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1 貴方に再会出来た偶然を抱きしめたい

初めは、『貴方に再会出来た偶然を抱きしめたい』を短編として公開していました。

2016年 09月09日に短編として登録したものを、2016年10月8日に長編として修正しようと思いましたが、一度短編登録したものは後から長編に修正することが出来ませんでした。

しかたなく、短編の下にずっと繋げていくという形を取らせてもらっていましたが、予想以上に長くなりそうです。

言う訳で、2016年10月31日改めて短編の方を『貴方に再会出来た偶然を抱きしめたい・プロローグ』としてタイトル変更し、こちらを『貴方に再会出来た偶然を抱きしめたい』とさせて頂きました。


挿絵(By みてみん) 

貴方は自分の事が嫌いだと感じることがありますか?




 私は最近よく感じていた。

 体調がすぐれないせいで、なんとなく体が重怠く周りとの協調が取れない時。

 その体調不良も天候のせいだったり、仕事のだったり。

 ―――精神的なものだったり。


 体調さえ問題なければもっと色んな事が出来るのに、と思ってしまうのだ。


 私は掛かりつけの医者から俯き加減では負担が掛かるから気を付けなさいね。と注意を受けたのを思い出し、下を向いていた頭を上げた。

 ふと空を見上げれば、こちらの機嫌など関係ないとばかりに見事な晴天。

 秋が近いせいか暑いと愚痴を零しながら通勤していたのが遠い昔に感じられるほどの気持ちいい風が体をそよと撫でていく。


 あー、こんなにあっけないんだなぁ。

 どうしようもない虚無感に苛まれて、取り敢えず借り物の家に向かって歩みを進めた。


 ―――私は今日5年近く働いた会社を辞めました。


***


 女が多い職場だと陰口は必ずあるものだ。

 それが大企業だろうと中小企業であろうとも、だ。

 私のいた会社は中小企業に分類される小さな町工場だった。そこでは最初現場の仕事をしていたのだが、途中からは事務仕事を中心にやっていた。

 従業員の大半は女性だった。


 その中でも皆から一目置かれている人から何故か私は二年ほど前から目の敵とされたようで、休憩時間や更衣室で着替えをしていて、仕事の出来が他の人に比べて遅いとか、段取りが悪すぎ、等と言った小さな悪口を姿が見えない場所でこちらに聞こえるように言われることが有った。

 それぐらいなら自分でも自覚しているので仕方ないと聞き流せた。

 でも、本人が居ない所で話されていた陰口を、後でこっそりと親切丁寧に教えてくださる人が居たりしたのだ。


***


 数年前からかかっている医者には見た目では分からない頚椎症と判断されていて、体調が悪いと手のしびれと眩暈が出てくる程酷いのだ。


 頚椎症とはと聞かれて、椎間板ヘルニアみたいなものと言われれば分かる方も多いのではないだろうか。要するに首のヘルニアだ。


 平時はなんともないのだが、同じ姿勢でいることで首に負担が掛かり、体調を崩すのだ。

 体調が悪い時は薬で多少は抑えられるが、心が弱っている時にこれになるともう最悪だ。精神までマイナスへと引きずられ、さらに体調を悪化させ悪循環となる。

 過呼吸に似た症状が現れ、座っているだけでもふらふらとする。こうなると貧血に近い感覚にまで襲われてもはや仕事どころではない。


 医者に行きたいから残業出来ない。体調が悪いから早退する。重いものが持てないってどんだけ自分がか弱い所をアピールしたいのよと陰口を叩かれていると聞かされ、心が折れる音を確かに感じた。

 もうこの仕事を続けてゆく気力はあっさりと無くなった。




 生活していく為にはお金が必要だと思って耐えていたが、もう駄目だ。

 午前中で昼休憩になっていなくても、もう今日一日仕事することすらもう無理だ。

 その足のまま蒼い顔をして上司に今日の早退願いと今後の辞職を仄めかせれば、返ってきたのは「あっそう、今日までご苦労様」のたったその一言だけだった。その場で退職が決まった。


 腹が出ていることがトレードマークとなっている年配の男の上司の目が私の事を蔑んでみていたように思ったのは私の僻みが見せた幻だろうか。

 まあ、どちらでも構わない。

 一か月前に退職を願い出なくともその日、その時刻を持って退職は受理された。


 少ない私物をかき集め、午前中の中途半端な時間で帰ることになった。

 近くに居た職場の人に一言「今日で会社辞めることになりました」と告げるだけで特に別れを惜しまれることなく会社を後にした。むしろ清々したと思わせる嫌な笑みまで浮かべられていた。


 私は涙すら浮かばなかった。


***


 私は今年二十代半ばだ。探せば幾つも職があるのだろうが、今はそんな気になれなかった。

 精神的に疲れ、人と会うことが恐怖に思えた。

 数日間部屋に閉じこもり外への外出すらしなくなった。


 そんな私が仕事を辞めて逃げた先は二次元だった。

 パソコンや携帯で一日中好きなものだけを読み漁った。

 無料公開しているものがそれこそ星の数ほどネットの世界では溢れていた。

 完全に引きこもりとなった。


 ネットの世界では。

 誰も私を裏切らない。

 誰も私を傷つけない。


 漫画や小説などの好きなものだけに熱中し、読み漁り、そして、なんとなく自分でも小説を書き始めてみた。

 投稿サイトにペンネームで公開すれば、相手はたとえ私の事を知っている人でも分からないのだ。

 内容は恋愛もの。

 今まで彼氏なんて居たことがない。全部想像のなかの作り物の物語だ。

 そんな拙い物語でも楽しみにしてくれる読者が付くと嬉しくて短いスパンで更新し続けた。


 欝々としていた心も二次元の中では晴れやかに過ごすことが出来た。

 休職中なのをいいことに、私が今まで感じた恨みつらみをかき消すような幸せな話ばかりを書きまくった。

 次の就職先を考えなくてはならないのだが、少しくらいなら猶予がある。

 まだ他人と話をすることが怖いのだ。

 どうせ一人暮らしをしている身なのだ。誰にも迷惑は掛からない。

 そう自分に言い訳をして一人きりの空間から出ることを止めていた。


 そんな中、書籍化募集企画されていたバナーを見つけ、幾つか書きあがった小説をぽちっと参加してみた。

 たかが参加しただけなのに小さな小さな冒険をした気分だった。



 小さな冒険をした後は久々にコンビニやスーパー以外へ買い物に行こうと思えるぐらいには気分が回復していたので外出してみたのだが。

「藤田さん!」

 目的地を目の前にした横断歩道を渡ろうとしたところで、後ろから名前を呼ばれ振り向いた。呼んだ声は男のものだった。

 振り向いた先にいたのは、私が知っている人だった。

「・・・牛島さん」

 なんでこんなところに。

「良かった、本当に藤田さんだった。他人だったらどうしようと思ったよ。もう一度会いたいと思っていたから会えて嬉しい」

 そういって速足でにこにことしながら近寄ってきたのは、勤めていた会社に出入りしていた営業マンの牛島さんだった。

 何度か受付で対応したことがある知り合いの男の人だった。


 牛島さんは営業途中なのか、会社に来るときはいつもそうだったように見慣れた細身の黒のスーツを姿だった。

 彼は会社の女性社員たちの中で断トツ人気があったイケメン営業マンだ。

 少しくせ毛のある短い明るめの髪に、爽やかな笑顔が素敵だと彼が来るたび社内の空気は歓迎ムードで大幅に変わっていたほどだ。

 顔にも態度に出したことは無ないが私もそのうちの一人だった。

「突然会社を辞めただなんて聞いて驚いたよ」

「それは・・・」

 誰からどう聞いたのか。

 聞いたであろう内容は気になったが、どうせ碌なことを言われていないだろうことは予測が付いた。

 憧れがあったとはいえ、それ以上に会社の繋がりを持っている人とこんなところで会いたくなかった。まだ治りきっていない胸の傷が痛んだ気がした。


 拙い。クリアだった視野が段々狭くなって色があせ始めて来た。ストレスのせいだ。

 手先が冷たくなってきた。

 何も思い出しちゃ駄目っ。

 自分に対して命令を下す。

「俺、あそこには藤田さん目当てで通ってたのに」

「えっ?」

 思っても見なかったことを言われ、俯いていた私は牛島さんを見上げた。

 真っすぐと私を見つめている牛島さんを前に驚きで呼吸が止まった気がした。


「控えめながらも丁寧に接客してくれる藤田さんの事、ずっと気になってたんだ」

 話しながら照れた様子で視線を余所へと逸らした牛島さんの言葉に私は驚いて目を見開いたままだった。視界の狭さも冷えも驚いたからかいつの間にか収まっていた。

「だから、藤田さんが会社を辞めたって聞いて凄く寂しかった」

 その一言を聞いた私は、思わずポロリと涙を零した。


 五年近くも在籍していたというのに、会社を辞める時に言って欲しかった誰にも言われなかった『寂しい』っていう言葉。

 まさか牛島さんから聞けるなんて。

「えっ、ちょっと藤田さん!?」

 目の前でいきなり泣き出してしまった私に牛島さんは狼狽えていた。


 歩行者道路で泣き出した私を見た周りの人達は、加害者に見えるのだろう牛島さんに冷たい目を向け横切り通り過ぎて行った。

 申し訳ないと思いつつ流れ出した涙は止められなかった。


***


 肩に手を置かれたまま私はすぐ横にあった公園へと連れてこられた。

 ベンチに彼と並んで座った。平日の昼間、公園は人はまばらだった。

 ようやく涙は収まってきた。

「ハンカチ、済みません。汚してしまいました」

 男物の大きめの白いハンカチはファンデーションが付いて汚れてしまった。

「いいよ、気にしないで。ハンカチ一枚くらい。そのまま使って?」

「それじゃあ遠慮なく」

 私は鼻をすんと鳴らした。


 暫くして控えめに牛島さんが質問してきた。

「会社を突然辞めた理由を聞いてもいいかな?」

 泣きやんだ私はぽつりぽつりと辞めた理由を話した。

 持病ともいえる頚椎症の事、体調が悪かったこと、人間関係に疲れた事。いきなり泣き出してしまったことも謝った。

「そうか、そう理由があったのか。今は体調は平気?」

 私はこくんと頷いた。

「ごめんなさい、突然泣き出して。私、辞める時に誰からも居なくなるのが寂しいとか、残念だとか言われなかったから。あの会社に必要なかった人間なんだと思っていたから。牛島さんに寂しかったってお世辞でもそう言われてなんだか救われた気がしたの」

 私目当てで会社に来てたなんて適当なお世辞だと分かってる。突然辞めた理由を知る為にでも言った言葉なんだろう。

 それでも、たとえ嘘でも『寂しかった』と言われたことで、私の冷たくなっていた心の一部が確かに温かくなったのだ。

「お世辞なんかじゃない。あの会社へ行く度に今日は藤田さんがいるかとそわそわしながら行っていたんだから」

 そう告げる牛島さんの目は真剣そのものだった。

「あのさ、この場を逃すともう伝えられないかも知れないから言わせてもらうよ。もし藤田さんに今付き合っている彼氏がいないのなら、俺との付き合いを受けてもらえないかな?」


 この人は私の事を心臓麻痺で殺すつもりだろうか。


 会社に来るたびこっそりと浮足立つ自分を叱咤していたのに。

 その日会えたことだけで嬉しい思いが一日続いていたというのに。

 その彼が私に告白?


「有り得ない」

「そうか、やっぱり彼氏がいるんだね。ごめん、変なこと言って。今言ったことは忘れて。会えて良かったよ」

「えっ?」

 私の言葉に振られたと思った牛島は立ち上がり去ろうとした。

 肝心な場面で伝える言葉を間違えた!

「牛島さん、違うの。有りえないと言ったのは付き合って欲しいと言われたことに対してなの。彼氏なんていないわ、今まで一度も。だから、あの、その・・・」

 もう一度ストンと腰を落とし座りなおした牛島さんは、顔を赤くした私の左手にそっと自分の手を添えて嬉しそうに笑った。

「それって今日からお付き合い初めてもいいってこと?」

 私は言葉に出来なくてこくこくと頷いただけだった。

「ほんとに?嬉しいな。それじゃあ、改めまして。―――俺は藤田さんの事が好きです。俺の付き合いを受けていただけますか?」

「はい」

 小さく一言。

 まだ言う勇気はないけれど、私もずっと憧れていたんです。いつか伝えることが出来るかもしれないけれど。せめて今は想いだけは伝わりますようにと心を込めて目を合わせて返事した。


 彼氏彼女となった私達は互いに照れて見つめあった。


***


 付き合い始めて暫くした頃、たまたま応募した小説が佳作に選ばれたりして、私は新たな就職先は探さないことに決めた。

 こうして始まったお付き合いは、わずか半年後には同じ苗字となり永久就職というゴールインをした。



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