97油断禁物
「え?何て?」
『あの時言ってたユフィーネって何?』
私紗良が今何処にいるかと言うと、ローズレイアの最南端に位置するカルデラの地にて旅人を装い宿を取って1日ぶりのベッドで大の字に寝転んでいるのだ。シャワーも浴びてサッパリスッキリで、とても気分が良い。カルデラと言えばダーヴィット様の弟君であるルイヴィスさんが治める地で、住んでいるヒューゲルベルク城もこの宿から端を捉える事が出来る。
「内緒」
『えー?何で隠すのさ』
「隠すって…。何でもかんでも私の気持ち知られたら堪んないよ!」
『いいじゃん!僕と紗良の仲でしょ?』
ユサユサと蒼玉に体を揺さぶられる。全然良くないよ。只でさえ私の感情は筒抜けなのにさ!それに思わず口が滑っただけで、メッセージじゃないし。ただ、ふと思い出しただけなの。
「知ってますか?紗良様」
「んー?何を?」
「このお花は白銀月の誕生花なのですよ」
「へぇ。小さくて可愛い花だね」
マリーが指差したのは花壇に植えられた花で、コスモスのような形でオレンジ色の小さな花だった。
「小さいけれど寒さには強いのです。冬に咲くには彩りが綺麗ですよね」
「そう言えば、冬って物寂しい色が多いもんね」
「はい。ですからこの花の花言葉は「色褪せない」なのですよ」
白い息を吐きながら嬉しそうにマリーが笑ってそう言った。何とも中途半端で歯切れの悪い言葉の終わり方だと思うのは私だけかな?
「色褪せないねぇ。その後にもう一言欲しいわね」
「ですから他の花と合わせたり、自分で言葉を付け足すのですよ。色褪せない想いとか、色褪せない記憶とかですね」
「そうなんだ」
そんなやり取りをあの瞬間に唐突に思い出してしまったという訳。だからもしヤーティスに聞こえていたとしても、男性は花に疎いから花の名前だと気付かない可能性も高いし、例え分かったとして花言葉を調べても、色褪せないに続く言葉がないから本意は伝わらないだろう。
「(その後の一言は、言える筈がないよ)」
寝転がっていた体を起こして、今も尚私の答えを待つ蒼玉の髪を触った。柔らかなこの青銀の髪が大好きなんだ。元の金髪もいいけど今の方が似合ってるよね。
「また意地悪するつもり?」
『違うよ。僕はただ紗良に幸せになって欲しいだけなんだ』
「私は蒼玉が側に居てくれるだけで幸せだよ。勿論紅玉もね」
『恥ずかしい奴だな』
「ふふ、…誰かさんのが移ったみたい」
一人じゃない事がこんなにも心強いんだよ。それだけで私は凄く救われているんだから。誰かさんは私によく恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言ってくれてたから、私も少しは影響されてるかも。
『ダリアはあの場所で大丈夫かな?』
『命令してあるから平気だろう』
「まぁ何かあれば分かるから大丈夫だよ!」
ダリアを連れて歩くには体が大き過ぎるので、宿から少し離れた場所の木々の多い所に、身を隠すように言い聞かせてあるんだ。道歩いてたら悲鳴が飛び交うこと間違いないないだろうしね。果物は買って与えて来たので、お腹を空かせて人を襲いました!テヘっていう事はないと思う。多分ね…。
『そう言えば、狐竜獣って人食べるの?』
「どうなんだろう?」
『狐竜獣は雑食だと恭平が言っていたぞ』
「…いつの間に恭平と仲良くなったの?」
『仲良くなったというか、前に居たと言う世界の話を聞いていた時にな』
それなら私に聞いてくれれば良いのにと言えば、別の話のついでのついでだそうだ。そもそもの話は何だったのと聞いてみたものの、バツが悪そうに誤魔化されてしまった。紅玉は秘密主義でこういう事多いんだよね。しかも大事な話に限って中々話してくれなかったりするのだ。
『雑食なら人もいけそうだね』
「…どうしよう、心配になってきた。体も大きいからあの量じゃ足りないかも」
『いざとなったらあの翼で獲物を取りに行けるだろう』
「そっか。そうだよね!」
もう、蒼玉の所為で変な汗かいたわと視線で文句を送ってみるけど、本人は至って普通に「そうだといいね」と能天気な事を言っている。可笑しいな…出会った時のルドルフはもう少し大人びてたんだけどな。最近私に似てきた気がしてならない。
『何?僕に惚れちゃった?』
「ううん、それはない」
『そんなにハッキリ言われると傷付くよ』
「はいはい、いつもそんな事言ってるじゃん。もう寝るよ!明日は守護者の元に行かなきゃ行けないんだからね!」
部屋の明かりを紅玉に消してもらいベットに寝転がると、蒼玉も一緒に入り込んで来た。よくある事なので気にせずに寝る事にする。夜は紅玉がそのまま見張りをしててくれる見たい。いつ何があるか分からないからだってさ。心配性だよね。神子だってバレてないのに誰が襲いに来るんだろうか。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
翌朝になり目を覚ますと部屋の中は大変な事になってました。
「え?な、なにがあったの?」
『あ、紗良おはよう。良く寝てたね』
『あの騒ぎで起きないとは流石だな』
ベットから身を起こした私の目の前には、三人の男達がボロボロの姿でロープで縛られて気を失っていた。濡れたような跡や燃えたような跡があるから、派手に暴れたんだろうけど全然気付かなかったよ。
「えーっと?状況が掴めないんだけど…」
『宿に入るお前を見ていた奴らだ。顔を隠していたとしても、身なりや仕草はどこぞの貴族の娘だと思われたのだろう。寝静まった部屋に忍び込んで来たのだ』
「は、はぁ…」
『盗み目的か人質目的か、はたまた悪戯目的か。どれだろうね』
蒼玉のその言葉に全身の血の気が引いた。これ完全一人だったら危なかったやつよね?二人が居てくれて良かった。これからずっと一人で旅するんだもん。もっと気を引き締めて行かなきゃね。
「これどうするの?」
『宿の主人に話をして、衛兵か自警団に引き渡すのがいいだろうな』
「警察みたいな感じ?」
『けいさつとは?』
「あ、ううん。何でもない」
多分この世界ではまだ警察のような確固たる存在がいないんだろうな。大した被害を蒙ってないからいいけど、ちゃんと罰せられるのだろうか?取り敢えず着替えを済まして部屋を出る準備をした後に、宿の主人に報告に行った。
「こりゃたまげたな。あんた一人で倒したのかい?」
「えぇまぁ…」
本当は違うんだけどね。宿泊費一人分しか払ってないし正体をバラす訳にもいかないので、そういう事にしておいた。目を覚ました男達が本当の事を言うと困るので、後はお願いしますとそそくさと出て来た。
「ふいー…。一人はやっぱり危ないわね」
なので一人追加して紅玉に人の姿になってもらい、二人で行動する事にした。蒼玉は未だに教えて貰えてないらしく、私の中で拗ねていた。何でも紅玉曰く、二人だと危機管理が乏しいから嫌なんだそうだ。それどころじゃないと思うんだけどな。
『それにこれも力を使うからな。いざという時の為に蒼玉を残しておきたい』
「そうだよね。今から私も力を使うし、切り札は必要よね」
『そう言う事だ』
朝食をとり街から歩いて三十分程したら、昨日の聞き込みで聞いていた通りの場所に着いた。それは今までに見た事がない土地の様子で、開いた口が塞がらない。この場所から、宿泊先が近い割には精神世界では会わなかったな。
「お、おおぅ…」
『仮にも女がそんな声を出すな』
「いやだってさ、こんなの初めてだから!っていうか仮にもって何!?私女だから!」
『確かに奇妙な事になっているな』
目の前に広がるのは小さな農村なのだが、何だか赤いのだ。何が赤いかって自然が赤いと言うべきかな?説明する方が難しいのだけど、地面や草や木が全て赤く染まっているのだ。その事から今はこの村の事を血濡れの村と呼ぶ人もいるらしい。そして無視すんなよ!
「何かおどろおどろしい光景だね」
『こうもクッキリと色が分かれるのは凄いな』
そう、私達が居る場所はまだ草は緑だし木も茶色だ。地面も本来の土の色をしているのだ。でも少し先から綺麗にきっちりと赤く染まっている所を見るに、守護者の担当区域なるものがハッキリと見てとれるようになっている。
「これぐらいならそんなに大した規模じゃなさそうだし、簡単に済ませられそうだね」
『勝手に始めるのか?』
「そうだよ。神子の部分を抜いてどうやって説明するの?」
『む…。神子ではなくとも、神人族であり尚且つ神子のような力を使える特殊な存在か?』
「ブー!神人族の時点でアウトだよ。皆その存在自体を知らないんだから」
そうかと顎に手を当てて考え出した紅玉を放置して、村人に見つからないように守護者の場所を探す。まだ朝の時間だから皆農作業してるのよね。力を使うと粒子でバレるし、そうなると何者!?って騒ぎになるし…。こっそりやるならやっぱり夜しかないのかな?
『いっその事、神子とバラしてしまえば話は早いだろ』
「神子だけでいるって可笑しくない?他の地は馬車とかいたのにさ」
『この地に一度来ている訳ではないから、分からんだろう』
「でも神子の服じゃないから無理だよ」
神子の仕事着はお城の中だしさ。多少の着替えは荷物に入れていたけれど、出て来た姿は寝巻だったし。今更城に忍び込んで神子の服を取ってくるのはリスキーだと思うんだよね。
『最悪この地を治した人間であれば、手荒い扱いも受けないだろう』
「あ、そっか!良い事思いついちゃった!!」
にんまりと笑って盛大に力を使ってやった。突然の粒子に当然の如く村人達が驚く。一応姿は茂みに隠しているので見つかってはない。
「な、何だ!?」
「て、天罰じゃぁああ!!」
「わー綺麗!」
「ジャクシー!家の中に入りなさい!!!」
騒ぐ村人達をよそに力を注ぎ続ける。粒子が消えた頃には村を染めていた赤色は消え去っていた。それを見た村人達がぞろぞろと非難していた家の中から出てきて、大喜びしていた。色だけで被害が他にあったようには見えないけれど、他にも問題はあったのかも知れないし、ただ単に気味が悪かったのかも知れないけど、兎に角この怪しい現象から解放されて嬉しそうだった。
「戻った!おい、皆見て見ろよ!!」
「スゲー!!何でだ!?神子様か!!?」
「有難う神様!!」
「やっぱり自然な色が一番ね」
残る問題は守護者の場所なのだが、このまま村人達が外にいると探しにくいので羽織を身に纏ったまま、その中へと突っ込んでいった。予想外の私の行動に紅玉も止める暇もなく、渋々後ろを付いてきた。
「おい、誰か出て来たぞ?」
「誰だ!止まれ!!」
私達の姿に気付いた村人が怪しい人物だと警戒している。言われた通りに立ち止まって声を大きめにして言葉を発した。
「驚かせてすみません。実は私どもは神子様の名の元にこうして異常のある地を回っている使いの者です」
「神子様の!?」
「やっぱり今のは神子様が!?」
「落ち着けお前達!惑わされてはならん!」
「待ってください長老!でもこの地が治ったのは神子様の力があってのもので間違いないと思いますよ!普通の人間には出来ない真似事です!」
信じる者もいれば怪しむ者もいる。当然の反応だけど別に納得してくれなくてもいい。ただ守護者に力を与える間、家に入っていて欲しいだけなのだから。
「怪しむ気持ちも分かりますが、神子様が用意して頂いたある物を使用した結果がこの土地が正常な状態に戻った証拠です。ただもう一仕事しなければ、この状態も一時的な事になるでしょう」
「ある物とはなんだ」
「それはお答え出来ません。国家機密を知る覚悟がおありですか?」
「ぐ…」
「この人達は嘘はついていないと思います!二人だけでひっそりと現れたのも神子様のお心遣いあっての事かもしれませんし」
白藍色の髪をした女性がこの村の長老にそう言ってくれた。その言葉に長老も納得してくれたようで、どうすれば良いかと指示を仰いでくれた。
「有難う御座います。では私が良いと言うまで家の中で待機して頂けませんか?」
「それだけでよいのか?」
「ええ、それだけで構いません。済んだらお声を掛けますのでご安心を」
よく分からんがそれだけならと、村人全員家の中に入って行ったのを確認してから、見つかりにくい場所で守護者の位置を調べる為に力を使った。粒子の後を追って付いて行けば、そこはなんと長老が入っていった家の庭側にある梅の木だった。
「わぁ!この世界にも梅ってあるのね」
『その口ぶりだと向こうにもあったようだな』
この世界でも梅と言うのかと聞けば、紅玉には分からないようだった。しかし庭側となると住居が近くて何処からか人が見てしまうんじゃないのかな?でも説明するのしんどいし、最悪さっさと逃げればいっか。
『あたしを呼ぶのは誰だ』
力を使えばこの地に住まう守護者が姿を現した。茶色の髪に黄色のメッシュが入った頭をした守護者は虎目石と名乗った。
『あぁ、神子か。久しく見ぬ内に幼くなったね』
「あ、うん。別の人だからね」
『そうか。代替わりしたのか』
「うん。おいで、私の力をあげる」
時間ぎないから何時ものようにユックリと与える事は出来ない。かと言って印から力を奪ってもらうと危険なので、口付けにて力を与える事にした。虎目石は女性の姿だからまだ良かったな。
『やはり力があると調子が良いな』
「それは良かった」
『一気にこの量はキツイだろうね。大丈夫か?』
「大丈夫よ。心配してくれて有難う」
私の顔に手を当てて覗き込んで心配してくれる虎目石に御礼を言えば、ニッコリと綺麗な顔で笑ってくれた。
『神子が居なければあたし達は存在出来ないからね。当然だよ。あんた神子の守護者だろ?』
『あぁそうだが?』
『ちゃんと力の残量の把握をしてやりなよ。こんな無茶なやり方じゃ寿命縮むだけだ』
『言っても聞かないんでな』
紅玉が投げやりな感じでそう答えると(もう何回も他の守護者から同じ事を言われてるから)、虎目石は紅玉を睨みつけたので慌てて間に入った。
「私が勝手に無茶しちゃうだけなの!だから紅玉は悪くないんだよ」
『それでも守護者である以上はそれが役割だ。守護者の代わりはいくらでもいるけど、神子の代わりは居ない』
まさか、ここでも似たような事言われるなんて思わなかったな。分かってるよ。分かってるけど、そうじゃないんだ。
「私はそんな言い方好きじゃないな。確かに私が居なくなったら皆にとって損失かも知れない。でもね、神子であると同時に私でもあるの。だから私は神子の役割は果たすけど、私のやりたい様にやるんだよ」
こんな事城の人間が聞いたら、やっぱり分かってないじゃないかと注意されそうだ。だけど責任とか命の重さとか諸々考えた上でも、私はこう思うんだ。だから他の人がそんな私の犠牲にならないように城を出る事にしたんだ。
「代わりが利くとしても、紅玉がいなくなったら私は悲しい。虎目石がいなくなっても悲しいよ。だってその人個人の代わりはいないんだから」
『…神子と言うのはいつの時代も難儀な性格をしている者ばかりだ』
『強い信念と深い情愛を持ち合わせているのが神子という存在だからな』
『確かに』
紅玉の言葉に虎目石は納得したように笑って私を見つめた。そこには過去の神子を映し出しているのか、懐かしそうに目を細めている。神子が替わってもこうして守護者の心の中で生きているんだね。
「じゃぁ、そろそろ行かなくちゃ。ここの人達に神子っていうのは内緒だからさ」
『そうか。また待っているよ神子』
「うん、またね。虎目石」
虎目石が消えるのを確認した後、長老の家に終わったとの知らせをしようと後ろを振り返ると、先程長老に意見していた白藍の髪色の女性と目が合った。
「!!?」
『話を聞いていたのか!』
「っ!すみません!」
驚いて声が出ない私に代わって、紅玉が女性に詰め寄っている。全然気づかなかったよ…。これはトンズラするしかなさそうだ。今更遅いけど、一応言葉使いもなおしておこう。
「過ぎた事はしょうがないわ。騒ぎになる前に行きましょう紅玉」
『あぁ』
「ま、待って下さい!私も連れて行って下さい!!」
「…はい?」
紅玉と一緒にその場を去ろうとする私の外套を女性に掴まれてしまった。その反動で頭に被っていたフードが落ちる。この女性が話をどこまで聞いてたか分からないけど、これで神子だって完全にバレたな…。
「わ、すみません!!でも綺麗です!!」
私の両手を掴んで目を輝かせてそう言う女性に乾いた笑いしか出ない。申し訳ないけど、意味が分からな過ぎる。「でも綺麗です」ってそんな台詞を言う話の流れは微塵もなかったんだけど!?
『その手を離せ。さもなくば…』
「手荒い真似はやめて。悪いけれど何を言われても貴女は連れて行けないわ。だからその手を離して?」
「離しません!私を連れて行ってくれるまでは!!」
うーん、どうしたものか…。あんまり騒いでると村人達が出て来ちゃうし、フード取れてるからそれは困る。直したくても手は掴まれてるし。仕方ない、話だけでも聞くしかないか。
「…はぁ、分かったわ。取り敢えず貴女の話は聞くから場所を移動しましょう。村人には近くまで送ってくるとでも言えばいいわ」
「分かりました!!」
ようやく解放された両手でサッとフードを被りなおして長老に終わった事を報告し、女性と共に村を少し離れた。




