14:アヤカ、聖人疑惑をかけられる
夕焼けが照らす窓辺付近の寝台で、アヤカは二人の人物と対峙していた。
一人目は、アヤカの担当医らしい第四騎士団の少年。
二人目は、アヤカが働いている第二騎士団の団長、ユスティンだ。
(……ユスティンが団長だったなんて、今まで全く気がつかなかった)
紳士的で穏やかに見える彼は、団長というには威厳がない。副団長のマルクの方が、よほど団長らしかった。
「ただの騎士に、あのような自由行動が許されているわけがないでしょう?」
「それって、職権乱用というやつでは……」
「そうですよ。そして、僕の職権乱用に感謝してくださいね。副団長が「怪我をしたアヤカは使い物にならないからクビにする」と言いだしたところを、僕が団長権限で止めて差し上げたのですから」
「……え、そうだったの!?」
「そうですよ、また食事が家畜の餌になっては困りますからね。料理のできる職員をクビになんかしません」
「とりあえず、あそこを追い出されなくて助かったよ。ありがとう、団長」
「今まで通り、ユスティンと呼んでください。改まって呼ばれると、距離を置かれたように感じでしまいますので」
「いいの? じゃあ、そうする」
二人で会話を続けていると、遠慮がちに斜め前方から声がかけられた。
「あー……二人とも、もういいか? そろそろ、こいつの包帯をかえなきゃならないんだが」
見ると、医者の少年が、少し困った様子でアヤカたちを眺めている。
「悪いが、ユスティンは、少しの間部屋を出て行ってくれ」
「わかりましたよアドルフ。女性の着替えを見るわけにはいきませんからね」
「えっ……!?」
ユスティンの言葉に、アヤカは驚いて彼を見た。
「ねえ。ユスティンは、私が女だって気づいていたの!? 騎士団の人は、私を男として見ていると思ってた」
「……ええと。どこからどう見ても、可愛らしい女性ですよね? 気がつかないのは、マルクのような朴念仁だけだと思いますよ?」
「……そうだったんだ」
副団長のマルクだけではなく、他の騎士達にも男扱いされているのだが、アヤカはそこのとを黙っておいた。
ユスティンが外に出たのを確認し、アドルフと呼ばれていた少年が、アヤカの包帯を外しにかかる。もちろん、服をはだけなければ包帯を外すことはできない。
だが、アヤカには、年頃の娘の持つ羞恥心はなかった。自分の体など、見て価値のあるものではないということはわかっているし、相手は医者である。
「ねえ、あんたは第四騎士団の医者なんだよね?」
「そうだ。俺は第四騎士団の副団長で医者のアドルフ・クラウゼン」
「ふぅん。私は、第二騎士団宿舎の職員、アヤカ・スズキだよ。手当てしてくれてありがとう」
「死んでもおかしくない怪我だ、しばらくは安静にしていろ……」
不意に、包帯を解いていたアドルフの手が止まる。
「どうしたの、アドルフ?」
「……おい、お前」
彼の声は、不自然に震えていた。
「お前の怪我、跡形もなく消えているんだが……」
「え……?」
アドルフの言葉に首を傾げたアヤカは、そっと自分のわき腹を見下ろした。
彼の言うとおり、血が溢れ出ていた傷口がどこにも見当たらない。
「そういえば、最初は痛かったけど……ユスティンやあんたと喋っているうちに、痛みが消えていた気がする。今は、動いても平気だし」
「ありえない……なんなんだ、お前。マジで街の奴らが言っていたような聖人なのか?」
「聖人って、傷の治りが早いの?」
「傷の治りが早いだけじゃない、身体能力も普通の人間より秀でている。百年前に現れたやつは、もの凄い怪力の持ち主だったらしい」
彼の話を聞いて、身に覚えのあったアヤカは押し黙った。
(まさか、な……)
あの鳥を撃退できたのは、偶然のことだ。「たまたま」、「運良く」石が急所に当たっただけで、あれは火事場の馬鹿力のようなものだったに違いない。
(私が、聖人であるはずがないもんな)
けれど、現実に傷が塞がっているのを目の当たりにすると、どうにも彼の言葉を真正面から否定しにくかった。
(シュウジも、傷の治りが早いのかな?)
傷口を見ながらアヤカが静止していると、包帯を取り終えたアドルフが、部屋の外にいるユスティンに向かって声をかけた。
「ユスティン、もう入っていいぜ!」
アヤカは、慌てて寝間着の前を閉める。
なぜだかわからないが、ユスティンに肌を見られるのが気恥ずかしかったのだ。弟のシュウジになら、パンツを見られようが平気なのに。
(……アドルフには見られても平気だったのだけれど)
自分のことを「可愛らしい女性」などと言った奇特な人物は、ユスティンが初めてで、そのことで柄にもなく動揺してしまっているらしい。
アドルフが呼びかけてすぐに扉が開き、ユスティンが顔を出した。
「なあ、ユスティン。お前……こいつのこと分かっていて雇ったのか?」
「こいつのこと、とは? どういうことでしょうか、アドルフ」
「この女、アヤカのことだよ。こいつ、あれだけ酷かった傷口が、もう綺麗に塞がっているぞ……お前は、アヤカをどこで拾ってきたんだ?」
「拾ったというか……面接で採用しただけなのですが」
アドルフの言葉にコトンと首を横に傾げたユスティンは、アヤカの方に向き直ると穏やかな表情で言った。
「アヤカ。よろしければ、少しだけ傷口を見せていただけませんか? 一部だけでも良いので」
「うん、それくらいならいいよ」
アヤカは、寝間着を少しだけまくって腹から腰に当たる部分を見せた。見られても大丈夫な部位ではあるものの、ユスティンの視線を感じると落ち着かない。
「へえ、綺麗に治っていますね。僕が最初に見たときは、シーツにまで血が滲んで悲惨な状態だったのですが……」
「……あの、もう服を戻してもいい?」
まじまじと傷口があった部分を見られていたアヤカは、それに耐えきれなくなって声を上げた。
(さっきから私……なんか変だ)
ユスティンのことを変に意識して見てしまう。
それは、嫌悪からくるものではなく、ドキドキと心臓が弾み、落ち着かない気分にさせられる類のものだった。
「ええ、もう戻していいですよ。確かに、綺麗に傷跡がなくなっていますね……」
にこにこと人畜無害な笑みを浮かべたユスティンは、嬉しそうにアヤカを見て口を開く。
「これは、良い拾い物をしました」
「えっ……!?」
「アヤカ、今後少し業務内容の変更があるかもしれませんが……あなたは大事なうちの職員です。これからも、よろしくお願いしますね」
「え、うん、はい……こちらこそ、よろしく」
妙にユスティンを意識してしまっているところに、彼から「これからも、よろしく」などと声をかけられて、アヤカはドギマギしながら返事を返した。
「でもよ、ユスティン。こいつが本当に聖人だったとしたら、神殿に連絡しなくてもいいのか? 聖人は、神殿が保護するもんだろ?」
「……仮にアヤカが聖人であったとしても、最初に保護を怠ったのは神殿です。彼女を雇ったのは、うちの騎士団なのだから、アヤカは第二騎士団のものですよ。雇用契約書にも、きちんとその旨が記されています」
ユスティンの言葉を聞きながら、アヤカは副団長のマルクに手渡された契約書の一文を思い出していた。『職員の身柄は騎士団に属する。職員は、騎士団の同意なしに一方的に雇用契約を打ち切ることはできない。職を辞す際には、必ず代理を立てること』などという、ブラックな文言を……
(あの騎士団の団長を務めているだけあって……ユスティンは、マルク以上に厄介な人物なのかもしれない)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか彼に対する妙なドキドキは収まっていた。




