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に、じゅう、よん。

「聞いたぞー。大地、お前に言ったんだって?言ったというかお前が気づいたのか。あーあ。あれの暴露は俺がしたかったのに。大地ってさなーんか余裕過ぎてこう…慌てるところが見たいというか…いじりたくなるんだよね。あいつの化けの皮を君の前でベリベリ剥がしたかったのになー。…で、剥がした結果の目かそれは」




腫れが引かなかった目を必死にメイクで隠そうと朝から四苦八苦したものの、隠すために頑張ってます感が凄い顔面と成り果てそのまま出社。

幸い今日は打ち合わせも取材もなく終日デスクワークに勤しむため、社外にこのぶっさいくな顔を晒さなくて良いのだがその分社内の人間をドン引きさせた。

社会人になって初めて猛烈に出社拒否がしたかった。

デスクに鞄を置くと同時に背後から私を呼ぶ声。


振り返りたくない。

顔を見られたくない。

というかタイミング良過ぎ。

さては待ち構えていたな。


それでも副社長からの呼び掛けを無視できる平社員なんていなくてしぶしぶ振り返ると、例外なく彼も私の顔を見てビシリと固まった。

お面でも付けて来れば良かった。

そのまま拉致られるようにエレベータに押し込まれ副社長室に連行、今に至る。




「…そうです。もしかして、というかやっぱり知っていたんですね大地のしてきたこと」


「知ってたよ。知ってて黙っていた。すまないね、俺は君よりあいつとの付き合いのほうが長いからついあっちの味方をしてしまったよ」


「…そう、ですか」


「あれ?もっと責められるかと思っていた」


「なんだか力が抜けてしまって…それとも意固地になっていただけで根はそんなに気にしていなかったのかもしれません」


「え?そんな顔になるほど泣いたのに?」


「顔のことはもう言わないでください」



過去のことを知ってショックを受けたことは確か。

一番信頼していた大地が黒幕だったなんて悲しいし辛い。

でも、どうしてか。

そのことに対して強く追求しようとか彼との縁を切ろうとか、そういったことが不思議と涌いてこない。

それより何より、同居人たちのことだ。

涙も全てあの子達のことを思ってのもの。

自分の中での3匹の存在が前より大きくなっている。

もう、あの子達無しでは生きていけないかもしれない。




「まあさ、大地は君を愛しすぎてあんな馬鹿な行動をしてしまっていたってところだけは知っていて欲しい。愛し方がわからない不器用な男なんだ。知りながら正しい方へ導いてやれなかったことを謝罪したい」


「や、やめてください!顔を上げて副社長!!」



きっちりと腰を折って私へ頭を下げるその姿に肝が冷える。

万が一誰かに見られでもしたら何を言われるか…。

扉が閉まった副社長室にノックもなしに入室してくる強者なんていないけど。


この人は本当に大地のことを気に掛けてくれるいい人だな。

大地がどんな男だなんてきっと私が一番知ってる。

頭が良くて、面倒見が良くて、外では完璧に振舞っていても実は甘えん坊なところとか。

ハンバーグに目がないとかピーマンが嫌いとか、牛乳はホットじゃないと飲めないとか、何だって知ってる。

それなのに彼の気持ちに気付けなかった。

もし分かってあげられていたら、違う今を生きていたかもしれない。

大地だけを責められない。



「あの副社長…。以前、私に仰ってくださった…その…こ、告…」


「正直、大地を焚きつけてやろうと勢いで言ってしまったけど、君を好きだっていうのは本当だよ。まあ、それがライクなのかラブなのか聞かれるとちょっと困っちゃうけどね。実はあの日大地がうちに来るって知ってたんだ。橘君が残業しちゃったのはたまたまだったけど俺的にはラッキーでさ。もし君が残業していなかったら偶然を装って大地に会って言うつもりだったんだ。橘このみを好きになったって」




やっぱり本気じゃなかったのか。

くそ。弄ばれた感じだ。

一枚も二枚も上手なこの人には絶対勝てない気がする。

…ちょっと真面目にお付き合いについて考えたりしたのに…




「今すぐは無理だと思うけど、大地のこと許してやってよ。あいつ本当に君が好きなんだ。昨日の電話の声、今にも死にそうな感じだったよ」


「そんな…私は別に…」


「俺はあいつの味方だけど、そんな顔を見ちゃったら君に鞍替えしたくなったよ。これ以上大地が馬鹿なことしたら俺に知らせて。今度こそ捻じ曲がった根性真っ直ぐにしてやるから」




副社長はやっぱり頼りになる。

こんな人だから叩き上げでその椅子に座っていられるのだろう。

この人がバックアップしてくれると思うと随分勇気が涌いてくるものだ。


ちゃんと大地と話そう。

今までのこと、これからのこと。

ちゃんと話して、仲直りしよう。






…と、意気込んだものの。



副社長室から戻ると珍しくフロアに佐久間先生がいらっしゃって、突然短編小説を差し出してきた。

原稿用紙にして35枚、文芸雑誌およそ10ページ分というベストな文字量。

いつの間に執筆していたのか。

まさか前作からの僅かな期間に書かれたのですか。

素敵です。

サプライズですね。

…来月号の入稿まであと9日です…。

頑張ります。



その日の夕方から水曜を除いて毎日夜中まで、それはもう無心に滑車を回すハムスターのように走り回り、結果だけ言うと間に合った。

5分メイクにシュシュで纏めただけのひっつめ髪、家用のダサいメガネと額の冷えピタ姿で土下座のごとくヘッドスライディングをしながら室長の最終チェックにねじ込ませた。

女として大事なものをいくつか失った気がしなくもないが、この喜びには変え難い。

やり遂げたわ私!!!!





「………じゃあ明日、仕事終わったら家に来てね」


ランナーズハイに似た異常な高揚感そのままに私は大地へ電話をかけた。

勢いと言えば勢いだが、一番私らしいタイミングが今だと思ったから。



ここまでお読み頂きありがとうございます!

本当に、本当に…ありがとうございます!泣


もうそろそろ、終わります

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