89孤独の先に
昔お母さんに読んでもらった絵本が大好きだった。何度も何度も繰り返し読んでもらったその絵本は今も宝物なんだ。お陰で絵本の表紙はボロボロになってしまったけれど。
「懐かしいなぁ。アルはこの良さが分かんなかったみたいだけど…」
これはね、一人ぼっちのウサギの話なの。寂しい寂しいウサギの話。
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ある小さな森に一人ぼっちのウサギがいました。
名前はソリテュード。孤独を意味する名前でした。
親からも愛されず、兄弟からも除け者にされているソリテュート。
その理由は彼の毛色でした。
ソリテュートの毛は金色に輝いており、闇夜に紛れることが出来ません。
目立つソリテュートは家族達にとって邪魔だったのです。
「お前のその毛色では、すぐに敵に見つかってしまう!」
「あんた本当にうちの子かい?」
「あっちで寝ろよ!僕らまで見つかるだろ!!」
いつも冷たくあしらわれてソリテュードは一人涙するのです。
「僕だってこんな色に生まれてきたかったわけじゃないのに…」
それを見かねたフクロウがソリテュートに言いました。
「世界は限りなく広い。君のような存在も沢山いるだろう」
「そうなの?」
「あぁ。旅をしてごらん。きっと君の居場所がみつかるだろう」
ソリテュートはフクロウにお礼を伝えました。
必ず自分の居場所を見つけてくると約束して一人その場所を離れました。
そんなソリテュートに、フクロウは無事を祈り静かに目を閉じました。
「僕の居場所はあそこでは無かったんだ!」
自分の場所を探して旅するソリテュート。
でも自分は所詮小さくて弱いちっぽけなウサギ。
自分達を探して動き回っている獣がいるのです。
その獣達に見つからない様に隠れながら移動しなければなりません。
「くんくん、美味そうな匂いがするね」
「本当だ。これはウサギの匂いだ」
ソリテュートの前には二匹の狐がいました。
勿論、見つかれば食べられてしまいます。
ひっそりと息を殺して木の根の穴に隠れました。
「ここだ!見つけたぞ!」
「くそ!手が届かない!出てこいウサギ!!」
「ぼ、僕を食べても美味しくなんかないぞ!」
「兄貴、このウサギなんだか光ってるぞ」
「本当だ。気味の悪いウサギだな」
木の根から見えるソリテュートを見た狐は顔を歪めました。
金色のウサギは初めて見たからです。
夜でも光るウサギはとても食べてはいけない気がしました。
「出てこい食わないから」
「え!本当に?」
「腹でも壊したら堪らんからな」
「分かった…」
おずおずと出て来た全身黄金に輝くウサギの美しい事。
狐達はただ見惚れるばかり。
自分達の色よりも遥かに美しいではありませんか。
「ウサギなのが惜しいな」
「狐だったらあんたモテたよ」
「僕だって好きでウサギに生まれたんじゃないよ」
「そんで一人でなんでこんな所に?」
ソリテュートは自分の話を彼らにしました。
それを聞いた彼らは少しばかり顔を歪めるのです。
何故なら彼らの仲間にも毛色の違う狐がいたからです。
「僕その狐と仲良くなれるかな?」
「やめとけよ。お前はウサギであいつは狐だ」
「食われちまうぜ」
それでも一目見たかったので、場所を聞いてこっそりと見に行きました。
そこに居たのはとても綺麗な純白の狐でした。
見るだけのつもりでしたが、ソリテュートは話をしたくなってしまいました。
「君がビアンコ?」
「…ウサギが何の用だ。食らってしまうぞ」
「僕はソリテュート。食べられたくはないけど、お話がしたいんだ」
「変なウサギだ。腹は減っておらん。勝手に話せ」
ビアンコは毛色のようにとても優しい狐でした。
ソリテュートの話す事に静かに耳を傾けるのです。
自分と同じ嫌われ者だと毛色を見れば分かったから。
ビアンコもまた寂しかったのです。誰かと話す事も久し振りでした。
「だからね、良かったら君も一緒にいかないかい?」
「居場所なんて何処にもありはしないよ。馬鹿だねお前」
「でも僕は君と出会う事が出来た!それはとても素敵な事だよ」
「くだらない。私はここで生きてここで死ぬんだ」
それが自分の人生だとビアンコは言った。
そしてふとある事を思う。
「お前を食らったらその色になれるだろうか」
「どうだろう。お腹を壊しちゃうだけかもね」
「それは困るな。さっさと行け。居場所を見つけて来い」
そう言ってビアンコはお尻を向けて寝てしまいました。
お別れの挨拶をしてソリテュートはまた歩きます。
何日も何か月も何年も歩いて行きます。
だけども自分の居場所は見つかりませんでした。
「僕の居場所は何処にもないのかな…」
夜の森で切り株の上に立ち、一人月を見るソリテュート。
月だけはいつも傍にいて自分を見守ってくれていました。
そこでソリテュートは気づいたのです。自分の居場所は月なんだと。
「そうだ!君はいつも僕を待っててくれたんだね!」
だけども月に行く方法をソリテュートは知りません。
だからあの時のフクロウを探しました。
「フクロウさん!月へ行く方法を教えて?」
「月?居場所は見つかったのかね?」
「うん!月が僕の居場所だったんだよ!!」
「そうかい。月へは人生の目的を果たした時にしかいけないよ」
フクロウの言う事はソリテュートには少し難しかったのです。
首を傾げるソリテュートにフクロウは言いました。
「満足の行く人生を送った後に初めて月にいけるのさ」
そう、それはつまり死んだ後に。
だけどただ死ぬんじゃない。満足に生きた者だけが行けるんだ。
フクロウは昔父に聞いた話だと教えてくれました。
「そっか!ありがとうフクロウさん!僕が月に行ったら手を振るね!」
「楽しみにしておるよ」
ソリテュートはある場所に向かってひたすら走りました。
何日も何か月も何年も。
そうして辿り着いたのは、あの狐の居た場所でした。
「ビアンコ!」
「…まだ生きてたのかウサギ」
「ねぇビアンコ!僕を食べて!」
「いらん、腹は空いておらん」
「嘘。ビアンコは前より痩せているよ」
前に出会った時は毛並が良く綺麗だったその姿は今はない。
冬季だった為か碌に獲物を食べれなかったのだろう。
それでもビアンコはソリテュートを食べようとはしないのです。
「食われたくなかったのだろう」
「僕、居場所を見つけたんだ!」
それを聞いたビアンコはゆっくりと尻尾を動かしました。
そして一言「良かったな」と呟いたのです。
「だからね、僕を食べて欲しいんだ。他でもない君に」
ビアンコは閉じていた目を開いて歯を剥き出して怒りました。
それを見たソリテュートは慌てて言葉を続けます。
「僕の居場所は月だったんだ!」
「月だと?」
「でも月に行くには満足の行く人生を生きなきゃ行けない」
「それで諦めたのか?」
「違うよ!僕を食べた君のお腹が一杯になれば、僕は満足なんだよ!」
キラキラと目を輝かせて言うソリテュート。
ビアンコは悲しそうに笑いました。
本当はお腹が空いて明日も生きられるか分からなかったのです。
だけどビアンコにとってソリテュートは希望でした。
嫌われ者同士、だけど輝いてるソリテュートが羨ましかったのです。
「いいのか?」
「うん。僕が君を必要としてるんだよ」
それを聞いたビアンコの目から一粒の涙が零れました。
自分を必要だと言ってくれたのはソリテュートだけでした。
そのソリテュートを食べてしまうのだから悲しいのです。
でもそれを望んでいるのだからと、自分に言い聞かせました。
「月にいったら僕が夜は傍に居てあげるね」
「お前に会えて良かった」
「僕もだよ。また会おうねビアンコ」
ビアンコの牙がソリテュートの喉に刺さります。
だけども怖くも痛くもありませんでした。
ソリテュートはとても満たされていたのです。
ビアンコに会えたから希望を持ち続けれたのですから。
「っ、旨いよ。ソリテュート…」
悲しむビアンコの毛色がなんと黄金に輝いたではありませんか。
驚いて視線を移動させたビアンコ。
毛だけ残ったソリテュートの色は白に変わっていました。
「あぁ…。お前は本当に馬鹿だな…」
金色になったビアンコは仲間に受け入れられました。
それでもビアンコは嬉しくありませんでした。
あのウサギが傍に居てくれた時の方が何倍も嬉しかったのです。
「夜になったら傍にいてあげるね!」
毎晩月の明りの下で眠るビアンコ。
ウサギが傍に居てくれるのなら、夜も一人も怖くないのです。
「おやすみソリテュート」
ビアンコは毎晩同じ夢を見るのです。
ビアンコが丸まっている隣にに金色のウサギが月からやって来ます。
そしてビアンコの隣に座って月を見上げるのです。
「今日も綺麗な月だね」
「そうだな」
「僕の居場所が二つも出来たよ!」
「月とどこだ?」
「ビアンコの隣!!」
金色のウサギがとても幸せそうに笑っているそんな夢を。
そして自分もいつか月に行く為に、今日も生きるのです。
心優しいソリテュートと共に笑い合う日を夢見て。
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久し振りに開いた絵本を静かに閉じた。悲しいけれど心がほんのりと温かくなるんだ。ソリテュートは自分の毛色の様に輝いて人生を終えた。それはミルには理想でもあり、羨ましくもあった。こんな暗い森でひっそりと死んでいく自分が堪らなく嫌だったから。
「ミルもソリテュートの様になりたかったな…」
ビアンコのお腹が満たされる事が幸せだと、満足な人生だったと胸を張って言える強さに惹かれた。だからミルも皆の為に精一杯生きて死のうと決めたの。だけどその為には契約を実行しなければならないの。覚悟は決めたし迷いはない。やらなきゃルーファスと一緒に死んでしまうもんね!ミルはいいけど、ルーファスを死なせはしないよ。
「お父さん、今いい?」
「あぁ、大丈夫だよ」
ミルが声を掛ければお父さんは作業していた手を止めた。どうやら懐中時計の修理をしてたみたい。手先が器用で羨ましいな。ミルは不器用だから触ったら二度と元に戻らなくなっちゃうもん。
「あのね、ミルとルーファスは実は神子様に会ったの」
「ええ!?話は聞いてもらえたのかい?」
「うん。神子様って本当に素晴らしい人なの!わざわざミル達の話を聞くために、抜け出してきてくれたんだから!!」
「そうか、それは良かったね」
「それでね、聞いちゃったの。アルの事」
アルが神子様に呪いを掛けた事を伝えると、お父さんは知っていたみたい。ミルが居ない事に気付いたアルが話してくれたんだって。神子様は呪いを解いて無事だったと言えば、安心したようにお父さんは笑った。
「だがよくその話を聞いて無事に帰ってこれたものだ」
「うん、その話なんだけどね…」
向こうでの出来事を全部お父さんに話した。神子様がこの地を救ってくれる交換条件である契約を結んだ事も。そしてそれは神子様の意図するところではなく、ミル達とローズレイア国とのやり取りだという事も。
「アルを殺せばこの地を浄化してくれるって約束したの」
「な、なんて事を!!?自分が何を言ってるのか分かっているのか!?」
「落ち着いてよお父さん。ミルはちゃんと分かってるよ。ルーファスと一緒に沢山考えて出した答えだから」
「だからと言ってアルティナを殺すだなんて馬鹿を言ってはいけない。母さんになんて報告すればいいんだ!!」
お父さんが声を荒げるのなんて初めてだな。でも不思議なことに全然怖くないの。覚悟を決めたら自分でも驚くほど落ち着いてる。もうお父さんにはミルを止める事なんて出来ないよ。だって歯車は回りだしちゃったんだもん。
「ミルとルーファスには呪いが掛かってるの」
「なんだって!?なんでそんな事に…」
「裏切れば死ぬんだぁ。呪術師に初めて会ったんだけど、変な人だったの!ふふ、お城には色んな人がいて面白いね」
「はぁ…。ミルティナはこんな時でも呑気だね…」
呆れたように力なく座ったお父さん。だって本当に楽しかったの。ここでは見たこと無い物があったり、色んな職業の人を見たり、出会った事のない人と出会ったりして充実した旅だった。この場所しか知らないミルにとっては新鮮だったの。だからそれを皆にも知ってもらいたいと思ったんだよ。
「皆に見せてあげたいの。空が青くて空気が綺麗な外の世界で生きることが、どれ程素晴らしいのかを」
「だからと言って…」
「村にいる子達にはなんの罪もないんだよ?なのに空の色が青色だけじゃない事も、太陽が黄金色に輝く事も、お月様が夜空を照らしてくれる事も知らないんだよ」
いつもどんよりとした分厚い雲が空にはあって、太陽の光が暑いぐらいに降り注ぐ事もない。夜になって月や星が見える事もない。植物や花が成長する事の出来ない穢れた地では雑草だって生えてこないの。だから世界はこんなに素晴らしいんだって知って欲しいんだよ。
「ミルはルーファスを死なせる訳にはいかないの。そしてアルはローズレイアを敵に回してしまったんだよ?もう後戻りはできない所にいるんだよ!」
「それでも、そうだとしても娘を殺す事は出来ないんだよ」
「ならお父さんはそうやって嘆いてればいいよ。ミルかアルのどっちかは必ず死ぬんだから」
「…他に道はないのか?」
「ないよ。ミルに協力して皆をこの地から解放するか、アルを守ってこのままこの地に縛り付けられて生きるか。二つに一つしかないんだよ」
何かを得るには何かを犠牲にしなくちゃいけない。何の犠牲も払わずに生きてる人なんていないんだよ。得ようとしている物が大きい程、その分の代償を支払わなければならないんだから。そして人生は常に選択をし続けなきゃいけないの。それを決めるのは誰でもない自分なんだよ。
「ミルは決めたよ。お父さんはどの選択をとるの?」
「…分かったよ。ミルティナに協力しよう。だが、アルティナを一人では逝かせない。その時は一緒に私も殺してくれ」
「うん、分かった。この話は皆には言わないで欲しいの。誰かから漏れたら困るもん」
「あぁ、分かっているよ」
沈痛な表情でお父さんは小さく頷いた。お父さんも結局はアルを選ぶんだね。ミルがアルと逆の立場だったら同じ事を言ってくれたのかな?エル兄もミルじゃなくてアルと一緒にいる事を選んだしね。もしかしたらアルの言ってたように、皆ミルの事恨んでるのかも知れない…。
「(今ならソリテュートの気持ちが痛いほど分かるよ)」
誰からも必要とされてないのはミルなんだ。悪いことをしてるアルの方が皆好きなんだね。アルを殺したってお父さんもエル兄もミルを必要としてくれないんだろうな。お父さんは一緒に死んでしまうし、エル兄は二人を殺したミルを許さないと思うから。
「…お母さんはミルを愛してくれてたよね?」
外に出てお母さんのお墓に語りかける。返事は当然ながら返ってはこない。だけどそれでいいの。求めてた答えじゃなかったら、ミルはもう立ち上がれないから。森の中に足を進めて神子様のお墓の前に立った。
「待っててね。もう少しで解放してあげるから」
そう言って祈りを捧げると銀の粒子が大地に吸い込まれて行く。偽りの力じゃこの地に眠る神子様を解放することが出来ないの。だから本物の神子様にお願いするしかないんだ。
「ミル、頑張るね」
「俺もいるからな」
「ルーファス!駄目だよこの場所は瘴気が強いんだから!!」
「またお前が一人で泣いてたからだろ」
「な、泣いてないもん!」
お母さんのお墓の前にいるところから見られてたんだ。すっごく恥ずかしいから止めて欲しいんだけど…。この場所は体に毒だから、村の外れの場所へと移動した。ここなら滅多に人は来ないから話をするのにうってつけなの。
「話したんだろ?どうだった?」
「…最初は怒られたけど、協力してくれるって」
「そうか。良かったな」
そう言ってルーファスはミルの頭を撫でてくれた。良くなんかないよ…。お蔭でミルはとても孤独になったし、アルを羨む自分が嫌いになったよ。アルがいなければって一瞬でも思った自分が怖いの。大好きな片割れなのにね。
「その時は一緒に殺してくれだって!もう、お父さんったらアルの事大好きなんだから」
「大事な子だからだろ。ミルティナだってそうだ」
「ううん、いいの。何処かで分かってたから。皆が必要としてるのはミルじゃなくてアルなんだって」
「皆お前達双子に優劣をつけてなんかない。同じように分け隔てなく想ってるよ」
ルーファスは考え方が大人でいつも客観的に見てくれる。そんなこと無いって思っても、ルーファスが言うと本当にそう思えてくるから不思議なんだ。
「…ミルも闇に呑まれかけてかけてたのかも」
「は?闇?」
「ううん、なんでもない!ありがとうルーファス!!ルーファスが居なかったら、ミルはどんどん嫌な奴になってた」
「別になにもしてないけど、人の事ばっかり考えてるお前が嫌な奴になれるかよ。負の感情は誰だって持ってるから気にすんなよ」
痛いぐらいに頭をグリグリされて、長い髪がぐしゃぐしゃになった。ルーファスはどうしてミルの気持ちが分かってしまうんだろう。ミルはルーファスの考えてることなんて全然分かんないのになぁ。
「ルーファスが居たらミルなんでも出来る気がする」
「ばっ!馬鹿、そういう事をサラッと言うなよな」
そう言って再びグリグリされた。なんなんだろう?ミルそんなにへんな事言ったかな?せっせと手櫛で整えていると、ルーファスも手伝ってくれた。心なしか顔が赤い気がするのは気の所為なのかな?
「熱でもあるの?」
「ない!」
「…なにか怒ってる?」
「怒ってないから帰るぞ」
「うん?」
グイグイと手を引いて先を歩くルーファス。良く分からないけど、繋いだ手がいつまでも離れなければいいのにって思ったのは内緒だ。これだけで頑張れちゃうミルは単純なのかも。うん、頑張ろう!




