19:アヤカ、任務で女装をする
翌日、団長室に呼び出されたアヤカは、早速ユスティンに任務の内容を告げられた。
「隣町にある小さな神殿が、定期的に幽獣に襲われているそうです。騎士団に討伐要請が来ました」
「その討伐に、私も参加しろってこと?」
「そうです。ただし、この神殿は男子禁制。女性神官のみが働いている場所なので、女性騎士しか受け付けません。ですが、現在どの騎士団にも女性騎士はいないのです……そこで、騎士達の中で中性的な容姿の者に、女装をしてもらうことにしました」
以前に幽獣を討伐した騎士によると、相手は定期的に現れるため、神殿の近くに巣を作っている可能性が高いらしい。
神殿内部が怪しいが、男子禁制のために調査ができない。そこで、今回の案が出たようだ。
「なるほど、それで私を送り込むつもりなんだ。女であれば、文句は言われないんだよね?」
「はい、しかし今のままではいけません。アヤカには、より女性らしく着飾っていただきます」
ユスティンは、言葉を選びながらアヤカに説明する。
「現状、まことに遺憾ではありますが、あなたのことを男だと思っている輩が一定数存在します。そんな目の悪い連中にも女だと一目でわかるように、あなたには誰が見ても女性だとわかるような変装をしていただきたいのです」
「……女装?」
「え、いや……女性らしい格好をしていただくという意味です」
女らしい格好をすると言われ、アヤカは戸惑った。今まで、学校の制服以外に、一度たりともそのような格好をしたことがなかったからだ。
幼少時から、アヤカの服はシュウジのおまけ。母は、シュウジに複数の服を買い与え、彼の気に入らないものをアヤカに回していた。
乳児の時もそうだ。母は、周囲に男の子用の服を求め、貰った中で気に入らないものをアヤカに着せていたらしい。
成長して服が自分で選べるようになっても、アヤカは、Tシャツにデニムという適当な格好しかしてこなかった。
「とりあえず、スカートを穿いておけばいっか」
簡単に結論を出したアヤカに、叱責の声が飛ぶ。
「良くない! 今のあんたがスカートを穿いたところで、それこそ女装にしか見えないわ!」
団長室の奥から、重そうな箱を抱えたメイド服のブリギッタが現れた。
今は、職員の仕事中のはずだが、ユスティンが雑用を言いつけたのだろう。
「……ブリギッタ、団長室にいたの?」
「ええ、あんたが来る前からね。今回の件、私も協力させてもらうから! あなた一人で任務に挑ませるなんて、そんな危険なことを私が許すはずないでしょう?」
ブリギッタの剣幕に圧倒されたアヤカだが、ふと不思議に思って彼女に尋ねた。
「でもさ……ブリギッタみたいな可愛い女の子こそ、危険な任務に同行させられないよ。幽獣が出てきたら危ないし」
アヤカの言葉に答えたのは、ユスティンだった。
「心配いりませんよ。こう見えて、ブリギッタは強いですから」
「そうよ、アヤカ。私のことなら心配要らないわ」
しかし、彼女の言葉を鵜呑みにすることはできない。
「ブリギッタは心配要らないと言うけれど、心配しないほうが無理だよ。だって、ブリギッタは普通の女の子で、こんなにもか弱いのに……」
「か、か弱い……!? 私が……!?」
ブリギッタは、戸惑ったように瞬きを繰り返すと、なぜか頬を赤く染めた。
「そりゃあ、重い洗濯物だって持てるし、毎日職員の重労働をこなしていて、すごいとは思うけど……でも」
朱色の頬を押さえて、立ちすくむブリギッタ。
ユスティンの方はといえば、壁の方を向いて小刻みに震えている。
「ちょっと、団長。隠れて爆笑しないでくれるかしら? それと、今からアヤカを仕上げるけど、それでいいわね?」
「ええ、結構です。その手のことは、僕にはわかりかねますので。よろしくお願いしますね」
「任せてちょうだい。アヤカ、行くわよっ!」
「え? えっ?」
状況がわからないままブリギッタに手を引かれ、アヤカはズルズルと彼女の部屋に連行される。
ブリギッタの部屋は、いかにも女の子らしい部屋だった。
内装が見事なまでに、白とピンクに統一されている。
「さて、まずはこれに着替えてちょうだい。比較的着やすい服を選んだから、一人でも着られると思うわ。私は外にいるから……」
そう告げると、ブリギッタは、そそくさと部屋の外に出て行った。
(女同士なんだし、気を使うことないのにな)
渡されたのは、クリーム色のヒラヒラしたワンピースだった。すっぽりと被れるタイプである。
(うわー。これ、絶対に似合わないやつだよ……)
職員の服を脱いでワンピースに着替えたアヤカは、鏡の前でため息をついた。もちろん、ダメな意味でのため息である。
「やっぱり、似合わない。……男が服を着ているみたいだ」
外にいるブリギッタに着替え終わったことを告げると、彼女は別の箱を持って早の中に入ってきた。
「じゃあ、次は髪型ね。アヤカには、ウイッグをつけてもらうわ」
「ヅラなんて付けるの?」
「そうよ。だって、そのままじゃあ……あまりにも」
「……うん、言いたいことはわかるよ。女装にしか見えないよね」
隣町の神殿関係者にも、大いに怪しまれそうな姿である。
「大丈夫よ、アヤカ。ぜったいに可愛くしてあげるから!」
ウィッグを抱えて息巻くブリギッタ。
逆らえないことを悟ったアヤカは、おとなしく彼女の着せ替え人形になることにした。