88タルト作り
「え!?いないの!?」
「はい。釈放されたようです」
「何で!?」
「それは私にも分かりません」
突然知らされた事実に驚きを隠せない。しかも数日前には出て行ってしまったらしい。その事を聞きに行きたいのに、リハルト様はここ数日とても忙しそうで会うことすらままならない。
「なんでいつも私はのけ者なのー!?」
「紗良様を思っての事だと思いますけど…」
「で私は当事者なのよ?なのにいつも仲間はずれにして…」
「子供のように駄々をこねないで下さいよ。お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
ソファーのクッションに顔を埋めていじけていると、マリーが苦笑しながら紅茶を入れてくれたので、それを飲んで心を落ち着かせた。
「何で神子なんているんだろう…」
「それは神のみぞ知る事では?」
「そうなんだけどさ。神子がいなければあの子達のような犠牲者が出なかったのになって思って」
「それは神子に限った話ではありませんよ。今更変える事の出来ない事実を考えていたって答えなんて出ませんからね」
正論過ぎてグウの音も出ないね。分かってはいるけど、考えずにはいられないよ。時間を巻き戻せたら誰も犯罪なんか犯さないよね。私に話が来ないって事は、呪いの地も保留なんだろうしね。気分変えてお菓子でも作ろうかな!ジョセフィーヌが今日来てくれる予定だし!!
「よし!お菓子でも作ってくるね!」
「わ、紗良様の手作り久し振りですね!今日は何を作られるのですか?」
「うーん、材料によるから料理長と相談してみる!」
厨房に赴きタルトが作りたいと料理長に相談をする。紅茶に合うリンゴのタルトが作りたいのだけど、材料手に入るかな?
「びすけっとですか?」
「うん!手早く簡単につくりたいんだけどなさそうだね。じゃあ生地の材料はあるからいいとして、問題はリンゴよね…」
「リンゴですか?止めといた方が良いと思いますけど…」
「どうして?色が赤黒いから?」
「それもありますけど、薬に使われる物で美味しくはありませんよ」
こっちのリンゴは果物じゃないんだ。確かに食べても美味しくなさそうな見た目だったしね。そうなったらリンゴに似た味の物を探さなくちゃ!!
「ふっふー!なら代わりのリンゴを探しますか!」
「果実食べたいだけですよね?」
「失礼な!作るものに妥協はないのよ!」
「そうっすよね!流石神子様!!料理長、神子様の希望の果実見つけましょう!」
他の料理人がそう言ってくれて、和やかにリンゴ探しが始まった。でも作る時間も考慮して、早く決めなきゃいけないのよね。あ!タルトの型どうしよう…。そう言えばグラタン皿みたいな物があったわね。それでいいや。
「ん!これ近いよ!!でももう少し熟れてると良かったわね」
「これ野菜ですよ?確かに甘味はありますけど」
「へぇ、野菜なんだ!ならヘルシーでジョセフィーヌには丁度いいかも!」
「へるしー?」
「え?うーんと、果実は糖分が多いから実は高カロリーで太りやすいのよ!野菜は低カロリーだから太りにくくて美容効果もあるし、女性の味方なの!」
「かろりー?」
リンゴに近い食べ物が野菜だったのは以外だったけど、嬉しい限りよね。今度は野菜スイーツを作っていこうかな!それにしても、ヘルシーやカロリーが通じないとなると、なんと言えばいいのだろうか。確かカロリーって熱量の事だったよね。でもこの世界じゃ日本まで発達してるわけじゃないから、言っても分からないかも…。
「食べ物から得られる熱量と体を動かすことによって消費される熱量があるんだけど、それらをカロリーって呼んでるの。消費するカロリーよりも摂取する量が多いと人は太るのよ!」
ざっくりと簡潔に纏めてみたけど分かるかな?これ以上は掘り下げられても分かんないんだけどね!不安げに皆を見れば、すんなりと理解出来たようだ。私の説明の仕方が良かったのかな?
「ほう!!成程ね。うんうん、やっぱり神子様は頭がいいですね!」
「カロリーか。いいですね、それらの数値を換算出来れば健康管理にも使えますね!」
「そうなの!でも数値の出し方まではちょっと…」
「野菜は低カロリーなら肉とかが高カロリーですか?」
「他にはどんな言葉があるんですか?」
いつも思うけど、この世界の人達って勉強熱心だよね。情報に飢えてるというか、新しい情報に強い興味を抱くというか。私なら「ふーん凄いね!」で終わっちゃうけどな。
「えーっと…。この話はまた今度ね?今日はお客さんに出したいからパパッと作っちゃおう!」
「おっとすみません神子様。今度時間のあるときにお願いしますね!」
「うん!じゃあこれを大体このぐらいの分量で…」
皆の質問が延々に続きそうだったので、早々に話を変えた。それにジョセフィーヌが来た時に間に合わせたいしね!料理人の力を借りて何とか三つほど作る事が出来た。今すぐ食べちゃいたいぐらい美味しそう!!
「一つはいつもの様に皆の分ね!食べて感想聞かせて?」
「じゃあさっそく頂きます!」
「んん!旨い!!甘さ控えめで美味しいですね!」
「カックにこんな使い道があったとは…」
「温かいデザートって新鮮ですね!」
「出来たても美味しいけど、冷やしても美味しいのよ」
私も一口だけ味見したけど、見た目通りとっても美味しかった!リンゴの風味をもう少しあっさりさせた味で、癖がなくて食べやすい。普通のリンゴタルトより好きかもー!!あ、ちなみにカックがリンゴの味に近い野菜なの。
「一つは来客用だからいいけど、もう一つはどうやって持って行こうかしら。包むと崩れそうだしなぁ。でも持ってかないとマリーが拗ねちゃうし…」
「でしたら侍女達の休憩室に俺らが持っていきますよ」
「ホント!?有難う!助かるわ!!」
「美味しい物頂きましたので」
「他の果実でも美味しく出来るから今度も手伝ってね!」
厨房を出て部屋に戻ると、手ぶらな私に気付いたマリーが悲しそうな顔をした。仮にも神子の侍女がそれでいいのかしら…。なので料理長に休憩室に持っていくようにお願いしてあると言えば、休憩願いが出されたので許可してあげた。こういう時のマリーは本当に可愛いわね。足早に部屋を出て行ったマリーを見てそう思った。
「ん?そう言えばマリーって休暇ないのかな?」
この世界に来て私の侍女になってから、一日も休んでないよね!?あれ?お城ってブラック企業なの!?それとも私の侍女が一人しか居ないからなのかな…。え、私の所為!?もしかしてお菓子で何とかなってる感じ?どうしよう、リハルト様に聞きたいのになんで忙しいんだよオォォォ!!!
「只今戻りましたー!とっても美味しかったです!!…あれ?紗良様どうされたのですか?そんな青い顔なさって」
「…っ、マリーごめんねえぇぇぇ!!ブラック企業でごめんー!!」
「はい?ブラック?何の話でしょうか?」
突然の事に困惑するマリー。訳が分からないので一から説明して下さいと言われたので、マリーの休みが無いのは私の所為なのか尋ねると「そうですね」と返って来た。その返答に更に顔が青ざめる私に対して、マリーが慌ててフォローしてくれた。
「私は好きで紗良様のお傍にいるので気にしないで下さい。こうしてお菓子を作って下さり休憩も下さいますしね」
「でも休みがないのは駄目だよ!よし、神子命令でマリーに長期休暇をあげるわ!!取り敢えず一ヶ月でどう?」
そうよ!どれぐらいの割合で休みを貰うのか知らないけど、一ヶ月もあればゆっくり出来るよね!我ながらいい案だわ。マリーの休みに関してならファルドも許可を出してくれそうだし。
「待ってください!その間誰が紗良様のお世話を?」
「適当にそこら辺の侍女を借りるわ」
「普通の侍女に紗良様のお世話が務まるとは思えません!」
「え?私そんなに手が掛からないよ?」
せっかくの休みは嬉しくないのかな?そんな捨てられた子犬の様な顔で見られても困るんですけど。マリーに休暇をあげるだけで侍女から外れる訳じゃないのにな。それに私は自分の事なら大抵出来るし、マリーを困らせた記憶はないんだけど。
「そんな事ありません!紗良様は目を離すとすぐに脱走されますし…」
「最近はしてないよ」
「朝起きられないではありませんか」
「起こしてくれる人がいれば大丈夫だよ」
「お着替えだって私が…」
「マーガレット様からの服以外なら私一人で着れるでしょ」
マリーが挙げる問題点に答えていくと苦虫を潰したような顔になった。え?そんなに私の世話がしたいのかな?休暇は嬉しくないのかな?私なら喜んで旅行の計画立てちゃうけどな。
「でも紗良様にだって休暇ないではありませんか」
「私?こういう日は休みだと思ってるけど…」
仕事が入ってない日は殆ど休みの認識なのよね。レッスンや勉強会もあるけれど、そんなに詰め込まれてないから割かし自由だし。今日みたいに自由な日は休みでしょ?お菓子作って、これから来るジョセフィーヌとお茶するのって。
「私もそれと同じ感覚ですよ!」
「えぇ?でもマリーは私の身の回りの世話があるから、休みではないよね?」
「いいんです!好きでやってるので!」
「…だけど偶にはゆっくり休んで欲しいな。マリーが体壊しちゃったら嫌だし」
「紗良様…」
感動してくれたマリーを置いて、ダーヴィット様の元に向かった。この国のトップはダーヴィット様だしね。決して会いたいから来たわけじゃない。リハルト様のお手を煩わせない為に、ダーヴィット様の元に来たんだから。…なんてね。久々のダーヴィット様だわ!邪魔者は居ないから少しお茶でもして行こうかしら!
「すみませんダーヴィット様にお会いしたいのですけど、今いらっしゃいますか?」
「これは神子様。すみません今陛下は不在でして…」
「そう…。困ったわ」
「どのようなご用件で…嗚呼、丁度お戻りにならましたよ」
「あ!愛しのダーヴィット様!お会いしたかったで……す…?」
ダーヴィット様の部屋の前に立つ騎士と話をしているとダーヴィット様が戻ってきた。満面の笑みで言葉を口にすると、その背後に見慣れた姿が見えた。そう、リハルト様だ。目が合うと満面の笑みで笑ってくれたけれど、黒いオーラが漂っていたので怖くて顔を伏せてしまった。
「愛しの…誰だって?」
「っすみません!愛しのリハルト様です!!」
「そうだよな。他の名前が聞こえた気がしたが?」
「き、気のせいです!!私にはリハルト様だけですぅぅぅ!!!」
「はっはっはっ!仲睦まじくて何よりだな」
うう、笑い事じゃないんですー!!圧が凄いんだってば!!くそう!ダーヴィット様と二人で熱い時間を過ごす筈だったのに!なんでこういう時にはいつも邪魔が入るんだよー!!!
「それで?俺ではなく、父上に何か用か?」
「う、あの、マリーにお休みを頂きたくて…」
「マリーに?何故だ」
「だってマリーは一日も休んでないじゃない?だから偶にはお休みをとって貰おうと思ったの」
「お前の休みじゃなくてマリーのか?」
「うん。私は休みみたいな毎日だからいらないよ。だからね、マリーにお休みくれないかな?」
何でそんな事を聞くんだろうか?私の日々はそんなに忙しく見えるのかな?自由のある日々を過ごさせて貰ってると思うんだけど。私の返答に少々驚いた顔をしたリハルト様に首を傾げながら見つめる。ローズレイアはブラック企業じゃないよね?
「紗良さんは侍女の事まで考えて優しいな。城の人間にも優しくしてくれているようじゃないか。皆喜んでいるよ。有難う」
「いえ!とんでもないです!私の方こそ皆さんに良くして頂いてて、感謝すれど感謝されることなんてしてないです!」
両手を横に振りとんでもないと答える私に、ダーヴィット様は優しく微笑んでくれる。あぁ、その
笑顔を写真に収めたいたい!!
「いやいや。貴女が来てから城が明るくなった気がする。リハルトもな」
「父上。次の予定はいいのですか?」
「おっとそうだった。侍女の件はリハルトに任せるよ」
リハルト様に促されてダーヴィット様は部屋に戻られてしまった。ダーヴィット様の方が優しいと思うんだ。使用人達のそんな姿をちゃんとご自分の目で把握されてるんだもの。いい王様だよね。
「で?何故俺の所ではなく父上の元へ?」
「だってリハルト様忙しそうだったから…。あ!あの子達釈放したって本当!?どうしてそうなったの?」
「父上の方が俺より忙しいに決まっているだろう。全く隙あらば父上に会おうとするのだから」
「ねぇ、なんで釈放したの?」
「マリーの話だったな。休暇の間誰がお前の世話をするのだ?」
ちょいちょい!なんでスルーなのよ!!聞くなってか!?そんなに都合が悪い話なの?だから黙ってたの?私にだって関係のある話なんだから、どんな話でも受け止めるのに。…はぁ、取り敢えずマリーの話を先にしよう。
「…誰でもいいよ。手の空いてる人で」
「そうか。手配しておく。この際もう一人侍女としてつけたらどうだ?」
「私はいいけど、マリーがショック受けるかも…。休みも取るの嫌がってたし」
「なんだ、お前が言い出しただけか?」
「うん。休息も大事でしょう?家族にだって会いたいだろうし」
休みがなかったって事は家族や友人にも会えてないって事だしね。お給料も貰ってるだろうし、買い物とかでストレス発散して欲しいな。服とかは買ってもあんまり着る機会なさそうだから、マリーならやっぱり食べ物だろうか?
「お前は家族に会いたいのか?」
「え?何で急に?世界が違うから会えないよ」
「それはそうだが…」
「別に元気に生きてくれてればそれで充分だよ。もう助けてはあげられないけど、親孝行は充分してきたつもりだし。助けてくれるって甘えられる存在がいなくなれば、その中でなんとかやっていけるものだよ」
正直会いたいってこの世界に来てから思った事ないのよね。でも一言だけ、元気に生きてるよとは伝えたいと思う。私の事を忘れてとまでは言わないけど、気にせずに生きて欲しいな。
「俺はお前の両親に会いたいけどな」
「私は会わせたくない。リハルト様に会わせられるような親じゃないもん」
「お前をこの世に誕生させてくれただけで充分だろう。でなければ俺は未だに人を愛する事を知らずに生きていた。紗良に会えたのは両親のお蔭だろう?」
リハルト様は優しくそう言ってくれるけど、素直に頷く事が出来なかった。確かに産んで育ててくれた事には感謝はしてるよ。でも自立してから時々来るヘルプに、これ以上私を振り回さないでって何度思っただろう。
「…血が繋がってるとね、頼ってこられた時に見捨てられないの。それが私には苦痛だった。やっと自分一人で生きて行けるようになったんだから邪魔しないでって…。他人なら簡単に見捨てられたのに」
「すまない。無責任な事を言ってしまったな。お前が優しすぎる事を忘れていた」
「あ…。今のナシ!ただの独り言だから忘れて!!それに私は全然優しくないから!!」
しまった!何で急にセンチメンタルになっちゃったんだろう。慌てて誤魔化すとリハルト様は少しだけ悲しそうに微笑んだ。全然優しくなんかないよ。見捨ててしまったら、その罪悪感に苛まれるのが嫌なだけなの。
自分が傷付きたくなくて、自分が悪い奴だと思いたくない、只の偽善者なんだから。
「紗良は優しい。優しすぎて心配になる程にな」
「気の所為だよ。優しく見せようとしているだけかも知れないでしょ」
「そんなに器用な性格ではないだろう」
「失礼な。私の完璧な神子を知ってるでしょ!優しい人の振りをするのなんて、朝飯前だよ!」
腰に手を当てて偉そうに言い切れば、リハルト様に頭を撫でられた。あ、なんかこの感覚久し振りかも。最近はめっきり減ったから、ちょっと嬉しい。前は子供扱いされてるようで、あんまり好きじゃなかったんだけどね。
「隠さなくていい。俺はどんなお前を見ても嫌いにはならないし、本当のお前を知って行きたい。弱さを見せるのは悪い事ではないと、教えてくれたのはお前だろう」
「…それはリハルト様の事であって、私の事じゃないもん」
「俺はお前の弱さも受け止めていきたいのだ。不安に思う事も、抱え込んでいる事も何でも話せ」
私がリハルト様のどんな姿を見ても嫌いにならない様に、弱さを見せても好きでいてくれるのかな。でもその気持ちは凄く嬉しいけど、そうなったら依存しちゃいそうで怖い。
自分の事を曝け出すのって凄く勇気がいるんだよね。でもリハルト様は私に本音を吐露してくれる。信頼してくれてるんだよね。
「うん、分かった。…嫌いにならないでね?」
「なるワケがないだろう」
「良かった。リハルト様に嫌われたら死んじゃうもの」
「可愛いことを言ってくれるな。…まさかまた何か隠してるのか?」
「なんでそうなるのよ!」
「ははっ!冗談だ」
楽しそうに笑うリハルト様に釣られて、私も笑顔になった。…ん?何だかいい感じに話を持ってかれたけど、白銀の神子達の件をこのままうやむやにするつもりだろうか。そう考えて笑顔からジト目に変わった私に気付いたリハルト様は頬を掻いた。
「…もう少し時間をくれ」
「今聞きたいの!」
「おっと。いいのか?ジョセフィーヌ嬢が来る時間だろう」
「あ!大変、行かなくちゃ!!帰ったら聞かせてよね!」
「ああ」
満面の笑顔で頷くリハルト様。物凄く嘘くさいけど、ジョセフィーヌが来るのに部屋に居ない訳にも行かないので、約束の言葉だけ交わして急いで戻った。部屋に戻って着替えをしながらマリーに文句を言われたのは、言うまでもない。
「ジョセフィーヌ嬢との茶会で忘れてくれぬだろうか…」
どうせすぐに思い出して問い詰められるだろうがな。内心苦笑しながら自身も部屋に戻る道を歩いた。
久々の神子クッキングです。実はリンゴタルトはあまり好きではありません…。




