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じゅう、よん。

落ち着こう。


自分でも気づかないほど疲れていたのかも。

それか耳の病気でも患っているのかな。

凄く怖い幻聴が聞こえたんだろう、きっと。

そう思いたい。

そう思わせて。



「え…えと?」


「ん?もしかして聞こえなかった?君が好k…」


「聞こえてます!!」



幻聴でも空耳でもなかったようだ。


これがお仕置きなんだろうか。

考えても見なかったことをいきなり言ってきてその反応を楽しんでいるのだろうか。

どこかに隠しカメラがあって撮られているのだろうか。

その映像を楯に今後事ある毎に脅されたりするのだろうか。


冷や汗が流れて頭がぐらぐらしてきた。

なんだか少し気持ちも悪く…。




「あ…あの…副社長…」


「なに?」


「た、大変お恥ずかしい話…なんですが」


「うん、なに?」


「私はこういった事をい…言われたことがないので、どう…どう反応していいのか、が、分からないのですが…面白くなくてすみません…」


「…は?」




恥を忍んでの訴えに今度は副社長が目を丸くした。

彼氏いない歴が年齢で悪かったな。

くそ。

笑うなら笑え。


俯くと黒髪がさらりと肩から滑り落ちきて赤くなった顔を隠す。

ささやかな自慢の黒髪は真っ直ぐでサラサラで、一日纏めていても跡が全く付かないほどコシの強い艶髪だ。

これを真正面から誉めてくれた男性は、今のところ大地だけ。

別に…誉めて欲しいわけじゃないけどさ…

男性って長いストレートの黒髪が好きって人が多いって聞いて…

や、だからこの髪型ってわけでもないけど…。



「なので…残業のお仕置きは…別の」


「待って。お仕置きじゃないよ。真面目。大真面目。俺のマジな告白をお仕置きだなんて失礼だな」


「すっすみません!!」



咄嗟に謝ってしまったが、真面目であんなこと言われた方が困る。

戸惑いとかトキメキとかじゃなくて、困る。

言った本人は大して気にした様子もなく何かを考え込んでいるよう。

黙らないで。

居た堪れなくなるじゃない。



「ねぇ、本当に今まで告白されたことないの?嘘でしょ?本当に?」


「う…あぅ…はい…ありません」



セクハラだ。

これ、セクハラですよね!

訴えたら勝てる。

訴える前に負ける気がするけど。



「番犬…すげぇな。これほどまでとは思わなかった」


「…はい?ば、番犬、ですか?家に犬はいませんけど…」



副社長はさっきも「番犬」と言っていたような。

なんのことだ。


考え込む副社長と突っ立ったままの私。

居心地が悪すぎて酸欠にでもなりそう。

帰っちゃダメかな。

また明日ちゃんとここに来るから。

多分。



「…決めたよ。残業のお仕置き」




――来たァァァ。




俯き加減になっていた顔を真っ直ぐ上げ、背筋を伸ばす。

何が来る。

何が来る。



「橘君、黙って俺に口説かれなさい」


「…」


「俺に惚れろとは言わないよ。人の気持ちは操作出来ないからね。君はいつも通り、君らしくしていればいい。ただ俺が自分勝手に口説くから。あ、心配しないで、仕事の邪魔はしないよ」




「…は…い?」




この人は何を言っているのだろう。

私を口説く?

この私を?


悲しいことに、生まれてこの方男性に言い寄られたり口説かれたりしたことなどない。

学生時代も何故か男子たちに遠巻きに見られていて、私の周りには女友達と大地しかいなかった。

こちらから男子たちと友達になろうと近寄っていっても、何か怖いものを見るような目をしたまま逃げられたことがある。

あれは軽くトラウマになった。

自分では分からないのだが、どうやら私は男性から嫌われる容姿と性格をしているみたい。

そうでなければおかしい程、私には男が寄り付かなかった。

自分でもそんなに醜い顔ではないとは思っていたのだけれど、女目線と男目線は違うと言うから…男の子から見たら化け物みたいな顔面なのかもしれない。

うあああああ。

男目線フィルターを開発してくれ!!

そんな私を、仕事も出来て社員からの信頼を集める大人な副社長が口説く?

そんな馬鹿な。

あれか、ブス専ってやつか?



「か、からかわないで下さい!」


「からかう?なぜ?さっきも言ったけど、俺は本気で君が好きなんだよ」



真剣な目が私を射抜く。

嘘を言っているようには見えないけれど、どうしても信じられない。

ブス専決定か。

それとも、口説かれてコロッと落ちたら掌を返したように捨てられて笑われるのかな。

残業のお仕置きにしては時間が掛かりすぎるし、何より酷すぎる。

虐めだ!



「うーん、どうしたらスタートラインに立たせてもらえるかなぁ。番犬の洗脳はどうしたら解けるかなぁ」



ゆっくりとこちらに近づく副社長。

それと同じくゆっくり後退する私。

逃げる?

上司の上司である彼から?

ってか、さっきから番犬って何よ。



一歩一歩下がっていって程なく、背中に木の感触。

ドアにぶつかった。

後はもうここを開けて外に逃げるしかない。



「そんなに怯えないでよ。ね、このみ。好きだよ」



「……!!あっ!!?」





突然背後のドアが開いて、もたれるように寄りかかっていた私の体は後ろに引っ張られるように倒れていった。




え、ちょっ…まっ…!!!


黒髪ストレートロング好きの男性ってどれくらいいるのでしょうか。

やっぱり多いのかな。

ちなみに私はダークブラウンでふわふわくりくりのショートカットが好きです。

触りたくなります。

すみません。

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