ等も参加するのか?」
「うん。魔王討伐には国内外問わず沢山の人達が参加するみたいなんだけど、だいたいが国からの軍隊だったりギルドからのパーティーだったりして出来上がった連携があるだろうから、俺がそこに中途半端に介入するよりは俺のパーティーを組んでた方がいいだろうってさ」
「成る程な」
「新しい戦力の育成と勇者の育成を同時にやろうってんだねぇ」
面白いなぁ、と笑ったタクトが席を立つ。
「ごめんねツキヨ~。俺ちょっとやらないといけない事が出来たから今日は帰るねぇ。明日からはまたちゃんとセーラちゃんに付き合うからさぁ」
「うん? あぁ、別に構わないけど、どうした急に?」
「ん~? 今はひみつ~! じゃぁ、またお城でねぇ」
ヒラヒラと手を振りながら去って行くタクトを見送り首を傾げる。
「何なんだ? 急に……」
「あらぁ、もしかして秘密にしてた方が良かったかしら? 私、余計な事言っちゃった?」
困惑気味に謝るキャシーさんに気にするなと告げる。
出会って二日の人間の事を理解しようとしても無駄な事だし、もしタクトの"やらないといけない事"が俺達に悪影響を及ぼす様なものなら、徹底的に潰せばいいだけの話だ。
というより、はっきり言ってタクトが何を企てていようが巻き込まれさえしなければどうでもいい。興味もない。勝手にやってくれという感じだ。
ついでに言うと、さっきから何か言いたそうにこちらを見ている斗里の話も聞きたくない。それは確実に俺を面倒事に巻き込むやつだ。確信が持てる。
タクトみたく"どうでもいい"とまでは行かずとも、出来れば最大限の努力をして俺を巻き込まないで欲しい。俺は少し遠くから様子を見守っているだけにするから、それで勘弁してもらいたい。
そんな俺の願いはキャシーさんの暇を告げる声を合図に無情にも切って捨てられたのだった。




