79誘拐
「蛍石、どうかこの場所に来て」
粒子に言葉を乗せて蛍石の元へと飛ばす。するとだるそうに黄檗色の髪を揺らして姿を現した。あの後から今まで、ずっと寝ていたのだろうか?
『またお前か。俺様の眠りを妨げるとはいい度胸だな』
「ちょっと聞きたいことがあるの」
『…はぁ、なんだ』
「森に現れた菌糸について教えて欲しいの。あれは何処から来て、どうすれば消えるの?」
『知らん。燃やせ』
ぶっきらぼうにそう言い放ち、用は済んだと戻ろうとする蛍石の服をがしっと掴んだ。蛍石の所為でエンリッヒさんとルイヴィスさんに守護者が皆こんな風だと思われたら困るんですけど。自分の地でもあるんだからもう少し協力しなさいよね。
「御手を煩わせて申し訳ありません、蛍石様。私はこの地を治めるルイヴィスという者です。あのままでは森を全て菌糸が覆ってしまいます。我々人間や動物たちにも悪影響を及ぼし兼ねません。ですからどうかお力添えを頂けないでしょうか?」
私に服を掴まれてムッとする蛍石にルイヴィスさんが大人の対応を見せた。その姿に気分を少し良くしたのか、渋々とソファーの背もたれに座った。せめて座面に座らんかい!と言いたいとこだけど、機嫌を損ねられたら困るので言葉を飲み込んだ。
『お前もこれぐらい遜れないのか?』
「私は神子ですから」
『生意気な女だな。まぁいい、あの菌糸は何者かが持ち込んだ物だ』
「持ち込んだ?何の為に?」
『知らん。意図的か偶然かどっちだろうな』
ニヤニヤしながら楽しそうに私の顔を覗き込んでくる。これ絶対知ってるわね。そんな様子をリハルト様が苛ついた様子で見ていた。大方距離が近いことに腹を立てているんだろうな。本当にどの守護者とも合わないんだから、困っちゃうわね。
「蛍石様。その人物の特徴だけでも教えて頂けませんか?」
『頭から布を被っていたから旅の者だろうな』
「では偶然そうなったという事でしょうか?」
『それはどうだろうな』
「もったいぶらず教えて下さい。貴方が全てを知っているのは分かっているのですから。それとも力が必要ですか?」
その言葉に眉を上げた蛍石。力が枯渇した訳ではなくとも、満たされている状態ではないだろう。だから関係ないあの世界でも無意識に休もうとしているのではないのかな?
『どれぐらいかによるな』
「では花を一輪プレゼントしますわ。恭平、花を」
「どうぞ」
『…これは見事だな。お前にしては考えた物だ』
「これだけでかなりの量が込められてますけど、どうでしょう?」
『いいだろう。知っている事を教えてやる』
どうやら金の薔薇はお気に召したようだ。溶けるように薔薇が無くなり、蛍石の中に取り込まれた。エンリッヒさんは聞きたいことが沢山ありそうにウズウズしてるけれど、ルイヴィスさんは流石な対応で話の流れを上手く読み取って動いてくれる。
『最近あの菌について近づいて来た者がいるだろう。やつらはグルだ。金をせしめようとしているのだな』
「確かに先日その様な内容で話を持ち掛けて来た者がいます」
「菌糸を振りまく事が出来るのなら、取り除くことが出来るものね」
「いいえ、神子様。彼らはあの菌糸を無くす術を持たないでしょう。詳しい内容は話しませんでしたから」
『お前は考えが足りんな。そいつらは金だけ貰って逃げるだけだ』
それって詐欺よね?問題だけ作って後は知りませんってか。この世界にも酷い奴がいたもんだわ。まぁそれ以上に近くにいるであろう連続殺人犯のが酷いんだけども。その者達の処分はルイヴィスさんに任せるとしても、あの菌糸をどうすればいいんだろう。
『だから燃やせと言っているだろう』
「そんな事したら森が丸焼けになるわ」
『馬鹿か。浄化の炎のことだ』
「狐竜獣の炎かしら?」
『…はぁ。お前の守護者にいるだろう。炎を扱える者が』
「でも普通の炎ですわ。…あ、私の力を炎に組み込むのね?」
漸く蛍石の言わんとしてる事が分かり、そう聞けば頷いてくれた。馬鹿の相手は疲れるとでも言いたげな顔をやめなさいよね。蛍石とリハルト様って物の言い方が似てるのよね。察しろ部分が多くて私にはスンナリ入ってこない。
「前に別の守護者で実践したので問題ないですわ」
『さっきから何だその話し方。気持ち悪い』
「神子ですから」
『…もう良いだろう。戻るからな』
「有難う蛍石」
『ふん、あんな物がこの地にあるのが目障りなだけだ』
そう言って消えた蛍石。もう、本当に素直じゃないんだから。この後エンリッヒさんに質問攻めにあいそうになるのを、ルイヴィスさんが窘めてくれたので免れた。好奇心の強い人で研究者に向いているのかも知れない。
「紅玉、そういう事ですから宜しくお願いしますね」
『水と違って手なんか触れたら燃えるぞ』
「あ、もっと簡単な方法を思いつきました。私が紅玉の力を借りて浄化の炎を出せばいいんですわ」
「それって神子様も守護者の力を使えるという事ですか?」
「えぇ、そうですわ」
蒼玉の力を借りて水を出したことがあるから、炎だって出せる筈。やった事ないけどね。でも自分で出す炎にどうやって祈りの力を組み込もうか。まず炎を出す所からやってみようかな。
ゴオオオオ!!!
「!!!?」
「うおっ!!!」
『出し過ぎだ!早く消せ!!』
手から火炎放射の様に勢いよく炎が出て、天井を焼いてしまった。すぐさま炎を消したので火事には至らなかった。私自身も目が点なんだけど、皆も驚いていた。恭平に至っては前髪に掠ったらしく、先がちりちりになっていた。顔じゃなくて良かったね。
「怪我はないか紗良」
「えぇ、吃驚しました」
「馬鹿者。こっちが驚いたぞ」
「すみませんカルデラ公。天井を焦がしてしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ。城が燃えなかっただけ良しとしましょう」
ルイヴィスさんはなんて優しい人なんだ。ダーヴィット様の面影が今見えたわ!恭平の前髪は悲惨な事になったけど、今は二人がいて治せないので後で自分の力で試してみてと耳打ちした。傷は治せるけど髪は生えるのかな?もし髪が生えるのなら毛の少ない男性にとって朗報よね。
「凄いな!どういう仕組みなんだ!?」
「エンリッヒ、神子様に対して失礼だぞ」
「いえ、構いませんよ。どうぞそのままでお話下さい」
「流石リハルトが選んだだけの人だな」
「当然だろう」
エンリッヒさんはそのままリハルト様に絡み始めた。従弟だから昔から知ってるのもあって仲が良いな。おっとそんな事より、火の調節って難しいのね。水はこれぐらいの量でってイメージした通りに出せたんだけどな。
『ポッと小さく灯すぐらいの感覚でいいんだ』
「ポっとね」
ボオオオオ!!!
『何故そうなるんだ…』
「おい外でやれ。城が燃えるだろう」
「…そうします。出来たらそのまま浄化しておきますわ」
紅玉と二人で外に出て城の裏側の森に来た。何度も小さく火を出すイメージをしているのに、出てくるのは勢いのいい炎ばかり。しまいには紅玉に見放されて仕舞った。
『俺が炎を出すからそれに力を同化させる方法を考えよう。その方が早い』
『水は上手く出せるのに。ここまで酷いと笑えてくるね』
「酷いよ蒼玉。これでも一生懸命やってるのよ」
『もうその勢いのまま力を練りこんだら?植物なら活性化出来るんだし』
「うーん、ただあの勢いで出られると力の消費が激しいのよね」
『なら紅玉の提案した方法で考えるしかないね』
炎に触れずして力をどうやって同化させるか…。守護者も神子の力を使えたら話は早いんだけど、それは無理らしい。さてどうしたもんかと頭を捻っていると少し離れた場所から人の声が聞こえてきた。しかもこちらに近づいてきている。慌てて城壁の傍の茂みに隠れて様子を窺う事にした。
「お、順調に育ってんな」
「これがこの森全体に広がれば、この周辺は菌まみれだ。そうなればこの薬を出まわせればいい」
「あぁ、苦しみから解放された様に感じる魔法の薬をな」
「くっくっく、これが町に蔓延すればルイヴィスも終わりだな」
白い布を身に纏った二人組の男は菌糸の前で、魔法の薬とやらが入った袋を手に笑って居た。あ、これって麻薬系のやばい薬じゃないのかな?にしてもこの男達は貴族だろうか?ルイヴィスさんの名前を知っている時点で顔見知りよね。この菌糸をここに撒いたのも、ルイヴィスさんを陥れる為?
『(奴らが黒幕か、撒いた張本人だろうな)』
「(うん。しかもあの薬は体に良くない物よ。どうする?捕まえちゃう?)」
『(駄目だって紗良。すぐ無茶をしようとするんだから)』
『(いや一先ず報告が先だろう。思い当たる人物がいる筈だ)』
「(そうだね)」
私達は声を出さず会話が出来るので、こういう時は本当に助かる。下手に手を出すとややこしくなってしまうので、撤収する事にした。茂みにしゃがんで隠れているので見つからない様に姿勢を低くしたまま、なるべく音を立てないように移動していると、ドレスの裾を踏んでしまった。ぬおおおおっ!!何というトラブルメーカー振りなんだ!!
ガサガサ、ドシャ!
「ぐえ」
「誰だ!!」
ドレスを踏んだことにより体のバランスを崩して地面と対面してしまった。くそぅ、女として出してはならない声が出たわ。その声と音でどこに居るかバレてしまっているので、男達が駆けつけて来て見つかってしまった。念のため急いでフードを被って顔を隠す。うん、まぁ、ドレスでバレるんだけどね。紅玉と蒼玉にも姿を消してもらったけど、紅玉の方がどうやら移動してる様なのでリハルト様達を呼びに行ったのかも。
「…嬢ちゃん、こんな所で何してたんだ?」
「俺らの話聞いてたよな?」
「薬草を取りに来たのよ。木の根に躓いてしまっただけで、貴方達の話なんて知らないわ」
取り敢えず上半身だけ起こして、倒れた時に握っていた草を見せるように上げて嘘を付いた。薬草を取りに来た薬屋の娘の設定だ。ただの雑草だけどね。こういう時ははったりも必要なのだ。
「嘘をつくなよ。コソコソと俺らの事を嗅ぎまわってるのは知ってんだよ」
「え、何のこと?」
「とぼけんじゃねぇ!!!」
「おい、ここじゃまずい!とにかく移動するぞ」
あらあらどうしようかな。このままじゃ誘拐されちゃう感じ?幸い座り込んでいる所為でドレスの紋章は隠れているので、神子とはバレてはいないけど、立ち上がったらバレちゃうのよね。ここは抵抗しておこうか。
「っいや、汚い手で触らないで!!」
「おい騒ぐんじゃねぇ!!」
「これを口に突っ込め。さっさとずらかるぞ!!」
「むぐぐっ!」
ハンカチを口に入れられて両手を乱暴に掴まれ、無理やり立たせられた。そして引きずるように連れてかれる。焦っているのかドレスの紋章には気付かない。いや、気付けよ!そうすればこんな乱暴な扱いを受けずに済むかも知れないのに。
「おら!ちんたら歩くな!!」
「おい、大声を出すな。森を抜けるぞ」
「ちっ、分かったよ」
菌糸の広がっていない森の中を進んで行く。蒼玉を呼ばないのは敢えてなのよね。もっと話を聞き出せるかと思っていたけど、口を塞がれてしまったからな。口いっぱいに広がり過ぎて吐き出すのに時間が掛かっていた為にここまで引きずられて来たって訳。でも漸く吐き出す事が出来た。
「あの菌は何?貴方が培養したの?」
「げ、布を吐き出したのか。まぁいい、ここまでくれば大丈夫だろう」
「お前やっぱり聞いてたんじゃねぇか」
「聞こえて来たのよ。見た感じカビのような物だけど」
「薬を取りに来てただけは有る様だな。だがあれはそんなちんけなもんじゃない。あの胞子を吸い込めば体内で繁殖していずれ死に至るのだ」
うわ、目に入っちゃったよ…。恭平に力を使ってもらっといて正解だったわ。よく分からない物には近づいちゃ駄目って事よね。それにしてもベラベラと答えてくれるけど、私を生かして帰すつもりがないって事かしら。まぁついでだしあれを消す方法も聞いておくか。
「あれはどうやって消すの?」
「は?そんなもんないに決まってんだろ。消す必要がないんだからな。そんな事聞いてどうするつもりだ?嬢ちゃんは今ここで死ぬのに」
「それは困るわね」
「大したたまだな。こんな状況でも動じないとは。どうだ?私の所で働くつもりはないかね?かなりの額の給金を出そう。悪い話ではないだろう」
「悪いけどお金には不自由してないの」
そう言い放てば私の腕を掴んでる男の眉がピクリと動いた。しまった庶民の台詞では無かったわね。するともう一人の男(多分貴族で、私に働かないかと提案してきた方ね)が私の姿をマジマジと見つめてドレスの紋章を見つけてしまった。
「それはローズレイラの紋章!!?その黒いドレスって事は…神子か?」
「は!?こいつ神子なのか!?ヤバイだろ、どうすんだよ!!」
「やっと気付いたのね。そう、私が神子よ」
バッとフードを取られて顔が露わになり、髪が揺れた。その光景に男達の息を飲む音が聞こえた。そうだわ、私って美女だと言われてるのよね!リハルト様達は見慣れているから普通に接してくるのでいつも忘れちゃうけど、この反応を見ると思い出すわ。
「神子を殺すの?そんな大罪に手を染めるおつもりですか?」
「神子様を殺せる筈がありません。ですがこのまま帰す事も出来ません。どうか我らと共に来て頂けないでしょうか?神子様も仕事から解放されたいでしょう」
「いいえ、私にとってこの仕事は天職ですわ。貴方も悪いことから手を引きなさい。自分のした事は全て返ってくるのですから」
「綺麗事並べててもこの世界じゃ生きていけねぇんだよ。神子様には分からないと思うけどな」
それは分かってるんだけどさ。神子としては綺麗事しか言えないからね。なら私自身としてなら彼らに何を伝えられるだろうか。答えは簡単、地獄に落ちろだ!人を苦しめて金儲けしようとするなんて最低な人間のする事よ。許せる筈がない。あの薬だってもう出回っている可能性だってあるんだから。
「紅玉、私はここよ」
「…?何を言ってる?」
「どうして私が動じないか分かる?」
「っまさか!!?」
「最強の護衛がついているからよ」
ガサガサと音がする方を慌てたように辺りを見回す奴らを取り囲む様に、衛兵達が現れた。その中にはリハルト様とファルドと恭平、それにエンリッヒさんも居た。おおう、随分と勢揃いね。ルイヴィスさんは走れないので置いてきたのかな。
「そこまでだ。お前達を神子誘拐の罪で拘束する」
「おっと、こいつの命が欲しければ近づくなよ」
「っ!」
「紗良!!」
男に拘束された状態で首にナイフが突きつけられる。脅しの為か少し首を斬られて血が滲んだ。大声で痛いと叫びそうになるのを神子の威厳を壊さない為にぐっと堪える。ギャーギャー騒いで暴れたい所だけどさ。私が捕まっている所為で兵士達も身動きが取れず、膠着状態になってしまった。
「追って来るなよ。一人でも誰かが着いて来てると分かったら神子を殺す」
「皆さん、私は大丈夫ですから捕らえて下さい。この男達は菌糸を撒いた犯人です。それと…っ」
「神子様、それ以上話せば首を掻っ切るぜ?」
怪しい薬の存在も話そうとするとさらにナイフが首に刺さる。滲んでいただけの血が、滴り落ちる量に変わった。痛すぎて声が出ない。これ以上は本当に死んじゃうんですけど!!?ファルドが何かをリハルト様に耳元で囁き、それに頷いたリハルト様と目が合った。険しい表情のリハルト様に安心させるように微笑めば、更に表情が険しくなる。何を笑ってるんだとでも聞こえてきそうだわ。
「(聞こえる?蒼玉)」
『(聞こえるよ。アレをやればいいんだね?)』
「(うん、お願い)」
『(でも奴の手元が狂えば、紗良も危ないよ)』
「(もうかなり痛いし大差ないわ。万が一があっても恭平がいるもの)」
『(水なんて生ぬるい。神子に手を出したのだ、焼き殺しても問題ない)』
じりじりと後退しながら逃げようとする男達に引きずられながら、心の中で蒼玉と会話をしていると、紅玉が物騒な事を言い出した。焼死体は見たくないと言えば、渋々だが諦めてくれたようだ。
「(宜しく蒼玉」
『(了解!)』
蒼玉が姿を現そうとした瞬間に誰かが飛び出すのが見えた。え?と思っていると目の前が真っ赤に染まる。いや、正確には誰かの血が私の目の前で噴き出していた。痛みがないので私の血じゃない。じゃあ誰の…と呆然としていると耳元で絶叫が聞こえてきた。
「っぎゃああああああああああああ!!!!」
「っ!!?」
叫んでいるのは私にナイフを突き付けていた男だ。ナイフを持っていた腕がなくなっており、そこから夥しい量の血が飛び出している。そして間髪入れずもう一人の男の悲鳴も聞こえてきた。彼は逃げようとした為に足を斬られたようだ。この間、たったの五秒よ?一体誰が?ともう一人の方に目を向けると、剣に付いた血をピッと飛ばすファルドがいた。
「大丈夫か紗良!!?今すぐ手当を!!」
「っ、あ、あぁ…なんて事を…」
「すまないお前には刺激が強すぎたようだ」
リハルト様が駆けつけてくれるも、血を流す二人から目を離せない。恐怖から体が硬直し、震える。そんな私の目をリハルト様が手で覆い隠してくれるのを払いのけた。驚いた顔をするリハルト様を睨んで、彼らの元に走った。
またまた続きます。




