服飾雑貨屋は未知の世界
「あっらぁー!! 可愛い子がこんなに沢山!! 嬉しいわぁ!!」
「「「「……」」」」
ユースの案内で裏路地を進んで進んで、更に進んだ所にあった一軒の店。
入った瞬間出てきたのは未知の生物だった。
鍛え上げられた肉体はスウォンにも負けず劣らずのモノだ。
顔もそんな肉体に合った堀の深い"男"の顔立ちなのだが……そこに施された厚い化粧に体格に不釣り合いなピチピチの女服とオネェ言葉。
元居た世界であっても、一部の特殊な方しか会う事はなかっただろう人種が今、俺達の目の前に居た。
それも複数人。
「ユースさん? この方たちは一体……」
恐る恐るといった体でリンが聞く。
「うん? 俺がよくお世話になっている服飾雑貨店のオーナーと従業員の人達さね」
「服飾雑貨店の……オーナーと従業員?」
思わずハテナをつけてしまった。
何ともまぁ、濃すぎるだろこの店。
中身がじゃない。人が、だ。
働いてる人達全員オネェってなんだよ!
なのに取り扱ってる品物はどれもセンスがいいものばかりって、なにこれ、ただの罰ゲーム?
このオネェ地獄をクリアしないと商品ゲット出来ないってか!?
そしてジリジリとオネェ軍団が此方に寄って来ているのは何で!?
笑顔が怖い!!
「ユースちゃん、この子達好きにしていいの?」
「いや、コーディネートして欲しいのはそこのローブ着た子だけさね」
目を爛々と輝かせながら寄って来ていたオネェ軍団がユースの言葉にがっくりと項垂れた。
「なぁんだ。残念だわ」
「ユースちゃんがお友達連れてくるなんてウォンちゃん以来だから可愛がってあげようと思ってたのに」
「ウォンちゃんってもしかして……」
「スウォンの事さね」
「やっぱりか。スウォンも来た事あるんだな、ここ」
「まぁ、一回連れてきて彼女らの好きにさせたら、どんなに誘ってもそれ以来一度も来なくなったんやけどね」
「……」
そりゃ、いくらスウォンでもこの人等に囲まれて弄くり回されたらトラウマになるだろう。
「俺等は店の中適当に見とくから、この子可愛くしたってや」
「分かったわ! さぁ、いらっしゃい!!」
「わぁ!? ぇ、ちょ……」
グイグイとオネェ軍団に奥の部屋へと引きずられて行った獣人の子に心の中で手を合わせておいた。
「皆も気に入ったモンがあったら買えばいいさね。人はあんなんやけど物は確かやからね」
変装を解いたユースがサラリと笑顔で毒を吐いた。
「お待たせ~」
そう言ってこの店のオーナーであるキャシーさんが奥の部屋から出てきたのは獣人の子を引っ張って行って小一時間経ってからだった。
てか、名前明らかに偽名だろ。
「もう~、獣人の子なら最初にそう言ってよねぇ!! 驚いたじゃない」
「悪かったさね。けど、キャシーさん達なら上手くやってくれるって信じてたんよ」
「まったく調子いいんだから。ほら、貴女も早く出てきなさいな」
キャシーさんに急かされて出てきた獣人の子は正に"見違えた"という言葉がピッタリだった。
「汚かったからついでにお風呂にも入れといたわよ」
「ありがとな」
「あ、あの……」
「可愛くなったね。似合ってるよ」
ニッコリと笑って言ったリンに獣人の子が恥ずかしそうにフードを被る。
その赤茶の髪に似合う空色のパーカーとふわふわと風に揺れるスカートはキャシーさん達の気遣いだろう。
上手い具合に獣人の子の獣耳と尻尾を隠している。
「それで? 訳ありの様だけど話してくれるのかしら?」
「……みーんな訳ありさね。けど、関わらん方が身のためさね」
キャシーさんの言葉に苦笑で返したユースに確かに、と心の中で頷いた。
王子継承権のない"妾の子"である"王子"。
"魔王"の肩書きを持つ"使い魔"。
"勇者召喚"に巻き込まれた"異世界人"。
キサラギ君はまぁ、俺達の中では"普通"だが、この国の王女様の上級魔法を中級魔法で破る事が出来る人物を世間一般的に"普通"と呼べるかどうかは知らない。
けど、うん、まぁ。俺達は確かに"訳あり"な集団だ。
「ここまでさせといて連れないわねぇ。けど、まぁいいわ。言いたくなければ無理には聞かないけれど、入り用の時は言ってね。ユースちゃんのお願いなら破格で引き受けてあげるわ」
「それは有難いさね」
「"引き受ける"? 服飾雑貨以外にも何かやってるんですか?」
俺のその問いにユースとキャシーさんの顔に悪どい笑みが広がる。
「ふふふ。服飾雑貨店は"表"の顔よ。"裏"では名の通った"運び屋"なの」
「……運び屋?」
「そう。合法的なモノから非合法なモノまで運べるモノならなんでもござれな"運び屋"よん。ヨロシクね」
「はぁ、よろしくお願いします……?」
バチコン! とウィンクを決めたキャシーさんに引きつった笑みを返すのが精一杯だった。
世の中、誰が何をやってるかなんて知れたモンじゃない… …
「なんだったらその子を運びましょうか?こんなろくでもない"制度"が蔓延ってる国より、身寄りはなくても他の国に行った方がその子の為じゃないかしら」
「仮にもこの国の"王子"を目の前にして言う台詞じゃないさね」
「あら、事実じゃないの。国王はまぁまだマシだけれど、その実子のお姫様は最悪よ」
「それには同感さね」
笑いながら交わされる二人の話は聞いてる方からしたら笑えない。
「それで? どうするの? 今なら洋服代込みの料金で引き受けてあげるわよ」
「有難い申し出やけど遠慮するさね」
「いいの? この国は彼女にとっては安全ではないでしょう?」
「やから彼女を守る"肩書き"をあげるんよ」
「"肩書き"?」
「そう。"肩書き"さね」
「……成る程ね。まったく、ユースちゃんも大それたこと考えるわね」
「面白い事って言って欲しいさね」
何だか納得したキャシーさんに見送られ店を後にした俺達は、来たときと同じくユースの後に続く。
「"肩書き"って、何をなさるおつもりですかユース様?」
「内緒、さね」
至極楽しそうに歩くユースを目尻にふとさっき湧いてきた疑問を隣を歩くリンにぶつけてみる事にした。
「なぁ、リン。お前ならこの子を魔界に連れて帰ってやることも出来るんじゃないのか?」
「うん? まぁ出来なくはないけどさ、考えてもみなよツキヨ。魔界に帰っても彼女には頼れる身内が居る訳でもないんだ。そんな子を身一つで放り出したら弱肉強食がモットーの魔界だと1日も持たないよ。それならまだ、ツキヨ達の目が届くこの世界に居た方が彼女の為だ」
「あー、ま、確かにな」
「それにユース君には何かいい考えがあるみたいだし、それに乗ってあげるのも一興だ」
「楽しんでんのな」
「楽しまないと損だよツキヨ」
こちらもこちらで楽しそうだ。
「面倒な事になんのだけは止めてくれよ」
「それは残念ながら保証しかねるさね。やけどほら、着いちゃったから色々と諦めて欲しいさね」
「着いちゃったって、お前、ここ……」
目の前に建っている建物に思わずユースとその建物を二度見してしまった。
"養子申請手続き及び書類申請受領所"
でかでかとそう書かれた看板を提げた建物の前に俺達は立っていた。
唖然としている俺達を他所にユースが何やら受付の人に話しかける。
「イロハさん、フーロンさんは居るかね?」
「あら、ユースさん。ご無沙汰です。マスターなら部屋に居ますよ。呼びましょうか?」
「いや、ちょっと立て込んだ用件やからこっちから行くさね。連絡だけ入れてもらっていいかい?」
「分かりました」
そう頷いた受付の人が机に描かれた魔方陣の上にメッセージを書いた紙を置いて魔力を流せば一瞬の光の後、その紙は姿を消した。
「あれ何だ?」
「"簡易連絡用魔方陣"ですよ。あの形式と同じ魔方陣がある場所なら、簡単に物や今の様なメッセージが送れるんです。方法は"転移魔法"と同じ様な感じで、物を送りたい場所を頭の中でイメージして魔力を込めるんです。まぁ、送れる物に限度がありますが便利な事に変わりありません」
「へー。てか、やっぱり"転移魔法"とかあるんだな」
「今のツキヨさんならもう出来ると思いますよ」
「マジか!? なら帰ったら誰かにやり方教えてもらおう」
なんて話してる間に相手方から返事が来た様で、ユースに連れられて建物の奥へと入って行く。
「なぁ、ユース。お前あの子を自分の養子にするつもりか?」
「そうさね。"王子の養子"こんな肩書き程強いモンはないやろ?」
「そりゃそうだけどよ、いいのか? 単独でこんな事決めちまって。王様とかに相談しなくて大丈夫か?」
「年齢的には養子もらっても問題ないし、いちいちあん人等の意見聞かないといけん道理はないさね。俺は俺のしたい様にするって決めたばかりやしね」
「まぁ、そう言われりゃそうだよな」
人様に迷惑をかけてしまう事なら兎も角、"養子"なんてそれこそ"自分自身"の問題だ。
それに、"獣人"の子を養子に貰う何てあの姫さんが知ってしまった日には、代わり映えしない高慢な態度で意味の分からない理由と持論を重ねた挙げ句、癇癪を起こすに違いない。
それは凄く面倒だ。
「で、今向かってるのがこの養子申請所のマスターやってるフーロンさんの部屋さね。まぁ、色々訳ありやから話し分かる人にやってもらった方が早いしな」
そう言って着いたのは建物2階の一番奥の部屋。
「久しぶりさね、フーロンさん」
扉をノックして中に入ったユースが正面にある椅子に座っている人に話しかける。
「ふぁぁぁ。…あぁ、お前かユース」
でっかい欠伸をして心底眠そうな目をした男は俺達を一度ぐるっと見渡して一言、
「あ~面倒くせぇ」
そう言った。




