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86弱さは隠すものでしょう?

地下牢から出て扉を開けると、守衛に当たってしまった。マシュマロとの遊びはもう終わってしまったようだ。慌てふためく守衛に、このことは絶対に秘密にしてとお願いした。


「…分かりました。あの、大丈夫ですか?」

「え?」

「いえ、表情が暗いものですから…」

「大丈夫だよ、ありがとう」


戻る途中で昼寝をしてるマシュマロを見つけて、そっと抱き上げた。真っ白でふわふわなそれは神子の色のようで、今の私の心の色とは違う。こんなんじゃ駄目だよね...。


「キュー?(紗良、大丈夫?)」

「おはようマシュマロ。大丈夫よ」

「クー…(でも涙が残ってる)」


目じりに残る涙をマシュマロが舐めてくれた。暖かくてザラついた舌に、胸と目頭が熱くなった。頭の中で色んな感情が渦巻いていて苦しい。それを吐き出すように涙が出た。止め処なく溢れる涙をマシュマロが何度も何度も舐めてくれた。


「紗良?」


背後から不意に掛けられた声にビクつく。リハルト様の声だ。泣いてるのがバレない様にさっと涙を拭って(マシュマロで)笑顔で振り向いた。背中が濡れたマシュマロは一生懸命毛づくろいをしている。ごめんねマシュマロ。


「どうしたの?リハルト様」

「お前こそどうしたのだ?こんな場所で」

「マシュマロの散歩よ」

「そうか。目が赤いがどうかしたか?」


顔に手が添えられて私の目を覗き込むリハルト様。今さっきまで泣いてたからすぐには引かないか。なので嘘をつく事にした。目にゴミが入ったからと言えば信じてくれたようだ。マシュマロを恭平の部屋に戻して、私の部屋へと戻った。


「それで?どうして泣いていたのだ?」

「え?それは目にゴミが入ったから…」

「それは嘘だろう。俺に嘘は通用しないぞ」


もう何で分かるんだろう。気付いているのなら、そのままそっとしておいて欲しかった。相変わらず過保護なんだから…。でもそこも好きなんだけどね。


「…幸せだと思ったから」

「は?」

「この世界に来てリハルト様に出会えた。人を救う力もあって、何不自由なく暮らせてる幸せ者だわ。誰かを傷つける必要もないもの…」

「紗良?」


リハルト様の胸に顔を埋める。このまま白銀の一族の事を忘れてリハルトと結婚したら、幸せだろうな。彼らの為に出来るか分からない危険な事に首を突っ込む必要はない。こんな整理のつかない気持ちになる必要もないのだから。


「リハルト様に出会えて本当に良かった」


今度は本当の笑顔でリハルト様にそう伝えた。不意をつかれたようで、ほんのりと頬を染めて嬉しそうに微笑んでくれた。


「嬉しいが、お前がそうやって言う時は何かあった時だろう」

「っ、もう、何で信じてくれないの?」

「紗良のことをいつも見ているからな」

「本当に何でもないから!ただ、ちゃんと伝えておこうと思っただけ」


じゃないとリハルト様はすぐ私の気持ちを疑うからね!と言えば気まずそうに苦笑した。いつまでこうやって穏やかな時間が過ごせるのかな?逆恨みだとしても、アルティナは私に呪いを掛けてきた。それはまた攻撃を仕掛けてくるという事だ。それに今はミルティナもここに捕らわれてると知れば、間違いなくここに来るだろう。


「リハルト様。あの子達の話を聞いてあげて?」

「…またその話か。聞いているさ。たが神子にしか話さないと口を割らないのだ」

「今度は大丈夫だよ」

「何故そう断言出来るのだ」


祈りの力をリハルト様に使う。リハルト様の思った様に事が運ぶようにと。力を使わなくとも、もう話してくれると思うけどね。同じような内容を聞いてリハルト様がどんな答えを出すか待とう。自分では答えが出せないから、それに従おう。




☆ー☆ー☆ー☆ー☆




王子の部屋に呼び出されて、何事かと思えば捕らえた白銀の一族の話だった。内容が凄すぎて全然頭に入ってこねぇけどな。姉ちゃんはこの場には居らず、まだ話していないようだった。


「俺は反対だ。姉ちゃんを危険な目に遭わせたくねぇ」

「だが放っておけばいずれはこの大陸をも飲み込むぞ」

「今すぐじゃないだろ。抑えてるって話ならかなり先の話じゃねぇか」

「ですがそれだと守護者ガーディアンの力がますます奪われますよ」

「それに、このままでは姉の方から奇襲を掛けられるぞ。紗良を恨んでいるようだからな。次は直接乗り込んでくるかもな」


気付かない内に、手に力が入っていたようで、拳を握っていた。こういう時こそ冷静にならないとな。姉ちゃんの事になると王子が暴走しかねないし。まぁ取り敢えず、土地の事は後にしてその姉の方の対処を考えるべきだよな。


「交換条件というのはどうですか?姉の命と引き換えに土地を癒すと言えば、出方を変えてくるかも知れません」

「は!?それはおかしいだろ!殺せって言うのか!?自分の姉を!!?」

「紗良様の命を狙っているのですから当然です。土地を癒すのも話を聞く限り容易ではないでしょう。つり合いは取れています」

「そういう問題じゃねぇよ!王子はそれでいいのかよ!?」

「あぁ。それで姉を始末出来るのならそれに越した事はない。だがそんなに上手くはいかないだろう。でもそれでいい。姉の帰る場所を奪うのだ」


いやいやいや!それだと居場所がなくなった姉は余計に姉ちゃんを恨むんじゃないのか?より危険にさらされる事になるのは絶対に嫌だ。


「それじゃあ余計に煽るだけだろ!」

「非常に血の気の多そうな人ですので、一直線にこの場に来て頂けるかと。冷静さを欠いた人間は敵ではありません」

「…姉ちゃんが傷を負ったら許さないからな」


俺の力は傷を治せるけど、その時の痛みや心の傷は治せねぇ。人の為になると平気で身を投げうつから、心配なんだ。なのにそのくせ後で痛かったって喚くんだぞ?馬鹿なのかって言いたくなる。言ったら殴られるから言わねぇけどな。


「来ると分かっていれば備えられますから、それは大丈夫かと」

「お前は紗良の事が大好きなんだな」

「ぶっ、誤解招く言い方すんじゃねぇよ!前に言っただろ!子供の時から親の代わりに面倒見てくれてたのが姉ちゃんなんだよ。だから傷付いて欲しくないだけだ」

「そうだったな。その所為で人に頼る事をしないんだろうな。はぁ…紗良はどうすれば素直になるのか」


王子が窓の外に顔を向けて憂いを帯びた表情でそう呟いた。大方白銀の一族の話で何かあったんだろうな。神子でなきゃ話をしないと言っていたのに、手のひら返した様に喋り出すのって怪しいからな。


「でも俺も、本当に苦しい時こそ絶対言わないな。誰かに頼ったら崩れる気がするからな。色んな感情を抑え込んでやっと立ってるんだから」

「一人で耐える事に慣れてしまったんだな。心から信頼出来る者であれば、その者が代わりの支えにはならないのか?」

「…ならその拠り所も問題の種だとしたら?それに、話す事で自分の弱さや汚さが露呈するかも知れない。それで嫌われるかも知れない。…全てをさらけ出すって、やっぱ抵抗あるけどな」


姉ちゃんが王子に何も話さないのだとしたら、それを話すまで待ってやるのも大事だと思うけどな。俺ならそうして欲しい。落ち着いてから聞いて欲しいことだってあるもんな。王子はもっと余裕のある態度で構えていた方がいいと思う。


「…そうだな」

「そんで?姉ちゃんは直接話を聞いてんだろう?」

「恐らくな。だが何も言ってこないあたり、こちらの判断を待って居るのかもな」

「紗良様も素直に協力すると言えない心境なのかと」

「そりゃそうだろ。俺だって嫌だね。かといって放ってもおけないとなると、どうすりゃいいか分かんねぇよ」


俺達は一般人として生きて来たから、そんな難しい状況に面した事もないしな。事が多き過ぎて簡単に答えなんて出ねぇよ。…狡い話だよな。いつかはやらざるお得ないんだからよ。この世界に住む人間の事を考えたらさ、「やる」っていう選択肢しか用意されてねぇんだから。




☆ー☆ー☆ー☆ー☆




「マシュマロ、ご褒美だよー」

「キュー!(やったー!)」

「ご褒美ですか?」

「何か頑張られたのですか?」

「うん、マシュマロのお蔭で助かっちゃったの」


レイリンとメイリンはマシュマロが食べこぼした物をせっせと片付けていた。うーん、どこぞの王様?ってぐらいVIP待遇よね。そんなに食べて太らないのかな?まぁ、大人になったら馬鹿でかくなるみたいだし、少しぐらい大した事ないのかも。


「最高級のグラッフェだから美味しいでしょ」

「キュイキューイ!(すっごく美味しい!紗良ありがとう!)」

「ふふ、料理長がいつも分けてくれるんだー」

「キュン!(今度お礼言う!)」

「そうだね、喜ぶよ」


マシュマロとのラブラブな時間を満喫して、リチェの部屋へとお邪魔した。


「紗良様、毛がついてますわ」

「あ、さっきマシュマロを抱きしめてたからだ」

「綺麗な毛色ですわよね。私もいつかフワフワしてみたいですわ」

「他の人には中々触らせてくれないもんね」


リチェがうっとりしたようにマシュマロを思い出していた。あれは誰でも触りたくなっちゃうよね。真っ白でフワフワで愛くるしい顔だもん。もう食べちゃいたいぐらい可愛いよ!!


「実は子供の頃は動物を飼ってみたかったんですの」

「そうなんだ!城で飼ったらいけないの?」

「許可は出ませんでしたわ。危険だからと。一国の姫に傷でも付いたら大変だって言われて、駄目でした」

「そっか。でもリチェの白くて綺麗な肌に傷が付くのは私も悲しいな」


目を細めて私の手を取りそう言った紗良様は、心なしか男らしく見えましたわ。綺麗な方って何しても様になりますわね!女性だと分かっているのに、ときめいてしまいましたわ。


「紗良様が男性でしたら危なかったですわ」

「ん?何の話?」

「いえ、こちらの話です」


不思議そうに首を傾げる紗良様にお菓子を勧めれば、表情をパアっと明るくして口に含み、何とも幸せそうな顔をされていますわ。このお顔を見たくて私も色々と取り寄せてますけど、料理長も同じ気持ちなのでしょうね。


「私も紗良様の男装姿見て見たかったですわ」

「あ、じゃあ今から着替えてこようか?」

「大丈夫ですわ。また今度見せて下さい」

「そんな遠慮しなくていいよ!ちょっと着替えて来るね!」

「え!?」


そう言うやいなや部屋を飛び出して行った紗良様。それってファルドとかお兄様に見つかったら怒られるのでは?と思いましたけど、もう行ってしまわれましたので見つからない事を祈るばかりですわ。


「お待たせー!」


四半刻程して紗良様が男性の姿で部屋に戻って来ました。そのお姿といったらもう、言葉になりませんわ!幼さは多少あるものの、お兄様でも負けてしまのではないかというぐらいの美少年振りですわ。少年と青年の間ぐらいのお姿に、世の女性は虜になってしまうのではないかしら?


「どう?」

「想像以上でしたわ!お兄様とではなくて、私と結婚して下さい!」

「喜んで!」

「…おい」

「きゃ、お兄様!?どうして部屋に!?」

「紗良が変装して部屋を出ていくのが見えたのでな」


私の好み過ぎて思わず求婚してしまいましたわ!それを紗良様が承諾してくれて、幸せに…とはなりませんわよね。お兄様という障害が来てしまいましたわ。


「どう?この姿で出かけたの!」

「どうと言われてもな。ドレスの方が似合っている」

「こんなに似合っているのに酷いですわ!もういっそこのままの姿でも…」

「…お前にも紗良はやらんからな」


あら、釘をさされてしまいましたわ。でも分かっていますわ。だって紗良様は女性なのですもの。せめて恭平様がこの様な容姿をされていたら…。ふう、いけませんわね。人を容姿で判断するなんて、私らしくありませんでしたわ。少しばかり興奮してしまったみたいね。


「これだと全然神子ってバレないのよ」

「可愛さはありますけれど、男性に見えますものね」

「そうか?どこからどう見ても女にしか見えないが」

「えー、皆ちゃんと男の子に見えるって言ってくれたんだけどな」

「大きな瞳に長い睫、色づきのいい唇はどう見ても女だろう」


お兄様が紗良様のお顔に手を当てて、見つめながらそう呟くと、紗良様のお顔が少し赤く色付きました。あぁ可愛いですわ!照れてるお姿は最近減りましたからね。そのまま口づけでも交わしてしまいそうでしたので、席へと促しました。


「もう、こっちが恥ずかしいよ」

「でも大分慣れてきましたでしょう?」

「まぁね、多少は」

「事実を言ったまでだろう」


素知らぬ顔で紅茶を口に運ぶお兄様を、紗良様は恨めしそうに睨んでいますわ。ふふ、いつもの事ですわね。嬉しいですわ、こうやってお兄様と紗良様が婚約までされたんですもの。鈍感な紗良様も可愛かったのですけどね。


「あ、そう言えばまんじゅう国のロイス王子とはどうなったの?」

「マンジュリカ国ですわ、紗良様。どうと言われましても、特に進展はないですわね。彼方に行くには少し遠いので」

「何だ、あの国が気に入ったのか?」

「いえ、そういう訳ではありませんわ」


候補の一つなだけで、特別な思い入れはありませんからね。どうも紗良様は私の恋の話を聞きたいみたい。お兄様の様に誰かを愛する事が出来たら素晴らしいと思いますけど、もしその相手が結婚相手として相応しくないと判断されてしまったら、苦しいだけですわ。


「リチェには好きな人と結婚して欲しいのに、大人すぎて寂しい」

「王族としては難しい所だからな」

「そうですわ。それに結婚してから相手を知っていけば、いつかはそんな想いになれるかも知れませんのよ?」

「そうかも知れないけど…」

「貴族の殆どは政略結婚ですもの。それに、王族として生まれてきた私の務めですわ」


人を本気で愛するって興味がない訳ではないのですけどね。あんなにも人を想えるって素晴らしい事だと思いますわ。でも同時に怖いと思ってしまうの。自分が自分でなくなってしまうのではないかって。完璧だと言われていたお兄様が、焦ったり、いじけたりと情けない姿になってしまうのですから。


「リチェが恋に悩む姿が見たいのにぃぃぃ…」


ギリギリと歯ぎしりしながら、悔しそうに机に顔を埋める紗良様。それは単に私の困った顔が見たいという事かしら?


「そうしていると、まるで子供のようだな」

「ふふ、そうですわね」

「だってリチェとうふふ、きゃははしたいのに…」

「なんだそれは…」

「私にもさっぱりですわ」


紗良様って偶によく分からない事を言われるのですよね。元いた世界の人なら分かるのでしょうか?いじける紗良様の頭を優しく撫でるお兄様。それに気持ちよさそうに目を閉じる姿は、猫のようですわ。なんて愛らしいの…やっぱり私も紗良様が欲しいですわ!!


「リチェル様そろそろお時間です」

「えぇ、分かったわ」

「ごめんねお邪魔しちゃって。また相手してね!」

「勿論ですわ!」


軽い抱擁をした後、お兄様と紗良様が仲良く部屋を出て行った。私には紗良様のように恋は出来ませんけれど、せめてお二人の愛が永遠に続くように祈っていますわ。…そう言えばお父様とお母様も仲がいいけれど、なれ初めはなんだったのでしょう?政略結婚だと思いますけれど、両親の様になれたら理想ですわね。



久々のリチェさんの登場です。しっかり者のリチェさんが恋に溺れるのを見てみたいな。いつか書けたらと思います。

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