母親になりました
「何の用だよ、王子様。面倒くせぇヤツならパスだかんな」
「相変わらずさね、フーロンさん」
客人用のソファに向かい合って座り、フーロンと呼ばれた彼は二度目となる欠伸を噛み殺した。
見かけは二十代後半位。
黒髪と灰色の眼をした彼は、顔は格好いいのに目が死んでいると言う、所謂"残念なイケメン"だ。
「あ~、自己紹介が必要か? 俺はフーロン・シャールナだ。」
「ツキヨにリン君、キサラギ君と名前のない獣人の女の子さね。俺達が此処に来たのは、この獣人の子に関する件でお願いがあるからなんよ」
「成る程。理解出来た。つまり、ソイツをお前の養子にするって話か。名前がないってこたぁ、訳ありだな?」
「話が早くて助かるさね。どうにか融通してもらえんもんかね?」
にこやかに言ったユースにフーロンさんは深い溜め息を溢して一枚の紙を出した。
「おら、これに必要事項を書け」
「えっと、"養子縁組申込書"?」
そう書かれている紙には幾つかの記入欄と養子縁組についての注意事項が載っている。
「君の名前を決めないとやね」
「名前……」
「何か好きなモノとかないの? それをベースに考えれば良くない?」
リンの意見に全員が獣人の子に視線を向ければ、ポツリと小さく言葉を洩らした。
「夕陽。……昔、まだ母様と居た頃に一回だけ海に沈む夕陽を見たんです。一面がオレンジ色で、嫌なこと全部忘れて、ただだただ綺麗だなって……」
「なら"セーラ"なんてどうだ?」
「セーラ……?」
「そう、"セーラ"」
確かイタリアかどっかの国で"夕方"を表す言葉だった筈だ。
「"セーラ"か。可愛いんやない? どうさね?」
「……」
ユースの問いに獣人の子が頷いた。
「なら決まりさね。……よし、これでいいかい?」
必要事項を書いたユースが紙をフーロンさんに渡す。
「あ~、後これだ。母親の項目。養子縁組は片親じゃ出来ねぇんだ」
「母親ねぇ……」
「別に男でも構わないぜ。まぁ、候補が居るなら本人を此処に連れて来なきゃいけねぇがな。一応決まりで両者立ち合いの下での申請が絶対なんだ」
「……」
不意にユースがこちらへ視線を向けた。
「俺は使い魔だから無理だよ」
「僕は年齢的に無理です」
二人の即座の拒否に全員の視線が俺に向いた。
「……いや、いやいやいやいや!!」
彼女すら出来た事ない俺にいきなり"夫と娘"なんて笑えない。
いや、マジで。
「頼むさね、ツキヨ」
「いいんじゃない? 人助けだと思ってさ!」
「リン、お前楽しんでるだろ」
「あ、バレた?」
取り敢えずリンに肘鉄を入れてから、獣人の子……基、セーラちゃんを見る。
「あー、セーラちゃんはあれだよな? やっぱお母さんはちゃんと女の人がいいよな?」
「……」
暫く俺とユースを交互に見ていたセーラちゃんが一つ頷いた。
心の中でガッツポーズして口を開こうとした俺より早く、セーラちゃんが言葉を発する。
「……ツキヨ、でいい」
「そう言う意味の首肯!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
てか、"でいい"って……
せめて肯定してくれるなら、俺"がいい"って言って欲しかった。
「本人の了承も得られたし、決定やね」
「ちょ、待て! お前はいいのか、ユース!!」
「俺は相手がツキヨなら構わないさね」
最後の望みとすがったユースにはにこやかにそう言われて終わる。
「あぁ、もういいよ……いいさ、あー、いいとも。17歳、桜庭月夜。一児の母になってやらぁ!!」
半ば自棄で叫んでから殴り書きで書類に名前を書き込んでフーロンさんに差し出した。
「うし、んじゃ後はこっちで適当に申請しとくからお前等もう帰っていいぞ」
シッシと追い払う動作をされ、何だか煮え切らないままにその場を後にする。
「……」
「……」
「……」
「……フハ、」
建物の外に出て暫く無言で歩いてた俺達だったのだが、不意にリンが小さな笑い声を上げた。
「フ、アハ、アハハハハハハハハ!! ツ、ツキヨが母親って! ウハハ! これ何てギャグ!? アハハハハ!!」
「リン、テメェ……ぶっっ殺す!!」
「うわ! ちょ、ツキヨ待って!! 今、腹筋が!! 腹筋がヤバいんだって!!」
「知るか!!」
身体強化して本気でリンを追いかけ始めた俺にリンも笑いながら逃げる。
「本当にあれが母親でいいんですか、セーラさん?」
「うん。ツキヨがいい」
「フハハ。きっとツキヨも何だかんだで君の親に成れて嬉しいと思うさね」
三人がそんな事を話していたなんて俺達は知らなかった。
ーーーーー
ーーー
ー
変な人間達に会った。
しっかり繋がれた右手の先には他の人間達と談笑してる一人の男。
ツキヨと名乗った彼はさっき私の"母親"になった人だ。
そして、その隣に居るのが私が最初に出会った"変な人間達"の一人、ユース。
私の"父親"だ。
私が"人形"と知っても尚……というよりは、知ったからこそ、私を養子として自分達の庇護下に置くことを選んだ変な人間達。
見上げた先、楽しそうに笑いあう彼等を見ながらリン様に聞いた話を思い出す。
"勇者召喚"に巻き込まれ何の力も無いと見放されたツキヨと、"妾の子"と疎まれながらも王子であることを義務付けられたユース。
人間の身でありながら、同種の人間達に見放され卑下される立場の二人はそれでも、"自分"を生きようとしているのだとリン様は言っていた。
「大丈夫。たぶんね、俺達は同じなんだよ」
そう言って笑ったリン様は何故かとても嬉しそうで…
ユースの話はユース自身から聞いた。
彼の生き方を変えたのがツキヨだということも聞いた。
けれど、実際に会ってみたツキヨは特別何かが凄いという訳ではなくて、ただ、私達の王を使い魔にしたという彼は何時も笑っていた。
その後は流されるままに彼 等と養子縁組みして今に至る訳だけど、本当に良かったのだろうかと今更ながらに思う。
「ツキヨは、」
「うん?」
「……ツキヨは私と養子縁組みなんてして良かったの?」
「……」
私の質問には答えず代わりに頭を撫でてきたツキヨはやっぱり笑っていた。
「ぇ、わ、ちょっ……」
ポンポン、から次第にグシャグシャと荒くなってきた手つきに慌てれば、スッと私の前に屈んだツキヨと目が合う。
「君には選ぶ権利がある」
「え?」
「勢いと流れでここまで来たけど、全ての決定権は君にあるんだ」
「私に……」
「君が嫌だと言えば、俺達は今すぐ反転して書類を書き直す事も出来る。君がこの国から逃げ出したいと言うのなら、キャシーさん達に頼んで他国に運んで貰う事も出来る。君には、自分のこれからを決める自由がある」
真っ直ぐに私の目を見てツキヨは言った。
「君は、どうしたい?」
「私は、」
「やっと見つけましたよ」
答えようとした私の言葉はしゃがれた声に遮られる。
子供の様な背丈に合わない燕尾服とシルクハットを身に付けてニヤリと笑う"闇商人"がそこには居た。
「ぁ、あ……いや……」
体が震える。
やっと、やっと逃げ出せたのに。
自由になれたのに、こんな所で…
涙で滲んだ視界を大きな手が遮った。
「大丈夫だよ」
「リ、ン様……」
そのまま手を引かれ後ろへと下がれば、入れ替わる様にしてユースとキサラギさんが前へ出てツキヨと並んだ。
「俺達に何の用か聞いても?」
「なぁに、アナタ方に用はありませんよ。私が用があるのは、ソコの獣人だけなのです」
「彼女に何の用かって聞いとるんさね」
「ヒョッヒョッヒョ、可笑しな事を。私はただ、逃げ出したペットを返して欲しいだけですよ。アナタ方も分かっておいででしょうに」
闇商人の言葉に3人の纏う雰囲気に僅かな怒気が含まれた。
「残念ながら、ペットなんて僕達は知りません。お引き取りください」
「面白くない冗談は嫌いです」
そう言って右手を挙げた闇商人の後ろに屈強な男達が現れる。
「大人しく渡してくれないなら仕方ありません。貴方方は顔が整っている。高値で売れるでしょう」
ニヤリと笑った闇商人がツキヨを凝視して溜め息を一つついた。
「……まぁ、貴方も需要はあるでしょう」
「悪かったな、フツメンで!!」
「ブハ!!」
「笑うなリン!!」
「コントはその辺にしてくれさね。相手さんはもう待ちきれんみたいやから」
武器を手にした臨戦体勢の男達に私達は囲まれる。
……ダメだ。
彼等を巻き込んではいけない。
私さえ大人しく捕まれば彼等に被害は及ばない。
「……ぁ、」
震える喉から出た声は掠れて言葉にならなかった。
それでももう一度と息を吸い込んだ私の肩に手が置かれる。
「リン様……」
「大丈夫だよ」
最初にかけられたものと同じ言葉。
「でも、」
「大丈夫だから、ね」
あやす様に頭を撫でられる。
何が大丈夫なのか、どうしてそう言い切れるのか、分からない。
たまたま会っただけの、何の役にも立たない奴隷の獣人を何故彼等は何の迷いもなく助けようとしているのだろう?
私さえ大人しく捕まれば彼等が闘う必要も無いというのに。
それなのに何故、危険を承知で私を匿うのだろう?
分からない、けど。
さっきのツキヨの質問の意味だけは分かる。
その質問に私が何と答えたかったかも分かる。
だから……
「私は"セーラ"だ!! もう鎖になんて繋がれたくない!!!」
出そうと思っても出なかった声は、意図も簡単に大気を震わせその場に響いた。




