41:アヤカ、赤い夜を過ごす
これといって、収穫のないまま……アヤカは、神殿内で赤い夜を迎えた。
夕暮れ時に、凶暴な幽獣が現れるという場所へと強制的に連れて行かれる。
暴れないように、逃げ出さないように、後手を拘束されながら。
(これって、聖人様に対する扱いじゃないよね……)
薬の影響はまだ抜けず、アヤカは本調子ではなかった。
幽獣退治の際には本調子に戻っているとウモウジールは言うが、今の体の調子からすると本当に夜までに薬が抜けるのか疑問である。それに、幽獣がフライングしないとも限らない。
シュウジも、アヤカと共に幽獣が現れる場所へと連行されていた。
場所は、神殿の泉のすぐ近くだ。
これは、聖人が現れた付近に、幽獣が現れるという伝承のためである。
赤い夜という名の通り、空は真っ赤に染まっていた。
もともと、この世界の夜空は赤みを帯びているのだが、この日はそれが特に顕著である。
アヤカ達の周囲を、神殿騎士団の騎士達が囲んでいる。
(結局、アインハルド騎士団の皆には会えないままだった。皆も幽獣退治に来ているんだろうな)
誰も味方がいない中での戦いは、不安である。神殿の人間は味方だとカウントしていない。
バサバサと不吉な羽音が聞こえてきた。西の空を、黒い鳥の大群が飛んでいる。
グリモではない、幽獣だった。
同時に、獣の咆哮が複数聞こえてきた。場所は、遠かったり近かったりまちまちだ。これも、幽獣だろう。
「来たか……」
神殿騎士団の一人が、そう呟いた。
彼らは、聖人であるアヤカとシュウジを当てにしているのだろうが、いくらなんでも、あの量を一人で相手にするのは無理である。
しかも、渡された武器は慣れたハンマーではなく、小ぶりの剣一本だ。いろいろと無理である。
そうこうしているうちに、幽獣の群れがアヤカ達のいる方へと押し寄せてきた。
「うわぁっ! 幽獣が来たぞ!!」
悲鳴をあげた神殿騎士団の騎士達は、散り散りになって逃げ出す。
(……おい、お前ら。一応騎士なんじゃないのか!? なんで真っ先に逃げているの!?)
しかも、聖人様をお守りするとか言いつつ、アヤカとシュウジを放置している。
(ダメだ、こりゃ……)
おそらく、ここにいるのは、あまり実戦経験のない騎士達なのだろう。というか、神殿騎士団自体が実戦経験がほとんどないのだろう。
彼らは普段、神殿でぬくぬくと優雅に暮らしていたはずだ。
(そんな奴らを連れてくるなよ……)
とにかく、この場はシュウジを回収して逃げるのが良さそうだ。
他の騎士達が応戦してくれるのならいざ知らず、二人(しかも一人は戦意喪失状態)で凌ぐには無理がある。
アヤカの聖人の力も、まだ完全に戻ってはいない。シュウジも同じだろう。
(ぜんぜん薬が抜けないじゃないか……! ウモウジールめ!)
しかも、アヤカとシュウジは拘束されたままだ。騎士達は、二人の拘束を解かずに逃げてしまったのである。
お粗末にもほどがある。
「シュウジ、逃げるよ!」
力が戻らないので、拘束を解くことができないアヤカは、両手を後ろに縛られたまま、シュウジを促した。
しかし、シュウジは足がすくんで動けないらしく、その場に固まっている。
その間にも、幽獣の群れはアヤカ達の方へと迫ってきていた。