16:アヤカ、練習試合に参加する
訓練場に、騎士達の勇ましいかけ声が響く。
壁際でその光景を見ながら、アヤカは隣にいるユスティンと話をしていた。
「ねえ、ユスティン。なんで、騎士達に私のことを「彼」って紹介したの?」
「それはですね……」
ユスティンは、緩く編んだ長い三つ編みを弄りながらアヤカの問いに答える。
「第二騎士団には、職員以外の女性はいません。お恥ずかしいことに、女性に飢えた騎士達の間では、職員へのセクハラが横行しているんです……騎士達は、あなたを男と認識していますので、そのまま黙っていた方が良いかと」
彼の言葉に、アヤカは絶句した。面接時に、マルクもそう言っていたが……
セクハラが横行している騎士団なんて、騎士道精神もクソもない。少年漫画に出てきた高潔な騎士のイメージが、アヤカの中でガラガラと音を立てて崩れていった。
「そんなの、セクハラを取り締まればいいだけじゃん」
「……できるなら、そうしています。もちろん、見かけたら注意しますけど、キリがないんですよ」
「ふぅん? 私なら、女だとバレたとしても大丈夫だと思うけどね。男と間違えられるくらいだし、今までモテたことなんかないし。学校でのあだ名は『山猿』と『大将』だったし」
「何を言っているんですか。アヤカは、充分に可愛らしい女性ですよ?」
可愛らしいなどと言われたアヤカは、また動揺し始めた。隣に立つユスティンを、再び意識してしまう。
「ユスティンって、目が悪いの? それとも、女たらしなの?」
「視力は良いですよ? あと、女たらしでもありません。僕は、思ったことを言っただけです」
「私を可愛いって言った人、ユスティンが初めてだよ」
アヤカは、異性にも親類にも「可愛い」と言われたことなどなかった。
だから、甘い言葉には極端に免疫がない。
モジモジしながら騎士達の訓練を見ていると、不意にユスティンが口を開いた。
「アヤカも、訓練に参加してみませんか?」
「……結構です」
「そうですか。では、新人騎士と手合わせしてみましょう」
アヤカの言った「結構です」を、ユスティンは「了承」の意味で受け取ってしまったらしい。
「ち、違う。結構ですっていうのは、参加をやめておくという意味で……」
「では、訓練用の木剣を持ってください」
「だから、私は……!」
「ダリウス、アヤカの練習試合の相手をしてください。アヤカ、前に出て?」
なんとなく、アヤカは気づいてしまった。
ユスティンは、何がなんでもアヤカを訓練に参加させる気だ。「結構です」の件も、意図的なものだろう……
近くにいた騎士に木剣を渡されてしまったアヤカは、おずおずと訓練場の中央に行き、ダリウスと呼ばれた少年騎士と向き合う。彼は、アヤカよりも少し年下の少年だ。
「……お手柔らかに頼むよ、ダリウス」
「すみません、アヤカさん。訓練では、手を抜いてはいけないことになっているんです」
ダリウスの無情な言葉に、アヤカは天を振り仰いだ。
審判を務めるのは、副団長のマルクらしく、彼は真剣な表情を浮かべて、アヤカとダリウスの間に佇んでいる。
「相手の体に剣を当てるのではなく、相手の木剣を狙って叩き落とすように。それでは、試合開始!」
野太いマルクの声が響くと同時に、木刀を振り上げたダリウスがアヤカに迫ってくる。
「ぎゃあ!! ちょ、ちょっと待って!!」
女子にあるまじき声を上げたアヤカは、至近距離でダリウスの振り下ろした木剣を避ける。
(木剣を狙うようにって言われているのに……今の、明らかに私を狙っていたよね!? あんなのが当たったら、絶対に痛いじゃん!!)
けれど、ダリウスの動きは正確に見て取れた。街で遭遇した鳥と同じように、彼の動きがひどくゆっくりとしているように思える。
ダリウスは、今度はアヤカに向けて木剣を横に薙ぎはらった。
とっさに屈んで木剣を避けたアヤカは、ダリウスの横に移動し、彼の木剣に向けて自分の木剣を振り下ろす。
体に木剣を当てなかったのは、マルクに言われたルールを守るためだけではなく、絶対に当たったら痛いだろうという憶測からだった。
アヤカの振り下ろした木剣と、ダリウスの持つ木剣が「バキッ」と音を立ててぶつかり合う。
「……え、今、『バキッ』って音がしなかった!?」
ダリウスに声をかけると、彼は青い顔をして手元を見たまま体を強張らせている。
そんな彼の握っている木剣は、真っ二つに折れていた。かろうじて木の皮一枚だけが繋がっており、剣先がブラリと下に垂れている。
「うわぁ……木剣って、案外折れやすいんだね」
周囲を見回すと、騎士達はダリウスと同じような青い顔をして突っ立っていた。審判であるマルクも、勝敗を口に出すこともなく、折れた木剣を見つめている。
そんな状態の中で最初に声を上げたのは、壁際でアヤカ達の練習試合を見物していたユスティンだった。
「やっぱり、アヤカには騎士の適性がありますね。力加減の調節は必要ですが、動体視力と素早さは申し分ない」
ユスティンの言葉に、無言で立っていたマルクが我に返った様子で動き出す。
「勝者、アヤカ! 負けたダリウスは、訓練場を十周してきてください」
罰を言い渡されたダリウスは、折れた木剣を握りしめたまま、フラフラとした足取りで練習場を去っていった。