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87希望と絶望と

橙月は日中はまだ暖かさが残るけれど、夜は肌寒い。牢の中で与えられた簡易なベットの中で蹲る。捕らわれてからもう一週間経ったけれど、神子様のお返事は聞けないまま。そりゃそうだよね。神子様になんの得も無いんだもの。それどころか、呪いを掛けられた挙句に命を狙わてるんだから、手を貸してくれる筈がないよね。


「ねぇルーファス」

「なんだ?」

「ごめんね、こんな事になって」

「気にするなよ。最初から上手くいくなんて思ってないさ」

「そうだよね…」


優しい神子様なら何とかしてくれるという、漠然とした希望を持って来たけど、甘かったな。アルが仕出かした事情を知らなかったのもあるけれど。でも姉妹として、一族の神子として、知らなかったじゃ済まされないよね。


「結局何にも出来なかったなぁ。皆がっかりするかな?」

「でも神子に伝える事は出来ただろ。それが当初の目的だったからな」

「…ミル、考えが甘かったかも。神子様だって普通の女の子なのにね。それなのに、神子様ならって勝手に期待してたの」


それはなんて自分勝手で押し付けがましい考えなんだろう。ミルが逆の立場だったらいい気持ちはしないかも知れない。それに昔の事とは言え、神子を食べてしまった人達の願いを叶えられるかな?


「ルーファスが神子様だったらどうする?」

「そうだな、絶対やりたくはないな。出来れば関わりたくないと俺なら思うね」

「…やっぱりそうだよね」

「でも希望ぐらい持ってたって罰は当たらないと思うけどな。俺らは縋るしかないんだよ、神子にな」


背中を向けたままのルーファスの表情は見えない。だけど、きっとやるせない気持ちで一杯なんだろうな。だって生まれたくてこの一族に生まれて来た訳じゃないもんね。犯してしまった罪は消えないし、この状況から逃れられる事も出来ない。出来る事はもう祈るだけなのかな?でもそれじゃあきっと何も変わらない。


「綺麗事だけじゃ何も変えられないんだね…」

「力がなきゃ何も変えられないからな。綺麗事で生きていけるのは、力がある奴だけだよ」

「…うん。ミル、あの話を受けようと思う」

「いいのか?後でやっぱり無し!とか出来ないんだぞ?」

「うん、ちゃんと分かってるよ。頭がおかしくなるぐらい考えて出した答えだから、後悔はしないよ」


自分が何の為にここまで来たのか。それは皆の為。森を放り出して、ミルの残りの命を使ってここまで来たんだから、こんな所で諦めちゃいけないんだ。多少の犠牲で皆が救われるのなら、ミルは鬼になるよ。お父さん、エル兄、そして亡くなったお母さん、ごめんね。


「話を受けると聞きましたが、本当ですか?」

「本当です。覚悟を決めました」

「分かりました。裏切れば一族諸共消えてもらいますからね」

「分かってます!今更命は惜しくありません」

「いいでしょう。私は王に話を通して来ますので、もう暫くはこの場所で我慢して下さい」


王子様の従者の人がそう言って階段を上がって行った。ああ言ったけど、これで本当に良かったのかな?それに、ミルに出来るのかな?ううん、やるしかないんだ。だけど今になって手が震えだした。怖いよ、とてつもなく怖い。でも大丈夫。ルーファスが一緒に覚悟決めてくれたから出来るよ。


「ルーファス」

「なに?」

「ミルと一緒に罪を背負ってくれる?」


真剣な顔でルーファスの目をじっと見つめて聞けば、目を逸らす事なく答えてくれた。


「いいよ。ミルティナに着いて行くと決めた時から、この命はお前に託してるからな。好きに使えよ俺らの神子様」


その言葉に思わず泣いてしまった。そんなミルの頭をルーファスは優しく撫でてくれるの。ミルは酷い女だわ。こんなにも優しいルーファスに、罪を背ってだなんてお願いしちゃうんだから。ルーファスが断らないと知って言える自分の汚さが嫌だな。


「(大好き…)」


そんな事をミルが言える資格がないけれど、どうか今だけは心の中で言わせて欲しい。本当は村の事も皆の事も全部放り出して、ルーファスと共に逃げたいよ。少ない時間を普通の女の子の様に生きてみたいの。お日様の下で人混みの中を、ルーファスと手を繋いで歩きたいよ。誰にも疎まれることなく生きて行きたいよ…。




☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆




「あの、神子様はこのお話を知らないんですか?」

「知りませんよ。あの方の心が曇る事などあってはいけませんから」

「…はい。それはミルも賛成です。神子様はミル達の話を聞きに来てくれました。それだけで本当に優しい方だって分かりましたから!」

「馬鹿ミルティナ!お忍びだったろ!」

「あ…。あの、違うんです!」


ルーファスに注意されて慌てて訂正してみたものの、時既に遅し…。ばっちり聞こえちゃってるよね?ごめんなさい神子様。


「…予想はついていましたから問題ありません」


ファルドさんは小さくため息を吐いてそう呟いた。あの日、神子様はミル達のお話を聞く為に来てくれた。それはもう、想像してた以上に完璧な神子様だったの。でもミル達の話を聞くうちに、神子様の表情は曇っていくばかり。ミル達を静かに責める言葉は耳が痛かったの。悲しそうに笑って去って行く神子様の背中を見て、ミルはなんて愚かな事をしてしまったんだろうって思った。


「神子様に謝っておいて下さい。心を痛ませてごめんなさいって。ミルは自分達の事しか考えてなかったから。神子様の気持ちを考えずに話しちゃってごめんなさいって」

「分かりました、伝えておきます。何かあれば此方にも分かるようになっておりますので、くれぐれも宜しくお願いします」

「はい。お世話になりました!頑張りますね!!」


ペコリと頭を下げてお城の裏口から外に出た。何かあれば分かるようになっているというのは、お城を出る前に呪術師シャーマンに会ったの。そこで裏切った場合には死をもたらす呪いを掛けられたんだぁ。凄いよね、呪術師シャーマンって!ミル興奮しちゃって、色々質問してたらドン引きされちゃった。


「呪いを掛けられてるとは思えないガキんちょニャー…」

「だってミル呪術師シャーマンに会うの初めてなんだもん!」

「落ち着けってミルティナ」

「これをやるからとっとと行けニャ」


目がチカチカする程の真っ赤な衣装のリールさんがくれた物は、数枚の紙だった。緊急時にそれを使うと、リールさんに伝言を瞬時に伝えられるんだって!すぐにでも使われたら堪らないと思ったのか、それはルーファスに手渡されちゃったけどね!


「それにしても呪術師シャーマンまで出してくるとは信用ないな」

「しょうがないよ!アルが個人でした事とはいえ、前科があるんだもん。チャンスがあるだけマシだよ!」

「そうだな。後戻りするつもりもないしな」


城下町の路地裏を通りながらルーファスとそんな話をしながら歩いて行くと、町から外れた場所に森があった。何か果実でもないかと立ち入ると、巨大な影がミル達を覆った。


「ん?なんだろう…」

「おい、ミルティナ、上を見ろ!!」

「え?…きゃーーーーー!!!!」


ルーファスに言われて空を見上げれば巨大な獣が此方を見ていた。歯を剥き出しにして警戒してるその姿に、悲鳴を上げて走って逃げた。寿命が縮まった気がする…。


「はぁ、はぁ、こ、殺されるかと思った…」

「森にさえ近寄らなきゃ危害は加えないみたいだな」

「そっかぁ。悪い事しちゃったかな?」

「大丈夫だろ。すぐに出て来たし」


人気の少ない場所で呼吸を整える。森を汚してもないし、果実も取ってないから許してくれるよね?獣さん、住処に立ち入ってごめんなさい。


「随分楽しそうだな」

「え!?あ、アル!」

「ようアルティナ。どうしたんだよこんな所で」

「それはこっちの台詞だ。で?どうだったんだ?どうせ門前払いだろ」

「う、うん。全然ダメだったの…」


アルには気付かれちゃいけない。契約を交わしたことを。だから神子様には会う事も叶わず、村へと帰るという事にしなくちゃいけないの。ルーファスも上手いこと話しをしてくれたから疑われる事はなかった。


「なぁ、何で黙ってた?」

「…え?」

「もう命が残り少ないって何で黙ってたんだよ。あたしらの間に隠し事はナシって約束しただろ!」

「…アルもミルに沢山隠してる事あるよね?家にも帰って来ないアルにどうやって話せって言うの!?」


怒るアルにミルも溜まっていた感情をぶつけた。ミルが声を荒げて怒る事は今までになかったので、アルが驚いてミルを見ている。ミルだって怒るんだよ?ずっと大人しくしてるいい子じゃないんだからね!


「アルが帰って来なくなってからだよ。体調が優れないなって、もしかしたらって思ったのは。でもアルもエル兄もいない!あの森を抑えるのはミルしかいない!だから毎日あの森に通って祈りを捧げたんだよ!!」


アルがいつ来てるかなんて分からないから。呪いは待ってはくれないから。そしたら体調があっという間に悪くなったの。体が重くて中々起き上がれないなんて日もあった。それでも通ったよ。だってミルは神子だもの。


「あたしはミルの為により沢山の力を集めてたんだ!確かに家には帰れなくなったけど全てはミルの為だ!」

「そんなの嬉しくないよ。ミルはアルが傍にいてくれる方がよっぽど嬉しいんだよ?……ねぇアル、エル兄と一緒に何をやってたの?」

「ミルには関係ない。こんな所に来て命の無駄遣いすんな。あたしが全て片付けてやるからミルは大好きな家で大人しくしてろ」


顔を逸らして腕を組み、苛ついたようにそう言われた。命の無駄遣いなんかじゃなかったよ。話聞いてもらえたから。それに例え話を聞いて貰えなかったとしても、自分で考えて行動したことに意味があるんだよ?それは無駄じゃないんだよ?ねぇミルは人形じゃないんだよ?


「そんな言い方ないだろ!ミルティナが皆の為を思って危険を覚悟で此処まで来たんだぞ!守護者ガーディアンの力しか奪う事の出来ないお前よりも、よっぽど立派だ!!」

「うるせぇ!力もないくせに神子のあたしに口答えすんな!!立派だって?話すら聞いて貰えずにすごすごと帰る癖に?はん、笑わせんな」


馬鹿にしたようにミルとルーファスを見下すアル。やっぱりアルは変わっちゃったんだね。神子様にアルの事庇ったミルが馬鹿みたいだ。ねぇアル。闇に飲まれるなんて弱い心だね。心の奥底ではずっと迷いがあったけど、もう吹っ切れたよ。…優しいアルはもういないんだね。


「…何様のつもり?」

「は?」

「アルこそ笑わせないで!何様のつもりなの!?力があるから偉いの!?アルなんて力があってもあの森の浄化すら出来ないじゃない!!!そんなミル達がルーファス達と何が違うのか教えてよ!!」


力一杯叫んで思いをぶつけた。アルはミルと同じ無力な存在だよ。人の傷を癒す事すら出来ない、名ばかりの偽りの神子だもん。呪いの進行すらも上手く止められない出来損ないなんだよ。ミル達は神子の血肉を取り入れた時から救われない存在なんだよ。神様に見放された咎人なんだよ。そんなミル達が神子様に手を出していい理由なんてどこにもないんだよ!


「は、あはははは!!そうだな、確かにあの森の浄化は出来ねぇよ。でもあたしはあんた達とは違う。やりたい事が出来る力があるんだ。移動できる足もある。何一つ出来ないあんた達とは違うんだよ」


もっと怒るかと思ったのに、アルは開き直ったかのように雄弁に語り出した。語っているアルの顔はとても生き生きとしていた。やりたい事って神子様を殺す事だよね?その先に一体何が残ってるというの?


「あたしはいもしない神様に縋って生きるよりも、自分の好きなように生きてやりたい事をやろうと決めたんだ。その為には人だって殺す。あたしにはその力がある。守護者ガーディアンすら持てないミルには分かんねぇだろうけどな」


ミルを見下すその目はとても冷たい。アルは確かに力もあってミルよりも強いよ。頼りがいがあって、家族が好きな優しいアルが大好きだった。自分の気持ちを表現するのも上手くて羨ましくもあったよ。


「そうだね、ミルはとっても弱いよ。命も長くは持たないし、大した力もない。好きな人に気持ちを伝える事すら出来ない。でも人を傷付けるアルより劣っているなんて微塵も思わない!」

「ははっそうかよ。相変わらず目出度い頭だな。あたしはいつもそんなミルにイライラしてた。能天気で人の気も知らずに馬鹿みたいに笑ってさ。母さんが死んだ時も、ピーピー泣いてたと思ったら数日後にはケロッとして怖い女だよな」

「ちがっ!」

「お前ミルティナの何を見てたんだよ!」

「あん?」


ミルの不満を吐き出すアルに、お母さんの話が入って反論しようとしたら、ルーファスがミルを手で制して怒りを露わにしながらアルに噛み付いた。ルーファスの怒ってる顔初めて見たかも。


「こいつがどんな思いで笑ってるか知ってんのかよ!!いつだってお前らの為に無理して笑ってんのを何で気付かないんだ!強がって一人で泣いてんの見た事ないのかよ!?」

「は?あたしらの為に笑う意味が分からねぇ」

「忘れたのか?お前の母親の最後の言葉。「皆いつも笑顔で」ってアミルナさん言ってただろうが」

「もういいよルーファス。アルがそこまで忘れちゃうなんて思わなかった…。お母さんが居なくなったらアルもエル兄もニコニコするタイプじゃないから、ミルが笑わなきゃって、お母さんの最後のお願いを叶えなくちゃって思ったから笑ってたんだよ?」


あの時、お母さんが死んじゃって家が真っ暗になった。いつも笑顔が溢れる家だったのに、まるで家が死んじゃったみたいだった。だからお母さんの大好きだったあの家がまた笑顔で溢れるのなら、ミルは笑おうって決めたの。涙は森に全部置いて家では笑顔で皆に声を掛け続けたら、また皆の笑顔が見れるようになって嬉しかったの。なのにアルはそんな風に思ってたんだね。


「はん、ミルが笑った所で母さんの代わりにはなれねぇよ。皆お前に合せて無理して笑ってただけだ。ドジなミルが家を散らかすから仕方なく体を動かしてた。ミルの所為で母さんの死を満足に悲しむ事が出来なかった。ミルが母さんの存在を消したんだよ!」

「っ、酷いよアル…!!違うよ!ミルはあの家を護りたかったからっ!!だから!!」


悲しくて悔しくて声が詰まってしまう。涙がポロポロと零れて地面にシミを作った。もしかしたらお父さんもエル兄もアルと同じように思ってたのかな?ミルの頑張りは空回りだったのかな?でも、それでも、皆が笑顔になったのは嘘じゃないよ…。


「これ以上話しても時間の無駄だな。帰るぞ」


ミルが泣いてどうでも良くなったのか、アルが翠玉の力を使いミル達の体を風が包む。体が宙に浮く感覚に身を任せて村へと帰った。


「ミルティナ!無事で良かった」

「…ただいまお父さん」

「ルーファスもすまなかったね」

「いえ、大丈夫です」


家の前に降ろされてアルは森へと行ってしまった。ルーファスは自分の家に戻ったので、ミルも家に入ればお父さんが嬉しそうに出迎えてくれた。


「それでどうだった?」

「…うん、あのね」

「門前払いだってさ。ま、そりゃそうだよな。全部無駄だったんだよ」

「アルティナそこに座りなさい。この間の話は終わってないぞ」

「やだね。説教なんて聴きたくねぇよ。ミルを連れ帰ってきただけ感謝して欲しいね」


森に行って帰って来るにはあまりにも早いから驚いたけど、翠玉の力を使ったからだと納得する事にした。アルが出かけてからお父さんに話そう。アルに聞かれたら計画が駄目になっちゃうからね。


「頼むからこれ以上愚かな真似はしないでおくれ」

「それはミルに言えよ。命を削るなってさ。森にも村の外にも行かねぇように言い聞かせろよな」

「村にいないアルにもエル兄にもお父さんにそんな事言う権利ない」

「なら大人しくしてろよ」


そう言い残してアルは家を出て行った。窓から外を見ればエル兄とアルが一緒に翠玉の力で消えたのが見えた。エル兄と最後に言葉を交わしたのはいつだったかな?最後に家族皆で食事を取ったのはいつだったかな?


「(お母さんごめんね。もう二度と揃わないと思う…)」


心が痛むのに気付かない振りをして、カーテンを閉めた。



頭の中の予定より大幅に更新遅れました。誰か連休下さい…。

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