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7:アヤカ、異世界について知る

 厨房に一人残されたアヤカは、皿を片付けて食堂を掃除し、余った食材を確認する。気づけば、かなり時間が経っていた。


(骨つき肉は残らなかったから、こっちの余った肉を細かく刻んでハンバーグにして、ポテトサラダの残りとスープの残りで……明日の朝ごはんを見越して少し多めに作っておこう)


 アヤカが厨房で作業していると、カツカツと誰かが食堂へ入ってくる靴音がした。


「遅くなってしまったのですが、まだ食事は食べられますか?」


 肉を焼きながら顔を上げると、昼間に出会った金髪の男がアヤカを見つめている。よく見ると、なかなかの美青年だ。


「余り物で作ったまかない食ならあるけど、それでいいなら」

「構いません。仕事が長引いて、食べ損ねてしまって……」

「騎士も大変だね」


 話しているうちに気がついたのか、男は驚いた表情になった。


「あなたは、今朝の……!?」

「アヤカ・スズキです。ここの職員になりました」

「僕は、ユスティン・フォン・レンシンクといいます。ここの騎士をしています」


 出来上がった料理を皿に盛り付けたアヤカは、それをユスティンの席へと運ぶ。ハンバーグには、オリジナルのソースもかけた。


「いい匂いですね。よかったら、あなたも一緒に食べますか? 職員の食事はまだでしょう?」

「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」


 アヤカは、自分の皿をユスティンの向かいの席へ運ぶ。それを見届けた彼は、美しい所作で食事を始めた。


「……おいしい」


 ユスティンは、目を大きく見開いて食事をしている手を止める。


「出来合いの料理だけど、口に合うみたいでよかった」

「ええ、今までの騎士団の食事の中で一番美味しいと思います。ここの食事は、家畜の餌と言って良いレベルで……まずくて食えたものではありませんからね」


 家畜の餌とは酷い例えである。

 アヤカは、お上品な外見の彼の口からそのような言葉が出てきたことに驚いた。


(そういえば、ブリギッタが「とりあえず食えるもの」とか言っていたな……)


 もう一人の職員のセリフを思い浮かべて遠い目になる。


「ユスティンは、いつもこんな時間に食事をとるの?」


 話しやすい雰囲気をまとう騎士に、アヤカは自然と砕けた口調になる。


「他の団員と共に食事をとることもありますが、他の騎士団との会議などの急な用事が入れば、食べ損ねることもあります」

「今日も会議?」

「ええ、今日は神殿騎士団との会議がありまして……神殿に呼びつけられていました」

「神殿騎士団って……ここの騎士団とは違うの?」

「おや、神殿騎士団をご存知ありませんか?」

「ええと、私、外国から来たんで……あんまりこの国のことに詳しくなくて。ここはなんていう国?」

「……あなたは」


 何かを言いかけたユスティンだが、彼は一旦言葉を切ると別の話を口にした。


「ここは、リーデル大陸内にあるアインハルド王国という宗教国家です。ここは王都のアインという街で、一応城下町になります」


 ユスティンが告げたのは、アヤカが聞いたことのない国の名前だった。


(もしかして、シュウジの言ったように、異世界だったりして)


 それならば、変わった街並みに見慣れない文字、変な黒い鳥や旧式のコンロに合点が行く。

 幸い水路が発達しているため、井戸ではなく水道があり、トイレも水洗式だった。ブリギッタの話では、一応シャワーもあるらしい。


「この国には、厳格な身分制度があります。一番上は神殿の神官達、二番目が王や貴族、三番目が騎士、その下が平民、最後が奴隷です」

「なんか、インドみたい……」

「インド……なんですか、それは? 神殿騎士団は、アインハルド騎士団より上位の騎士団で、前線に出ないくせに態度だけはデカい……げふん、とにかく、この国で最も高位の騎士団です」

「なんか、大変そうだね。騎士っていう仕事も」


 アヤカは、また痒さをぶり返してきた尻を掻きつつ、ユスティンをねぎらった。


「また、この時間に食べに来てもいいですか?」

「私はいいけど。まかないご飯よりも、普通の食事のほうが豪勢だよ? 肉も大きいし」

「僕は、落ち着いて食事がしたいんです。それに、あなたの作るまかないは美味しい」

「こんな食事でよければ、いつでもどうぞ……ところで、ここのシャワーって男女共同なの?」

「シャワー? ああ……共同ですね。とはいえ、騎士達は大体夕方にシャワーを済ませるので、今までの職員は夜間にシャワーを利用していましたよ。共同のシャワーとは別に、外に職員用のシャワーもありますけど」


 ユスティンの話を聞いたアヤカは、職員用のシャワーを使うことにした。さすがに、異性と鉢合わせるのはよくないと判断したのだ。

 食堂でユスティンと別れ、職員用のシャワー室を目指す。


 職員用のシャワー室は寮の外、裏庭の一角に設置されていた。ここも、今までの例に違わずボロボロである。木の小屋の中にあるシャワー室は、手前に着替えるスペースがあり、奥が水を浴びるスペースになっていた。小屋の外に吊るされているランプの明かりの周囲には、虫が飛んでいる。


(これは、中のシャワー室を使ったほうが良かったかな……)


 一瞬後悔しかけたが、今から中に戻るのは面倒である。小屋の扉を閉めたアヤカは、とりあえず衣服を脱ぐことにした。

 シャワーを浴びるスペースへ続く扉を開けて中に入ると、二つのシャワーが並んでいる。中は、思ったよりも綺麗だった。


(あれ、床が濡れている。誰かが使った後なのかな……ブリギッタ?)


 濡れたタイルを踏んで、シャワーに手をかける。ここのシャワーは、水しか出ないみたいだ。


「だーっ! 冷たい!」


 石鹸は、固形のものが一個置かれているだけで、シャンプーもリンスもない。


(なんなんだ、ここは!)


 水の冷たさに体を縮めながら、アヤカは体を洗った。

 体を拭いて部屋に戻れば、ボロボロの薄汚れたベッドが待っている。床に降り積もった埃が、歩くたびに小さく舞った。

 電気はなく、宿舎の明かりは蝋燭かランプだけ。破れて垂れ下がっているカーテンを開けると、赤みを帯びた夜空が見える。どこか、不吉さを感じさせる不気味な色の空だった。


 汚れに無頓着なアヤカだとはいえ、それは便利で清潔な現代日本でのこと。このような場所に一人放り出されたとなると、少々堪える。

 その上、いつ日本に帰れるのかもわからないし、弟に会うことすら難しい状況だ。ここへきて、今までの疲れや不安がまとめてアヤカに押し寄せてきた。


(私、いつまでここにいなければならないんだろう……)


 赤みがかった空に見えるのは、白銀色の三日月だ。アヤカは、埃の積もったベッドの上にTシャツと半ズボンを敷いて横になった。

 目覚めれば、日本にある自分の部屋に戻っていられるように祈りながら。

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