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17:アヤカ、ゴキブリを退治する

 アヤカが木剣を折った事件は、現在騎士達の噂の的になっている。

 折れた木剣の代金は、アヤカの給料から引かれることになった。ただの木剣なのに八シルヴァもするなんて、ぼったくりである。


(自分でも不思議に思うけど、普段は特に怪力というわけではないんだよね)


 以前よりも体力があるし、動体視力も力の強さも上がっているが、仕事中に備品を壊したことはない。

 そのあたりの力加減は、うまい具合に調整出来ているようだ。


「きゃあ! アヤカ、調理場にゴキブリが出たわ!」


 夕食の準備をしていると、アヤカの背後からブリギッタの悲鳴が聞こえてきた。


「大丈夫だよ、私に任せな!」


 振り返って力強く宣言したアヤカは、履いていたスリッパの片方を脱いで右手に構える。

 このスリッパは、宿舎の備品でボロボロになっているものだ。もともと汚い上に、アヤカの足の匂いに汚染されているので遠慮する必要がない。

 ゴキブリはキッチンの調理台の下、床の真ん中に堂々と陣取っていた。アヤカは持っていたスリッパを振りかぶり、ゴキブリに叩きつける。

 不意打ちを受けたゴキブリはベシャリと潰れ、スリッパの裏には黄色い汁のようなものがついた。

 それを気にせず再び履いたアヤカに、ブリギッタは再度悲鳴を上げる。


「アンタ! そんなものを履くの、やめなさいよ!」

「えー、だって……スリッパこれしかないし。今から取りに行くのは面倒だし」

「もう、あんたは女の子なのに、どうして身の回りに無頓着なのかしら! ちょっと待っていなさい!」


 そう言うと、彼女は早足で食堂を出て行った。

 しばらくして戻ってきたブリギッタは、白くてフワフワとした可愛らしい物体を手にしている。


「おかえり、ブリギッタ。それは何?」

「見ればわかるでしょう、私のスリッパよ! 私は新しいものを使っているから、これはあんたにあげるわ!」

「いいの!? こんなに可愛いのに!?」

「ええ。ゴキブリを潰したスリッパは捨てなさい」


 ブリギッタにそう言われたアヤカは、ありがたく彼女のスリッパを履くことにした。ゴキブリを潰したスリッパは、ブリギッタによって廃棄される。

 彼女にもらった新しいスリッパは、ふわふわとした白い毛に包まれており、先端部分にはピンクのリボンが付いていた。もちろん、履き心地も良い。

 しかし、可愛らしいスリッパを履いて歩くアヤカを、騎士達は不気味なものでも見るように遠巻きにしていた。


(騎士達は私を男だと思っているから、その反応も仕方がないよね)


 唯一、最後に食堂を訪れたユスティンだけは、「可愛いですね、よく似合っています」とアヤカを褒め讃えた。


「ユスティン、今日は食堂に来るのが早いね」


 いつもはアヤカが賄いを食べる時間帯に現れる彼が、今日は珍しく騎士達と同じ時間に食堂を訪れている。


「ええ、ちょっと……」


 騎士達と同じ食事をとりながら、彼は疲れたようにため息を吐いた。

 それと同時に、食堂の入り口から弾丸のようにメイド服姿の女性が突っ込んでくる。


「団長、まだ話は終わっておりませんわ! わたくし、まだまだ言い足りません!」


 アヤカは、給仕をしながらユスティンから少し距離をとった。

 メイド服姿ではあるが、彼女はブリギッタではない。見たことのない女性だ。


「ええと、お取り込み中だったみたいだね。私はこれで……」

「待ってください、アヤカ!」


 ユスティンが制止の声を上げたが、厄介ごとに巻き込まれたくないアヤカは、いそいそと調理場へ逃げ帰る。調理場では、ブリギッタが目を吊り上げて食堂のテーブル席を睨んでいた。


「……あのアマ、また性懲りも無く」


 ドスの利いた声が、男みたいに低いのは気のせいだろう。


「どうしたの、ブリギッタ。顔が怖いよ?」

「アヤカ、少しの間だけ調理場を任せていいかしら? 私は、あのクソアマを絞めてくるわ」

「えっ……!?」


 返事を返す間もなく、調理場を出て行くブリギッタ。彼女は、まっすぐにユスティン達がいるテーブルへと歩いて行った。

 アヤカは、調理場で作業をしながら一部始終を見守ることにする。


「ちょっと、ミル! あんた、今までどこをほっつき歩いていたの!? 仕事もしないで団長に絡むなんて、いい度胸よねぇ?」


 ブリギッタに詰め寄られたメイド服の女性は、ミルという名前らしい。彼女は、ビクリと肩を震わせてユスティンの背後に隠れた。

 それを見た他の騎士達は、三人を遠巻きにしながらヒソヒソと小声で話を始める。


「また始まったぞ、ブリギッタの新人いびりが」

「いや、あれはミルも悪いだろ。今日だって皿を十枚割ったし、洗濯物のシーツを五枚地面に落として使い物にならなくしたし、廊下に掃除用のバケツの水をぶちまけるし……」

「でも、ミルだけじゃないだろ? 今までに来た職員の女は、全員ブリギッタにいびられて辞めさせられたじゃねえか。アヤカが平気なのは男だからだろ、『新人いびりのブリギッタ』の名は伊達じゃないぞ?」


 ミルは、逃げ出した前職員のようだ。

 ブリギッタとの仲は、良くないらしい。


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