じゅう、いち。
仕事から帰る。
ご飯を食べる。
お風呂に入る。
髪を乾かしてリビングに戻る。
さあ、日課になった団らんが始まる。
タシっ!タシっ!!
私の振り回すひらひら付きのおもちゃを、小柄な陸が一生懸命捕まえようと奮闘する。
右へ左へ目をキョロキョロさせながら目にも止まらぬ速さで猫パンチを繰り出す。
でも残念。
手が短くて獲物まで届いてないよ。
ああ、至福。
なんて可愛いの陸くん。
自分の勢いの割りに体がまだ軽いから頭からダイブしてくることもしばしばだが、華麗に前転やら側転やらで身を翻して飽きることなくおもちゃを追う。
ちゃんと爪を切らせてくれるから床に傷が付くことなく、肉球できゅっと方向転換を繰り返す。
あああ、至福。
なんてかっこいいの陸くん。
ねずみのおもちゃをガジガジ咥えながらころんと転がると、もふもふで柔らかい純白のお腹が晒されて、まるで私を誘っているみたい。
そーっと手を伸ばして魅惑のもふもふに触れると、陸が今度は私の手にじゃれ付いてくる。
むにむにとお腹を揉むと、決して痛くない甘噛みをしながら腕全体を手と足でがっちりホールド。
ああああ、しふk…
「このみ、顔が溶けてるぞ」
「…ふえ?」
ふいに声を掛けられ、緩んだ表情そのままに朔へと振り返る。
漆黒の彼は、椅子の背もたれに肘を付きちょっとだけ不貞腐れているようにも見える。
ちなみに、黒猫の朔は俊敏すぎて私ごときじゃ遊び相手にもなれなかったのだ。
運動不足にならないか心配。
「朔も陸と遊ぶー?」
「は?冗談。この姿でこのみが遊んでくれんのならいいけど。大人な遊びでもしようか?」
急に色気を醸し出した朔は、小首をかしげてセクシーな首筋を見せ付けてくる。
うなじに魅力を感じるのは男に限ったことじゃない。
艶やかな黒髪が一房顔にかかり、それが妙に色っぽくてドキドキしてしまう。
「え!ちょ…さ、朔…!」
迫ってくる朔の胸に手を置いて押し返す。
自分でも意味がないと分かるくらい、その力は弱い。
恥じらいながら、戸惑いながらも嫌じゃないというささやかな意思表示。
朔は流れるような動作で私の左手をすくい上げ、見せ付けるように指先に唇を落とす。
そのままじっと見つめられると、いよいよ顔が熱くなって来る。
心臓が早鐘を打つ。
この…エロ猫!!
「こーら、このみさんを困らせない。離れて離れて。このみさん、お待たせしました。本日のお茶はジャスミンになります」
「あ、ありがとう…」
拓が朔を軽く牽制しながら差し出してくる温かいお茶を受け取り、ふーふーと冷ましてからゆっくりと飲む。
香しい花の香りが抜けていって心が落ち着く。
「拓の入れてくれるお茶はどれも美味しいね。ありがとう。安心するわ」
にっこり微笑みながらお礼を言うと、拓はすっと近づき耳元で囁く。
アッシュグレーの髪が頬をくすぐった。
「私には、ドキドキしていただけないのですか?」
バリトンボイスが鼓膜を震わせ、電流のように体を駆け巡る。
おしりがむずむずして思わず身をよじった。
声が漏れるのをすんでのところで耐えてみせた。
私、凄い。
「ふふ、可愛いこのみさん。今日も一日お疲れ様でした」
真っ赤になった顔を隠しながら寝室へと逃げると、すぐに陸が来てベットに飛び乗る。
もぞもぞとシーツを踏みならして枕の右側に落ち着いた。
次に朔が黒猫となってやって来て軽やかにベットに上がった。
当然のごとく枕の左側に腰を下ろし、丸くなって寛いだ。
リビングから聞こえていたカップを洗う水音が止むと、グレーのハチワレに変わった拓が静かに来て音もなくベットに上る。
そして、にゃーお、と一鳴きしてから枕の上部に寝そべった。
私を翻弄する愛しの猫たち。
あなたたちのせいで、ますます男が必要なくなっちゃったじゃないのよ。
ちゃんと、責任取ってよね。
「…おやすみ、みんな」
こうして私の一日は終わる。
日常をちらりと覗き見です。
そうです、私は拓贔屓です。
ダンディズム万歳。




