俺達が出来る事
広場の中心から離れて人の少ない所に出た途端急に繋がった念話を頼りにリンと合流した。
そっからは早いもので、リンの助言に従い魔眼を使ってユースとキサラギ君の魔力を探して二人とも何とか合流。
「いやぁ、はぐれた時はどうなるかと思ったけど、何とかなったな」
「そうだねぇ。……なんか一人増えてるけど」
リンの言葉に俺達から一歩離れた場所で佇んでいるフードを被った小柄な人物に目を向ける。
「ユースかキサラギ君の知り合いか?」
「いえ、ユース様が拾いました」
「拾ったって……」
「君、獣人でしょ?」
「……っ!?」
「へ?」
いつの間にかその人物の前まで行っていたリンの言葉に思わず声が漏れた。
「獣人って"魔族"の?」
「そう。"魔族"に分類される者達だよ。獣人はこっちの世界に居る者も多いんだ。……けど、どうやら君は違うみたいだね」
フードの下から覗き込んだリンが優しく笑顔を作る。
「始めまして。俺は魔王。君の名前を教えてもらえるかな?」
「魔王、様……?」
聞こえた声は少女のものだ。
「そう。君達の王だよ」
「……名前」
「うん。君の名前はなに?」
「……ない。……名前、ないんです」
「そっか。俺はリュウイン・ダークウェント。リンでいいよ。よろしくね」
「リン、様……あ、あの、リン様はなぜこちらの世界に?」
「俺は今、あの人の使い魔やってんの」
「使い魔……リン様も人間にこき使われてるのですか!?」
「ぶは!! こき使われてるって、リンが?ないない、あり得ない!!」
「ちょっとツキヨ、空気読んでよ。ごめんね、あれが俺の主の、」
「桜庭月夜です。よろしく」
「触らないで!!」
「うぉ!!」
握手しようと差し出した手は強い拒絶で振り払われた。
「人間なんて信じられない!! 魔王様まで縛り付けるか!? 外道めが!!」
「うわぁ、身に覚えの無いことですんげぇ罵られてるんだが……」
苦笑しながら振り返った先には、苦虫を噛み潰した様な顔をしたユースとキサラギ君。
「……訳ありっぽいな。リン、ちょっとその子の相手しててくれ」
「了解」
獣人の女の子をリンに任せて二人の元へと行く。
まぁ、さっきの彼女の俺に対しての反応でだいたいの予想はついたのだが。
きっと二人はその事についてもう話し合っていて、彼女を連れてきたユースに至ってはこれからの事についても決めているのだろう。
「それで? あの子は?」
「……たぶん、"人形"さね」
問いかけに返ってきた答えは予想していたものと同じだった。
「まぁ、だろうとは思ったけどよ、人形制度は十年前に廃止されたはずだろ?」
「"表向きは"っていう言葉があるんですよ。この世界にも、どんな事にも"表"と"裏"があるんです。そして彼女は"裏"に関わるんでしょうね」
「ま、そうだろうな。どこの世界にだって似たような汚い部分があるさ」
表だけ綺麗に飾り付けたとしても、きっとその裏では沢山の"見なくていい事"、"知らなくていい事"がある。
「けど、それの一部を知ったからって俺達にどうこうできる問題でもないしな」
そもそも俺達の様な奴がどうこうできる問題なら、既に国王騎士団が動いている筈だ。
とっくの昔に解決されている筈だ。
「さて、まぁ、俺が聞きたかったのはそんな事じゃないんだよ。どうすんの? あの子」
「「……」」
「事実、そっちのが俺達にとっちゃ問題だろ? あの子が本当に"人形"だったとして、なら何でこんな所で一人で居る? "飼い主"もしくは"商人"は?」
「……それは、」
「ユース、俺はバカじゃない。分かってるだろ?」
「……ッ!!」
この一ヶ月、沢山の事を学んだのだ。
この世界の事を学んだのだ。
それなのに目の前のこの状況を"意味が分からない"と投げ出せる訳がないのだ。
流せる訳がないのだ。
そこまでバカではない。
「大元は叩けなくても、関わりを持ってしまったあの子の事については俺達が解決しなくちゃいけないんだよ」
「……」
きっと斗里なら、"こんな目に合っている人たちをほっとけない。皆助けよう!"とか言うんだろうけど、生憎と俺にはそんな善良でボランティア精神溢れる思考回路は無い訳で。
そんな実力もまた、無い訳で。
そして……
「あの子を売ってる"商人"を一人潰した所で、きっと何の解決にもならないしな」
きっと斗里より僅かばかり多く、この世界の事を知っている。
"表"に出てこれない"裏"の部分は、生き残るのが難しい分きっと根が深い。
たった一人の"闇商人"を潰した所で彼女の様な者達が居なくなる訳ではないのだ。
「だから俺はあの子を拾ったお前に聞く」
真っ直ぐに、その決意の籠った瞳を見つめて俺は問う。
「お前はあの子をどうしたいんだ、ユース?」
深く息を吸って、吐き出すと共にユースは口を開いた。
「俺が面倒見るさね。城に連れて帰る」
「あの子の身元引き受け人にお前がなると?」
「そうさね」
「"人形"の子だぞ?そんな子を保護するってどういう事か分かってるのか?」
「分かってるさね。全部の責任は俺がとる。その覚悟もあるさね」
「そうか。なら、"俺が"じゃなくて"俺達が"に変更しろ」
「え?」
ポカンと口を開けたユースに思わず吹き出した。
「あはは! ユースお前、何て顔してんの? せっかくのイケメンが台無し! てか、イケメン滅べ!!」
「……」
「あー、えっとだな、ま、取り合えず俺等も巻き込まれてやるよってこった」
キサラギ君の冷めた視線に思わず背筋を伸ばしてそう言えば、ユースの顔が下を向く。
「迷惑、かけるんよ?」
「いや、そんなん分かってるし今更だ。ついでに言えば俺のが今まで散々迷惑かけてるっての」
「有り難う、なぁ」
「……さて、まぁ、何はともあれせっかくの祭りだ。回ろうぜ! おーい、リン!!」
僅かに震えている声には気付かないふりをして、獣人の子を任せていたリンを呼べば二人して此方へと来る。
「話は纏まった?」
「あぁ」
リンの問いかけに応えてから獣人の子に視線を合わす。
「あー、えっと……君はユース、君と最初に会った奴な、ソイツが引き取る事になったぞ。身元引き受け人にもなってくれるから君の名前も後から考えて貰いな」
「自警団には……」
「渡さないよ。それが君にとっていい事ではないって事くらい分かってるからな」
「……」
「まぁ、難しい事考えるのは後で幾らでも出来るさ。今は先ず、目の前の祭りを楽しもうや?」
「……祭り」
「行った事ある?」
「…ない。」
「そっか。まぁ、俺もこっちの世界の祭りは初めてだからな、一緒に楽しもうぜ」
「一緒に……」
「そ。んでもって、ここで一つお願いなんだが、はぐれるのを防ぐ為に手を繋いでくれないか?」
ヒラヒラと右手を振ってみれば、その途端何かを考え始めたその子に苦笑を洩らした。
ついさっき綺麗に拒絶された手だ。
そんな、数分やそこらで受け入れて貰えるとは思っていなかったが、一日のしかも極短時間で二回もの拒絶を味わう事になりそうで少し悲しい。
「……」
「あー……俺がいやなら、リンやキサラギ君、ユースでもいいからさ。兎に角、はぐれないように手を……って、」
苦笑をそのままに言葉を並べていた俺の手に別の小さい手が重なった。




