2:アヤカ、異世界に放り出される
夜は至福のときだ。
この日もアヤカは、夕食後に自室でつかの間の平穏を楽しんでいた。
絨毯の上に寝転がり、買ってきた少年漫画を読みながらスナック菓子をむさぼり食う。
着ている服は、洗いすぎてダルダルになったキャラクターもののTシャツに、近所の激安服店の売れ残りであるヒョウ柄の短パンだ。
年頃の女子としてあるまじき姿だが、アヤカは気にしていない。
蒸れる両足を引き寄せて靴下を脱ぎ、近くに投げ捨てた。これも、いつものことだ。
「はあ〜、バトル漫画最高! 男同士の熱い戦いっていいよなぁ……」
オヤジ臭いため息をつきながら、ペラペラと漫画本のページをめくる。
発売日をチェックして手に入れた漫画を、誰にも邪魔されない空間で楽しむなんて、これ以上の幸せがあろうか……
部屋の窓から吹き付ける初夏の風は心地良く、網戸越しに蛙と虫の鳴き声が響いている。
しかし、数分後……ドタドタと慌ただしく響いてくる足音で、アヤカの幸せなひとときはぶち壊された。
足音とともに、苛立った母の怒鳴り声が聞こえてくる。
「ちょっと、アヤカ!!」
ため息をついたアヤカは、読んでいた少年漫画からそっと目を上げた。
「また来たか……」
諦めを含んだ声でそう呟くと同時に、部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。
「アヤカ!! 聞こえているのなら返事をしなさい!! 何度言ったらわかるの!?」
立っていたのは、般若の形相で腕を組んだ母。
そして、ジャ◯ア◯の威を借るス◯オのごとく母の後ろに控えてニヤニヤ笑いを浮かべる双子の弟、シュウジだ。
「あなた、シュウちゃんが漫画を貸してって言ったのに断ったらしいわね! お姉ちゃんなのに、どうしてそんな意地悪をするの!?」
念願の男の子であるシュウジを殊のほか可愛がっている母は、彼のことを「シュウちゃん」と呼び、恋人のように溺愛している。姉のアヤカに対する態度とは雲泥の差だ。
今も、シュウジのくだらない告げ口により、一階から階段を駆け上がってきたらしい。
「私は断ったわけじゃないよ。読んでから貸すと言っただけで」
母の剣幕に呆れつつ事実を告げるが、アヤカの言い分が受け入れられることはない。
今までの経験から、簡単に予想がついた。
「先にシュウちゃんに読ませてあげればいいでしょう!? どうせ後で読むんだから、いつ読んだって一緒じゃないの!!」
母の「いつ読んだって一緒」は、シュウジには適用されない。
弟が先に漫画を読んでいた場合には「お姉ちゃんなのに、どうして弟の読書を邪魔するの!? そんなにまでして読みたいのなら、自分のお金で買ってこればいいでしょう!?」にもれなく変換される。
生まれた順番と性別が違うだけで、同い年の双子だというのに……非常に理不尽な話だ。
だが、十六年間もそのような扱いを受けて育ったアヤカは、母の態度を覆すなど不可能だということを知っていた。
納得がいかないことが多いが、これがアヤカの家族。今更別の家庭に生まれ直すことなどできはしない。
「はいはい、どうせ何を言っても無駄だからね」
不公平な扱いに対するせめてもの反抗として、少年漫画をシュウジの方へ投げつける。
「キャア!! アヤカ、危ないじゃないの! あんたは、どうしていつもそうなの!!」
ガミガミと怒鳴り散らす母を無視し、アヤカは強引に部屋の扉を閉めて外敵を締め出した。
扉の外でキーキーと叫ぶ声が響いているが、知ったことではない。
良いタイミングでインターホンが鳴ったため、母は文句を言いつつ階下へと降りていく。おそらく、シュウジも一緒だろう。
(あの、マザコン野郎め!)
アヤカは、心の中で盛大に弟を罵った。
母は、アヤカを惰性で育てている。彼女にとって娘は、愛する息子の付属物。
育てているのも「育児放棄するのは人道に反するし、世間体が悪いから」というだけで、それ以上の理由はない。
現に、シュウジは小中高一貫の有名私立に進学しているにもかかわらず、アヤカは選択の機会もなく公立の学校に放り込まれた。
その上、小学校に上がった直後からは「女だから」と母に家事全般を押し付けられている。
専業主婦である母は、弟の習い事の送り迎えやママ友付き合いに忙しいのだ。
身勝手な母の行動を増長させている背景には、父の存在もあった。
アヤカの父は建築業の現場監督の仕事をしており、家にほとんど帰らない。仕事が忙しく、たまに夜遅くに家へ帰ってきても、早朝に出て行ってしまうのだ。もちろん、休日も家にいない。
父と母の夫婦仲は、冷え切っていた。
漫画を諦めたアヤカは、カーペットの上でふて寝し、短パンの上から大胆にボリボリと尻を掻いた。
(ああ、学校で蚊に刺された場所が痒い)
普通に手足を刺してこれば良いものを……蚊というものは、時々ありえない場所を刺すことがある。
家族で使用している虫刺され薬を持ってこようと起き上がりかけたが、薬箱は階下に置いてあるので、嫌でも母や弟と顔を合わせてしまうということに思い当たった。
それに、家にある虫刺され薬は入れ物ごと直接薬を肌に塗布するタイプのものだ。直接尻に塗るのは憚られる。そう思い直したアヤカは、再びふて寝の体制に入った。
仮に誰かが顔を刺されて薬を使う場面を目撃すれば、きっと微妙な気持ちになってしまうに違いない。
しばらくゴロゴロしていると、また誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
先ほどと同じように乱暴に開けられた部屋の扉から現れたのは、弟のシュウジだった。
「おい、クソババア!」
開口一番にこの暴言。
友人の中には、自分の弟を「可愛い」などと言う人物もいるが……
(たった一人の弟だとは言え、これを「可愛い」とは思えないな)
幼い頃から母の姉弟差別を目の当たりにしたシュウジは、それをそっくり真似るようになり、アヤカに対して生意気な口を叩く人間へと成長した。
毎度おかしな優越感を持って接してくる弟には、アヤカもたじたじである。
「腹減ったから、夜食作れよ!」
命令口調に、姉が料理を作って当然だという態度。
これが、シュウジの日常的な姿なのだ。
「冷蔵庫に夕飯の残りがあるから、それを食べれば?」
「は? どうして俺がそんな残飯を食べなきゃならねえんだよ! お前が今から作ればいい話だろ!? 母さんもそう言っている!!」
悲しいかな、この家では常に二対一でアヤカの立場は不利である。
父親はあてにならないし、父方の祖父母は海外在住で音沙汰なし。母方の祖父母は母そっくりで、男の孫であるシュウジばかりを可愛がる。
幼い頃のアヤカはそれが悔しくて、男らしく振る舞うことで大人の気を引こうとした。単純に誰かから愛され、必要とされたかったのだ。
しかし、そんな子供の浅知恵が身を結ぶことはなく……
結果は、女性らしさの欠如した残念な人間が一人出来上がってしまうだけに終わった。
「嫌だよ! あんたこそ、さっきの漫画を読み終わったのなら持ってきな!」
「うるせーよ、飯炊き女! お前は、黙って夜食を作っていればいいんだよ!」
「夜食ぐらい自分で作れ! このマザコン男!」
アヤカは、近くに脱ぎ捨ててあった靴下をつかんでシュウジの顔に投げつけた。これは、今日1日履き続け、汗と臭いが染み付いた超危険物だ。
靴下は華麗に宙を舞い、天使の羽のような軽やかさで弟の唇に降り立った。
「――ぶっ!!」
嫌そうな顔で払いのけた靴下を見、ゴシゴシと口元を拭うシュウジ。
姉の靴下との接吻は、よほど刺激が強かったと見える。
「ふっざけんなよ! クソババア!!」
逆上したシュウジがつかみ掛かってきたので、アヤカは負けじと応戦する。高校一年生の男子である彼は、姉のアヤカよりも背が高く力もあった。
しかし、ここはアヤカのテリトリーである自室だ。さっと手を伸ばし、近くに積み上げていた少年誌の山を崩すと、分厚い紙の束が雪崩となってシュウジを襲った。
悲鳴を上げて蹲る弟の頭を、掃除用のカーペットのコロコロで容赦なくたたきのめす。粘着テープ部分に髪の毛がひっついて地味に痛そうだ。
変な情を見せると返り討ちに遭うということは、今までの経験で知っていた。
「くそっ、この家政婦が!!」
真っ赤な顔のシュウジが、渾身の力でアヤカに体当たりする。
「うわあっ!?」
それによって、二人は勢いよく床に倒れこんだ……のだが――
どうも、倒れた先の床がおかしい。
「おい。なんだよ、これ……」
困惑した声で、シュウジがつぶやく。
倒れこんだ床の傍には、いつの間にか黒々とした大穴が不気味な口を開けていた。絨毯が敷いてあった部分が忽然と消え、真っ黒な穴に変わっている。
床と穴の境界は曖昧で、黒い靄のようなものがかかっており、真っ暗で底なしの闇だけが続いていた。もちろん、階下の景色などは見えない。
アヤカとシュウジは取っ組み合いをやめて起き上がると、突如部屋の中に現れた大きな穴を見つめた。
それは徐々に広がり、二人の方へと迫ってきているように思える。不気味な穴から吹き上げる、生ぬるく湿った風が、アヤカの髪を小さく揺らした。
「おい、ババア! お前、部屋でなんかしたのか?」
「するわけないし。あんたこそ、隠れて変なことしたんじゃないの?」
「人のせいにしてんじゃねえよ! どうせ、お前が踏み抜いたんだろ!!」
「一人で、こんな大穴開けられないよ!!」
アヤカ達と部屋の扉の前を穴が遮っているため、外に避難することもできない。
窓から逃げ出すこともできず、二人は壁際に追い詰められていた。
「か、母さん! 母さん、助けて!!」
階下にいる母親に、シュウジが焦って裏返った声で助けを求める。
(いい歳して、結局最後は「ママ、助けて」なのか……)
マザコンのテンプレ行動をとる弟に、呆れの混じった視線を送るアヤカ。
その間にも、黒い穴はまるで生き物のように壁際へ迫り、二人を飲みこもうとしていた。
足場がなくなったシュウジが、悲鳴を上げて落下する。
「シュウジ!!」
すんでのところで弟の手を掴んだアヤカだが、自身の足場が消えてしまうのも時間の問題だった。
その上、男子高校生の体重を一人で支えるのはとても辛い。
「クソババア、アヤカ、助けて……」
いつも生意気な双子の弟の弱々しい言葉に、アヤカの心が揺らぐ。
「シュウジ……!」
励ましを込めて弟の名を呼んだ瞬間、足元が闇に包まれた。
(……落ちる!!)
気味の悪い浮遊感に包まれたアヤカの体は、重力に従って一直線に落下する。シュウジの手は握ったままだ。
下から吹き上げてくる風が、二人の服をバタバタとはためかせた。穴には終わりがなく、周囲の景色は闇だけである。
しばらく落下を続けていると、不意に落ちる速度が変わった。
「シュウジ、落下速度がゆっくりになっていない?」
アヤカはシュウジに話しかけたが、弟からの返答はない。恐怖のあまり声も出ないらしい。
次第に、視界も明るくなってきている。遥か下から白い光が差し込んでいるようだ。
そうして、しばらくゆるゆると下降を続けていると、眼下に毒々しいくらいに真っ青な泉が現れた。
アヤカとシュウジは、キラキラと光を反射する水面に向けてやんわりと舞い降りる。
周囲は、もう完全に明るくなっており、景色もはっきりと見て取れた。徐々に周囲が明るくなっていったため、眩しさで目を瞑ることもない。
泉は思ったより小さく、その周りは白い石で囲まれている。その中央には、二つの剣を持った男の像が見えた。
像の手前に、二人はふわふわと舞い降りて着水する。二人を取り囲むように、大きな水の波紋が広がった。泉は、アヤカの膝のあたりまでの深さしかなく、驚くほど浅い。
「シュウジ、大丈夫?」
「……うるせぇ」
落下のショックから立ち直っていないシュウジは、水の中にしゃがみこんで悪態をついた。
「ゴミも落ちていないし綺麗な場所だなぁ……ここはどこだろう?」
「知るかよ、なんなんだよ。お前の部屋の床は、どうなっているんだよ!」
突然巻き込まれた事態に、シュウジは困惑を隠しきれずに声を荒げる。
「知らないよ。今まで床に穴が空いたことなんて、なかったし……それよりシュウジ。あんた、右手に何を持っているの?」
アヤカは、弟が手にしているキラキラと光るものを指差した。
「……ん、なんだこれ?」
シュウジは、今気づいたとでもいうように、水の中から手を引き上げる。
そこには、卵のような形の金色の物体が握られていた。
「変な模様がある。王冠に、ツタの葉っぱ、太陽と月?」
細かな細工に、たくさんはめ込まれている宝石。
その手のものに縁のないアヤカにも、高価な品だとわかる。
「ふぅん、素材が金なら高く売れそうだけど……お前の部屋のゴミじゃないんなら、貰っておくぜ」
落下時は、ショックを受けていたシュウジだが、徐々に元気を取り戻してきている。生意気さも完全復活だ。
(それにしても、ここはどこだろう?)
アヤカは、周囲の景色を確認した。辺りには広葉樹の森が広がっており、少し離れた場所に大きな白い建物が見える。
残念ながら、まったく知らない景色だった。
(あの建物は、テレビに出てくるギリシャの神殿みたいだ。この泉も、イタリアの観光地にありそうな形だし)
泉から立ち上がったアヤカは、森を抜けて建物に向かうことにする。シュウジも立ち上がり、アヤカの後ろを歩いた。
足元に生い茂る植物は、見たことのない種類のものだ。茎が短く、良い匂いを放つ白い小花が咲いている。家の近所に生えている、カモガヤやセイタカアワダチソウのような雑草はない。
「ここは外国なのかも。人がいたとして、言葉は通じるかな?」
「ただの外国ってだけなら、大使館に連絡すれば解決だ……でも、俺はそうは思わない」
「じゃあ、なんだと思うの?」
「お前の大好きな漫画の中に、主人公が地球とは別の世界に放り出される話があるだろう」
アヤカは、シュウジの言葉に頷いた。
大好きな少年漫画の一つに、主人公の男子高校生が、他の惑星にあるファンタジーの世界へ放り出されてしまう話があったのだ。
まったく知り合いのいない世界で困り果てていた主人公は、お忍びで街に出ていた王女様に拾われ、成り行きで彼女のために騎士になることを決意するというような話だった。
(最後に元の世界に戻る方法が判明するけれど、結局彼は王女様を選ぶんだよな)
漫画の中に登場する可愛らしい王女様の姿を想像しながら、アヤカは裸足で草の上を歩き続ける。
家の中にいたので、アヤカもシュウジも靴を履いていなかったのだ。アヤカに至っては、靴下すら履いていない。
幸い草は柔らかく、素足を傷つけることはなかった。
「俺さ……ここは、そういった異世界じゃないかと思うんだよ。わかるんだ、さっきまでいた世界とは違うって……」
柄にもなく、厨二病くさいセリフを吐く弟。そんな彼の瞳は、怪しく輝いていた。
彼は、少年漫画が好きではあるが、現実と混同するようなタイプではない。なかったはずだ。
シュウジの言葉に不安を覚えながら、アヤカは反論する。
「そんな馬鹿な。きっと、どこかのリゾート地だよ」
「じゃあ、お前の部屋に穴が空いた件は、どう説明するんだ?」
「……見間違い?」
「前から思っていたけど、お前って本当に図太い奴だな。鈍すぎてイライラする」
建物が近づいてくると、シュウジが急に足を止めた。
「おい、誰かいるぞ」
弟の言葉に頷きながらも、アヤカはまっすぐ歩き続ける。
「待て! もし、中にいる奴らが俺らに敵意を向けてきたらどうするんだ!?」
「……今更じゃない? あんたって、変なところでビビリだよね。とりあえず、話しかけてみようよ」
アヤカは、シュウジの制止を振り切り、先へ進んだ。建物の陰に、白いフードを深くかぶった人影が見える。背の高さから、アヤカはその人物が男だと判断した。
「ハロー! ハワユー! マイネイムイズ、アヤカ! ワッツユアネイム!」
「お前は馬鹿か!! なんで、英語なんだよ!! しかも、名前なんか聞いてどうするんだよ!!」
焦るシュウジとは反対に、アヤカは堂々と謎の人影に近づく。
二人の声に反応したフードの人物は、驚いたように振り返り動きを止めた。アヤカが予想したとおり、目の前の人物は男である。
黒髪を長く伸ばして、フードの下に裾の長い紺色の服を着ている、若く神経質そうな人物。
「あ、あなた達は……?」
そんな彼の口から出た言葉は、おもいきり日本語だった……
少し気まずくなったアヤカは、取り繕うように言葉を続ける。
「私達は怪しいものじゃありません。近くの泉に落っこちちゃったんだけど、ここはどこですか?」
アヤカの言葉を聞いた男は、さらに体を硬直させた。
「そんな……まさか。こんな辺境の泉に現れるなんて」
一人で驚愕している男の様子を尻目に、アヤカとシュウジは互いに目配せする。双子だからか、大体相手の言いたいことが理解できてしまうのだ。
今の目配せの意味は「こいつ、ヤバイんじゃね?」である。
「あの、ここがどこの国なのかだけでも教えてくれない?」
再び問いかけるが、男はアヤカの呼びかけを無視してシュウジに話しかけた。
「あなた様は!! その、手に持っている丸い紋章は!!」
感極まったような目でシュウジを見、彼の前にひれ伏す男。そんな相手に、アヤカはドン引きである。
「あなた様の来訪をお待ち申し上げておりました。聖人様!!」
男の言葉に、シュウジが訝しげに片眉をあげながら答えた。
「聖人様……?」
「そうです、この地に訪れる危機を救ってくださる尊いお方のことを、我々は聖人様と呼ぶのです!」
「俺が?」
「はい。この神殿に伝わる話によりますと、異世界より遣わされた聖人様は、例外なくその金色の紋章をもっていると言われております。迫り来る危機に対処すべく、百年に一度、世界に七つある泉のどこかに現れるのです」
「ふぅん、わかった。じゃあさ、ちょっと頼みたいんだけど」
始めこそ戸惑ったような目で男を見ていたシュウジだが、彼の様子から害はないと判断したのだろう。
いつもの横柄な態度に戻り、男に命令をし始めた。
「そこのお前、着替えを用意してくれないか。ずぶ濡れで気持ち悪いんだ」
「はっ、ただいま!!」
彼は、脱兎のごとく建物の奥へ駆けていくと、二人の若く美しい女性を引き連れて戻ってくる。
「さあさ、こちらへ。聖人様の着替え支度は整っております。私は、この神殿の責任者でウモウジールと申します。こちらの二人は、あなた様のお世話をする者達です」
「そうか、俺は眠いんだけど……」
「かしこまりました、すぐに寝床の用意を致します! 神殿内で一番良い部屋をご用意させていただきますね!」
慣れた様子でふるまい始めたジュウジを、驚愕の目で見つめながら立ちすくむアヤカ。
シュウジは、女性達に連れられて神殿の奥へと一人で去っていく。
「ちょっと、シュウジ!? 一体どうなっているの!?」
姉の呼び止める声に面倒くさそうに振り返る彼は、完全にいつもの生意気な弟だった。
「ああ、ウモウジール。そいつはウチの家政婦だから、適当に面倒見てやって」
「承知いたしました。では、下働きとして神殿で雇い入れましょう」
シュウジとウモウジールのやり取りを聞き、アヤカはあんぐりと口を開けた。
「適応力、ありすぎ……」