94ダリア
ローズレイアの王の謁見の間には重い空気が流れていた。そこにはこの国の王であるダーヴィットと妻のマーガレット王妃、そして息子のリハルト王子が向かい合っていた。脇には騎士団長であるオルフェスとファルドがその様子を見守っている。
「―――そうか。話は分かった。だがそれはお前の落ち度ではないのか?」
「…はい。分かっております」
「神子が居なくなったと知られれば大問題だ。どう落とし前をつけるつもりだ?」
厳しい眼差しをダーヴィットはリハルトに向けた。その目をリハルトは逸らすことなく、見つめ返す。
「紗良が行きそうな場所に心当たりがあります。そこを目指せば恐らく接触する事は出来るでしょう」
「何としてでも神子を連れ戻せ。でなければそれ相応の罰則を覚悟しろ。この損害は国にとって痛手だ」
「分かっております。紗良捜索にあたり、私の軍を出動させる許可を頂けますか」
「良かろう。くれぐれも周りに気付かれるなよ」
これ以上話す事はないといった様子でダーヴィットは立ち上がり従者と共にその場を後にした。マーガレットは一緒には去らずに、リハルトに声を掛ける。
「リハルト」
「何でしょうか母上」
「顔色が優れないわ。無理をしないでね」
「これは私の責任ですからお気遣いなく。必ず紗良を連れ戻してきます」
表情を先程から一度も崩さずにそう宣言する自分の息子。だけどその目には焦りも見える。本当に連れ戻せるのか?といった葛藤もあるのだと思うわ。それにあんなに大切に思っていた相手が姿を消してしまったのも、精神的に堪えるでしょうね。
「きっと貴方が迎えに来てくれるのを紗良さんは待っていると私は信じているわ。だってあの子寂しがり屋ですものね」
「…………失礼します」
リハルトは何も答えることなく、私に頭を下げて退場して行った。一昨日紗良さんとお会いした時にそんな予感がしていたのよね。普段私にあまり近づかない紗良さんが(ダーヴィット様には懐いてますけれど、私には一歩距離を置いてるように思うのよね)珍しく相談をしてくれたのよ。
「あら紗良さん。どうかされまして?」
「あ、あの、少しお話し宜しいですか?」
「えぇ喜んで!嬉しいわ!紗良さんから来てくれるなんて」
私の部屋に訪れた紗良さんは、私が贈り物をしたドレスで来てくれたの。とっても可愛くてよく似合ってたわ。…と、この話は今は関係ないわね。
「紗良さんの薔薇ジャムお気に入りで毎日頂いてるのよ」
「良かったです。ありがとうございます」
どこか晴れない表情でお礼を言う紗良さんは、一息ついた後に私に質問をしてきたのよね。
「…ダーヴィット様はマーガレット様を必要とされる時はありますか?」
「…え?」
「あ、えっと、すみません変な事聞いてしまって…。ダーヴィット様はお仕事とかでマーガレット様を頼る事はあるのかなって…」
眉を下げて視線を彷徨わせながらそう言った紗良さん。そんなお顔も可愛くてギューと抱き締めてあげたいけれど、今はそんな雰囲気ではないので自嘲しなければね。
「そうですわね、仕事では意見を求められる事はありませんわね」
「そういうものなのでしょうか?」
「仕事の話は国家機密の話ばかりですから仕方ありませんわ。最愛の者にも疑いの目を掛けなければいけなくなるのなら、そこに巻き込みたくはないというあの人の優しさでもあるのよ」
「優しさ…」
きっとリハルトの事で悩んでるのね。あの子ダーヴィット様に似て全部自分で片付けてしまうから。私も若いころはそれで悩みましたわ。でも、それがあの人の愛の形であり、優しさでもあるのだと気付いた時に悩みは消えましたけれどね。
「あの子はあの子なりに紗良さんを護ろうとしてくれているのですよ」
「…そうだとしても、嬉しくありません。私の事だからこそ関わっていきたいのに…って私リハルト様のお話しました?」
「ふふふ、言わなくても顔に書いてあるわよ」
それに苦笑する紗良さん。私はダーヴィット様が安心して王として、一人の男として居られる居場所をと心がけてきましたわ。だから仕事の事で関わらなくてもそれでいいと思えたのだけれど、紗良さんは違うみたいね。
「私達の関係じゃ参考にはならないでしょう?貴方の望む関係ではないもの。でもね、あの人が疲れてしまった時に弱さを見せられるのは私だけなのよ」
「え、あのダーヴィット様が…?」
「ふふ、そうなのよ。それって私を信頼して必要としてくれてる事でしょう?リハルトも紗良さんだけに見せる顔があるのではないかしら?それって必要とされてるって事ではないのかしらね」
何か思い当たる節でもあるのか難しい顔をして考え事をした後に、パッと立ち上がり私に向けて頭を下げた紗良さん。
「お話聞いていただいて、ありがとうございました」
「あら、もういいのかしら?」
「はい。すみません突然…」
「いいのよ。またいつでも遊びにいらしてね」
「はい!」
笑顔で去って行かれたので私は悩みが多少は解消されたと思っていたのですが、違ったようですわね。でもこれを乗り越えたら二人はきっと素晴らしい関係を築けると思うわ。だってあんなにリハルトを想ってくれていたんですもの、その気持ちは簡単には消えるものでもないですからね。
「本物の愛なら二人は結ばれる。そうじゃなければそれは偽物だったって事でしょう?」
「…この状況を楽しんでおられるのですか?」
「ふふ、そうかも知れないわね。私はただ、本物の愛が存在するのを見て見たいだけですわ」
「相変わらず好きですねそういう話」
呆れたように呟いたオルフェスに悪戯気に微笑みを返した。ここに来たときからの付き合いだもの彼は私がどんな人間か、他の誰よりも(勿論ダーヴィット様よりも)知っている。私にとってのよき相談役ね。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
『紗良!起きて紗良!!』
「…なによ煩いわね」
城から抜け出した後に取り敢えず近くの森で休息を取る事にしたんだけど、翌朝になり蒼玉に強く揺すられて起床した。傷心で泣き疲れてるんだからもうちょっと寝かしてよ。
『喰われたいのなら勝手に寝てろ』
「え?なんの話――――ッッ!!?」
紅玉に冷たい言葉を投げかけられて視線を向けると、そこには見た事がないぐらい巨大な生き物がこちらを見下ろしていた。
「…これは夢だ。うん、そうだよ。だってこんなの可笑しいもん」
『紗良、残念だけど現実だよ』
『いつまで寝ぼけてるんだ』
「だだだだって!可笑しいでしょ!!?なにこの大きさ!てか喰われる!何でこうなったのよ!!!」
現実逃避を図ろうとしても無駄でした。そもそも何でこうなったかと聞けば、私の為に食料を取りに行った蒼玉がこの巨大な生き物の尾を踏んでしまったらしい。なんておっちょこっちょいなんだ!こいつ~~~ぅ!じゃなーい!!!
「蒼玉の所為でこんな所で死んじゃう!!!」
『ごめんってばー』
「軽っ!ねぇ命の危機なんだよ!?分かってる?」
『落ち着け神子。なぁ、この生き物どこかで見た事ないか?』
蒼玉の襟元を持ち、がくがく揺らしていると紅玉に止められた。こんな生き物みてたら絶対に忘れないと思うんだけど!?と言えば、もっとよく見ろと怒られた。
「白毛で…あ、ふわふわしてそう…」
『おい』
「いやだってよく見ろって言うから…」
何メートルあるの?って程巨大だし、なんか怒ってるしそんな余裕ないと思うんだけどな。でも言われた通りに足元から頭の先まで震えながら見れば、なんだか引っかかる生き物がいた。
「……マシュマロ?」
『あ、狐竜獣の成獣か!』
「…そう言えば恭平がマシュマロの親はかなり大きかったって言ってたかも」
『なら神子ならなんとか出来るだろう。神人族の言う事なら聞くと呪術師も言っていたしな』
ホントかなぁ?でもやるしかないよね!気合を入れて立ち上がり、狐竜獣に近づいた。震える足をバシッと叩いて深呼吸した。
「ごめんなさい貴方の縄張りに入ってしまって。でも貴方を捕まえるつもりで侵入したわけではないの。連れが尾を踏んでしまった事は謝るわ。手当させてくれないかしら?」
相変わらず唸り声をあげている狐竜獣に、やっぱり駄目だったかと後ずさりしようとしていると、頬に生暖かい物が当たった。
「く、喰われたー!!!」
『落ち着け。まだ喰われてない』
生暖かい物の正体は狐竜獣の舌でベロベロと舐められている。間近に鋭い歯が見えたものだからテンパってしまったけど、落ち着いて見ればゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしているのが聞こえた。
『く、ははは!!喰われたって…ま、まだ喰われてないのに…』
震え声で笑い転げる蒼玉。え、殴ってもいいですか?
「あいつの事、食べていいわよ」
『!?え?嘘だよね…?』
『自業自得だな』
「蒼玉さよなら」
狐竜獣が蒼玉に向き直り、近付いていく。それに青ざめた蒼玉は姿を消して私の中に戻った。しまった!その手があったか。
「冗談に決まってるじゃない」
『絶対嘘だ』
『本気だったな』
姿を再度現した蒼玉は、紅玉の背後に隠れている。実体があるようでないんだから、食べられても(?)死なないのにね。守護者は実体を持たなくて透けてる存在なんだけど、力を使えば、私達人間に触れることが出来る実体を持つことが出来るんだって。全然考えた事なかったけど、不思議な話だよね。
「あ、この子に乗って移動出来ないかな?」
『名案だな。ただし契約を結べればな』
「契約かぁ…。どうすればいいのかな?」
取り敢えず意思疎通の為に、マシュマロにやったのと同じように力を送り込んでみた。その力に、狐竜獣は気持ち良さそうに目を閉じている。だけれど、声が聞こえるとかの変化は起きなかったので意味がなかったようだ。
「あ、不便だから名前つけてあげる」
『成獣なら名前ぐらいついてそうだけどね』
「でも分からないし、つけちゃおうよ」
マシュマロは可愛い名前がついてるけど、お母さんは体も巨大だし、顔もちょっと怖いからな。でも女の子だし、花の名前からつけてあげようかな。マシュマロはお菓子からついてるから合わないかも知れないけどね。
「ダリア!ダリアはどう?」
『ダリア?』
「うん。美しい花でね、華麗や優雅って意味があるんだよ。女の子だし、いいかなって!」
『メスって言った方が正しいと思うがな』
紅玉を無視して狐竜獣に向かってどうかな?と聞けば、ベロンと頬を舐められたので気に入ってくれたようだ。ダリアの頭(といっても届かないので頬あたり)を撫でながら名前を呼びかければ、小さく「キュイ」と鳴いてくれた。
「鳴き声はマシュマロと同じだ!」
『この鳴き声なら可愛いね』
「ねぇダリア、お願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」
私の問いかけに尻尾をゆらりと揺らした。良いよって事だろうか?
「私を乗せて行きたい場所に連れてって欲しいんだけど…」
「………クー」
『何て言ってるの?』
「マシュマロじゃないから分かんない。どうやったら言葉分かるのかな」
さっきみたいにただ力を与えただけじゃ言葉が分かる様にはならなかったしな…。あ、そうだわ!守護者契約みたいにすればいいのかも!!キスは契約に重要だって紅水晶が言っていた気がするしね。
「汝に名を与える。ダリア、我が使い魔になれ」
ダリアにキスをして、ルドルフを蒼玉にした時と同じような呪文を唱えると、粒子がダリアを包み込んだと思ったら、額に神子の紋章が浮かび上がった。…ん?マシュマロの声は分かるけど紋章はなかった筈だから、やっぱり契約はされてないのかな?
「キュイ(名を有難う。これから宜しく紗良)」
「宜しくね、ダリア!ちゃんと契約出来たみたい」
『流石紗良だね』
『なら先程の質問をもう一度してみるんだな』
契約出来た感動で忘れそうになったけど、そうでした。もう一度ダリアに移動したいとの趣旨を告げると、意外な答えが返って来た。
「クー…(私はここから離れられない呪いを掛けられてる)」
「え!?じゃあどうすれば…」
「キュイキュイ(森に張り巡らされるように埋め込まれている呪いの種を、全て掘り起こしておくれ)」
「それって何処にいくつあるか分かる?」
ダリアの説明を聞きながら、適当な木の枝で地面に見取り図的な物を書き込んでいく。種は全部で8個あるようで、一定間隔を空けてこの森を囲むように埋められているらしい。うん、面倒だな。
「…はぁ。蒼玉お願いね」
『え!?紗良の使い魔でしょ。自分でやりなよ』
「面倒くさい」
『もー。なら城に戻ってリハルトにお願いすれば?』
蒼玉から発せられた名前に思わず体が硬直した。蒼玉さん、昨日の今日でそんな事言わないで下さい。折角その事から頭が離れていたのに、傷口に塩を塗るような真似しないで頂きたい。
『おい蒼玉。神子はひ弱だからな。あまり虐めてやるな』
『僕は今だって城に戻るべきだと思ってるからね』
「キュー?(リハルトとは?)」
皆酷いよと、地面に伏せて現実逃避する私は神子の姿からは一番遠いだろう。これなら万が一人が来てもバレる事なくて安心だね。私の心はズタズタだけどね!
『ほら立ってよ紗良。自分で決めた事でしょ。紗良よりもリハルトの方がよっぽど傷付いてるんだからね』
「………ごめんなさい」
『そこまでにしとかないと、再起不能になるぞ』
傷を抉る発言に心まで抉られました。もうこのままここで一生を終えてやると自暴自棄に泣いていると、スッと誰かに抱え上げられたと思えば、フカフカな場所に置かれた。そう、ダリアの背中だ。
「キュキュ(汚れるよ。しゃんとしな)」
「っ、お母さんっ!!」
「キュイ…(人間産んだ覚えはない)」
ダリアの言葉と行動のギャップに思いっきり背中に抱き着いた。まるで本当のお母さんのようで泣けてくる。今の私にはこの背中しか癒しがない。何故なら他は鬼のような守護者しかいないからだ。
『茶番はいいから、どうするか決めろ』
「…やるよ!やればいいんでしょ!!」
プンスカと怒りながらダリアの背中から降りて、ダリア先導の元、種を探した。ダリアには匂いでどこに埋まっているか分かるんだって。凄い鼻の良さだよね。
「キュ(ここ)」
トンと前足で地面を叩くダリアに、どうしたもんかと頭を捻る。土を掘らなきゃいけないんだけど、スコップとかないんだよね。てことはだよ?手で掘るしかないじゃない?爪ボロボロになりそう…。
『掘らないの?』
蒼玉が分かっている癖にニヤニヤしながら聞いてきた。砂場の柔らかさならともかく、固い地面を手で掘るなんて(しかも8回も)無理に等しい。地中のどの深さで埋められているかも分からないのに!
「っ、掘るもん!!」
蒼玉の嫌がらせ(?)なんかには負けないんだから!!半ばムキになって地面を掘っていると、手を切った。大きめの石に手が当たっちゃったみたい。
「いたっ!恭平、怪我治…」
思わず出た言葉にシーンとなる。そうだ恭平も何も言わずに置いてきたんだった。怒ってるだろうな…。でも神子が抜けた以上、聖杯である恭平までも引っ張ってこれないよね。ローズレイアにこれ以上迷惑かけたくないし、恭平には恵まれた場所で生きて欲しいからね。
『紗良、やっぱり帰ろう。自分の傷すら治せないんだよ?』
「帰らないって言ってるでしょ。大丈夫よこれぐらい。ちょっと切っただけだもん。片手でも掘れるよ」
笑顔でそう言ってまた地面を掘ると、手に何か当たった。それを掘り出して見ると、クルミのような大きな種だった。どうやらこれが呪いの種らしい。掘り出した種をすかさずダリアが燃やして消滅した。これで残り7個ね。
気分転換に別の小説を書いてるので、更新遅れてます。
まだ公開してませんが、そのうちアップ出来ればと思ってたり…。




