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5:アヤカ、異世界で面接を受ける

 シュウジのいる神殿は街の北にあり、宿や職業斡旋所があるのは街の東だ。

 仕事が決まり、斡旋所後にしたアヤカは、街の南へ向かって歩いていた。応募先の職場の面接を受けるためだ。

 目的地へと足を進めながら、手元の求人票を再度確認する。


 ・アインハルド騎士団宿舎職員。

 ・国営なので安心、安定の職場です。

 ・住み込みでのお仕事です(食事あり)。

 ・まずは、お気軽に面接へお越しください。


 成り行きとはいえ、新しい職場に少し胸が高鳴った。

 途中にあった店で適当な靴を買ったので、足元も快適である。靴は二シルヴァで買えた。


「ええと、面接会場は、第二騎士団宿舎の第一会議室……騎士団ってなんだろ、観光系かな?」


 職業斡旋所の職員に渡された地図を頼りに、石畳の道をひたすら歩く。

 しばらくすると、おとぎ話風の街並みに似つかわしくない、古びた四角い建物が出現した。建物の正面には、翼を広げた黒い鳥の模様が描かれている。


(え、もしかして、このオンボロな建物!?)


 アヤカの脳裏に暗雲が漂い始める。

 建物の裏には、広く広大な土地が広がっており、その隅に厩舎が見えた。

 厩舎の中には、ダチョウよりも大きな黒い鳥が繋がれている。動物好きのアヤカは、厩舎に駆け寄り不思議な生き物を観察した。

 青い目の鳥は、よく見るとなかなか愛らしい表情をしている。


(珍しい鳥だな、なんていう種類だろう?)


 怖いもの知らずのアヤカが鳥を撫でていると、突然後ろから声がかかった。


「ここは、関係者以外立ち入り禁止です。こんなところで、何をしているのですか?」


 その言葉に、アヤカはハッと我に帰る。本能のまま鳥に近づいてしまったが、よく考えれば立派な不法侵入者である。

 振り返ると、長い金髪を緩く編んだスラリとした体つきの男が立っていた。左胸に翼を広げた鳥の刺繍がある服を着た彼は、この場所の関係者らしい。

 だが、その程度では怖気付かないのがアヤカだ。


「ここの面接に来たんですけど、鳥が可愛かったから撫でていました」

「……そ、そうですか」


 あまりに堂々としたアヤカの答えっぷりに、相手は若干引いている。


「ところで、第二騎士団宿舎の第一会議室の場所、知っています?」

「ああ、第二騎士団宿舎なら右手の建物です。会議室は、入ってすぐ左にありますよ」

「そっか、ありがとう」


 ちゃっかり面接会場まで聞き出したアヤカは、鳥を撫でるのをやめて第二騎士団宿舎へと向かった。

 建物は、外側だけでなく内側もオンボロだ。くすんだ石の床に、ところどころ削れた漆喰の壁。

 ペンキが剥げて木がむき出しになったドアは、ドアノブがなく、今にも壊れそうだ。

 そのドアの上部には「会議室」と書かれてある。やはり、アヤカにはミミズのような文字が読めた。


「あのー! 面接を受けに来た者ですが!」


 アヤカは、元気よく扉を開けて入室する。

 中には、大柄な短い黒髪の男が椅子に腰掛けていた。彼の右胸にも、鳥の模様があった。

 どうやらこの鳥は、ここのシンボルか、ゆるキャラらしい。


「うむ、俺は面接官のマルク・ガンファングだ。ここに座れ」


 マルクは、自分の正面にある古びた椅子を指差す。


「はーい。ええと、鈴木アヤカ……アヤカ・スズキです! よろしくお願いします!」


 外国風に元気よく挨拶したアヤカは、素直に指定された椅子に座った。四十キロを超える体重を支えなければならなくなったボロ椅子が、ギィーギィーと苦しげな悲鳴を上げている。


「騎士団宿舎職員の仕事は、宿舎内の雑務全般だ。アヤカ・スズキ、家事の経験は」

「家事なら毎日していました! ついでにファミレスの厨房で働いた経験もあります!」


 ファミレスでバイトをしていたのは、母から何でも買ってもらえるシュウジとは違い、アヤカが小遣いを貰えなかったせいなのだが、その経験が活かせることは嬉しい。


「うむ。ファミレスは知らんが、厨房で働いていたのなら食堂も任せられるな……職員の主な仕事は、騎士達の食事の世話、騎士達の服やシーツの洗濯にベッドメイキング、騎士団で使用する備品の補充、騎士団宿舎の掃除、宿舎周辺の草むしりなどだ。賃金は、時給九ブロズからで……」

「あの、ブロズは通貨の単位ですか? 外国から来たので、ゴルドとシルヴァしかわかりません」

「一ゴルドは十シルヴァ、一シルヴァは十ブロズ、一ブロズは十ストンだ」


 つまり、時給九ブロズというのは、時給九百円と同義らしい。


(東京の最低賃金以下だ! 国によっては、九百円でも価値があるけど……)


 この国の物価水準では、余裕を持った生活は厳しそうである。


(まあ、いいか。住み込みだから、宿暮らしでお金がなくなる心配はないし)


「今、ここの職員は二人しかおらず、新人騎士達が職員を手伝っている状況だ……」

「ちなみに、騎士達は何人……?」

「第二騎士団は、総勢二十人だ」


 二十人の騎士に対して職員が二人というのは、なかなか大変そうである。


「アヤカ・スズキ……採用だ。今日からよろしく頼む。職員用の部屋だが……」


 しかし、彼の言葉を遮るように、乱暴に会議室の扉が開かれた。現れたのは、顔にそばかすの浮いた一人の若い騎士である。


「副団長! 大変です、また職員が逃げました! 辞表だけを置いて、逃走した模様であります!」

「なんだと!? まだ近くにいるはずだ、何としてでも探し出せ!!」

「はっ!! かしこまりました!!」


 敬礼した若い騎士は、荒々しく扉を閉めて部屋を出て行く。アヤカは、この部屋の扉が壊れかけている理由を悟った。


「あのー、マルクさん……職員が逃げたってどういうことですか?」

「あー……それは、だな」

「辞表を出したのに、探し出すって……」

「近頃の若いやつは、根性がなくていかんな」


 唐突に根性論を持ち出してきたマルクに、アヤカは警戒を強める。


「ま、その点、お前なら大丈夫だろう、男だし。騎士団宿舎の職員は普通、女の仕事だが……うちのやつらはクセが強くて、皆数日ともたないんだ」

「いや、私は男じゃなくて女なんですけど……」


 さすがに職場で性別を間違えられるのは良くないと思い訂正したのだが、マルクは真に受けなかった。


「またまた、冗談を。お前みたいに変な格好をして、足をむき出しにしている女なんかいるわけがない。こちらとしても、飢えた狼の群れにウサギを放り込むような真似をしなくてよかった。今日逃げた職員も、おおかた騎士達の下品なからかいに耐えられなくなったのだろう……中には平気で手を出すような奴もいるからな」


 アヤカは、マルクの言葉にどう反応してよいかわからず押し黙る。


(根性論を持ち出してくるし、セクハラが横行しているみたいだし……ここってトンデモナイ職場じゃないの!?)


「でもまあ、次の職員が見つかって良かった。一安心だ」


 ニコニコと笑っているマルクの目が、「逃がさないぞ」と脅しているように見えるのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。

 アヤカは、すでにこの職場の面接を受けたことを後悔し始めていた。

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