82決意
「ごほっごほっ」
昼間だというのに薄暗い家で本を読んでいると、急に咳き込んでしまった。それを心配そうにお父さんが背中を擦ってくれる。最近こうして咳き込む事が増えてきた。
「大丈夫かミルティナ」
「うん、平気!風邪かなー?」
「…ミルティナ。もう森に行くのは止めなさい」
「え?どうして?」
本を閉じてホットミルクを飲みながらお父さんに聞き返せば、表情を曇らせた。あぁ、良くないことね。いつも悪い知らせの時はこの顔をするの。でもその後に続く言葉は想像が出来るんだ。だって自分でも薄々感じていた事だから。
「森の瘴気がお前の体を蝕んでいるんだ。このままでは母さんの様になってしまうよ」
「もうお父さんは心配症なんだから!大丈夫よ、ただの風邪だもん!」
「ミルティナ!私はもう、家族を失いたくはないんだ…」
「お父さん…。でもそれじゃあ、あの森はどうするの?アルがいない今、ミルしかいないんだよ!!?」
エル兄だって最近家にいないし、アルも力を森に注ぐ意外は家に寄り付かなくなった。アルの持ってくる力は大きいけれど、期間があくからその間はミルがやるしかないんだ。本物の神子様が来るまでは頑張らなくちゃいけないいんだから。
「でも私はお前を失いたくないんだよ。頼むミルティナ」
お父さんに抱き締められる。その体は震えていた。泣いているのかも知れない。自分を責めているのかも知れない。お母さんが神子じゃなかったら、長く生きれたから。でもね、ミルは神子として生まれたことを嫌だと思ったこと無いんだよ。
「ねぇお父さん。神子様って何処にいるのかな?」
「…どうしてだい?」
「ミルの命はもう長くないから、神子様にお願いしに行くの。この森の呪いを解いてもらったら、また皆で暮らせるよね?」
「だが、話を聞いてくれるとは限らないよ」
「それでも、話に行かないと聞いてもらえないよ!来てもらうのを待ってるだけじゃ駄目なんだよ!」
ミルが生きてる間に来てくれる保障もない。今更森に行かなくなった所で、少しだけ長く生きれるだけだから。だったら未練たらしく生きるより、人の役に立つ生き方をしたいの。ミルはそうやって生きたいの!
「……お前は母さんに似て、一度言い出したら聞かないんだから。いつも前向きで母さんそっくりだよ」
「ふふ、自慢のお母さんだもん」
「分かった。村の皆に話す機会を設けよう」
「ありがとう、お父さん」
後日、村での話し合いが行われた。半数には反対をされたけれど、自分の命が残り少ない事、停滞はなにも生まない事、この機会を逃したらまた神子様は現れないかも知れない事を話すと、皆渋々ながらも分かってくれた。
「少ない望みにかけるか。俺も一緒に行こう」
「ルーファスが…?」
「安心してくれ、敵討ちじゃないから。神子様は何も悪くはないからな」
「うん、きっと力を貸してくれるわ」
「この地が開放されればアルティナも戻って来るだろ」
リーファンの家族は最後まで反対していたけど、リーファンの兄のルーファスが説得してくれて、一緒について来てくれる事になった。ルーファスはエル兄の幼馴染でいつもなにかと面倒を見てくれた優しい人なの。昔から憧れてる人なんだ!でもこの関係を壊したくないし、ルーファスは私の事を妹としか思ってないからいいの。
「ミルティナ、気をつけて行ってくるんだよ」
「うん!絶対神子様を連れてくるからね!」
「無理しなくていい。危険な目に遭いそうな時は、すぐ逃げるんだよ」
「俺が付いてるから大丈夫だよ」
「そうだな。ミルティナを頼むよ、ルーファス」
お金と食料を持ってルーファスと一緒に村を出た。目指すは神子様がいるという、ローズレイアという大国。ここからはかなり遠く、たどり着くのはいつになるやら。アルの守護者の翠玉がいれば、パパッと目的地に辿り着けるんだけどな。でも我侭言ってられないので、ひたすら歩いて向かうしかないのよね。
「良かったの?いつ家に帰れるか分からないんだよ?」
「あぁ。母さんは他の兄弟が見ててくれるしな。ミルティナを一人で行かせるほうが心配だ」
「む、ミルは守られてるだけの女じゃありません!」
「はは、はいはい。いつもアルティナやエルドラに護られてる奴がよく言うぜ」
その言葉に言い返す事も出来ずにむくれていると、村を出る時に皆が持たせてくれた食料の中から、ミルの大好きなアーマスをくれた。甘くてとっても美味しいのよ!でも少し高価な果実だから、奮発して買ってくれたんだなって思うと胸が暖かくなった。
「んー、幸せ!」
「ミルティナの幸せは手ごろでいいな」
「だって美味しいんだもん。皆の気持ちも入ってるから」
「そうだな。皆お前が好きなんだよ」
そう言って優しく頭を撫でてくれる。昔はエル兄もよくこうして撫でてくれたのにな。アルのことばっかり気にして、ミルには構ってくれなくなったのよね。アルのしている事をミルは止めたいのに、エル兄はそれを協力してるみたいだし…。
「はぁ…」
「なんだ?幸せ終わりか?」
「はっ!ううん、何でもないよ!美味しい~」
駄目駄目!暗くなるなんてミルらしくない!ミルは馬鹿みたいに笑ってなきゃだから。誤魔化す様にアーマスを食べて気分を盛り上げた。そんなミルの様子を思案そうに見られたけど、気付かない振りをして完食した。
「もっと自分の本音を出してもいいと思うけどな」
「え?」
「エルドラの事だろ?最近様子がおかしいんだよな。家にもあまり帰ってないんだろ?」
「…うん。アルも帰ってこないの。二人とも森の瘴気に毒されちゃったのかな」
「毒される?」
「あ、ううん。何でもない!先を急ごう」
これはミルが感じてる事で、定かではないの。でもきっとそうだと思う。あの呪いは強すぎて心に隙があれば、入り込んで蝕んでいく。体にも影響があるなら、心にもあったっておかしくないと思うんだ。ミルは体の方に影響が出たから正常でいられるんだと思う。
「…本当なのか?もう残り少ない命って」
「うん。どれぐらいとかは分からないんだけど、あんまり長くはないかな。あ、でも!森の中心に入らない限りは、これ以上縮む事はないよ!」
笑顔でルーファスに言えば、強く頭を撫でられた。撫でられたっていうよりも、髪がグシャグシャになるぐらいにかき回されてるような強さだけど。そして痛いんだよねー。
「いたたっ!フードが取れちゃうよ!!」
「笑うな」
「えっ…」
「お前はいつもそうやって笑うよな。気付いてないとでも思ったか?」
「何言ってるの?ミルはなんとも思ってないから笑えるんだよ!」
嘘。本当は怖いよ。ミルだってもっと生きたい。誰かと結婚して、子供を産んで、年をとりたいよ。でも私が笑わないと皆が不安になっちゃうから、いつも全部胸に押し込んで笑うの。何でもない風に笑うんだよ。だけどミルはまだ人として不十分だから、一人で泣くんだ。死が怖くない人なんていないよ…。
「俺はもう、弟のように親しい誰かが亡くなるのが耐えられない」
「ルーファス…」
「誰よりも優しいお前が早く死ぬなんて許せない。だから探そう。長く生きれる方法を!この世界は俺達が思ってる以上に広い。きっとみつかるさ!」
「…うん、ありがとう!ふふ、いつもルーファスにはばれちゃうね」
「当然だろ。いつも見てるからな。よし!そうと決まればキビキビ歩くぞ!」
「おーーー!」
ルーファスは凄い。いつもミルの抱えてる事が分かっていて、正面から向かい合ってくれるの。そして最後には元気をくれるんだ。だからミルの元気の源はルーファスなんだよ!神様、もしいるのなら一個だけ願いを叶えて下さい。ミルが死んだらルーファスが悲しまないように、ミルの記憶を決して欲しいの。ルーファスにはいつも笑ってて欲しいから。
「(お願い、神様)」
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「は?どういう事だよ!!!」
「どうもこうも今言った通りだよ」
「っなんでミルを行かせた!!話なんか聞く筈ねぇだろ!!あたしは神子を呪いにまで掛けたんだぞ!!?」
「な、なんて事を!!お前自分がどんな罪を犯したのか分かっているのか!!!」
「神子は消さねぇよ!あいつの周りの人間から消していくんだ。あたしのリーファンを奪った恨みを晴らす為に」
神子がジェンシャン国に来ると話を聞いたから、ザルド王に近づいて呪いの掛かったアーマスを神子に食べさせるように指示した。あのくそ爺は女好きだったから簡単だったな。でも娘に首を刎ねられたらしいな、神子に呪いを掛けた代償として。ち、使えねぇ。神子も呪いを解いちまったみたいだし、呪いなんてまどろっこしい真似はもうやめだ。
「それを神子にか?」
「はい。これは私の住む地方でとれる高価な果実で御座います。神子様が果実が好きだと耳に挟みましたので。最初に少し癖がありますが、甘い果実です。きっと神子様が気に入ると思いますわ」
「ほう。そうだな、お前が一晩共に過ごしてくれるなら考えよう」
「勿論ですわ。ですから絶対に神子様にお出しして下さいね?約束ですよ」
あの呪いは村の婆に聞いた呪法だ。今は知ってる者も少ない古い呪い。術者にはリスクがないから私にはうってつけだった。まぁその為に何人もの人間を殺したけどな。人を殺す事に何の罪悪感も湧かなかった。あたしの心はリーファンと共に本当に死んでしまったんだなって思ってた。だけどミルの話を聞いて激高してる今のあたしは、まだ心が残っていたのかも知れない。
「いつだ。いつ村を出た?」
「もう二月も前だ。お前は行ってはいけないよアルティナ。ミルの決意を邪魔してはならない」
「ミルの決意なんてどうでもいい。ミルが危険な目に遭うと分かってて行かせたんだろ!!」
「自分の思う様に生きたいとミルティナが言ったんだ。勿論最初は止めたさ。でもミルティナの意思は固い。最後ぐらい我儘を聞いてやってもいいじゃないか。いいかい?アルティナ。神子様を憎むのはお門違いだ。リーファンを死に追いやったのは他でもないお前だ、アルティナ」
厳しい目であたしを見つめる父さん。父さんは怒るときも普段も、いつも静かだ。今みたいに諭す様に、でも現実を突きつける様に叱るんだ。そんな事言われなくても分かってんだよ!ならこの気持ちは何処に向ければいい!!?立ち止まったらもう立ち上がれない。あたしの所為でリーファンがいない現実を受け止めきれないんだよ!!
「神子だよ。神子の力がリーファンを殺したんだ」
「聞きなさいアルティナ。しっかりと現実を受け入れるんだ。神子様の所為にして逃げてばかりじゃ、いつまで経ってもそのままだぞ。それにお前のやっている行為は先祖と同じだ。我等をも危険に晒すのだぞ」
「はっ、今更遅えよ。もう戻れない所まで来てる。神子を苦しめるまでは止まらない。死ぬ時は一緒に死んでくれよな、父さん」
そう言い残して家を出た。家の中から父さんが何か言ってるけど、聞こえないな。あたしは翠玉の力で空にいるから。あたしが死ぬ時は一族諸共道連れにしてやるよ。隠れてコソコソ生きるなんて、死んでるのと変わんないからな。でも、ミルと兄貴と父さんだけは生きて欲しい。だから今ミルを失う訳にはいかない。
「翠玉、ミルの居場所分かるか?」
『近づけば分かるだろうが、今は遠くて分からんのぅ』
「ち、まぁいい。道は限られてるからな。行くぞ翠玉。ミルを必ず探せ」
徒歩しか移動手段を持たないから、まだローズレイアには着いてない筈だ。だからサッサとミルを見つけて村に送り返す。ミルの寿命が残り少ないとか受け入れらんないけど、あの子が痛い目に遭う必要なんてないんだ。ミルは何にもしてないんだからな。
「ミル、必ず護るから」
それが双子の姉としての、あたしの役割だから。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「わぁ!おっきいねローズレイアのお城は!!」
「ロザントリアまで遠かったな…。どんだけデカイんだよこの国は」
「賑やかでいいね!ミル王都に来たの初めて!」
「前は村か森の往復だったもんな」
「うん!」
見たこと無い人の量に興奮しながら王都を散策した。美味しそうな匂いに何店かの店で食べ物を購入して食べたの!どれも食べた事ないものばかりで頬が落ちるかと思う物ばかり!!ずっとここに住みたいぐらいだよ!
「おや、ここは初めてかい?」
「うん、大きな町ね!活気もあって凄いわ!」
「はは!城下町だから当然だよ。それになんたってこの国には神子様がいるからね。各国から人が流れ込んでくるのさ」
「神子様はいつも城にいるのか?」
「公務の時以外は城にいるんじゃないか?あぁ、でも偶にお忍びで町に遊びに来ることもあるみたいだな」
城を見ながら騒いでいると、出店の店主が話し掛けてきた。田舎者だと思われちゃったかな?それにしても神子様が町にお忍びで来るって凄いなぁ!民の暮らしを知る為に来てるのかなぁ?
「次はいつ来るか分かる?」
「なんだい、あんたらも神子様目当てか?はは、無理無理!神子様は気紛れにいらっしゃるからな。いつ来るかなんて分からないな」
「良く現れる場所はどこか知ってるか?」
「あぁ、それなら薬屋と酒場だな。酒場には弟が居たって話を聞いたな」
店主に薬屋と酒場の詳しい場所を教えて貰って、お礼を言って別れた。優しい人で良かった!神子様がタイミング良く町に来てくれてたら良かったのになぁ。
「お、あそこだな。それにしても神子様にも兄弟が居たんだな」
「そうだね!また一個神子様の事知っちゃった!」
「何でミルティナはそんなに神子様の事が好きなんだ?」
「だって人の為に力を使える人だから、絶対悪い人じゃないよ!それにね、ミルには無い力だから。憧れみたいなものかなぁ?ミルも人の為に使える力が欲しかったの」
同じ神子でも全然違うの。神子様は人や守護者を癒し、助ける事が出来る。でもミルが出来るのは呪いの進行を止めるだけ。傷の一つも治せないどころか、傷を広げちゃうんだ。力が強くないから
、アルみたいに守護者と契約する事も出来ないしね。
「ミルティナの笑顔は皆を幸せにしてるよ。それに過ぎた力は災いをも招く。望んでなくてもな」
「…うん」
アルが神子様を恨んでしまった様に、巻き込まれていっちゃうんだよね。力が無ければ、恨みを買うこともないのに。でもね、力がなくて人を助けられないのも辛いんだよ。どっちがいいとかじゃないんだよね。
「神子様の話を色々聞けるといいなー!」
元気を振り絞って酒場のドアを開けた。憧れの神子様の話を沢山教えて貰うんだ!
ミルティナはとてもいい子で好きです。




