18:アヤカ、逃げた職員に懐かれる
食堂には、メイド服のブリギッタとミル、男装のアヤカ、そして団長のユスティンが残されている。他の騎士達は、すでに食事を終えてシャワーを浴びに行ってしまった。
「は、はじめまして……アヤカさん。わたくし、ミルと申します」
「はじめまして、アヤカです」
「アヤカ、こんな奴に敬語なんて使う必要ないわよ! こいつは、グリモと男目当てで職員になったような不純な動機の女なんだから!」
ブリギッタの言葉に、ミルは涙を浮かべながらユスティンに擦り寄る。
(なるほど。「男目当て」と言われるのは、こういう行動からなんだな)
アヤカは、冷静に状況を分析した。
「ブリギッタさんってば、酷いんですぅ。わたくし、萎縮してしまって……団長、これではマトモに仕事が出来ませんわ。やっぱり、ここの職員は辞めさせていただきますぅ」
ミルという女性は、一見か弱そうに見えて、なかなか強かである。被害者面でブリギッタを一方的にディスる様子は、とても萎縮しているだけの女性には見えない。
ブリギッタは、ユスティンの背中に張り付くミルを引き剥がしながら怒鳴った。
「そういう文句は、仕事ができるようになってから言いなさいよ!」
「ブリギッタさんだけじゃありません。騎士達の中には、私にいやらしい言葉を投げかけてくる人たちもいて、困るんです!」
「それは、あんたが思わせぶりな言動であいつらに近づくからでしょう!? 脳筋は純情なのよ! そんなにメイド服の裾を短くして、セクハラされない方がおかしいと思いなさい!」
ユスティンから引き剥がされたミルは、今度はなぜかアヤカの背にへばりついてくる。
「アヤカさぁん、助けてください〜。わたくし、こんな職場で働けませんわぁ〜」
「……あ〜、セクハラは、良くないよね」
「ああん、私のことを解ってくれるのは、アヤカさんだけですぅ〜!」
ブリギッタの矛先は、今度はユスティンへと向けられていた。
「団長も団長よ! どうして、こんな奴をまた雇ったの!? どうせなら、もっと使える職員にしてよ!」
「……手っ取り早く連れ戻せるかと思いまして」
「いらないわよ、こんなお荷物! それよりも、アヤカを返してちょうだい!」
「それはできません、アヤカには騎士として働いてもらいますので」
「この子に騎士なんて無理よ! だって、アヤカは……」
おそらく、その後には「女の子なのに」と続くのだろう。
ブリギッタは、アヤカが女であることを一目で見抜いた。だが、それは団長のユスティンも同じである。
「そのあたりは、きちんと配慮していますよ。ただ、アヤカは騎士団の誰よりも力が強いです。きっと、良い戦力になるでしょう」
「団長、まさか……アヤカの性別のことを知っていて騎士にしたの!?」
ユスティンがアヤカを女だと知っていることに、ブリギッタは気がついたらしい。ぱっちりした猫のような目を吊り上げて、彼女はユスティンを睨みつける。
「とにかく、私はアヤカを騎士にすることに反対よ! この子に何かあったらどうする気なのよ!」
「……では、次の任務で様子を見ることにします。もし、アヤカが騎士として働くには実力不足だと証明されたら、騎士を辞めさせて職員に戻しましょう」
「それ、約束だからね? あんまり、危険な任務には就かせないでよ?」
「ええ、わかりました。ただし、アヤカの実力が証明されれば、その後は文句をつけないでくださいね?」
ブリギッタは、ユスティンの提案に黙って頷いた。アヤカを省いて二人の間で話が進んでしまっている。
「団長、今後の職員の仕事だけど。ポンコツのミルでは、アヤカの穴を埋められないわ。以前のように、新人騎士達を貸してちょうだい」
「わかりました、手配しましょう」
この騎士団は、新人騎士達にとってもブラックな職場のようだった。