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よん。

「…おいしい」



湯気の立ち上るクリームシチューにフレッシュなサラダ。

カリカリに焼き上げられたバゲットからはオリーブオイルの香りが漂ってくる。

食べやすいように小さめにカットされた白身魚のポワレは、口に入れるとホロホロと崩れてほんのりとバターの味が広がる。

添えられたポテトやコーンも残すことなんて考えられないほど美味しい。


食べている場合じゃないと理解しているものの、食欲に勝てず手が止まらない。

今日はお昼も食べ損ねてしまったからなおさら胃がものを欲している。



「そんなに慌てて食べなくても、まだおかわりもありますからね」


「このサラダね!僕が作ったんだよ!おいしい?」


「俺が焼いたパンのかけら付いてるぞ。ったく、お前はガキか」



誰か、早く、端的に説明して!





部屋に入った途端センターテーブルの前に座らされると、すぐさま料理が並べられた。



「あ…あのっ帰って…くれなかったんで、すか」


「帰る?あぁ、私はここを出て行くつもりはありませんよ?万が一出て行こうにもこのみさんが今朝、扉の鍵をしっかりと掛けてしまっていましたからね。女性の一人暮らしの家を、施錠されていないまま出て行こうなんて…できませんよね」



確かに。

今朝彼に向かって出て行けと叫んでおきながらちゃんと戸締りをしていたことを今思い出した。

出て行かれなくて良かったのかもしれない。

治安の良い町に建つオートロック付きのマンションとて、鍵を開けっ放しのまま部屋を無人にするのはよろしくない。

いやいや、待て待て。

中にいるのは不審者だぞ。

それでいいのか。

…まあ、いいか。



「あ…えと…すみま、せん?」


「ああもう、本当に可愛い人ですね。さあ、話は後です。まずは空腹を満たしてください」



有無を言わせぬ視線に囚われ、ぐっと押し黙ったまま大人しくラグに座る。

引越当時から使っているアースカラーのラグは、ちょーーっと値が張ったが2年経った今でもふわりと毛が立っていて気持ちがいい。

いつもはリラックスして座るそこに、今日はカチコチに緊張しながら腰を下ろした。

すると両脇に今朝は居なかった2人が座ってくる。



「ああああああ…あのっ!」



黒髪の人は当然のように私の肩に腕を回し、後ろのソファに背中を預けて長い足を持て余す。

銀髪の少年も当然のように私の腕に自分の腕を絡め、柔らかい髪をぐりぐり押し付けてくる。


パニックの他なにものでもない。

夢か。

夢なのか。

こ…これが噂に聞く、逆ハーなのか!!



自分の家にいるのに落ち着かず、キョロキョロそわそわ…。

ひっきりなしに前髪を触っては、黒髪の人に小さく笑われる。

少年はキッチンとリビングを行ったり来たり忙しなく、危ないから向こうに行ってろとおじ様に叱られる始末。

…この三人は、知り合い同士なのかな。





「さあ、このみさん。お待たせしました、どうぞお召し上がりください」



出されるお皿もフォークナイフも、グラスも間違いなく私の愛用のもの。

それなのに、執事様顔負けの優雅な身のこなしで並べられていくそれは、とても見慣れた存在感ではなかった。

お皿も…ステキな料理を乗せてもらって喜んでいるのかしら。

そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、テーブルの上は輝いていた。



食べていいものかどうか迷いあぐねていると、黒髪の人がすいっと私の長い髪をシュシュでまとめてきた。

首筋に当たる男の人の大きな掌にドキドキびくびくしてしまう。

少年もおじ様も、どうぞ、と言わんばかりの視線を投げてくる。



ええい、もうどうにでもなれ!!



出された食事に恐る恐る手を付けてしまってからはもう、そのおいしさに抗えなかった。


腹が減っては戦は出来ぬだわ。

まずは食べよう。

おいしい。

食べよう。




お腹も満たされ、食後の紅茶(これまた物凄くおいしい)をゆっくりと飲んでいる時、今更ながらに異変に気づいた。



「…あれ?あの子達は…?」



キョロキョロと視線を動かして見てもあの愛らしい毛玉たちが見当たらない。

そういえば今朝もちらりとも見ていない。



「え、え、やだ。拓?陸―?さーくー?」



見知らぬ人が急に押しかけてきたせいで怯えているのかもしれない。

陸はまだこの家に来て日が浅い分人馴れしていない。

咄嗟の行動で変なところに入り込んだり、まさか脱走なんてこと…。


サーっと血の気が引く音がした。



「陸!!陸どこ!拓も朔も出ておいで!顔を見せて!」



転がるように寝室へと駆け込む。

ベットの下やクローゼットの中、チェストやキャビネットの裏も覗くがどこにもいない。



「どうしよう…どうしよう…」



じわりと涙が浮かぶ。

手が汗ばんできて、心拍数も上がってきた。


あの子達がいなくなってしまったらどうやって生きていけばいいのか。



「そんな半泣きになって探さなくても、ここにいるだろう」


「…え?」



ベット脇に座り込んでいたところを、黒髪の人に腕を捕まれぐいっと立ち上がらされる。



「あの子達は…どこ?」


「…ここ」



親指を立て、自分の胸を指す彼。

その顔は、したり顔と言うかドヤ顔と言うか。



「私たちもちゃんとここにいますよ」


「このみちゃん!僕たちはどこにもいかないよー!」



おじ様と少年もニコニコと笑いながら近づいてくる。

今日は混乱してばかりだ。

何がどうなっているのか。

この人たちは何を言っているのか。


おじ様が、未だに黒髪の人に掴まれている腕と反対の手を優しく取り、今朝と同じようにどこぞの貴族よろしく、軽く口付けを落とした。



「端的にご説明しますと、私の名前は拓。黒髪の彼が朔で、こちらの少年が陸。私たちは紛れも無く、このみさんの飼い猫ですよ」



ああ…私は頭がおかしくなってしまったのか。




私の愛してやまない猫たちが、ある日突然人間になってしまった。


据え膳食わぬは女の恥!!

この豪勢な食事、食ってやろうじゃないの!!


…このみさん、ちょっと使い方が違います(笑)

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