なな
不審者から一変、私の同居人となった3匹の彼らは気ままだった。
猫らしく自分の好きなように生きている。
猫になったり人間になったり。
イケナイ想像力が働いて、イケメンに猫耳・猫尻尾とか萌える!!と一人悶えていたけど、そんな半端な変身はできないらしい。
口には出していないはずの妄想に、陸が可愛らしい笑顔で答えをくれた。
あれ?そんなに顔に出ていたのかしら。
陸は基本的には猫の姿で居る。
人間になって私と会話できるのは嬉しいらしいが、猫の姿で背中を撫でられることが何より至福な時間のようだ。
シリコン素材の丸型のブラシを自分で咥えて持ってきては私の膝によじ登り、ゴシゴシしてくれと強要してくる。
膝の上が定位置なのは変わらない。
まだ子猫だから精神的にもお子ちゃまで甘えん坊。
しかし、それがたまらない。
朔は寝るときや食事のときだけ猫になる。
人間の食事は口に合わなかったらしい。
私が自信満々にお味噌汁を振舞ったところ、盛大に噴出された。
それ以来、人の食事にまったく興味を示さなくなってしまった。
…味云々より、ただ単に猫舌で熱すぎただけのような気がしなくもないが。
寛いでいるときは人間になって、ながーい足を組んでソファに寝そべる。
そして気ままに私にへばり付く。
長身の彼に後から覆い被さられると、崩れ落ちないように踏ん張るだけで精一杯。
そんな私の必死な顔を見て爆笑する男。
拓は基本的に人間の姿で居る。
飼い猫、というより見目麗しい執事様がいるように甲斐甲斐しく私の世話をしてくれる。
家事はもちろん、着替えやヘアセットなどの身支度まで手を貸してくれるものだから、自分がどこかの貴族令嬢にでもなったのかと錯覚するほどだ。
そしてなにより、拓の作る料理の美味しいこと美味しいこと…。
その料理の腕は、一体どこで磨いたのか。
何も言わずお給料を渡したくなるほどだ。
癒しと刺激と休息を与えてくれる3人のおかげで私の体調は頗る良く、栄養と睡眠がばっちり摂れた頭は以前より遥かに冴えていて仕事も順調に進んでいった。
ああ、もう、本当に、彼氏なんていらない。
この子達がいてくれたらそれでいい。
仕事帰りに拓から頼まれた食料を買って、エコバックを振り回す勢いで帰宅する。
今日の夕飯はハンバーグー!
スキップをしそうなほどるんるんでマンションのエントランスを抜けると、エレベーター待ちをしている良く知る背中を見つけた。
「あ、大地だー」
お互いの人生の大半にお互いがいるような、切っても切れない腐れ縁の高橋大地。
時間と案件に追われる多忙な弁護士先生様がこんな早い時間に帰宅だなんて珍しい。
「おーこのみじゃーん…」
間延びしたその語尾から、彼が限界近くまで疲労が溜まっていることが窺える。
格好はちゃんとしているが、顔色の悪さと目の下にできた隈が凄くてとても同い年には見えない。
大変だな、弁護士先生。
「お疲れー。どうしたのこんな時間に。早いじゃん。山越えたの?」
「んんんーー。なんとかぁ?越えたというか、下山途中ぅ?顔がやばいから今日は寝ろって言われて帰ってきたぁー」
「ははっ!確かにやばい顔してるわ。弁護士なのに犯罪者みたいな顔」
「うるせー。もともとだぃ」
きゃっきゃと笑うと大地も緩く笑ってくれる。
この優しい笑顔が昔から嫌いじゃない。
一緒にエレベーターに乗り込み、私は12のボタンを押した。
大地は黙って壁にもたれかかる。
ちょっと、ここで寝ないでよ?
静かに上昇した箱は静かに止まり、リンっと自棄に雅な音を鳴らしながら扉を開いた。
エレベーターを出る私に続いて大地ものろのろと出てくる。
私は左側の扉に鍵を差し込み、大地はごそごそとポケットを探った後、右側の扉に鍵を差し込んだ。
ワンフロアに2部屋造りのマンションの12階。
左の1201号室に私、右の1202号室には大地が住んでいる。
腐れ縁も16年続くと家族のように思えてくるものだ。
独身貴族を謳歌している者同士、終の棲家としてマンションでも買っちまうか!という思い切りの良すぎる提案に何の疑問も抱くことなく同意したのは2年前の秋。
新築マンションの12階がまだ両部屋とも残っている、ここにするか!というお隣さんになるのが当たり前だと言わんばかりの提案にも何の違和感も抱くことなく即決したのがその次の初夏。
夏真っ盛りに入居して、その日のうちに合鍵を作ってお互い交換した。
時間を合わせて家具を見に行ったり、カーテンの色を一緒に考えたりと、新婚夫婦のような時間を過ごしてきたが、彼はあくまで友人。
いや、幼馴染。
うーん、腐れ縁。
違うな…それらより逸脱した…いやいや、うーん、やっぱり家族だ。
すみません。
切りどころがなく長くなってしまったので、2回に分けさせていただきます。
中途半端ですみません、申し訳ない、ごめんちゃい。