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6:アヤカ、異世界で働き始める

「汚い!! ここが私の部屋!?」


 マルクに案内されたアヤカは、用意された個室を見て絶叫した。新しい職場で気を使うという精神など、アヤカは持ち合わせていない。

 崩れかけた灰色の壁、ゴミが散乱している床、ボロい木のベッドの上にあるシーツには、大きな穴が空いている。窓枠は、かなりの量のホコリに覆われていた。


「私の部屋もたいがい汚かったけど、これはやばすぎるな。前の住人って、逃げた職員の女の子だったんですよね!?」

「男のくせに細かいやつだな、気になるんだったら自分で掃除すればいいだろう」

「だから、私は女ですってば!!」

「中性的に見えなくもないが、それで女のふりをするには無理があるぞ」


 騎士団の副団長だというマルクは、アヤカのことを完全に男だと勘違いしている。

 結局、あの後、逃げ出した職員は見つからず、アヤカがその後釜に収まることになった。


「とりあえず、今日は裏庭の草むしりを頼む。もう一人の職員はブリギッタというんだが、今は手一杯で仕事を教える暇がないらしい」

「わかりました」


 新人に最低限の仕事すら教えないのも、ブラック職場の特徴であると友人が言っていた。


(間違いない、ここは、ブラック企業……いや、ブラック騎士団だ!)


 支給されたカーキ色の作業服に袖を通し、騎士団宿舎裏庭の草むしりに精を出す。ここには、電動の草刈機などという便利なものはない。

 幸い、セイタカアワダチソウのように屈強な草は存在しなかった。せいぜい、ネコジャラシレベルである。初仕事で気合が入っているせいか、たくさん草を抜いてもそれほど疲れを感じない。

 しばらく草を抜いていると、トタトタと軽やかな足取りが近づいてきた。振り返ると、モスグリーンのメイド服を着た人形のように可愛らしい女の子が、まっすぐアヤカの方へと駆けてくる。


「あ、いたいたー、新人」


 おかっぱ頭の彼女の切りそろえられた銀の前髪が、裏庭に吹く風でふわりと舞った。


「私は、ブリギッタ・ドール。あんたの先輩よ」

「アヤカ・スズキです」


 ブリギッタは、草むしりをしているアヤカの隣にしゃがみ込むと、首を傾げながら言った。


「それにしても、変ね。新人は男だって聞いていたのだけれど」

「女ですよ、面接官のマルクって人が勘違いしているだけで」

「そう、やっぱり……それじゃ、そのまま男のふりをしていたほうがいいかもね。私のことはブリギッタって呼び捨てにしてちょうだい。敬語も不要よ」

「……わかった。よろしく、ブリギッタ」


 そう答えると、彼女は蠱惑的な笑みでにっこりと笑った。


(名前に似合わず、可愛い子だな)


 年齢も、背丈もアヤカと同じくらいである。

 

「職員は、私とあなただけ。仲良くしましょうね」


 ブリギッタは、手袋をはめた両手でアヤカの泥まみれの手を掴み、ウインクした。


(ウインクの似合う女の子って、生まれて初めて見た)


 アヤカは、可愛らしい職員仲間に少しドキドキした。


「ところで、もう夕食の準備を始めないといけないの。手伝ってちょうだい」

「わかった! 何をすればいい?」

「大量にある食材を使って、とりあえず食えるものを作るのよ! あいつらの胃袋は巨大だからね! 料理はできる?」

「大丈夫、任せて」


 寮の裏庭から、ブリギッタと仲良く手をつないで食堂へと向かう。途中、数人の騎士達が、不気味なものでも見るようにアヤカ達二人を眺めていた。

 アヤカがその理由を知るのは、もう少し後になる。


「さあ、厨房は戦場よ! まずは、この大量にあるジャガイモの皮をむきましょう。こっちの肉はとりあえず焼けばいいわよね……あぁ? 誰よ、こんなに魚を発注したの! 今日中に食べ切らなきゃならないじゃないの!! しかも、ほぼ頭と尻尾で食べるところがないし!!」


騎士団宿舎の厨房で、大量に積み上がる材料を確認したブリギッタが声を荒げる。


「じゃあ、魚は出汁用にしよう。私が料理するよ」


魚を見たアヤカは、彼女にそう提案してみた。


「マジで、助かる! 私、料理が苦手なのよ!」

「ここって、調味料は何があるの? 日本の食材ってある?」

「ニホン? なにそれ」

「私の故郷」

「知らないわ、そんな場所。調味料は、砂糖と塩と胡椒と酢に、ニンニクとハーブが数種類。それよりも、魚の料理は任せるわね!」

「了解、和風がダメなら洋風でいくよ! こっちの芋は?」

「適当にふかして、マッシュポテトにして出せば大丈夫! ああ、卵もこんなに大量に発注して!!」

「ブリギッタが、発注したんじゃないの?」

「私は知らないわよ〜? 発注したのは、今日辞めた奴だもの〜」


 そう言い切った彼女の雰囲気が、どことなく冷たく感じられる。


「ふぅん。じゃあ卵はマヨネーズにでもしようか。それで、ポテトサラダを作る」

「なにそれ、ニホンの料理?」

「たぶん、日本の料理だと思う。ここの野菜を使ってもいい?」

「いいわよ、じゃあ卵は任せるわね♪ 私はメイン料理を担当するわ」


 ブリギッタは、機嫌よく骨つき肉をぶつ切りにしだした。ドーンドーンと大きな音が厨房に鳴り響く。可愛い外見に反して、その手捌きは豪快だ。

 アヤカも、負けじと調理に取り掛かる。まずは水道でじゃがいもを洗い、皮をむいていった。

 食べられるところのない魚はスープの出汁にして、卵はマヨネーズ作りに利用する。卵、酢、塩、油、はちみつなどを混ぜてマヨネーズを作っていく。

 大量に作る料理は、家とは勝手が違った。それに、ここにはコンロがなく、全てが直火焼きだ。

 アヤカは、慎重に味見をしながら料理を続ける。


 料理が出来上がる頃になると、食堂が賑やかになってきた。騎士達が食事を取りにやってきたのだ。

 この食堂はセルフ式になっていて、カウンターに並んだ騎士達の持つ皿に、出来上がった料理を盛り付けていく。食事の後には、大量の洗い物が待っていた。

 休む間もなく、アヤカは皿を洗っていく。スポンジや洗剤などはなく、固形の石鹸とブラシを使用した。


「あなた、なかなか使えそうね。私、他の仕事があるから、ここをあなたに任せても大丈夫かしら」

「うん、大体終わったし。ブリギッタ、私たちの晩ご飯はどうするの? 今日は昼食を食べていないから、お腹が減っているんだけど」

「余った食材で適当に作って食べるのよ。私の分はいいわ、今日は外食する予定なの……それと、ここでの食事は朝と晩の二回だけだから」


 そう言うと、ブリギッタは上機嫌で食堂を出て行った。


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