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じゅう、きゅう。

「今日ね、大地を家に連れてこようと思うの」



私を取り巻く疑惑について考えても考えてももやもやが広がるばかり。

それならいっそ、当事者と思われる人物に突撃してしまえと思い立ったが吉日。

気合を入れるためにも朝一番で同居人たちに宣言をしてみた。

彼らは心配そうな顔をして早急すぎる私の行動を(たしな)めようとしたが、私としては一刻も早く解決したい問題なのでそこは我を通させてもらう。



「このみがそうしたいのなら何も言ねぇよ。何があっても俺たちはお前の見方だ」


「そうですね…。心配ではありますがここはこのみさんに任せましょう」


「ふみゃ…みゃーん」



了承の返事を貰って早速大地にメールを打つ。

忙しいかな。

でも、何時になっても待っていよう。


今夜の予定と話したいことがある旨を簡潔に聞くと、思いの外早く返信が来て今夜の夕食を一緒にする約束を取り付けた。

大地と会うことなんてなんてことないはずなのに、ドキドキと心臓が逸る。



「じゃあ…行ってくるね」


「はい、いってらっしゃいませ」





こんなにも仕事を終えたくない日はない。

運がいいのかそうでないのか、今日は副社長が出張に出ているらしく気を紛らわせてくれる人がいない。

未だに告白(?)の返事をしていない私を咎めることなくただ構っているというかちょっかいをかけているだけのような副社長を気分転換扱いするなんて、実は私は悪い女なのかもしれない。

こうも答えを急かされないと、あの告白は本気だったのかどうか良く分からなくなってくる。

最初こそ口説くように声を掛けられていたが、ここ最近は兄が妹に構うような…そんな雰囲気になってきているのだ。

これでいいのか?


…とりあえず、今日はそれどころじゃない。




無常にも時計の針は17時半を指し、いつになくさくっと仕事が終わってしまい、大地から来た《仕事マッハで終わらせた。会社のロビーにいる》というまさかのお迎えメールに顔を引きつらせた。

逃げられない。

自分から会おうと言っておきながら逃げるなんて何事か。

腹を括れ!

ちょっと昔のことを聞くだけだ、あとはいつも通り楽しく夕食を食べればいい!

オンナは度胸!!



「橘?何仕事終わりに気合入れてるの」


「柚木さん!今日は気合がいるんです。心を強く保てるよう柚木さんの力もください!!」



がしっと私に手を握られた柚木さんはそれを気にした様子もなくくるんと巻かれた髪を流した。

今日もいい香りですお姉さま。



「そんなことより、下にアンタの彼氏来てたわよ」


「彼氏?あ、もしかして大地かな。彼氏じゃないですよーただの幼馴染でただの隣人です」


「あら?違うの?だって彼、あなたが入社してすぐの時に…」


「…え?」

「このみ」



後から不意に呼ばれた自分の名前。

聞き間違えることなんてない、彼の声。

上がってきた!上がってきやがった!

フロアの入り口には爽やかな笑顔をこちらに向ける大地がいた。



「だ、大地!ごめんね、帰り支度が遅くなっちゃって…あの、今行くところで…」


「大丈夫だよ、そんなに待ってない。俺こそ大人しく「待て」が出来ずに上がってきちまってごめんな。…すみません、お話のお邪魔でしたでしょうか」



柚木に向かって謝罪をする大地は私の知っている彼ではなくて、弁護士の…仕事の顔をしていた。

くっと目元に浮かべる笑みを深くすると柚木さんをじっと見つめる。

おぉ、仕事中はこんな顔もするのね。

知らないことなどないと思っていた幼馴染の新たな一面にほんの少し感動を覚える。



「い…いえ、いいのよ。早く帰るように言っていただけだから。じゃあ橘、気をつけて帰りなさい」


「え?あ、はい。お疲れ様でした柚木さん」


「すみません、失礼します」




帰ろう。

帰ってさくっと聞いてすっきりしよう。

前を歩く見慣れた背中にこっそりと拳を突きつける。

私に隠し事なんてあったら許さないんだから。



「ああ、怖い。もしかしなくても、あれが噂の番犬ね…」


パタンと閉まった扉の中で柚木さんが体を震わせながら呟いた言葉は、私には届かない。





「ただいまー愛しの毛玉たちー」


「なんだその呼び方」



緊張を誤魔化すように空元気な私。

いつ切り出そう。

なんて聞こう。

ちゃくちゃくと夕飯の準備をしていく大地の横で私の手は止まったり動いたり、明らかに上の空な様子。


「どした?疲れてんのか?」


「え?あ、いや、その、別に」


「んー?ま、飯食えば元気出るって!食おうぜー」



「…だ、大地!あのね!あの…」



勢い任せの曖昧な踏み切り。

尻すぼみに小さくなっていく声と覚悟に目一杯の叱咤をして次の言葉を発しようするも、喉に引っかかったように出てこない。

どうしたのかと足を止めている大地の顔が見られない。

言え。聞け。ほら。

握りこんだ手が白くなる。



拓が、そっと私の足に体を擦り付けてきた。


頑張ってください…


そう、言ってくれているように寄り添う。

大丈夫、大丈夫。

私のはこの子達がいる。

大丈夫…。





「ねぇ大地、もしかして…さ、小さいときから私の周りで…何か、してた?」





ビクっと跳ねる彼の肩。

こちらを見つめるその瞳が揺れているのは何故。

何かって何だよ!っていつもみたいに笑い飛ばして。


私を見つめる大地の目。

大地を見つめる私と、3匹の目。




コト…





大地が手に持っていたグラスを静かに置いた。

喉が詰まるような緊張。

…を想像しただけでも緊張する。


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