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93涙の決別

『考え直してよ、紗良』

「もう決めたの」

『無茶だよ。僕は反対だからね』

「なら守護者ガーディアンを解約しても構わない」

『…本気なの?』

「うん。ごめんね」


謝る私にそれ以上何も言わずに抱きしめてくれる蒼玉。紅玉は沈黙を守ったままで賛成も反対もしない。ただ腕を組んで壁に凭れているだけ。


「リハルト様の所に行ってくるね」

『そのまま話すつもりかい?反対されるよ』

「ううん、話すつもりはないよ。謝りたいの」

『…そっか。行ってらっしゃい』


あの日から三日経ってまだリハルト様に謝る事が出来てなかった。だからちゃんと謝って仲直りがしたいんだ。このままなんて嫌だから…。


トントン

「リハルト様、紗良です」


ドアをノックするも返事はない。もう夜中だから寝てるのかな?それならそれでいいやと祈りの力で鍵を開けると、中は真っ暗だった。音を立てずにそっと忍び込み、感覚を頼りにリハルト様のベットに近づく。


「(起こすのも可哀想よね?)」


どうしようか迷っていると、丁度雲が晴れて月明かりが部屋に差し込んだ。その明りでリハルト様の寝顔が照らされて、ハッキリと見る事が出来た。


「(ふふ、こうして寝てると年相応に見えるね)」


心の中で小さく笑いその寝顔を眺める。ただそれだけで幸せで、ただそれだけで満たされる。あぁ、リハルト様の事が大好きなんだって再認識させられるの。金色に光る柔らかな髪を撫でると、リハルト様が身じろいだので慌てて手を引っ込めて息を殺した。


「…誰だ」

「ご、ごめんなさい」

「なんだ紗良か。…紗良?何故ここに居るのだ」


気怠そうにゆっくりと体を起こすリハルト様に、一歩後ずさりをする。だってその声が不機嫌そうなんだもん。やっぱり来るんじゃなかったな。でもあのままじゃ嫌だったし…。


「こっちへ来い。顔が見えん」

「お、怒ってないの?」

「何の話だ。あぁ、俺の事を馬鹿だと扉の前で叫んだ事か?そんな事で一々怒りはしない」

「う、うん。それもあるけど…」

「いいから来い」


私の位置では光が入らず暗闇のまま。だからリハルト様には私の姿は見えない。心はリハルト様の傍に居たいと叫ぶのに体が動かなくて、その場から動けなかった。近づいてしまえば自分の決意が簡単に崩れ落ちてしまいそうだったから。


「どうした?」

「も、もう部屋に戻るね!」

「わざわざこんな時間に部屋に忍び込んでおいてか?何か用があったのだろう」

「ちゃんと謝ろうと思って来たんだけど、明るい時間に出直すよ」

「今で構わん」


私が何を言ってもリハルト様に言いくるめられちゃって帰れない。なんで起きたんだよー!そのまま寝ててよー!!と半泣きになりながら、おずおずとベットに近づいた。


「座れ」

「うん…」


リハルト様の隣にベットに腰掛ける。肩が触れそうで触れない距離が何だか寂しい。でも向かい合わせじゃないからこっちの方が話しやすいや。


「あのね、皆に言われて分かったの。私は神子じゃなかったって」

「は?神子はお前しかいないが?」

「えっとそうじゃなくて、私が神子として行動する事がどんな事か理解出来てなかったって気付いたの。自分だけの命じゃないって言葉の意味がやっと分かったの」


私が話す言葉を静かに聞いてくれるリハルト様。上手く纏められないけれど、思っている事をゆっくりと自分の言葉で紡いでいく。


「私の行動一つで沢山の人が振り回されるんだよね。私の為に命を掛けてくれる人がいるのに、それを蔑ろにしてたんだ。それに気付いた時に私が神子でいるのは無理だって思った」


誰かに命を掛けて貰えるような存在じゃないの。神子ってだけで私に命を預けなきゃいけない人が可哀想だもの。だから神子でいる資格なんて本当はないんだよ。


「生まれながらに神子だったわけではないお前には難しいだろうな。俺は生まれた時から王子だったから嫌でも重圧が圧し掛かっていた。俺の影武者としてルドルフが死んだ時に、自分の存在意義に疑問を持ったこともある」

「……そうだよね、リハルト様のがずっと大変だよね」


リハルト様は逃げる事の出来ない重圧をずっと受けて来たんだ。私なんかよりも多くの責任を背負って。出会った時のリハルト様は誰もが褒め称える完璧な王子様だった。皆のイメージする完璧な王子様を演じていたんだよね。


「いや、苦労はその人間にしか分からないから俺の方が大変だという話ではない。俺は神子にはなれないが、これでもお前への負担を減らしてきたつもりだ。だからお前が落ち込む事ではない。俺が甘やかした責任でもあるし、重圧に捕らわれてお前の良さが失われて欲しくなかったのだ」


異世界から突然この世界に来た私に負担を掛けないように、リハルト様はいつも動いてくれてる。神子の仕事も全部国とリハルト様を通してで、私はいつも決まってから知らされる。神子を預かる身なのだから、当然と言われたらそうかも知れないけれど、私の想像以上に大変なのだろう。だってリハルト様は神子の名が広まる程、どんどん忙しくなっていったから。


「リハルト様は私に甘いもんね」

「甘やかさずにはいられるか。こんなに愛しい存在と出会ったのだぞ」


不意打ちの愛の台詞に胸が苦しくなった。久しぶりの甘い言葉が嬉しいのに、同時に悲しくもなった。矛盾して分離しそうな心が私の胸を締め付ける。やめて、私の決意を揺さぶらないで!!


「私、リハルト様に会えて良かった。何度生まれ変わってもリハルト様に会いたいと思うぐらい好きだよ」

「俺もだ」


心に鞭を打って精一杯の笑顔でリハルト様の顔を見て言えば、強く抱き締められた。でもまだ足りないの。体が壊れるぐらい強く抱き締めて離さないで欲しい。何処にも私が行けない様に、逃げられないように閉じ込めていて…。


「それで?」

「え?」

「いつ出て行こうとしているのだ?」

「っ!!どうしてそれを…!?」

「何だ、当たりか。知っていた訳ではない。鎌をかけたのだ」


私を抱き締める手に力が入るのが分かった。顔を上げたいのに、それをさせてくれない。鎌をかけたら私が反応したんだもん。当然怒ってるよね。でも、どうして分かっちゃったんだろう。私リハルト様と会ってないのに…。


「なんで…」

「マリーが紗良の様子がおかしいと言っていたからな。まるでここから居なくなるような言い方をしていたと」

「…信用ないなぁマリーってば」


私の周りの人は皆勘が良くて困っちゃうな。それとも私が分かりやすいのかな?気付かれて困るのに、嬉しいなんて矛盾してるよね。矛盾だらけの私の心は一体どれが本物なんだろう。


「何が気に入らない?俺がお前を護ろうとする事か?」

「っ、痛いよ、リハルト様…」

「答えろ紗良」


抱き締めていた腕を解き、私の肩を掴み目を合わせるリハルト様の力が強くて顔が歪んでしまう。痛みを訴えても力を弱めてはくれなかった。その目が、表情がとても怖い。


「…わ、私は皆に護って貰えるような存在じゃないし、命を掛けて貰える存在でもないの」

「神子とはそういう存在で一人しかいないのだぞ?それを分かったと先程言っていたではないか!」

「だからだよ!っ、だからここには居られないの…。そもそも一人しか居ない神子が一国を拠点に留まる事自体が、間違ってるんだよ」


守護者ガーディアンは各地に居て、枯れた大地も無数にあって、ローズレイアからはかなり遠くて行けない場所だってある。だからこそ神子は一か所に腰を据えてはいけなくて、各地を回らなきゃ行けないんじゃないだろうか?

私のエゴでこの国に滞在するのは、待って居る者達への裏切りなんじゃないかって思うの。このままでいいのかな?って自問自答を繰り返した答えなの。


「一向に助けに来ない神子なんか、存在していないのと一緒だわ。私がこの世界に神子として呼ばれた事には意味があって、それを果たさなきゃいけないの。だからここを出るの」

「だからローズレイア以外の国でも依頼を受けているだろう!」

「それでも足りないじゃない!この国ですら全てを解決出来てる訳じゃないのに」

「仕方ないだろう。お前は一人しか居なくて無理をさせられないし、俺も手一杯なのだ。これでも努力している」


リハルト様に、苛ついたように返事を返される。あの計画だって時間が掛かっていて進んでいない。一体いつになったら完成するの?私には何も知らされないから、何処まで進んでるかも分からない。


「違う、違うよリハルト様。私はそんなの望んでいないの。ちゃんと役に立ちたいんだよ!誰かに負担を押し付けたくなんてないの」

「だからと言ってお前を話し合いの場に出席させた所で、安請け合いしかしないだろう」

「それが神子の仕事だわ」

「それが駄目だと言っているのだ。お前を手に入れる為の罠かも知れないのだぞ?それを見極め、お前が受けれる範囲で仕事を請け負っているのだ。それでも無茶な力の使い方で何度も危険な目に遭っているではないか」


そうだよ。だってしょうがないじゃん。リハルト様のように、器用に生きれないんだもん。自分の持てる限りの力で助けてあげたいと思ってしまうんだもの。神子だからじゃなくて、これが私の性格だから仕方ないんだよ?

偽善者でもいい、お人良しでもいい。助けを求めてる人がいるのなら手を差し出してあげたい。馬鹿だと思われてもいい。私はその為なら死んだって構わない。だって幸せじゃない。誰かを助けて死ねるのって。誰かに必要とされるのって嬉しいから。


「これが私だもん。変えられないよ」

「それは神子のお前だ」

「ううん、これも私だよ。神子も私もやっぱり同じなんだよ」

「同じではない。俺が見て来た紗良はもっと普通の女だった」


泣きそうなのを堪えているような厳しい表情で、青い瞳が私を見つめてる。縋るような、探るような、突き放すような色んな感情が見える。ズキズキと心が痛むけれど、最近喧嘩も多くて上手くいってなかったし、潮時なのかも知れない。ここを出る上で、リハルト様から離れなくちゃ行けないし丁度良かったのかも。


「人は変わるからね。リハルト様も変わったもの。人の命を簡単に奪ってしまえと言えるリハルト様とは、これ以上一緒に歩めない」

「それはお前を護る為に!!」


グイッとリハルト様の胸を強く押して自分の思っている事を吐き出す。


「護る為なら殺していいの?違うよね?リハルト様にはお金や力があって、どうにだって出来るのにそれをしないのは言い訳に過ぎないよ。それじゃまた同じことを繰り返すだけ。…それじゃ駄目なのに、どうして分からないの?」


もう酷い事言っちゃえ。言ってリハルト様に嫌われよう。そしたらなんの未練もなくここを去る事が出来るから。やっぱり世界を超えたって、私が幸せになれる道なんて用意されてないんだよ。なら落ちるとこまで落ちてやる。どん底を知ったら少しは生きてるだけで幸せと思えるかも知れない。


「私を護る事を理由に人殺しされたら堪んないよ!そんな手で私に触らないで!いつか邪魔になったら私も同じように殺すんでしょう!?」


リハルト様と過ごした時間はとても幸せで満たされていた。でも同時に失うのを恐れていた。だから嫌われたくないって、変わろうって思ったの。でも急には変われなくて、所詮住む世界が違う人なんだって思った。私じゃリハルト様を支えられない。だって必要とされてないのだから。


「馬鹿言うな!何故俺がお前を殺さねばならん!?誰よりもお前を愛しているのだぞ!!なのにそんな風に思っていたのか!?」

「そうだよ!もうリハルト様を信じられないの!愛してくれているのなら、どうして頼ってくれないの!?夫婦になるんだよ?支え合っていくんだよ?なのにどうして必要としてくれないの!!?」


他の誰でもない貴方に必要とされたかった。神子としてじゃなく、紗良として必要として欲しかった。でもリハルト様が必要とするのは神子だけで、紗良は言う事を聞かないからって理由で蔑ろにされてた。

私が変わったと言うのなら、変えたのはリハルト様だよ。私はもっと寄り添ってお互いを支え合って生きていきたかっただけなのに。それが生涯を共にするという事なんじゃないのかな?


「押さえつけるんじゃなくて、もっと一緒に考えて欲しかったのに!!!」


答えが違うのなら二人が納得するまで答え合わせをして欲しい。だって他人なんだもの。考え方が違うのは当然でしょう?だけどリハルト様はそれを拒否した。それは私を否定するのと同じだよね。


「……もう終わりだよ。もう戻れない」


涙がポロポロと溢れて止まらない。こんな事言いたかった訳じゃなかったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。こうなりたくなかったから、黙って出て行こうと思っていたのにな。仲直りしたいけど、ここを出てい行くなんて矛盾もいいとこだけどね。私は自分勝手で我儘だから上手くいかないんだろうな。


「待て話し合おう。今度はちゃんとお前の話を聞くから」

「もう遅いよ!!私は何度も言ったよね!?それを拒否したのはリハルト様だわ!」


力一杯叫び過ぎて酸欠状態だ。息切れする呼吸を整えてリハルト様を見つめた。


「…言葉を訂正するわ。こんな惨めな思いをするのなら、貴方に会わなければ良かった」

「っそんな台詞は聞きたくない!隠していた事、その理由、俺の気持ちを全て話すから聞いてくれ」

「聞きたくない。これ以上私の大好きだったリハルト様を壊さないで…」


冷たく笑えてるかな?軽蔑した目をリハルト様に向けられてるかな?体は震えてないかな?まだ好きだとバレてないかな?話はきくべきだったのかな?…って色んな質問が頭にいくつも浮かんでは消えた。心は痛みに耐えられず自殺しそうだよ。でもこれでいいんだ。この人をこれ以上巻き込むのは辞めよう。

白銀の一族は私が責任を持って片付けるから。この人を悩ませるのも壊すのも疲れさせるのも全部私だから。酷い事言ったけど大好きだもの。最初で最後の愛した人だから、幸せになって欲しいの。私と居たら平穏は訪れないかも知れないから、これで良かったんだよね。


「蒼玉、紅玉。予定が早まったけど行こう」

「待ってくれ紗良!!」

『本当にいいのだな?』

「うん。もういいの」

「っ、ルドルフ!!紗良を止めろ!!」

『ごめんねリハルト。僕は紗良の守護者だから』


蒼玉の水の力で宙に浮き、リハルト様の部屋のバルコニーから外に出た。何かを叫ぶリハルト様の声は私にはもう聞こえない。最後にリハルト様の姿を目に焼き付けて行きたいのに、霞んで上手く見えない。嗚呼神様、どうか私を馬鹿な女だと罵って下さい。


「っ、ふぅ、っひ、うわあぁぁぁぁぁん!!」

『おい。未練たらたらではないか』

「だって、ひっく、まだ、好きなんだもん!!っでも、駄目なんだもん!!」

『いいの紗良?もう戻れないんだよ?』

「いいわけ、ないよ!!っでも、もう迷惑かけらんないから、だから、私、待ってる子が居て、でも、好きなのっ」

『もう何言ってるか分からないよ…』


呆れる紅玉の横でワンワンと声を上げて泣く私を蒼玉が慰めてくれる。あぁ格好悪い。もっと綺麗に城を離れる筈だったのに…。この声も誰に聞こえるか分からないのに抑えられない。自分でも何が正解で何が違うのか分からない。考えていた事とは言え、2,3日で答えを出してしまったから突発的な行動かも知れない。最早何がしたいのか自分でも分からない。


『好きなだけ泣いたらいいよ。落ち着いた時にもう一度ゆっくり考えたらいい。飛び出して来ちゃったから、戻るのも難しいかも知れないけどね』

「戻らないよ」

『でも勢いで今こうして出て来ちゃったでしょ?決めたって言ってた時ですらまだ迷いがあったよね?僕達には紗良の感情が分かるから、嘘ついても無駄だよ』


子供に言い聞かせるように蒼玉が泣く私に語りかける。リハルト様も泣く私に優しく声を掛けてくれたっけ?まぁ昔の話で最近はないけどね。ゆっくりと向き合う時間が減ってたのも駄目よね。付き合う前の方が、お互いを知ろうとしてた気がする。…時間が巻き戻せたらその時に戻りたいな。最後にリハルト様と笑い合ったのはいつだろうか。


「…大丈夫。ちゃんと、忘れる…」


こうして飛び出した以上は戻るつもりはないんだよ。確かに迷いはあったし、誰かに止めて欲しかった気持ちもあった。でも結果はこうなってしまったのだからそれに従うよ。まだ暫くは泣いてしまうかも知れないけど、リハルト様の事はもう忘れる。これから先、一人で神子として活動していく中でこの想いは足枷になるから。


「もう誰も好きにならないから…」


リハルト様以上に好きな人なんてきっと現れないしね。これでいいんだよ。長すぎる寿命で、リハルト様が先に死ぬのなんて見たくないもん。考えられないから貴方が居ない世界なんて。だから幸せだった時期を抱いて生きるんだ。でも思い出すと悲しいから、蓋をして忘れるんだよ。


「(さようなら、リハルト様)」


言えなかった言葉を心の中で静かに呟いた。



こんな予定じゃありませんでした(^_^;)

紗良よ、何故暴走するんだー!?

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