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4:アヤカ、異世界で路頭に迷う

 シュウジの心情など知らないアヤカは、突然降って湧いた理不尽に肩を震わせながら文句を言った。ちなみに、ウモウジールによる聖人についての説明は、半分も頭に入っていない。


「ちょっと、シュウジ! どういうこと!? なんで私が下働きなわけ!? あんた、何様なの!!」


 しかし、その言葉に反応したのは、シュウジではなく傍にいたウモウジールだ。


「そこのお前、聖人様に向かってなんと無礼な!! 今まで専属の家政婦をしていたからといって図に乗りおって!!」

「ちょっと勘違いしないでよ、私はそいつの双子の姉だから。似たような顔をしているでしょう?」

「ふん。親類が聖人様に付きまとって、利益をあさりに来たというわけか。家政婦などと呼ばれているくらいだ、聖人様も貴様に愛想を尽かしているのだろう」

「それも勘違いだし!」

「金が欲しいのならくれてやる。二度と聖人様の前に姿を表すんじゃない!」

「いや、お金が欲しいんじゃなくて。私は、普通に家に帰りたいだけ――」


 必死に訴えるアヤカの言葉を遮って、ウモウジールはパンパンと二回手を叩く。

 すると、シュウジが去っていった建物の奥の方から、マッチョな体つきの男達が無言で歩いてきた。


「その者を神殿の外へ」


 ウモウジールの指示で、険しい表情の彼らがアヤカに迫る。

 男達は、慣れた動作でアヤカを肩に担ぎ上げ、森の中を泉とは逆方向へ歩きだした。


「ちょっと待ってよ、降ろして! シュウジ、シュウジ!? あんた達、シュウジから私の面倒を見てって言われていたのに、こんなことしていいの!?」

「聖人様はお優しすぎるのです。彼に害をなす者は、我々が排除いたします」


 嫌味な笑みを浮かべるウモウジールに見送られ、アヤカは男達に神殿の敷地の外へと運び出されてしまった。

 森をしばらく抜けると、白く塗られた鉄の門があり、男達はそこへアヤカをポイと投げ出す。


「これは手切れ金だ。二度と聖人様に近づくな」


 皮でできた巾着袋をアヤカに向かって投げつけた男達は、振り返ることなく来た道を戻っていき、門の前には地面に座り込むアヤカだけが残された。だが、この程度で怯むようなアヤカではない。

 こんな意味不明な場所で放り出されてなるものかと、しつこく門を突破して建物に駆け戻っては、つまみ出されるという攻防を何度も繰り返した。

 しまいには、額に青筋を浮かべたウモウジールにより、門の前に武装した衛兵を置かれてしまう。

 彼は、なんとしてもアヤカをシュウジから遠ざけたい様子だった。


(これでは、さすがに中へ侵入することはできないな)


 別の入り口から入れば良いのだが、神殿の敷地の周りは高い石造りの壁で囲まれており、侵入することが不可能なのだ。

 裸足で歩き回っていたため、そろそろ足も痛くなってきた。


(仕方ない、今日のところは諦めるか)


 神殿への侵入を試みている間に、日はすでに傾き始めている。

 穴に落ちたのが夜で、泉に落ちたのが昼……

 時差ぼけの影響もあって眠気を感じたアヤカは、とりあえず寝る場所を確保することにした。


(あのウモージーとかいうムカつく奴に投げつけられたお金があるし……ビジネスホテルでも探そうか)


 人の名前を覚えるのが苦手なアヤカだが、彼女は前向きな思考と行動力の持ち主だった。シュウジのせいで酷い目に遭ったことも一度や二度ではない。正直、慣れている。

 そして、他人にもらった金を使うことに対する抵抗心も、施しを受けることに対するプライドも持ち合わせていない。


(仮に金を返しても、ウモージーの態度は変わらないよね。貰えるものはもらっておこう)


 自身の境遇を嘆いても、誰も手を差し伸べてはくれないことをアヤカは知っている。


 神殿の門を離れて少し進むと、クリーム色の壁の建物が並ぶ大きな街があった。

 水路に反射した夕焼けが、キラキラとした光をたたえている。


「可愛い街」


 ドーム型の建物が多く、まるで童話の国のようだ。

 これだけ大きな街ならば、すぐに宿泊先も見つかりそうである。


(それにしても、貰った通貨の価値がわからないな……)


 投げつけられた袋の中にあったのは、金ぴかのコイン十枚。形は丸く、大きさは日本の五百円玉ほどだ。

 言葉が通じることが判明したため、アヤカは街行く人に声を掛ける。


「あの、すみません。この辺りで泊まれるところ知りませんか?」


 たまたますれ違った中年の女性が、アヤカの問いに親切に答えた。


「宿屋ならいくつか知っているけど……お兄さんは、どんなところを探しているんだい?」

「安くてきれいなところ」


 男性に間違えられているが、アヤカは特に気にせず会話を続ける。

 普段から間違えられることが多く、慣れていたのだ。それもこれも、すべてアヤカの雑な行動のせいなのだが。


「それなら、街の東にある宿がおすすめだよ。街の北や中央にある宿は高いからね、西にある宿屋は安いけど不衛生だし」

「ありがとう、東ってどっち?」

「お兄さんから見て左側だよ、まっすぐに進むと大通りに出る。その通り沿いと一本入った道に宿が立ち並んでいるから」

「ありがと、おばちゃん」


 親切な女性に礼を言い、アヤカは言われた通り左手にまっすぐ進む。

 石畳の道をしばらく歩くと、ひときわ大きなドーム型の家が立ち並ぶ区域に出た。

 看板には、ミミズがのたくったような文字で「宿屋」と書かれている。

 見たことのない文字のはずなのに、アヤカにはそれが読めた。


(ここでは「ビジネスホテル」とは言わないんだ……)


 アヤカは、大通り沿いに建っている一番近くの宿に入る。夕暮れ時だからか、宿の中はたくさんの人でごった返していた。

 宿の一階は食堂になっており、客達が集まって食事をしている。美味しそうな匂いの漂う空間の中を、壁に取り付けられた暖かい色の灯りがぼんやりと照らしていた。

 フロントに向かったアヤカは、正面に座っているメガネの男に声をかける。


「一泊したいんだけど、部屋は空いていますか?」

「はい、ご宿泊可能です。一泊で四シルヴァ、食事付きなら五シルヴァでございます」

「じゃあ、食事付きで」


 そう言って、アヤカは袋をごそごそとあさる。


(困ったな、五シルヴァの価値がわからない……)


 とりあえず、金色のコインを一枚出してみることにした。


「はい、一ゴルドですね。では、五シルヴァのお返しでございます」

「え、あ、うん」


 戸惑いつつも、お釣りを受け取る。


(五シルヴァは五千円、一ゴルドは一万円ってところかな)


 ということは、アヤカが受け取った全額は、十万円ほどになる計算だ。


(十万円ということは……大変だ! 一日五千円だとすると、二十日で無一文になってしまう!)


 なんとしてでも、それまでに弟を説得して家に帰らなければならない。

 だが、神殿の中に入れる保証はなく、家に戻る方法も不明だ。

 神殿の者達は、アヤカの話に聞く耳を持たないので、やはりシュウジになんとかしてもらうしかない。


(……念のために、自分で収入を得ておいた方が良いかもしれない)


 家事や、その他もろもろで鍛え上げられているアヤカは、かなり生活力のある高校一年生だった。

 万が一、シュウジを説得するのに手間取ってしまった場合、見知らぬ街でのたれ死んでしまう可能性を冷静に考える。


「お客様、そちらの階段で二階に上がった角のお部屋をお使いください。鍵に部屋番号が書いてあります」


 手続きを済ませたフロント係が、用意した鍵を片手にアヤカに声をかけた。

 アヤカがダルダルの色あせたTシャツを着ていても、裸足でも意に介さず礼儀正しく接する姿勢はプロのものである。


「わかった。ありがとう、お兄さん」


 フロント係に見送られながら、アヤカは今後の生活費について思いを馳せていた。

 幸い、アルバイト経験はある。近所のファミレスの厨房で週三回働いていたのだ。


(よし。とりあえず、明日は仕事を探そう……靴も買わなきゃ)


 二階に上がり、目的の部屋を見つけたアヤカは、扉の前でそう意気込む。

 窓から見上げた空はすでに暗くなっていたが、どこか不気味な赤みを帯びていた。


 そして、冒頭の職業斡旋所に戻る。

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