4 何よりもの回復薬
榛さんがご飯を作ってくれている間も私はベッドに横になってなさいと言われて大人しく寝ている。起き上がって手伝いを申し出たのだが即座に却下されてしまった。
「完全には体力回復してないでしょ」
そう言われては引き下がるしかなかった。榛さんにまたもやベッドに寝かしつけられてしまった。
調理器具や食器、調理をしてくれているその音に耳を澄ます。
私の為にと作ってくれている直ぐ近くから聞こえてくるその音と、漂ってくる香りに何とも言えない暖かさを感じた。
LDKだから、横になっていても視線を動かすだけで彼の姿を見ることが出来る。だから私は好きな人の後ろ姿をずうっと眺めていることが出来た。
少しくせ毛のある短い明るめの髪と、Tシャツの上に羽織っているチャコールグレイのストレッチシャツの広い背中。足の長さが際立って見える黒のストレートジーンズ。
邪魔になるだろうから眺めている事しか出来ないけど、出来るものならその背中にぴとっとくっついてみたい。そんなことを考えていた。
「はい、出来たよ。一葉もう起きれそう?ご飯、食べられそう?」
「起きます。ご飯も食べられます。というより凄く食べたくなりました」
ずっと横になっていたおかげですっかり眩暈も感じなくなっていたし、いい匂いがずっとしていたからお腹が空いてきた。
最初は余り食欲が無かったのだけれど、こうやって榛さんが傍にいてくれるだけで心強くて、食べたいという食欲も湧いてきたのだ。
「それは良いことだね」
榛さんはそう言って笑うと、私が普段パソコンを使うときにも使っている小さなダイニングテーブルの上に料理を並べてくれた。
「わ、水餃子。美味しそう。頂きます」
短時間で作れて、胃に負担が掛からないようにと配慮して作ってくれた水餃子スープは、数種類の野菜と水餃子だけで作ってあって優しい味がした。
「美味しい」
こうやってこの部屋で誰かと向かい合って食事をするのは久々だ。友達も招かないし、今まで家族と数回あるだけだ。
「それは良かった。一葉の顔色も良くなってきてる。あ、ピラフも食べる?」
冷凍の海老ピラフも1人分だけレンジで温めてくれていたが、そんなには食べれない。
「ううん、スープだけで十分」
「相変わらず一葉は少食だなぁ。でも、そろそろリンゴも出来るんだよねー」
「リンゴ?」
「そ。リンゴのコンポート。甘いデザートなら少しは食べれる?」
「ええっ、デザートまで?」
榛さんは、スープを食べている間にリンゴのコンポートまで作ってくれていて、食後に少しだけ紅茶と一緒に食べた。
榛さんは男の人だけけれど、こういうのを女子力が高いっていうんだろうか。
「ご馳走様でした。美味しかったです。榛さん、料理上手なんですね。家でリンゴのコンポートなんて食べれるなんて思っても見なかった」
例えリンゴを食べるとしても幾つかにカットしたリンゴを生でそのまま食べるぐらいしか一葉はしたことがない。
甘味を押さえたコンポートはリンゴの食感も少し残っていて、少しだけ横に添えられていたバニラアイスと一緒に食べるともっと美味しかった。
それがちゃちゃっとデザートを作ってしまえるなんて上級レベルだと思った。見習わなくては。完全に負けている。
1人暮らしを始めてからも少ない方だったけれど、会社を辞めてから特に外食すると知らない人と会うことが怖く感じてしまうのと、食費が高つくこともあって殆どしなくなっていた。
だから私も家で作って食べることがほとんどだけれど、こんなに手際よく作れないし、味も負けてる気がする。
「そんなに手の込んだもの作ってないよ。手抜き料理だって。スープは市販の水餃子とカット野菜とコンソメと塩コショウ入れただけだし、リンゴのコンポートは器に切ったリンゴとはちみつ入れてレンジで温めただけだよ?仕上げにカップアイスのバニラは食べる直前に乗せただけだし。紅茶はティーパックだし」
だから簡単と何でもないことのように言うけれど、やっぱり私は凄いと思う。
「ううん、すっごく美味しかったからいっぱい食べれたもの」
今日は体力が落ちているから以前より食べる量は減っているけれど、最近の中では多く食べた方だと思う。私の為に作ってくれたからというのもあるのだけれど、美味しいのと、こうやって1人で食事するより2人の方が断然楽しくて食が進んだ。
「一葉にそんなに褒められるとちょっと照れるな」
そう言って照れる榛さんが私には眩しく見えた。
「後片付けはしておくから一葉はゆっくり風呂に入っておいで。一葉は湯に浸かっても頚椎症悪化しないって言ってたよね?ちゃんと肩まで温めるようにね」
世の中には逆に患部を温めると体調が悪くなる人もいるらしいのだ。私の場合は楽になる。
「えっ、ご飯作って貰ったから片づけ位私がするよ。だからお風呂は榛さんが先に――」
「だーめ、一葉の体の回復の方が優先に決まってるでしょ。ほら早く行かないと俺も一緒に入っちゃうよ?」
先に入って欲しいと続けようとして断られてしまったが、なんてことを言ってくれるんだ榛さんはっ!一緒にお風呂なんて恥ずかしくて入れないってばっ!
「だ、駄目っ」
私を先に入らせるための冗談だと分かっていても断りの返事をしてしまった。顔が熱い。
「そう?残念だなー。まあ、それは一葉の許可が出るまで気長に待つよ」
くしゃくしゃと頭を撫でられ送り出された。
・・・あれ?冗談で言われたわけではないのかな?許可してたら一緒に入ってたの?やーん。
私は1人湯船につかり照れていた。
ほこほこに温まって風呂を終えると、続いて榛さんも風呂に入って行った。その後は言われていた通り本当に手を出されずに狭いベッドで抱きしめられたまま一緒に眠った。
初めのうちはドキドキして絶対に眠れないと思っていたのだけれど、自分のものではないゆっくりと聞こえるとくんとくんと動いている心音にいつの間にか眠くなってきた。
何時もなら朝が来るまでの暗くて長い時間を、辛くて何度も寝返りを打って浅い眠りを当たり前として我慢していたのに、人肌に包まれて本当に久しぶりに安心してぐっすりと眠ることが出来たのだった。