迷子の迷子の……?
「あれま、はぐれてしまったみたいやね」
ポツリ、呟いた言葉は誰に向けた物でもない。
それでも何時もは返ってくる相づちが無いのが少し物足りない気がした。
「困ったなぁ。ツキヨとリン君はまだここら辺の土地勘ないんよな」
溜め息をついて思案する。
俺一人がはぐれたんなら未だしも、他の三人も同じ様にバラけてしまっているのならこの人混みの中で見つけるのは骨だ。
「かと言って、ツキヨやリン君、キサラギ君が下手に町を彷徨くとも考えられんしな」
三人とも頭はいい。
どんなはぐれ方をしていても、下手に動くよりもはぐれた場所を拠点にその周辺を探した方がいいという結論を出す筈だ。
「問題はこの人混みさね。これだけ人が多いと雑念が混ざり過ぎて念話すら使えん」
使い魔とその主の特権である念話。
せめてこれだけでも繋がっていてくれたならツキヨとリン君の心配は必要ないのだが、試しに自分の使い魔に繋いでみた念話は見事に砂嵐の様なザーという音しかしなかった。
きっと人が多すぎるせいだろう。
「さて、どうしたもんかね」
呟いて、取り合えず人混みから出ようと歩き出した所で人とぶつかった。
「おっと。悪かったね。大丈夫さね?」
「ぁ、えっと……その……」
尻餅をついてしまった相手に手を伸ばせばオロオロと戸惑われる。
「? どっか痛いとこでもあるんかね?」
「あ! いいえ!! 大丈夫です!! ……あっ!!」
心配になりかがみこもうとすれば、慌てて首を振られその拍子に相手が被っていたフードがとれた。
十歳前後の幼い顔つき。性別は女の子だろう。赤茶のくせっ毛に緑色の瞳。
それだけ見れば、普通の可愛い女の子なのだが、その子には一つ"普通"とは大きくかけ離れた所があった。
「……」
「あの、えっと、これはその、違うんです!!」
バタバタとフードを被り直したその子が震える声音で言う。
「君、"獣人"かね?」
俺のその言葉にその子の肩が大きくはねた。
彼女の頭についた犬の様な耳。
"普通"とは異なるその特長を持った種族を俺達は"獣人"と呼んでいた。
人の形をとり、けれど獣の耳と尾を持ち、能力は総じて人のそれより上を行く者達。
使い魔として呼ばれる事も多く、決して珍しい訳ではない彼等だが、こんな小さな子供は今まで見たことがない。
「誰かの使い魔かい? 主とはぐれたとか?」
俺の言葉に否定を示したその子はただ黙って体を縮こまらせている。
「……取り合えず、人の少ない所に行かんかね?」
その場から動こうとしないその子の手を引いて歩き出す。
「……」
手を掴んだ瞬間、反射でびくつかれた事に僅かに目を細めてそれでも足は止めない。
少し歩いてついたのは、広場から僅かに離れた小さな公園だ。
「さて、俺はユースって言うんやけど、君の名前を教えてくれるかね?」
「ぁ、えっと、……」
警戒を示す態度に出来るだけ優しい声音と笑顔で話しかけた。
「……そうさね、なら先ずは俺の事から話そうか。改めて、俺はユース・アルカイナって言うんよ。一応、肩書きはこの国の"第一王子"なんやけど、まぁ、本当に名前ばっかりでな、実際の王位継承権は義理の妹の方がある」
「王子、様……」
唖然と呟く様子に苦笑する。
「俺は妾の子やから王子言うても城での扱いは酷いもんよ」
「……」
その子の顔が一瞬歪んだ事にまた苦笑を浮かべた。
こんな話、聞いてて気分のいいものではない事くらい分かっている。
少し前の俺ならば、こんな見ず知らずの子に話そうとすら思わなかっただろう。
それでも今は前ほど抵抗なく話せるし、この話を聞いた他人の態度など気にならなくなった。
きっとそれはツキヨのお陰なのだろう。
「散々な扱い受けてきて、それでも表面上は"仲のいい王族"を演じてきてたんさ。けれど最近、それが何だか馬鹿らしくなってな。やめてしまったんよ」
勇者に巻き込まれてやって来た何の力もないツキヨ。
王や姫さん、その臣下の者達には早々に見限られ、放り出されたツキヨの存在はどことなく自分に似ていると思った。
だから姫さんから彼の監視を言い渡された時二つ返事で引き受けたのだ。
「気に入らん相手に媚びへつらいながら生きていくくらいならな、例え沢山の人から嫌われ様と自分のやりたいようにやるって…そういうバカに会ったんよ」
常にヘラヘラ笑っていて何を言われても気にしない様子で振る舞っているのに、自分に力を貸してくれている者が貶されれば容赦なく相手に毒舌を吐く。
そんなバカに会えたんよ。
「本当に不思議なヤツなんよ」
「……」
俺の話に無言で耳を傾けるこの子にはきっと、誰かの助けが必要だ。
使い魔では無いと言った彼女は、"人間"に対して酷く怯えていて、そんな様子を見ていればこの国の歴史を知っている一人として行き着く考えはだいたい絞られる。
「右も左も分からん世界で、頼れる人なんて居ない中、きっと途方に暮れているんだろうと思って会いに行ったらな、ソイツ自分で生きようとしてたんさ」
初めて会ったのは書庫だ。
この国について自ら学ぼうとしている姿に驚かされた。
「だって彼にとってはここは本当に全く知らん場所で、頼れる人なんて居らんとよ? そんな状況下で自ら動けるのは余程の実力がある者か、バカしかいないさね」
そして彼はバカだったのだろう。
だから、"監視"だと最初に釘をさしたにも関わらず自分に魔法を教えてくれと言って来た。
そしてきっと、自分もバカだったのだ。
「最初は確かに"監視"が目的やったんやけどね、出鼻挫かれてからは何かもう彼の事が面白くてしょうがなくなってしまったんさ」
ただ巻き込まれ、勝手に何の力もない弱者と位置付けられた彼。
望んで得た訳ではない地位に縛られ、生き方を決められた自分。
俺達は確かに似ていた。けれど彼は、自ら生きる為に足掻き出したのだ。
「勝手に他人に背負わされた肩書きなんて要らんって言って、結果彼は"弱者"という肩書きを払拭したんよ」
そうだ。彼はもう弱者ではない。
少ない魔力で、それでも闘う術を身に付けた。
「やからね、俺も彼に負けられんと思ったんさね。肩書きなんざ要らん。そんなモン無くても俺は俺や。"王子"なんざなりたくてなったんやない。アイツ等が勝手に俺をそうしただけや。やったらそんな気に入らんモン無くたっていいやんな?言いたいこと言ってもいいやんな?俺は"人形"やないんやから。」
「ッ!?」
"人形"と言う言葉に大袈裟な程に肩を跳ねさせた彼女に目を細める。
「君は?」
「……え?」
「君は、どうなん?」
「私、は……」
ギュゥッとフードの裾を握り黙り込んだ彼女に苦笑する。
どうやら彼女の心を開くのはもう少しかかりそうだ。
ーーーーー
ーーー
ー
「……」
「……」
「……」
「……幼女誘拐は犯罪で、ロリコン趣味は変態ですよ、ユース様」
「違うさね!!」
ちょうど広場の周りをウロウロしていたキサラギ君を見つけて合流した第一声がそれだった。
勘違いも甚だしい。
「彼女、獣人なんさね。さっき会ったんよ」
「……獣人。使い魔ですか?」
「いや、違うみたいさね。」
「……」
彼女と距離を置き、二人で話す。
使い魔ではないと言った瞬間にキサラギ君は何かを察した様に黙り込んだ。
「"人形"ですか……」
「その可能性が高いやろうね」
"人形"。
この国のみで栄えた文化あり、約10年前に廃止された制度だ。
"人間"以外の生き物を人間の為の労働力として使う、謂うところの"奴隷"である。
ただ命令に従い、自らの意思など無いものとするただの動く人形。
故に"人形"。
「今思えば、"人形"は殆ど"魔族"やったんやね。"獣人"や"エルフ"、"ドワーフ"に"フェアリー"。全て人間の言葉を解し、意思の疎通が出来てた」
「だからこそ、魔物よりも魔族が好んで"人形"として扱われたんでしょうね。けれど、"人形"制度は10年前に廃止になったはず。彼女がそうなのだとすれば、闇商人が関 わっている可能性が大きいですね」
「やね。表向きは廃止された制度やけど、そうそう変わるモンやない。光の当たらない裏でこっそり、細々と続いてたんさね。そんなこと出来るのは闇商人くらいやけど、この子一人から大元までは行き着かんやろうね」
「まぁそれは国王様がなさる事です。僕達は先ず、あの子をどうするか考えないといけないのでは?」
「そうさねぇ」
振り返った先には所在なさげに立ち尽くしている少女。
「町に駐在してる自警団に連絡すればあの子の身は最悪、元の木阿弥になってしまうやろう」
「ではどうしますか?」
「うーん……」
自分の中で答えは既に出ているのだが、果たして彼等は何と言うだろうか。
反対はせずとも、結果自分の我が儘で巻き込んでしまうのだ。
「おぉ、いたいた! やっと見つけた」
「……ツキヨ」
暫く続いた沈黙を打ち破るように掛けられた声。
隣に長身のリンを連れたツキヨがそこには居た。




