85複雑に揺れる心
まだ外が暗い時間帯に、のそりとベッドから起き上がると寝間着の上から黒の布を纏う。物音を立てないように部屋のドアを開けて外を見回すと、騎士と目が合った。
「……」
「……」
「こんな時間に何処に行くつもりっすか?」
「…カイト。何でドアの前にいるのよ」
「見張りっすね。神子様が抜け出さないように見張ってろと言われたんで」
欠伸をしながら気怠そうにそう言われた。誰が?と聞けば、ファルドが命じたらしい。リハルト様も怒ってるしさ、もうやんなっちゃうよ。
「あの子達と話がしたいの」
「駄目っすよ」
「あの子は私に危害を加えるつもりはないわ」
「何を言っても駄目っすよ。さ、寝て下さい」
聞く耳持たずで無理矢理部屋に押し込まれてしまった。くそぅ、こうなったら窓から抜け出すか。でもここは3階だから落ちたら無事じゃいられないのよね。仕方ない、蒼玉の力を借りるか。
『僕手伝わないからね』
「え、何でよ」
『危険だからだよ。あの立ち振る舞いが演技だったらどうする訳?』
「それは…。でもあの子はそんな子じゃないよ」
『紗良の勘でしょそれは。呪いを掛けた人間に近づこうだなんて、正気の沙汰じゃないよ』
何もそこまで言わなくてもいいのにさ。蒼玉の言いたい事も分かるけど、確実にあの子は大丈夫だって言える証拠がないんだもん。証明は出来ないけど、私の勘は間違ってはないと思う。
『神子はあの者達の正体を知らないから、そう言えるのだ』
「正体?」
『白銀の一族の人間が呪われた種族だと言われてるのは知ってるだろう。なら何故そう言われているのか』
「髪が白銀色で生まれちゃった突然変異か何か?」
『紗良の頭の中って平和だよね』
「失礼な!」
暗闇の中、月明かりだけが照らす部屋の中で紅玉が真剣な表情で私を見つめる。それを蒼玉が私をちゃかすものだから、紅玉に睨まれていた。ザマーミロってんだ。頭の中が平和で何が悪いのさ。
『違う。奴らの中に何故、神子と呼ばれる存在がいると思う?』
「もったいぶらずに教えてよ。遠回しは嫌いよ」
『自分で気づくのも大事な事だ』
「…じゃあ神人族に敵対する一族だから?私達と一緒って事でしょ?」
『違うな。一緒ではない。奴らは神子を食べたから力を得た咎人だ』
「……え?…それ、本気で言ってんの?」
静かに首を縦に振る紅玉に、被っていた布が下に落ちた。神子を食べた?同じ人の形をした神子を?ならあの子達が近づいてきたのは、私を食べる為?どうして?力が欲しいから?何の為に?…駄目だ混乱してるわ。落ち着くのよ私!
『そしてその神子は、俺が探している神子だ』
「嘘…」
『人は力ある者に怯え、それを手に入れようと考えた。神子の紋章と印があるだろう?その部分を食した者には、神子の力が与えられる』
「そんな、でも同じ人間だよ!?」
『時に人の弱さは正常な判断を鈍らせ、奇行に走る。力さえあれば臆する事は何もないと考えたのだろうな。「恩恵を与えてくれるうちはいいが、その逆は?」「あの力さえ手に入れれば、私達は安泰なんじゃないか」そう考える者がいても不思議ではないだろ』
前の神子はそんな事はないと、説得を続けるものの、村人達は聞く耳を持たなかった。その中でどんどん悪化していく村人達の仕打ちに、とうとう紅玉がキレて何人かを殺めてしまったそうだ。それを悲しんだ神子は紅玉を封印して遠くの地に逃げ出したという事だったらしい。だからそこまでしか紅玉は知らなかったけれど、出会った守護者達から情報を集め、その結論に至ったらしい。
「…優しすぎるよ、前の神子は」
『あんたは神子と良く似ている。人の所為で傷を負っても苦に思わない所なんかそっくりだ』
『僕は紗良を失うわけにはいかないんだよ。だからあの子達に会いに行くのは反対だ。力も貸さない』
「そうだとしても、悪いのは当時の人であの子達じゃない。血は流れているかも知れないけど、同じではないでしょ?」
『なら守護者の力を奪っているのはどう説明つけるつもりだ?力を欲しているのは間違いない。そして行き着く先は神子だ』
皆私の事を心配してくれてるんだよね。だからこうやって言い聞かせようとしてるんだ。だけどそれでいいの?真実は本人達しか知らないんだよ。白銀の一族のした事は許されるものではないけれど、全てが悪と決めつけるのは間違ってると思う。
「もしあの子に傷つけられる事があっても、それでも私は信じるよ。守護者の力を奪っているのは否定できないけど、私の知らない真実があるんだと思う」
『何でそこまで言い切れるのさ。一緒に過ごした時間があるわけでもない、少し会話をした程度じゃないか』
「決めつけ程怖い物はない思うから。貴方もそれを知ってるでしょう?ねぇ、ルドルフ」
『っ、今ここでその名を呼ぶのは卑怯だよ』
「酷い事をしているのなら、それをさせてしまう環境が悪いんだよ。罪を憎んで人を憎まずだよ」
蒼玉の顔に手を触れてニッコリと微笑めば、何とも言えないような顔をしてその手に自分の手を重ねた。「罪を憎んで人を憎まず」って前は理解出来なかった。罪を犯した人が憎いに決まってる。そんなの綺麗事だって思ってた。だけどあの子を見て、白銀の一族の話を聞いて思ったの。犯した罪は重いけれど、今も子孫に続く呪いを得て、後悔や反省をしてきたんじゃないかって。
『…許すと言うのか?神子を食らった奴らを』
私の感情を読み取ったのか、少し怒りを含んだ声で紅玉にそう聞かれた。その答えに頭を静かに横に振った。それを決めるのは私じゃないから。私は被害者ではないし、同じ神子って立場だけで無関係だもの。
「あの子達の住む地に神子が眠っていると思わない?」
『!!…そうか、呪われた地に住まう呪われた一族とはそういう事か!』
『神子の呪いで荒んだ地に住んでるって事かい?』
「その可能性の方が高いかも。そしてあの子が救いを求めて来たのはそれと関係があるかも知れない」
だけども二人はあの子に会うのが反対らしく、協力はしてくれなかった。仕方ない、シーツを使うか。あれ一回やってみたかったのよね。シーツやカーテンを結んで、窓から外に抜け出すやつを!…と思ったんだけどどう考えてもシーツ足りないし、高くて怖いから無理だわ。
「…明日また考えよう」
取り敢えず今日は大人しく寝よう。何も夜中に抜け出さなくても、昼間になれば部屋から出やすいしね。危険を冒さなくても他にも方法はあるから。
『猪突猛進だよね、紗良って』
『思慮深さに欠けるな』
『そうそう!行動が早すぎるんだよね。最善策を考えるとかないのかな?』
「…そこ煩い」
ベッドの上で私について話す二人に注意して、目を閉じた。悪口は私のいない所でやって頂けますか?それとも遠回しに直せと言ってるのかな?
「お早う御座います紗良様」
「おはよー…あれ?身体が重い」
「蒼玉様がいらっしゃるからでは?」
「…何で蒼玉が一緒に寝てるの?」
『おはよう紗良。僕だってたまにはベッドで寝たいんだよ。それにこうして抱き締めておけば、紗良は抜け出さないでしょ?』
青銀の髪を揺らしながら、とてもいい笑顔でそう言われた。うぅ、眩しすぎます。これなんていう乙女ゲームかしら。
「はいはい。もう戻って」
『駄目だよー。僕紗良の見張り役だから』
「は?何で?」
「俺が頼んだからな」
「リハルト様!」
タイミングを見計らったかの様にリハルト様が部屋に入って来た。盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないかと思うぐらいよね。
「だが一緒に寝ろとは言ってない」
『いひゃいよいはりゅと。いいりゃん、なんにゅもしてらいし』
「俺でもまだ一緒に寝たことないんだが?」
蒼玉の両頬を力一杯つまんでいるリハルト様。それでも蒼玉はヘラヘラと笑っているので、リハルト様の怒りは治らない。そもそも何でそんなに怒っているのだろう。
「私と一緒に寝たいの?」
「当然だ」
「じゃあ今日から一緒に寝てあげるね!」
『ぶはっ!』
「…笑うな蒼玉」
人と寝ると何だか安心するんだよね。人の体温が快眠に導いてくれる気がするんだ。冬は暖かいという利点もある。今は秋になり少し肌寒くなってきたので、一緒に寝ても暑いということは無いと思う。
『ただ寝るだけでしょ?それは拷問だね』
「そう?良く眠れるよ」
『なら僕が毎日一緒に寝ても問題ないよね』
「それとこれは別だよ。だって私はリハルト様の婚約者なのよ?」
リハルト様の腕に抱き着いてそう言えば、蒼玉がキョトンとした後に満面の笑顔に変わった。なんか嫌な予感がするわ。
『え?リハルトの婚約者は僕の婚約者でしょ?』
「おい、何故そうなるのだ」
『だって僕達双子だし』
「関係ない!紗良は俺のだけだ」
『えー、それはないよ。僕だって紗良の事好きなのに』
言い合いを始めた二人を放置して、優雅にモーニングを頂いた。マリーに「放っておいていいんですか?」と聞かれたから、ただのじゃれ合いだからと答えるとそれに納得したように私の紅茶を注いでくれた。
「さて、温室にでも行こうかな」
『あ、僕も行く!』
「マリーがいるからいいよ。それに姿変えられるようになったの?」
『まだだよ。紅玉が教えてくれなくてさ』
「なら戻るかお留守番だね。リハルト様もお仕事頑張ってね」
ひらひらと手を振って部屋を後にする。たまには兄弟水入らずで、二人でゆっくりと会話するのもいいよね。私ってば気が利くわ!温室に行って薔薇の世話をした後に恭平の部屋へと移動した。
「私ここにいるから戻っていいよ?」
「では何かあれば双子にお申し付け下さいね」
「はーい」
マリーを見送り恭平の部屋に入った。双子に挨拶をして、軽く恭平とマシュマロと談笑して部屋を後にした。このまま地下牢に行ってあの子に会いに行くの。マリーはいないし、蒼玉はリハルト様と一緒だしね。紅玉はまぁ大丈夫でしょ。最悪命令すれば聞かざるお得ないからね。
「キュ?(紗良どこ行くの?)」
「うーん、秘密の場所かな」
「キュー!(楽しそう!)」
「でも他の人に見つからずに行かなきゃいけないの」
「キュイキュイ(マシュマロいい子にする)」
これからレッスンが入っている恭平がいなくなると暇だという理由でマシュマロもついて来てしまったので、騒がないようにと念を押した。城の使用人たちに見つからないように地下牢の傍まで来ることに成功した。
「どうやって見張りの目を盗んで入ろうかな」
「キュ(マシュマロがやる)」
「え?あ、ちょっと」
止めるも既に遅く、マシュマロが守衛の前にパタパタと飛んで行ってしまった。何処から出したのかボールのような物を持って、遊んでと守衛の周りを飛ぶ。守衛は困惑しながらもそれを投げてあげると、マシュマロがそれを取ってくる。
「キュキュー!」
「はは、楽しいか。それ!」
マシュマロのお陰で楽しくなった守衛は地下牢の入り口から少し離れた。その隙にドアに近付き開けようとするも、当然のように鍵が掛かっていたので開けられなかった。なので祈りの力で鍵を開けて中に入ることに成功した。
「便利な力だわ」
マシュマロの頑張りのお陰なので、後で美味しいものでも差し入れてあげよう。薄暗く長い階段を静かに下りると開けた場所に出る。今はあの子達しか収容されてない筈だ。
カツン
「え…み、神子様!?」
「本物か?」
「ふふ、初めましてではありませんね。改めて挨拶しますわ。神子の紗良です」
にっこりと微笑んで神子としての挨拶をする。あの時は変装していたからね。挨拶はちゃんとしなくちゃね。呆気にとられる二人の前に看守が使っている椅子を持ってきて座った。この時間は看守は食事をとっている時間なので、暫くは邪魔されることはない。
「こんな場所でごめんなさい。私の力ではお二人の存在が特異すぎて出してあげられないの」
「いいえ神子様!神子様がこうしてきて下さっただけで十分です!」
「一人か?護衛も連れずに来たのか?」
「ええ。あのままでは会うことすらままならないので、内緒で来たのです」
「え!?」
驚く二人に気にしないでと優しく笑って本題を持ち出す。
「私はあなた達一族の神子に呪いを受けました。貴女と同じ顔をした神子に」
「ミルは本当に神子様に呪いを掛けてないんです!…でも一人だけ心当たりがあります」
「まさかアルティナが…?」
「アルティナ?」
「ミルは一族の神子です。でももう一人神子がいて、アルは私の双子の姉になるんです」
双子か…。やっぱりこの子じゃなかったんだ。でも自分の片割れを売るような真似して大丈夫なのかな?この話が本当ならこの子の姉が私に呪いを掛けたんだ。それは捕まれば無事ではいられないと言う事になるのだけど…。
「私は貴女達に何かしてしまったのかしら?」
「いえ!神子様は何もしてないんです!!アルはあの日を境に変わってしまったの。本当は優しくて家族思いだったのに…」
「あの日?」
「…俺の弟とアルティナは付き合っていたんだ。アルティナは守護者の力をある目的の為に集めていた。それに弟も一緒に着いて行っていたんだ」
唐突に始まった男の弟の話に戸惑いながらも、大人しく聞いていくと、アルティナが私に恨みを抱いた事件が分かった。ちょっと待って、完全な逆恨みじゃない。その所為で呪いを掛けられたっていうの!?ふざけんじゃないわよ!!私はともかくリハルト様を少なからず傷つけてしまったというのに!
「アルはきっと森の瘴気の所為で心が闇に引きずり込まれちゃったんだと思うんです…。じゃなきゃそんな事する子じゃないの!」
『それでも犯した罪は消えないだろう。お前達が神子を食らったように』
「紅玉。それは後にしよう。私は貴女が危険を冒してまでここに来た理由が知りたいの」
突如紅玉から投げかけられた言葉に、ミルティナは唇をキュッとかみ締めた。姉を許してくれという気持ちは分かるけれど、これは私一人の問題ではないし、許すつもりはない。私以外の人を傷つける事を私は許さない。それにしても、紅玉が大人しくしてると思ったら出てくるタイミングを伺っていたのね。
「わ、私達は大罪を犯した者達の子孫です。私達の住む地には、その時の神子様のお墓があるんです」
『やはりそうか。それは何処だ!?』
「きゃっ!ごめんなさい!!」
「紅玉!話が聞けないのなら出て行って!」
気持ちは凄く分かるけど、今は話を聞きたいの。私は全てを聞いてから判断したいのよ。声を荒げて紅玉に注意すれば、渋々ながらも引き下がってくれた。守護者は壁すらもすり抜けるから、檻があっても意味無いのよね。二人を睨みつけながら、壁に背を預けたのを確認してから話の先を促した。
「……その神子様の負の力がミル達一族しか住めない呪いの地に変えてしまったの。ミル達神子は償いとしてこの1000年間呪いの進行を止めようと力を使ってきたんです」
「…きっとこの世の全てに絶望したのね」
「え?」
「心優しき人間をそこまで追い込んだのよ。だから貴女達だけじゃなく、この世界自体も呪った。じゃなきゃ人の命を奪う土地なんかにならないわ」
それ程に酷い事をしたのよ。償いをしてきたかも知れない。でも神子の気持ちを思うと居た堪れなくなる。そこまで絶望させた人を許せない。でもこの子達は子孫で直接手を下した訳じゃない。頭では整理出来るのに、目の前にして話を聞くと心がざわつく。当人達が今もなお生きていたのなら、罵声の一つも浴びせられたのにな。
「その通りだ。だけど俺達は先祖のようにはならないように生きてる。許せとは言わないが、それだけは知って欲しい」
「ミル達は過去を繰り返してはならないと散々言われて育ちました。どんな仕打ちだって受けます!だからお願いです、神子様の呪いを解いて下さい!!このままじゃ罪のない人達の住処まで奪ってしまうんです」
「どういう事?」
呪いの進行を食い止めていたと言っていたのに、意味が分からない。懇願するミルティナに聞き返せば素直に答えてくれた。今更包み隠す必要もないもんね。
「神子様が現れた時から呪いの力が強くなったんです。ミル達神子の役目は力を使い進行を抑える事だけど、抑えられなくなって徐々に広がっているんです」
「それで力を必要としたアルティナが守護者の力を奪っていたんだ。悪いことだと知っていたが、誰も止められなかった。呪いが広がる方が問題だったから…」
ルーファスとミルティナがバツが悪そうに俯いた。そういう事だったんだ。確かに彼らの事情を考えると仕方のない事だと思う。でも守護者達は苦しんでいたのよ。苦肉の策だったとしても許されない。
「守護者にだって感情があるのよ?力を奪われて苦しむの。一人で誰にも知られることなくよ?私がいなければ守護者達は消えていたかも知れない」
込み上げる思いに涙が零れた。神子が居なくなった原因も白銀の一族の所為だ。そう考えたら、守護者が一番この者達の被害者なのかも知れない。
「ごめんなさい神子様…。でもミル達だって本当はアルにそんな事させたくなかったの!だけど抑えなければ他の人が死んでしまうから…」
『神子、もう充分だろう。看守が戻ってくる時間だ。後は俺が聞いておく』
「…そうね。ありがとう話してくれて」
「神子様!どうか、どうかお願いします!!都合がいい話だと思うかも知れないけど、お願い、助けて…」
悲痛な叫びを背に受けて階段を上がる。今は頭がグチャグチャして考えが纏まらない。助けてあげたいという気持ちと、許せないという気持ちが折り重なって答えが出せない。綺麗な人間にはなりきれないから、神子失格かもね。
「誰かが許してあげないと、彼らは救われないんだよ」
階段の途中で、自分に言い聞かせるように一人ぼやいてみる。神子としての正解はこれだ。でも紗良としての私自身が拒否をする。どっちにせよこのままではいけない事は理解してるから、いつかはやらなきゃいけないだろう。だけど出来るだろうか。可哀想な神子を癒すことが出来るのかな?
あけましておめでとうございます。




