11 嫉妬と余所見
犬と猫ならどっちが好きかと聞かれ、連れて行きたいのはコーヒーショップと榛さんが言っていたから犬カフェか猫カフェなのかなぁと予想していたんだけど、違っていた。
勿論良い意味で。
散歩がてらにと初めてのデートに連れて来てもらったのは、榛さんのアパートから歩いて10分程の距離にあるコーヒーショップ・クレマチス。(あわわ、手繋ぎ!と一人で赤面してました)
シンプルな外観とドアの猫のイラストが描かれているプレートを見ただけでなんかいい雰囲気かも、とは思ったけれど。
実際に中へ入ってみると予想以上に物凄く私好みの店だったのだ。
ドアを開けた途端に芳しいコーヒーの香りが漂い、その香りにほうっとしながら周りを見渡すと壁は白を基調としていて、数個の観葉植物の他、コーヒー茶碗、小物も配置良く棚に飾られており、道路側に面している窓はかなり大きく取ってあり光が満ちていた。床は木目で落ち着いた雰囲気を醸し出していて居心地が良さそうだ。
そして、温かみのある手作りの小物が一角に販売されているのを見つけ、何も注文せぬままにまずそのコーナーへと足を向けた。
「わ、これ可愛い!」
ころんとした手のひらサイズのがま口に一目惚れ。ベージュと青い花柄模様の二種類の布で作られていて、ミカンみたいな形でまんまるとしていたのだ。
ぱちんとゲンコ(ひねりの部分)を開くと中は水玉模様だった。タグも入っていて値段を見ると800円とお手頃だった。
「これいいなぁ」
ぱちりと口を閉じて、色んな方向から眺めた。
「うーん、でもこっちのがま口も可愛いなぁ」
他にも色違いのものや、サイズ違いの物、ポーチ、ストラップ、アクセサリーといったものまであって目移りしてしまい大いに悩まされた。
「これも可愛いし」
私はこの言葉を店に入ったときから何度言ったか分からない程に繰り返している。最初は余りにも喜んでいる私を見て榛さんも嬉しそうにしていたが、今はやや呆れ気味になっている。
「一葉、悩むのは後にして、一旦コーヒー頼まない?」
「あ」
朝ごはんも兼ねていたのをすっかりと忘れていました。何故朝ごはんがこんなにも遅くなったのかは全部榛さんのせいだから(///照)・・・です。
「ご、ごめんなさい。私、つい夢中になってしまって」
「ん?気にしないでいいよ。一葉がこの店を気に入ったのなら俺も嬉しいし」
「うん、後でもう一回見ていい?」
「勿論」
一葉は促されて手芸のコーナーからカウンター席へと異動した。
「お早うございます。こちらがメニューです」
背の高い男の人からキッチン越しにメニューを手渡され榛さんが受け取った。キッチンにはもう一人若い女の人が何やら作業をしている後ろ姿が見えた。
「一葉、俺のおすすめを頼んでいい?」
メニューを受け取ったものの榛さんはそう言ってきた。
「うん、お願いします」
特に問題もないのでお任せすることにした。
「それじゃあ、ブレンドコーヒーとカプチーノ。それとフレンチトーストを二つとお勧めのデザートを一つお願いします」
「畏まりました。暫くお待ちください」
やがて頼んだものが出来たと知らせを貰うまで手芸のコーナーでのんびり眺めていた。
「珍しいですね、土曜日の早い時間帯に来られるのは」
コーヒーを差し出してくれた男の人はそう榛さんに声を掛けてきた。
「そうですね。いつもは仕事途中ばかりですからね。今日は一緒に来た彼女にこの店を紹介したくて連れて来たんです」
「それは有難うございます。お連れの方が雑貨を気に入って頂けたようで嬉しいです」
私がカプチーノを最初の一口飲み終ったところで、背の高い男の人に爽やかで優しい笑顔を向けられてしまった。
「はっ、はい。可愛くて素敵な雑貨が多くて、すっごく気に入りましたっ」
いきなり話しかけられるとは思っていなかったから、ちょっとテンパってしまった。榛さんより少し年上の人、だと思う。
「後で作った本人に伝えておきますね。とても喜ぶと思います。後で是非またゆっくりとご覧になってください」
「はい、有難うございます」
ゆったりと話す声が落ち着いていて耳に心地いい。柔らかい印象を受ける雰囲気が良い人だなと思った。だから、初対面の人が苦手な私もあまり狼狽することなく対応が出来た。
「一葉、念のために言っておくけど、作った人ってマスターの奥さんだからね」
突然右に座っていた榛さんが私の右手を握ってきた。
「お、奥さん?」
急だったから吃驚した。どうかしたのかと思ったが、榛さんはなんだか真剣な顔つきだった。
「そう、奥さん。既婚者だから。最近お子さんも生まれたし。一葉は俺以外の男に余所見しないで」
「?よくわからないけど・・・。私、榛さん以外の人に余所見なんて考えた事ないよ?」
榛さんとこうしていられるだけでも幸せを感じるのに。何故余所見をする必要があるのか。
どうして今ここで余所見の話が出てくるのかは見当がつかなかったが、正直な気持ちを告げた。
オープンしたばかりの時間だった為にあまり客は居なかったのは幸いだった。マスターともう一人の従業員、他にも居た新聞を同じくカウンターで読んでいた男の人も含めて肩を揺らしながら笑いを堪えているみたいだった。
「えっ?何?」
自分が何かおかしなことを言ったから笑われているんだと思ったのだが。
「・・・一葉、そういうのは殺し文句って覚えておこうか」
顔を真っ赤にさせた榛さんは恥ずかしいのを押さえる為か、私と繋いでいるのとは反対の手で口元を覆っていた。
私の一言で笑われていた訳ではないらしいことがようやく理解出来たのだった。
この話に出てきたコーヒーショップのマスターと奥さんのお話は、「猫が繋ぐ縁」(ムーン)「括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-」(なろう)「栞~猫が繋ぐ縁~」(なろう)「だって、コンプレックスなんですっ!」(ムーン)等に公開しています。
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