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8:アヤカ、異世界でランチを作る

「ちょっとぉ、いつまで寝ているのよ! 起きなさい、新人!」


 ゆさゆさと揺すられる衝撃と、舞い上がる埃によって、アヤカは目を覚ました。


「ゲホッ、ガホッ、んー……」

「ほら、さっさと着替えなさい! 仕事の時間よ!」

「でも、まだ日も昇っていないのに……」

「馬鹿ね。私たちの仕事は、騎士達が目を覚ます前に始まるのよ! まずは朝食の準備! 私は、先に食堂で待っているからね!」

「うん……わかった」


 もぞもぞと起き上がり、替えの作業着に袖を通す。アヤカに用意された作業着は、全て男物だった。

 最低限の身支度を整え、食堂へ急ぐ。


「やっと来たわね、朝食の材料はこっちよ。朝は夜ほど気合を入れなくてもいいの、パンとサラダとスープだけを出しているわ」

「これだけで、お腹空かないの?」

「そうねえ、昼間に小腹が空いた時には外食しているんじゃないかしら? それから、今日は材料の発注についても教えるわね。私たちの食事は騎士の後。お昼に休憩があるけれど、それまでは働きづめだから覚悟して!」

「うん! こっちの野菜を洗っていくね!」

「ええ。サラダとパンの用意は、あなたに任せるわ。私はスープを作るわね!」


 食事の用意をしていると、騎士達が食堂にやってきた。一番早く現れたのは、アヤカと同い年か少し下くらいの年齢の少年騎士達だ。


「あの子達は、新人騎士。訓練の準備とか雑務があるから、他の騎士よりも早起きしなければならないの」

「なるほど、新人の宿命だね」

「……あんたは、グースカ寝ていたけどね」


 少年達の持つ器に、サラダとパンを盛り付けていく。


「お兄さん、昨日も食堂にいたよな。新しい職員?」


 新人騎士の一人が、アヤカに話しかけてきた。


「そうだよ、昨日から働いているんだ。よろしくね」

「ふぅん、そっか。長く続くといいね」


 不穏な言葉を残しながら、少年は席に戻っていく。ここの離職率の高さは、それほど酷いものなのだろう。

 少年達が食事を終えて去っていくと、他の騎士達も食堂に集まってきた。こちらは、青年が中心だ。二十代の若者が多そうである。


「お、昨日の兄ちゃんじゃないか! 仕事はどうだ? 前の職員みたいに二週間でやめないでくれよ?」

「よう、兄ちゃん! 昨日のスープとサラダ、うまかったぞ!」


 騎士達は、口々にアヤカに挨拶する。


「ありがと、頑張るよ」


 実際、アヤカは、この仕事を辞めると他に行き場がないのだ。働き続けるしか道はない。

 しばらくすると、副団長のマルクも現れた。


「新人、調子はどうだ?」

「大丈夫です。部屋を掃除したいんですけど、時間がないのですが」


 アヤカの言葉を聞いたマルクは、厨房の奥にいたブリギッタに声をかける。


「ブリギッタ、こいつの次の休みはいつだ?」

「基本、休みはないけど……明日の午後なら出かけてもいいわよ。さっき見たけど、この子の部屋、酷い有様だったし。寝具とカーテンは買い換えたほうがいいわ」

「そうか。おい、アヤカ。明日の午後、街に出て買い物してくるといい」

「……そうします」


(今、「基本、休みはない」とか言わなかった?)


 大いに文句を言いたいアヤカだが、休みが取り消しになってはいけないので言葉を飲み込んだ。

 騎士達の食事が終わり、職員であるアヤカとブリギッタも朝食をとる。ユスティンは、朝食を食べに現れなかった。


「アヤカ、あんたの作ったドレッシング、いけるわね! この、フレンチトーストとやらも美味しいわ」

「ありがとう。ここのパンは、硬いから……焼いたり調理したほうが美味しいと思ったんだよ」

「じゃあ、今夜の食材の発注は、あなたに任せるわね! というか、厨房全般を任せるわ。発注量がわからなければ、厨房のメモを見て。毎回発注している品が書かれてあるから……私は料理って苦手だし、グリモの世話に集中したいの」

「グリモって、なに?」


 アヤカが問うと、ブリギッタは呆れたように肩をすくめて言った。


「あんた、グリモも知らないの? この騎士団のシンボルで、庭につないである黒い鳥のことよ」

「ああ、あの鳥。グリモっていうんだ」

「私は、グリモに関わる仕事がしたくて、この騎士団で働いているの。ここに働きに来る職員の目的も、大体グリモなのよ?」


 グリモはとても貴重な鳥で、この国で保有しているのは神殿騎士団とアインハルド第二騎士団だけだとブリギッタは言う。


「あんたは、グリモや男目当てじゃないみたいだけど……どうして騎士団の職員なんかになったの?」

「成り行きで。住み込みで働けるところを探していたんだ」

「変わっているわね。まあいいわ、次は騎士達の衣類とシーツの洗濯よ。超臭いから覚悟して!」

「わかった、頑張る!」


 アヤカ達は各部屋を回り、衣類とシーツを回収する。二十人分の洗濯物は、ものすごい量だ。

 洗濯機などはないので、手で一枚ずつ洗っていく。けっこうな重労働だが、不思議とアヤカの手は疲れなかった。


(この国に来てから、妙に体が軽いんだよね……)


 洗い終わった洗濯物を全て干し終わる頃には、昼前になっていた。


「午後からは、寮の掃除をするわよ。それまで、一時間休憩ね」


 この国の時間感覚は日本と同じで、一日が二十四時間、一時間は六十分である。


「私、部屋に戻るわ。あんたも、自由にしていいのよ」


 ブリギッタは、メイド服のスカート部分をつかみ、早足で宿舎へと歩いて行く。

 腹が減ったアヤカは、誰もいない食堂へと向かった。ここでの食事は朝と晩だけらしいが、三食に慣れているため、昼食抜きを我慢できなかったのだ。

 厨房を使い、今朝の残りのパンを包丁で平たくスライスしていく。そこに昨晩のマヨネーズを塗り、余り物のチーズをのせて直火にかけた。チーズトーストもどきの出来上がりである。


 アヤカが厨房で作業していると、カタリと椅子のなる音が聞こえた。見ると、ユスティンが席に座ってアヤカの方をじっと見ている。


「……えっと、ユスティン?」

「はい。こんにちは、アヤカ」

「……昼食作ったんだけど、食べる?」


 問いかけると、彼は嬉しそうに首を縦に振り、紳士的な動作でアヤカが盛り付けたチーズトーストの器を席へと運んだ。


「いただきます……」


 ユスティンは、上品な仕草でチーズトーストをちぎっては口へと持っていく。


「アヤカの作るものは、なんでも美味しいですね」

「いや……ただ、パンにチーズ乗っけて焼いただけだし」

「普通は、ここまで食べるものに手をかけたりはしないんですよ? 飲食店であっても、硬いパンが普通に出てきます」

「そうなんだ。ねえ、今朝はどうして食堂に来なかったの?」


 アヤカが問いかけると、ユスティンは恥ずかしそうに肩をすくめて言った。


「実は、朝が苦手で……」

「寝ていたの?」

「いつも、訓練が始めるギリギリまで寝てしまうんです。朝食を食べ損ねてしまうものですから、いつも空腹で……そこに良い匂いがしたので、つい……」

「じゃあ、昨日なんか、ほぼ丸一日食事していなかったってことだよね。たまたま、私がまかないを作っていたから良かったものの……」

「そうですね、部屋に栄養価の高いドライフルーツ等をストックしてはいるのですが……」


 ユスティンと話していると、いつの間にか一時間が経とうとしていた。


「もうそろそろ、行かなきゃ。午後の仕事が始まるんだ」

「お疲れさまです、僕も訓練に戻ります。あの……また来てもいいですか?」

「お昼ご飯に? 私がいつもいるとは限らないけど、いる時なら作ってあげる」


 アヤカがそう言うと、ユスティンの紫色の瞳がキラキラと輝いた。


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