12 至福のとき
フレンチトーストを完食して(ボリュームがあったけれど美味しくて気が付いたら完食してました)、現在はお勧めデザートを半分こして食べている。
ティラミスと言えばココアとマスカルポーネチーズを思い浮かべると思うんだけど、お勧めと出されたものは秋を意識したマロンティラミスだった。
栗の甘露煮とマロンペーストも使われた贅沢なものだった。
チーズとココアも栗と相性がいい。フレンチトーストも食べた後だと言うのにぺろって食べちゃった。
最後に残り少なくなったカプチーノを最後まで飲んでまったりと。
はあ、物凄く美味しかった。お腹いっぱい。
「ねえ、榛さん。猫って今日はお休みなのかな?」
食べ終えて気が付いたのだけれど、お店の入り口のドアプレートには猫がいますって可愛いイラストと共に描いてあったから会ってみたいと思っていたんだけど、一度も姿を見ていない。
「そういえば姿見ないな」
2人してきょろきょろと座ったまま視線を動かすも猫の姿は見えなかった。
「ああ、済みません。猫は上にいるんですよ。良かったら連れてきましょうか?」
私達の行動を見ていたマスターが気を利かせてくれそう言ってくれた。上というからには、二階なのだろう。
「えっ、わざわざ連れて来なくても」
遠慮してそう言いつつも本音は見てみたいと思った私。
「気にしないでください。今連れてきますから」
私達に柔らかな笑みを見せながら、歩く動作も優雅にキッチン横の通路へと消えて行ってしまった。
うーん、もしかしてわがまま言っちゃったかな、と思わないでも無かったが猫に会える楽しみの方が上回っていたのも事実。
暫くしてマスターが戻ってくると、その背後にはまだ生まれて間もないだろう赤ちゃんを抱いた見知らぬ女の人も一緒だった。猫はその後ろをとことこ付いてきていた。
誰かなと思ったけど、もしかしてさっき聞いた奥さんかなと思い至ったところで私たちの傍に来たマスターから紹介された。
「お客様がハンドメイド雑貨を気に入っていたと伝えたら一度お会いしたいと言うので妻も連れてきました」
「初めまして、中崎彩華です。この子は、娘の遥です」
「はっ、初めまして。あの、私は藤田一葉といいます。よろしくお願いします」
私より多分年下だろうとおもう。背が低くて可愛い感じの人だった。娘さんはすやすやと眠っていた。寝顔も可愛いし、ほっぺもぷにぷにで可愛いんだけど、握ったままの形になっている小さな手がまたなんとも言えず可愛い。あのぷにっと感が好き。
若いこのお母さんがさっきのがまぐちを作った人なんだと思ったらなんだか緊張してしまった。声が硬くなった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ふふっ、私が作った作品を気に入ってくれた人とお会いできて嬉しいです。もし良かったら隣座ってお話させて頂いてもいいですか?」
「あっ、はい、勿論ですっ」
初対面で強張っている私に中崎さんはふんわりと笑いかけてくれて、私の左隣の空いている椅子へ腰かけた。その後マスターは仕事へと戻って行った。
隣に座ったとたんに中崎さんの膝上には黒い猫がぴょんと飛び乗ってきた。
「ごめん、くろちゃん。ちょっと重い」
赤ちゃんを抱いたままだったからだろう。いくら猫の体重は軽いとはいえ現状にプラスされると重いのだろう。体重が重いと言われた方の猫は不満そうな顔をして(本当に私にはそう見えた)、私の方を見上げて来た。
「なーう?」
こちらに訴えかけるような何か言いたげな緑色の瞳に見つめられていた。
・・・ちっちゃくて可愛い。けど、ごめんね。何を言いたいのか分からない。
「ん?くろちゃん、隣に移動したいの?ちょっと待ってて。藤田さん、くろちゃんが膝を借りたいみたいなんですけど借りてもいいですか?」
「私の膝ですか?それは構いませんけど・・・。猫は好きですし」
ちんまりとした大きさの猫だし、是非こちらからお願いしますって言いたい程可愛いし。でもそれにしても、猫の鳴き声を理解出来るって飼い主って凄いんだなぁと感心した。
「くろちゃん、いいって。良かったね」
「なうーん」
一声啼いた後、猫は軽く飛び跳ね私の膝にすとんと渡ってきたかと思うと、ミモレ丈のウールのグレースカートの上にくるんと体を丸めて目をつぶってしまった。
「か、可愛いっっ。すっごい、可愛いっ」
ここでも私は可愛いを連発。
恐る恐る黒い背中を撫でると予想以上に滑らかな毛並み。ふわふわもふもふ。私と榛さんの2人かがりで膝上の小さな猫を撫で始めた。至福っ。
その後は榛さんも一緒に(ほぼ頷いていただけとも言う)交えて中崎さんとおしゃべりをさせて貰った。
中崎さんからは苗字ではなく、旦那さんもここにいるので区別するためにも名前で呼んで欲しいと言われ彩華さんと呼ばせて貰うことになった。(私の事も一葉さんと呼んで貰うことに)
娘はまだ生後3か月程だとか、手芸店に勤めているが今は育休中などと教えて貰った。
もちろん私も自分の事を話した。今は休業中ということ。ネットで恋愛小説を読むだけでなく書き始めたことを。
すると、昔から割とどんなジャンルの漫画も小説も読むという彩華さんの食いつきが凄くて吃驚した。
「是非読みたいですっ!」
彩華さんにサイトとハンドルネームを聞かれたので教えると、絶対に読ませてもらうと断言された。
えーと、そんなに気合をいれられても・・・。
見知らぬ誰かに公開している小説を、知り合いになったばかりの人に読まれるというのは初めてな事なのでやや気後れするんですけど、とはまさか言えず。
「えっと。もし読んで貰えるならこの作品から―――」
書籍化の話を貰ったタイトル名を告げた。